第四話-15
「けど、なんでわざわざそこに?」
「穴場なんだよ、祭りの日でも、意外と人が来ねえんだ」
「私たちも、中学生のときにたまたま見つけたんだけどね」
「小西ちゃんたちって、いつから付き合ってるの?」
「それは去年の三月からだよ。幼馴染だから、ずっと一緒にいたけど」
「名目がちょっと変わっただけだな、実際。付き合ってなかったはずの中学のときも、既に周りにはセットで扱われてたし」
「おしどり夫婦なんて言われてたもんね」
「お兄ちゃん、おしどり夫婦って?」
「仲のいい夫婦のことだな」
「結婚してないのに?」
「それはまあその通りなんだけども、そう見えるくらいあいつらがいちゃ……仲良しだったんだろうな」
「否定はせん。特に結衣の押しが強かったな」
「え、逆でしょ? 健人が私にべったりだったんでしょ?」
「え?」
「え?」
真偽はどうでもいいけど、ある程度想像はできるな。昨日みたいな感じだったんだろう。そして多分、当時のあいつらにその自覚はなく、故に記憶も自覚なしの認識で決定されていた、と。そんな感じか?
ちなみにおしどりの夫婦が実は毎年相手を変えるという話は、比較的有名な雑学だ。まああの様子なら、相沢夫妻は破局しないだろうけど。するときは世界が滅亡するときだな。
そんな風に喋りながら、俺たちは坂道を登っていく。草履で山登りするのもどうかとは思ったが、序盤は傾斜があまり急ではないので、思ったより厳しくはない。
ただそれはつまり、その分だけ坂道が長いということだ。あまりのんびり歩いていると間に合わない、と言って、先行する相沢たちは歩くスピードを上げた。俺と御影も引き離されないように後を追って行く。
引き離され、ないように……?
「いやあいつら思ったより健脚だな!?」
「ま、待ってー!」
化学部はインテリのはずだろ、なんであんなに歩速速いんだ!? 俺か? 俺たちが運動不足なだけなのか!?
まあ坂道自体は一本道だから、置いていかれたとて、すぐに追い付けはするんだけども。俺たちは登りきるのに二〇分くらいかかってしまった。
相沢たちはもっと早く登りきっていて、先に展望台に到着してからは、標識を見ながら何か話していたらしい。終盤に至るにつれかなりの急坂になったんだけど、一応車も通るのだろう。標識なんか見て、何を話すことがあるんだろうと思ったけど、拾えた内容を簡単にまとめればこうだ。
「この坂、勾配の平均は二五パーセントだったんだね」
「坂道の勾配って、水平一〇〇メートル進んで変わる高さだったよな。ということは三平方の定理で考えると、歩く坂道の長さは……」
数学の文章問題に出てきそうな男女二人の会話だった。正直なところ、あれの何が楽しいのかはさっぱり分からない。仮にもデート中の男女がする話ではないと思うけど、一〇年以上の付き合いの夫婦がする会話だと思えば、納得はできてしまうのだ。
いやそんなことないな、理系同士の夫婦だと、なにかおかしなことになるのか?相沢と小西が特殊なだけか?
「しかし、祭りの最中にこんなところに連れてきて、どういうつもりだ?」
「すごく、疲れたけど……」
「おっ、お前らも着いたか。疲れた甲斐はあったと思うぞ、見てみろよ」
相沢に言われ、展望台から周りを見てみると、なるほど夜景はそれなりのものだった。北鈴森駅とか鈴森神社駅とかの辺りも見えるし、祭りの真っ最中の神社も見える。江之島方面は……俺の知らないビルが増えてて、ちょっと見通しは悪いけど。
「……まあ、主目的はこれじゃないんだけどな」
「違うのか」
「そろそろいい時間だな、神社の方向いてるといいぞ」
「神社の方……? あっ、なんか聞こえる」
御影が言うので耳を澄ましてみると、確かに何かのアナウンスのような音が聞こえてきた。内容はよく聞き取れない。
「梨花、俺の上から神社は見えるか?」
「うん、見える」
とはいえそのまま待機するのもしんどかったので、木製のベンチに五人で並んで腰かけた。小西と相沢、隣に俺、俺と御影の間に梨花を座らせ、神社側を向いて静かに待つ。
待つこと五分、不意に、笛のような音が夜空に響いた。
何の音か、と思っていると、その答えは眼前で絢爛に花開く。眩い光が腹に響くような音と共に広がり、黒い夜空を一瞬で染め上げる。初めの巨大な一発を合図にして、次々と打ち上がる大輪の花。色とりどりの花火が空を埋めつくし、俺たちの視線を独占した。
そうか、鈴森神社の花火大会か。
惜しみなく舞う豪華な花火に気圧されて、俺はただひたすらに、その美しい花々に見入っていた。
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