第877話 雷神船
イルゼが出発の準備ができたとクラシスの庭先で創生スキル上げをしているアレンに声をかける。
「分かった。出発だな。転移するぞ」
(クワトロが場所を把握し、ツバメンが巣を設置してくれるからな。それにしても今日の今日で雷神船とやらは出発するのか。毎日定刻で飛んでいる感じか? 各大陸を回るなら運航スケジュールを把握しておかないとな)
人間界でも大陸を渡る魔導船には戦闘用にも使っているためか、民の移動などに使う際には数の限りがあった。
大陸間を移動するという、この雷神船はどれくらいの頻度なのかと思う。
なお、大陸間の空を移動する雷神船の「雷神」は雷神ソヴィという。
さらに、大陸間の海を移動する魚神船の「魚神」は魚神ミンギアだ。
2柱ともに暗黒神アマンテに仕える光魔八神将の上位神たちだ。
今にも転移しそうなところでイルゼから声がかかる。
「……ああ、なんだ。アレンの転移魔法とやらを発動する前に来訪者たちに挨拶しておいた方がいいんじゃないのか。玄関先に集まっていたぞ」
「む? 俺に挨拶……」
そこまで行ったところで、そういえば、家から出で行ったクラシスにも挨拶がまだであるということを思い出す。
鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」の発動を中断させ、庭先から玄関に出たところでクラシスを含めて10人近い人族たちが立っていた。
「もう出発と聞いて急いで来てもらったわ。近くに住んでいる来訪者たちよ」
「おい、まだ子供じゃないのか……。こんな子供までも……魔王軍め。許せないな!」
「珍しい黒髪だな。魔族との混血とかそういうのではないのか」
「こんな若い少年が暗黒神アマンテ様の試練を与えられたとか本当なの?」
アレンが玄関の塀の外へと出てくると明らかに来訪者たちは不安そうな顔をする。
見た目から30台後半から60代前半くらいまで人族の視線がアレンに注がれる。
中には魔族たちの視線を気にしてか、深くフード被った者もいる。
「俺たちは戻れなくても何とかなるからな。無茶するんじゃねえぞ。何ならお前の家もこの街に準備しておくからな」
来訪者たちの不安そうな声を振り払うかのようにザイブルが、アレンの肩をバンバン叩いてくれる。
「厳しかったらいつでも戻っておいて。ここはあなたの新たな故郷だと思っていいのよ」
パチパチパチッ
ザイブルとクラシスの言葉に不安そうにしている来訪者が自らの態度を改めて拍手を送ってくれる。
こんなに若い来訪者が少ないのか、それ以上に暗黒神から神の試練を直接与えられるなどあり得ないと思っている態度を本人にぶつけてしまい反省しているようだ。
「お心遣い感謝します。皆さんを1日も早く人間界に戻れるよう頑張ってきます。イルゼ、雷神船があるザラフォイの街の外に転移するぞ」
「ああ、行ってくれ」
イルゼがコケトリスを預けている小一時間の間に鳥Aの召喚獣が設置した「巣」に、覚醒スキル「帰巣本能」を発動させる。
「……なるほど。便利なスキルだな。これなら余裕で雷神船に乗り込める。こっちにこい。門を抜けてすぐに券売所がある」
一気に景色が変わり、ザラフォイの街に入る巨大な外門がある。
この巨大な島の中にある無数にある街の中で唯一雷神船の発着場のある街とあって、街の外には行列が数百、数千人の魔族と、その10分の1ほどの獣人が並んでいる。
