何処にでもありふれた出会い
立ち込める紫煙、蔓延する酒気、そして耳朶を打つ喧騒。
ここは「ジャスティアの街」、そして冒険者ならば誰もが最初に立ち寄る冒険者ギルド屋内。
そんな中で、2人の少女は出会った。
……と言うよりも、言い争っていた。
喧騒と熱気、怒号と哄笑、喜色と憂色。決して狭いとは言えない屋内は、様々な感情の坩堝と化していた。
「……なんか文句でもあるん?」
そんな中でも、彼女の発する声音は妙に通りがよく、聞いている者の耳朶を打っていた。……不機嫌さを隠す事もなく。
「べ……別に、そんな事は言ってないでしょうっ!」
対するもう一方の声は、違った意味で響き渡り、周囲の活況を押しのけて相手に届けられる。ただし、その澄んだ声には些かの怒気が込められており、相手を不快にさせるに十分だった。
「……じゃあ、ほっといてんか。……あんたには、関係ないやろ」
独特の方言は、この「ジャスティアの街」の西方にある「フィーアトの街」、その西にある「ヤサール村」近郊でよく聞かれるものだ。珍しいと言うほどではないのだが、あまり聞きなれない発音である。
また……妙にきつく当たられていると感じられ、感情を乗せれば不快感を与えるのは間違いない。実際、相対している少女もその様に感じたようだ。
その少女の発した言い様は、疑問形ではなく断定したものであり、どこか突き放すように受け取られた。
「か……関係ないってねぇっ! 私はあんたに、せっかくだから一緒にどうって……!」
「……それが余計なお世話やって分からんのん?」
先ほどからこの2人のやり取りは、言葉は違えど、同じ内容を堂々巡りしているものだった。全く進展する兆しが見えない。
半ば言い合いや、もしくは喧嘩に発展しそうなやり取りなのだが、周囲の反応はこの2人を気にした様子がない。というよりも、この2人に付近の者たちは興味さえ感じていないようだった。
それも当然の話で、ここは〝始まりの街〟とも呼ばれる「ジャスティアの街」の冒険者ギルド、その受付前である。多くの冒険者が集まり騒がしいのだが、血の気の多い者も多く、常にそこかしこで諍いの種が芽吹いている。
そんな中で少女2人の……しかも、如何にも新米ですと言った出立をしている者たちのじゃれあいを、今更気に留める者など皆無なのだ。
もっとも、当の本人たちはふざけあっているつもりなど微塵もない。
「あんたねぇ! 言い方ってのがあるでしょうが! 少しは気にしなさいよ!」
「……あんたに気ぃ遣う必要を感じんなぁ」
「だからあんたはっ!」
先ほどから全く話に進展が見られず、肩までの美しい金髪をした少女が綺麗な碧眼に怒りを滲ませて、もう一方の少女へとにじり寄っていた。
一方、金髪少女に詰め寄られつつある少女は怯む……様子など見せず、漆黒の双眼をきつく細めて迎え撃つ姿勢だ。
白い肌に黒い瞳、そして美しく黒い髪が映え、華奢の様に見えるがこちらも目を引く美しさがある。
ただこの黒髪の少女は見るからに細身であり、一方の金髪少女と比べるとどうにもひ弱な印象を受ける。もっとも、そんな少女が強気でいられる理由など……1つしかないのだが。ただしそれも、街中では役に立たないと失念しているのかも知れない。
「まぁまぁ、2人とも。ちょっとは落ち着いたらどうなんだ?」
そんな2人の間に、物好きにも割り込む者が現れた。いやに馴れ馴れしい話しぶりで、自然に割って入るその姿勢を見れば、もしかすればこの少年は2人の少女と知り合いかも知れない。
「……あんた、誰よ?」
「……なんや、馴れ馴れしいなぁ」
しかしどうやらそれは違ったようで、せっかくの仲介も、2人の少女から冷たい視線と冷めたセリフを浴びせ掛けられる結果に終わっていた。
まだ幼さが残るものの、それでも美少女の部類に入ろうかという2人に冷遇されれば、普通の少年ならば動揺も見せるだろうが。
「俺? 俺はニックス。ニックス=バックフォードってんだ。よろしくな!」
2人の少女の誰何を、ニックスは好意的に捉えたようだった。この一幕だけを見ても、彼は非常に前向きでお人好しだと捉える事が出来るだろうか。
外見にこれといった特徴は無く、やや茶色く見える髪は無造作に短く、体躯も目を引くようなものではない。
ただ1つ、彼は好感の持てる非常に良い笑顔を2人に向けていた。ただそれだけで、2人の少女は毒気を抜かれてしまったようだった。
