カンディの容体
コンコン、とスリンの部屋の扉がたたかれた。
王の喪が明け、即位式の支度をしていた矢先である。
「エル・カンディが、何者かに襲われました」
侍女の声にスリンの顔は青ざめた。
「すぐに行くわ。案内して頂戴」
「しかし、お支度はよろしいのでしょうか」
スリンは断固としていくと言い張った。
「そんなの、関係ないわ」
しばらく押し問答が続いたが、やがて侍女が折れた。
「分かりました。どうぞこちらへ」
即位式の前とあって王宮内はしんとしていた。多くの貴族たちは、聖堂に、民衆は広場の前に集まっているのだろう。
永遠に続くかと思われた、長い廊下を抜け、長い階段を下り、ある部屋の前で、侍女は立ち止った。
「こちらです」
それは、小さな白い部屋だった。
「ありがとう」
お礼を言って、スリンは部屋の扉をたたいた。
「スリンです。入ります」
部屋の中には小さな寝台と椅子が置かれており、椅子には医術師が座っていた。
「王女殿下、よいのですか、即位式の支度をなさらなくて」
「カンディの様子を見たらすぐに行くわ」
医術師は、なるほど、とうなずき、スリンを寝台の前に通した。
「どうぞ」
「カンディ」
そこには蒼い死人のような顔をして横たわっているカンディの姿があった。
スリンはしばらくカンディの顔をじっと見ていたが、何を思ったか、急にカンディの額に口づけた。
「な、何を……」
医術師は突然のことに驚いたが、カンディの瞼が震えだしたのを見て、はっとした。
「殿下」
カンディがスリンを呼んだ。
「分かる?」
「ええ、わかります。しかし、いいのですか、即位式の方は」
スリンは笑った。
「医術師とおんなじことを言うのね。
あなたの様子を見に来たのよ。
ねえ、カンディ、動ける?」
カンディは少しの間格闘していたが、やがて哀しそうに首を横に振った。
「動けないみたいです……。
たぶん、わたくしの意志で動かせるのは瞼と口くらいのものなのではないでしょうか」
スリンは、微笑んだ。それは、とてもやわらかい笑みだった。
「それならば、即位式の後で寄りますわ」
そういって、医術師に一礼をして、スリンは部屋を出た。扉の外で侍女が待っていたらしい、スリンが侍女に謝る声が聞こえた。
二人の足音が聞こえなくなると、医術師はカンディに尋ねた。
「なあ、大臣さん、あんた、殿下のことが好きなんじゃないか」
「どうして、そう思うのです」
カンディは平然と切り返した。
「ほら、よくおとぎ話にあるだろう。
眠っているお姫様が愛する王子様の口づけで目を覚ますってやつが」
そう、医術師は面白そうにいい、この場合は男女逆だがな、とつづけた。
それを聞いたカンディは明らかに気を悪くしたようだった。
「それならば、殿下が僕を好きだということになる。それは、ありえませんよ」
医術師は笑った。
「それは、どうだろうねえ」