(獣人もちらほらいるぞ。雷神船に乗るのかな。13時出発だっけか)
コケトリスを預ける前の朝食中に雷神船の出発時間を聞いている。
アレンがクワトロの特技「万里眼」を発動するとザラフォイの街中の発着場で、雷神船と思われる流線形の船体に、雷が走ったかのようなデザインの巨大な船が止まっていた。
全長は300メートルほどあり、巨大な魔導船の3倍ほどの大きさがある。
行列の対応をしている者たちが何やら懐から証やチケットを差し出して門をくぐっている。
門の外にできた長蛇の列は、おそらく雷神船に乗るだろう。
「これは暗黒騎士イルゼ様!!」
「すまないが暗黒神様の命によりブラキウス大陸へ行くことになった。ここを通してくれるか?」
「もちろんです。どうぞ、お通りください!!」
「助かる」
門番用の小さな門をくぐり抜けて街の中に入る。
(さすがこの暗黒界に13人しかいない暗黒騎士の1人だ。フリーパスかよ。鎧を見てもすぐに分かるし、名前も知れ渡っていると)
アレンはSランク冒険者になり、アレン軍をもち、5大陸同盟の盟主とも渡り合う立場であったが人間界で、行列を無視するようなことはしなかった。
ただ目的が暗黒神アマンテの試練のためか、行列を無視するイルゼの迷いない行動に感心を覚える。
門を抜けると魔族たちや獣人たちがゾロゾロと行列を作り大きな建物内に向かっていく。
「あの建物が券売所かな」
「そうだ。さすがに搭乗券は購入するぞ」
数百人の渡航者たちの行列を無視して販売所と思われる建物内に入る。
搭乗券の販売所内ではカウンターが10以上並んでおり、乗船の手続きをする旅人とのやり取りで喧騒が聞こえる。
「何でそんなにするんだ!!」
「聞いていないぞ、何時から値上げしたんだ」
(なんだ、揉めているのか?)
「こっちだ。上に特別室がある」
建物内に入るとイルゼは階段に向かい一緒に2階へと上がっていく。
イルゼを見た販売所の店員が特別な応接室に通してくれる。
ソファーに座って待っていると初老で体格の良い魔族の男が部下と思われる2人の女性の魔族を連れてやってきた。
「これはイルゼ様、お久しぶりです。急な来所ですが雷神船への搭乗がお望みでしょうか? それとも、イルゼ様はガディアック島を暗黒神様に任せられておると伺っておりましたが、他の用向きでしょか?」
(なるほど、この雷神船を取り仕切る発着場の一番偉い人か。一応、イルゼが何で搭乗券が欲しいのか確認していると)
「ニイグラマ所長よ。久しぶりだな。急に呼び出してしまい申し訳ない。実は雷神船の定期券を発券して欲しい。全大陸分で頼むぞ」
「定期券の発券ですか。それはガディアック島を含めた全ての大陸へ行ける券ということでしょうか?」
島が大陸に含まれるのかそうでないかは微妙なところらしい。
「この島と行き来するからな。そういうことになる。暗黒神アマンテ様よりこの者と一緒に各大陸を回ることになったのだ」
「ほう? あなた様は?」
「アレンと言います。暗黒神アマンテ様より試練を与えられております」
「……それは構いませんが、どうやら混血人か何かとお見受けしますが、これから向かうブラキウスは大丈夫なのでしょうか?」
(なんか村で引っかかって痺れ薬飲まされた話か?)