「……はああぁ、変なの。……もう良いわ」
「……なんや、変な奴やなぁ。……やる気なくなったわ。……ほなな」
一気にやる気を失った金髪の少女は脱力し、黒髪の少女はこの場を去ろうとする。ここで起きた小さな諍いは、このまま収束するかに見えたのだが。
「ちょ……ちょっと待ちなさ……」
「なぁ、お前たちっ! 俺たちと、パーティを組まないか!」
金髪少女の方は話が終わっていないと黒髪少女を呼び止めようとするも、その声に被せ気味に、しかもかなり大きな声でニックスが発言した。その言葉に、2人の少女の動きが停められてしまう。
ただしそれは、驚きからではない。多少は吃驚したかも知れないが、彼女たちの心情はまた別のところにあった。
「……はぁ? あんた、レベルは幾つなの?」
「……ウチはこう見えても、もうレベル3やねんけど?」
シレっと自分のレベルを公言してしまうところは、やはり駆け出し冒険者と言っていいだろう。だが、2人の少女が気にしているのは、まさにその部分だったのだ。
「ふっふっふっふ! 大丈夫だっ! なんてったって俺はこれでも、この間レベル4になったからなっ!」
そしてこのニックスもまた、未熟の域を出ていないと言って良かった。
もっともこの発言を受けて、2人の少女は目を見開き、こんどこそ本当にその場に縫い留められてしまったのだった。
この世界には、女神フェスティスの加護が存在する。しかもそれは、はっきりと実感出来る程のものである。
―――その1つが、レベルというものであった。
女神の加護を受けたものは、その加護の強さを数値化したものが授けられる。その数値は、高いほどに強い力を手にする事が出来るというものであった。
様々な経験を積めばその数値は増えていき、更に強い力を得る事が出来るようになり、結果としてより強力な魔物や、難易度の高い事態に対処できる様になるのだ。
「あんたがレベル4ですってぇ?」
「……どう見ても、ウチらとそんなに違わんけどなぁ」
「へっへへぇ!」
外見だけで見れば、13歳の2人の少女とその少年には、それほど違いがあるようには見えない。それほどに……双方ともに幼いのだが。
年齢として、いわゆる一人前と言われるのは15歳になってからなのだが、それは王族貴族や、身分のしっかりしている家の者に言われている通例だ。一般庶民……ましてや貧しい家の出の者たちは、早くに成人扱いされて独り立ちを強制される。
3人の年齢は若いと言えなくもないが、冒険者を生業としている若者にしてみれば、珍しいと言えるほどでもなかった。
「まぁ……人は見かけで判断するなって、よく言われてたっけ」
「……まぁ確かにそうやわなぁ」
傍で聞いていれば失礼極まりない少女2人の言い草だが、当の言われている本人はそこを気にした様子はない。気が良いだけなのか大らかなのか、はたまた抜けているのだろうか。
「そんな事よりも、どうするんだよ? 俺たちとパーティを組むのか? 組まないのか?」
2人の少女が周囲に気を掛ければ、答えを急かすニックスを注視する数名の男女に気が付いた。誰もが若く、一目で低いレベルだと察する事が出来たのだった。
「そうねぇ……。別に良いわよ」
「……そやなぁ。……ちょうどええかも知れんわなぁ」
それを見止めて、2人の少女は殆ど同時に応諾した。
レベル差があってのパーティでは、何かと苦労する事は目に見えている。受けるクエスト内容が高すぎては付いていけないし、低すぎては話にならないからだ。
もっとも今の少女2人は低レベルも甚だしいので、取れる選択肢はそう多くは無いのだが。
「そうか、分かったっ! じゃあ改めて、俺はニックス! このパーティのリーダーをやってるんだっ! ……で、お前らは?」
ここまで騒いでいて、ニックスは2人の少女の名前さえ知らなかった事に気づき、改めて問い掛けた。
そして少女たちもその事に気づいて、少し照れたように自己紹介したのだった。
「あたし? あたしはマリーシェ。マリーシェ=オルトランゼよ」
「……ウチはサリシュ=ノスタルジア言いますぅ。……よろしゅう」
ニックスと言う少年に誘われて、彼のパーティに入る事を決めたマリーシェとサリシュ。
彼女たちはまだまだ本当の初心者であり、これから様々な経験を積んでいくことになる。
楽しい事もそして……辛く悲しい事も。




