ウムスの過去
「ねえ、シルト。どうして君は僕をそんな風に使うの」
シルトと呼ばれた少年はきょとんとした。
「え?だって、楽しいじゃん、人を苦しめるの」
そういったシルトの顔は狂気に輝いていた。
この時代、精霊は人間に絶対服従だったため、契約主に文句を言うことなど、できなかった。
「ねえ、シルト。もうやめてよ」
何度もウムスは頼んだ。それは次第に悲痛になっていく。
シルトは、ウムスの力を人殺しに利用したのだ。
「もう、やめようよ」
血濡れた手を握りながら、ウムスはシルトに幾度となく訴える。しかし、シルトは祖rを聞き入れず、だんだん行動は激しくなっていった。
時がながれ、シルトは大人になっていた。しかし、シルトはやめなかった。
ウムスの手によっていったいどれほどの人の命が落とされただろう。
ウムスはもう疲れていた。
契約の解除は人間からしかできない。もしくは契約主が死んだときに、勝手に契約は切れる。
「そうだ、ウムスを殺せば、自分もここから解放される」
この、嫌な殺人の繰り返しから。
そう思いついてから実行するまでにさほど時間はかからなかった。
ある夜。シルトが寝たころを見計らって、自信を起こし、地割れを作った。そしてシルトをその中に投げ入れると割れ目を閉じた。
ウムスは心を痛めながらも、シルトを殺してしまったのだ。
そののち、ウムスは精霊主のもとに向かい、赦しを乞うた。
「そこで、精霊主様は、僕を赦してくださったんだ。
その時に契約主に絶対服従のおきても、人間からしか契約を解除できないというおきても破れた。まさかあんな人間がいるなんて精霊主様も御存じなかったので。
それどころか、恐れ多くも精霊主様は僕に一つ、願い事をかなえてくださるとおっしゃったんだ。ちゃんと見守っていなくてすまない、と」
「私を、殺してください」
ウムスの口から真っ先に出た言葉はそれだった。そんなウムスに精霊主は笑った。
「それならば、何のために、お前を赦したのだ」
「ならば、せめて、私に、罰を。罰を与えてください。
そうだ、私から、光を奪ってください。私がもう二度と、醜いものを見なくてもいいように。そして私がこの先一生苦労するように」
ウムスが次に気が付いたとき、ウムスの視界は真っ暗だった。ああ、精霊主様は自分の願いを聞いてくださったのだとウムスは安心した。
初めは見えないことに慣れず、いろんなところにぶつかったり、周りの人に迷惑をかけたりしたが、やがて気配だけで何がどこにあるのかが大体わかるようになっていった。
「アストフェリ、ウムスよ」
精霊主が再びウムスに声をかけたとき、ウムスが生まれ落ちてからすでに数百年は経過していた。
「アストフェリ?私が?」
ウムスは心底驚いた。何人もの人を殺め、苦しめ、あまつさえ契約主すら弑した自分がアストフェリになる資格があるとは到底思えなかったからだ。
「ええ、あなたがアストフェリになるのです。
不本意でしょうが、あなたが人を殺めたことにより、あなたの力は飛躍的に上がったのです」
ウムスは苦い顔をした。
「わかりますが、受け入れなければなりません。いつかあなたのすべてを受け入れてくれる人が現れるでしょう。
その日まで我慢しましょう」
ウムスは黙っていた。
「信じなさい。そうすればおのずと答えが見つかります」
「それは、無理です、精霊主様。私の両の手はもう血にまみれているのです。
私は大きな咎をおかしましたから、もう、この命など、なくなってもよいとずっと思ってきたのです。私が死んだところで、私が殺した命がよみがえるはずなどないのですがね」
そしてウムスは自嘲気味に笑った。
「私は誰も信じてはいません。信じてはいけないのです。ですから、私は誰からも信じてもらえるわけがないのです」
精霊主は微笑んだ。
「いいでしょう。信じられないのなら、それでも結構。ですがあなたはいつか私の言葉が正しかったのだと気づくでしょう」
そういって精霊主は去って行った。




