第870話 暗黒神アマンテ
暗黒神アマンテが暗黒騎士イルゼの体を依り代にして、アレンが人間界から持ってきた魔剣オヌバを自らの下へ持ってくるように言う。
ガチャ
「さっさと出ろ。暗黒神様がお待ちだ。日が暮れる前に神殿に着きたいからな」
「はい。速やかに」
創生スキルの経験値を上げるセットの片付けをしていたら催促されてしまった。
イルゼはアレンが出るとついてこいと言わんばかりに地下牢の階段を上がっていく。
「分かっていると思うが暗黒神様に失礼のないようにな。ベスペルと違って暗黒神様は甘くはないぞ」
「気を付けます。あと、守護番長様。数日間、食事も出していただきありがとうございました」
「うむ。もう二度と戻ってくるなよ」
この砦を預かるタブロス守護番長に頭を下げて礼を言って、イルゼの下を追う。
否応なく牢に3日間も入れられ、口に合わなかったカチカチのパンと冷えたスープの支給もあったが、おかげで暗黒神に会う道筋が通った。
「早くしろ。ブリッケン守護番長補佐よ。アレンのためにコケトリスを1体貸してくれ」
「はい。たった今」
地上に上がったイルゼがアレンの背後についてきたブリッケンに対してコケトリスを出すように言う。
話の流れを理解したブリッケンは既に地上に上がっており、鳥舎に入れられていたイルゼが乗ってきたコケトリスを出していた。
休憩していたコケトリスは食事中で、まだ十分休めていなかったのか、アレンが見ても分かるほど不満顔だ。
(なるほど。コケトリスで神殿に向かう。1人乗り用みたいだし俺の分も貸してくれるのか)
コケトリスは馬のように2人乗りができるほど背中が長くない。
「それには及びません。私も『スキルで出す』ことができますので」
「『スキルで出す』だと?」
「フラン出てこい」
『キュイ!!』
アレンは1体の鳥Cの召喚獣を召喚した。
前世で新生代に現われたティタニスに似た怪鳥の魔獣をコケトリスとこの暗黒界は呼ばれているようだ。
ヒクイドリの姿をした体高2メートルの鳥Cの召喚獣よりも一回りほど大きい。
「見たことないコケトリスだ。人間界のものとやらか。不思議な力だな」
「はい。こちらで暗黒騎士様の後を追わせていただきます」
『キュイイイイイ!!』
共有してアレンの指示を聞いてくれる召喚獣に乗った方が何かと便利だ。
鳥Cの召喚獣自体も久々の役目があって、なんだか気合が入っており嬉しそうだ。
「分かった。私の後をついてこい。グズグズするなよ」
「気を付けます」
イルゼがコケトリスに乗ると振り向くこともなく突っ走り始めた。
アレンはフランに乗って道なりに後を追う。
(さて、神殿まで直線距離でも300キロメートル以上あるな。この島の面積だと明らかに日本よりも大きいし。ただ途中の街には寄らない感じだな。この速度なら半日もかけずに着きそうな予感)
全長1000キロメートルある円状の島とあって、端から端までなら日本が長いが、面積は日本の2倍ほどとかなり大きい。
海に面した場所には漁村が点在しており、村民が漁業を営んでいる。
中腹にはいくつかの砦、村、街があり、森や草原を切り開き、魔族たちがそれぞれの形態で暮らしを営んでいる。
島の自然は、島の中心から小さな支流の川がいくつか集まって大きな河川となって海岸へと繋がっている。
(森もあって川もあって、この辺りの恵みは暗黒神が支えているのかな。世界樹みたいなのはこの島には見当たらないが、人間界と違うのか)
神界に行くことによって人間界の恵みを神々が精霊や世界樹、豊穣神が支えていたことを知った。
この世界にどれほどの神がいるのか知らないが、魔族が生きていくだけの恵みを与えているのだろう。
「……貴様の奇妙な鳥はなかなかの速度だな」
「ありがとうございます。暗黒騎士様、当方の鳥はまだまだ余力はございますのでお気になさらず」
成長レベル9まで上げ強化している鳥Cの召喚獣の素早さは35000ほどに達する。
目の前に走るコケトリスの7倍ほどの速さなのだが、かなり加減して後を追っている。
『キュウイ!!』
「……ふん、だったら飛ばさせてもらうぞ。暗黒神アマンテ様がお待ちだからな」
(だったら天の恵みでコケトリスの体力を回復させてと)
パアッ
背後からこっそりイルゼの乗るコケトリスの疲労を回復させる。
それでも遅いコケトリスの後を追って、アレンたちはほとんど休憩をとらず道づたいに進み、巨大な神殿の前に辿り着いた。
ワラワラと門番をした魔族がアレンたちの下に寄ってくる。
「これはイルゼ様、お帰りなさいませ」
「そちらの者は?」
「暗黒神様が呼んでいる者だ。通させてもらうぞ」
「は!!」
「は!!」
門番と思われる魔族たちはアレンを見て怪訝な顔をして覗き込まれたものの、暗黒騎士イルゼの言葉にフリーパスらしく、巨大な門を開いて通してくれる。
「フラン、またな」
『キュイ!!』
アレンは鳥Cの召喚獣をカードに戻して魔導書のホルダーに戻した。
「……随分便利な力だな。こい、この上に暗黒神様はいらっしゃる」
「はい」
コケトリスを鳥舎の魔族に渡したイルゼが神殿の中を案内してくれると言う。
巨大な神殿の中は、白亜の宮殿の魔王城と比べて同じ大きさなのだが、明かりが十分ではなくおどろおどろしい。