何でも獣神の治める大陸で混血人に対して厳しいらしい。
「それは構わぬよ。この者は混血人ではないのだが、その辺の説明はこっちで対応しよう。期限は……3ヶ月程度でお願いしたい」
「畏まりました。準備させましょう。お1人様3ヶ月間無制限の利用ですと金貨300枚になります」
「金貨300枚だと? この前乗った時より倍になったではないか?」
「はい。1ヶ月定期は今月より金貨50枚から100枚に値上げしております」
(お? さっき1階の旅行客も揉めていたたな。値上げなんて聞いていないんだけど。相場も分からんけど)
「ふむ、まあ仕方ないな。分かった。問題ないので手続きを進めてくれ」
「おい、2名様分の発券の準備を進めてくれ」
「はい。畏まりました」
イルゼはだいたい3ヶ月以内に全大陸を回ってアマンテの試練を達成できると考えているようだ。
ニイグラマ所長は配下の女性の魔族に指示すると、そのうち1人は定期券の発券作業のためか、応接室から出て行った。
「ほれ。300枚だ」
イルゼは腰につけていた小袋から、その袋の体積の数倍の金貨をジャラジャラとテーブルの上に出した。
どうやら魔導袋が、この暗黒界にもあるようで、自分の分しか出してくれないようだ。
(何かイルゼが少しというか。だいぶ大きいような)
アレンは魔導書から魔導袋を出し、そこから金貨300枚を取り出してテーブルの上に置く。
「失礼します……。こちらはどちらの硬貨でしょうか? 計りを取って来てくれ」
「承知しました。速やかに」
「ふむ。どちらの国の金貨ですかな。この重さと輝き……。金であるのは間違いないようですが、金量が随分少ないようでございますな。失礼します」
別室にあった計りを女性の魔族が持ってきて、ニイグラマ所長自らが券売所の金貨とアレンの金貨の重さを確認する。
(なるほど、人間界と神界の金貨は大きさも一緒で統一されているが、暗黒界は独自の進化した通貨の単位で使用されていると)
人間界の金貨はどの国でも使用できるよう統一されていたことを思い出す。
どこかの国の王族の顔が硬貨の表裏に掘られておらず、5大陸同盟でも取引に支障がないよう単一の規格の通貨を発行するよう決められていた。
何でもエルメア教会が商神マーネにお願いして、神界の通貨(金量)に人間界が合わせたのだとか、アレン軍の総帥で取引が増えたころ聞いたことがある。
暗黒界でも金貨を通貨として採用しているようだが、大きさも重さも明らかに違う。
「やはり重さが5分の1分ほどしかありませんな。この金貨でも受け付けますが、残り1236枚出していただけますか?」
(5分の1だと。神界に続いて暗黒界も金で溢れているのか)
「どうぞ。ご確認ください。金袋が12袋と36枚と……」
魔導袋から100枚入りの金袋と端数の金貨をジャラジャラと出すと、部下の魔族と一緒に所長が確認する。
ちょうど数え終わったところでもう1人のアレンとイルゼの雷神船の定期券の発券作業が終わったようだ。
「それでは失礼します。ご対応ありがとうございました」
「アレン様。……もし、心配ならフードを被っておいた方がいいですよ」
「そのようにします。突然の来所に関わらずお心遣い感謝します」
銀の盆に載せた2枚の定期券をそれぞれ受け取り、所長に礼を言って、販売所を出て雷神船に向かう。
既に乗船が始まっており、続々と魔族たちや獣人たちが続々と伸びたタラップから乗り込んでいる。
タラップは1つなのでさすがにここは一緒に並んで発券したばかりの定期券を搭乗員に見せつつ、アレンは雷神船に乗り込む。
「定期券で部屋の指定がない方は、8階の自由室となります。同じ階層で飲料水の販売もしております。個室から外に出る際は、鍵を閉めることをお勧めします」
(ビジネスホテルみたいだな)
「分かりました」
雰囲気で案内されるままに電気がバチバチなっているエレベーターぽいものに乗って8階を目指す。
個室部屋が通路の左右をビジネスホテルのようにズラッと並んでおり、内側からカーテンが掛かっていたりするのは既に埋まっている部屋のようだ。
通路は遥か先と100メートル以上続いているのだが、窓から中を覗き込んでいくとかなりの部屋が既に埋まっていた。
(自由席から埋まっていくのかな。カプセルホテルみたいだな。お?)
ガチャ
向かって右側の通路にある部屋を見ていたアレンと違い、イルゼは左側の部屋で空いている部屋を発見したようだ。
「何だ?」
「ん?」
「お前は別の部屋を探せ。一緒に寝てはやらないぞ」
イルゼはアレンが入らないよう素早く部屋を閉める中、アレンは初めて笑ったなと思うのであった。