(ドラキュラ城かな。音楽の教室のカーテンがあんな感じだったな。元々日の光が弱い世界なのに斜光カーテンなんか使わなくていいのに)
窓に貼られた厚手の漆黒のカーテンを見ながらアレンはイルゼの後をついていく。
黙々とらせん状の階段をいくつも上がって、上の階段のない階層までやってきた。
最上階と思われる階層をつかつかと進むと10メートルを超える大きな扉がある。
剣を持った騎士が2名ほど扉の前に立っているのでイルゼが話しかける。
「アマンテ様はおいでか?」
「ん? あ、ああ、もちろんだ」
そいつも通すのかと言わんばかりに怪訝な目でアレンは見られたが扉を開けてくれる。
(暗黒神アマンテか。創造神エルメアとの戦いに敗れ暗黒界に閉じ込められた3つの世界に3柱しかいない最上位神のうちの1柱か。鬼が出るか蛇が出るか)
アレンの脳内の思考が一気に加速し、扉の開きが実際と違いとてもスローに感じる。
人間界で調べた神々の歴史、そして実際に神界を冒険し、神々の成り立ちをアレンは知っている。
100万年前、日の神アマンテと法の神アクシリオンは、創造神エルメアに敗れ、暗黒界に封印された。
アマンテは暗黒神と呼ばれ、敗れた際に肉体がいくつも分かれたアクシリオンは邪神と呼ばれるようになる。
だが、エルメア、アマンテ、アクシリオンは3柱しかいない最上位神だ。
神界に10柱いると言われる獣神ガルム、大精霊神イースレイ、豊穣神モルモル、剣神ネスティラドよりもはるかに力を持っているとされている。
魔王城で苦戦を強いられた魔王の配下の魔神オルドーや死神クリーパーよりも格上の神が扉の先にいる。
(敗れて暗黒界に送られた時に力を失ったとかなっていなければいいけど)
『中にお入り。私のかわいいイルゼよ。アレンと共にな』
30過ぎの若くない中年の声で誘われる。
「はい」
「失礼します」
先ほどのアレンに対する強めの態度のイルゼは目の前にはいない。
口調からも明らかに緊張しているのだが、それはアレンも同様であった。
(何かすごい圧迫感を感じるな。ニヤニヤしているだけのようだが)
広間の奥には玉座があり、紫色のローブを着た全長10メートルほどの巨大な女性が席についている。
アレンを見て微笑を零しているなと思いながらも、玉座の手前でイルゼが跪いたので、アレンは一緒になって膝を曲げた。
「暗黒神アマンテ様の指示のとおり、アレンを連れてまいりました」
『随分、早く戻ってきたね。私のかわいい、暗黒騎士イルゼよ』
「は!!」
(今だ。この機会に。クワトロ)
アレンは肩に忍ばせていた幼雛化したクワトロに特技「鑑定眼」を指示した。
パンッ
「ぱん?」
パアッ
肩に乗ったクワトロの重みが消えて光る泡に変わったことに注視することなく、アレンが視線を上げてアマンテを見た。
アマンテの右の指先がアレンを向いており、どうやら魔法弾か何かを飛ばし幼雛化してステータスが半分になっているのだがそれでも3万近いステータスのあるクワトロを、一瞬で倒したようだ。
(魔力弾か何かを飛ばしてきた。って? え?)
驚きながらも視線をアマンテに移すとニヤニヤした笑みを辞め、無表情でアレンを見ていた。
だが、この表情にアレンはとてつもない圧迫感を覚える。
魔王城では魔王たちの策略でオルドーとクリーパーの2柱の上位神もいたが恐怖はなかった。
だが、座っているだけのアマンテを見ると底なしの絶望が思考を満たす。
視線を向けていられないと必死に頭を下げると、自らの足がガタガタと痙攣するように震えていることに気付いた。
さらにイルゼを見ると肩まで震わせてしまっている。
(あ、足が震えて動かぬ。俺は殺されてしまうのか)
世界の終りのような絶望的な気持にすらなるのだがどうしようもできない。
『アマンテよ、あまり可哀そうなことをするでないぞ』
『ああ、勝手に鑑定しようとしたからお仕置きしたまでのことよ』
急に体の自由が利いたような不思議な感覚がする。
全身を鎖で縛られていたのだが、突如解放されたような気持ちで突如聞こえた聞き覚えのあるようなおじさんの声の方へと視線を移す。
窓の側に頭部だけがごろりと床に転がり、こちらを見ている。
全長は2メートルを超え大人の男よりも大きいスキンヘッドの口から顎まで白い髭を蓄えている。
(いつからそこにいたんだ。こんなデカイ首が落ちているのに違和感すら覚えないとかあるのか?)
視界の端にいたとはいえ、窓の側にある巨大な物体を見逃すはずがない。
暗黒神アマンテとの交渉のため知力を限界まで上げ、神殿に臨んだアレンがなぜこんなことにと思う。
アレンはゆっくりと視線を正面のアマンテに戻した。
『……』
だが、視線を戻しアマンテに向き直ろうとすると、それ以上のことが起きた。
玉座のとなりには無の世界で離ればなれになったビルディガがアマンテの前に無言で控えるように立っていた。
(いつから? 最初からそこにいたのか? 思考を制限するほどのデバフを受けていたのか。いったいどれほど力の差があるんだ)
10万を超えるアレンの知力がどれほど下げられたら、目の前に立つビルディガの存在が分からなくなるのか。
何をしたとも言えない暗黒神の力の一旦を感じてしまう。
『どうしたんだい?』
「いえ、何でもございません」
アマンテに声をかけられ、アレンは頬に冷や汗を流すのであった。





