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嘘告してきた女の子を助けたら懐かれた話  作者: 春井涼(中口徹)
第一部

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第三話-裏

「二人っきりになるの、朝日出でデートしたとき以来だね」


 東宮くんは塚本先生のことをいろいろ言っていたけど、わたしはこの時間が嬉しかった。


 もっと二人でいろんなところに行きたい。一緒にいろんな思い出を作りたい。一緒に笑いたい。


 だから、こんな時間がいつまでも続いてほしいと思う。


「あら奥さま、今日も仲がよろしいようで」


 なんて小西ちゃんにからかわれたときは、少し恥ずかしかったけど。でも東宮くんも相沢くんに同じようなことを言われて恥ずかしそうにしてたから、それでもいいかな。おそろいだ。


「『銀の羽衣』、本当にあるんでしょうか?」

「俺が訊きたい。この辺り、スーパーとかコンビニとかあるのかな」

「ここに住んでる人達が困るので、何かはあると思いますけど……」

「さすがに自給自足ではないよな?」

「そんなことは……ない、ですよね?」


 電車……ではなくディーゼル車を降りたあとは、東宮くんと少し離れて歩いた。鈴花ちゃんの友達、千夏ちゃんと何か話している。同じ部活だから、仲がいいのかな。楽しそうだ。少し、羨ましい。


 だから宿に着いたあと、小西ちゃんと相沢くんを巻き込んで、東宮くんを散歩に連れ出した。そこでは特に何もなかったけど、自然に手を繋いでる二人を見ていると、わたしの自由な手が気になってしまう。


 お風呂から上がったら、東宮くんは相沢くんと卓球をしていた。どっちも球技が得意そうには見えないから想像もつかなかったけど、どうやら東宮くんの圧勝みたいだ。


 でもそんなことより、わたしは東宮くんの手元が気になった。あのラケットはどうして、彼の手の中でくるくると回っているのだろう。あ、止まった。


「まじか、全然自分で気付かなかった」


「体育でテニスやってたときも、ラケット回してたよね」


「え?」


「本当に無意識なんだ」


 無意識でできる動きなのかは分からないけど、少なくとも本人曰く、無意識ではあるらしい。


「手持ち無沙汰だとなんとなく落ち着かないことは、自覚してた」


「……そんなに手が退屈なら、わたしの手でも握っていればいいのに」


 東宮くんには聞こえなかったようで、きょとんと首を傾げている。可愛い。聞こえなかったのは少し残念なような、すごく大胆なことを言ってしまった気がするから、少しだけほっとしたような、不思議な気分。


 食堂に行くまで並んで歩く。東宮くん、まだドライヤーしてないんだ。ちゃんと乾かさないと変な癖が付いちゃうよ、わたしがドライヤーしてあげようか、とはさすがに言えない。小西ちゃんは付き合ってるからできるけど、わたしはそんな大胆なことは言えない。


 でも髪に触ってみたい。何か口実、口実はないだろうか。結局、いい口実は思い付かないまま食堂に到着した。って、今度はスプーン回してる……。ラケットはともかく、スプーンみたいな小さいものでも回せるなんて、もしかして東宮くんって、本当に器用なのかもしれない。


 ご飯を食べて、皆で一つの部屋に集まってばば抜きを始めた。文芸部の部長さんがとても弱かった。完全運任せのこのゲームで、どうやったら二回連続で負けることができるのだろう。二人ならともかく、六人もいるのに。膝枕、いいなあ。


 その場ではただ見ていることしかできなかったけど、解散して部屋に戻ってから、小西ちゃんがこんなことを言ってきた。同室の後輩は隣の部屋にいて、今は小西ちゃんと二人きり。内緒話には絶好の機会。


「実はさっき、文芸部の後輩の男の子と、連絡先交換しておいたんだけどね」


「えっ……浮気?」


「んなわけあるかい。急に冗談飛ばしてくるからびっくりしたよ。健人に頼んでも良かったんだけど、どうせ潰れて動けなくなるだろうなーって思ってたからさ、そしたら案の定」


 何の話……?


「それで、東宮くんのもう一人のルームメイトと連絡先交換しておいて、東宮くんの動きを教えてもらったわけだよ、寝たならそれで終わりだったんだけど。その前に御影ちゃん」


「?」


「御影ちゃんってさ、東宮くんのこと、好き?」


 内緒話の正体はこれ!? 急に何の話!?


「いや別に、あの、好きとかそういうのじゃ、ないんだけど!」


「ごめんそれ図星の反応なんだわ」


「本当に、そういうのじゃ、なくて……自分でも、よく分からなくて」


「あー、そういう段階かー。それなら確かめてみた方がいいかもね。そのためにも、東宮くんの現在地を御影ちゃんに教えてあげよう」


 部屋にいるはずでは? そんなわたしの考えが顔に出ていたのか、小西ちゃんはくすりと笑う。


「それがねえ、さっき、散歩に出たらしいよ。散歩というか、どこか静かに作業できる場所を探しに行ったみたい。スマートフォンだけ持って行ったってさ」


「……それで」


「行ってきなよ。それで、自分の気持ちを確かめるの。でもそうだなあ、ただ隣にいるだけだと分からないかもしれないし、膝枕とかさせるのもありかも。さっきしてほしそうに見てたし」


「なんで分かっ……あっ」


「ほら、あとは自分の心に素直になるだけだよ」


 そうやって外に出され、小西ちゃんに教えてもらった場所に行ってみる。本当にいた。東宮くん、ベンチに座ってスマートフォンで何かをしている。集中しているのか、わたしに気付く様子はない。そっと隣に座っても、気付きはしたみたいだけど、気にはしていないみたいだ。声をかけてみることにした。あくまでもたまたま見つけたみたいに。


「部屋に戻るんじゃなかったの?」


 そこで東宮くんが顔を上げた。


「御影か……そっちこそ、もう寝てるんだと思ったけど」


「わたしは眠れなかったから出てきてみたら、東宮くんがベンチにいたから」


 ちょっと苦しい言い訳だろうか。でも他に思い付かなかったから仕方ない。こうして話していても、東宮くんの手はほとんど止まらずに動き続けている。


「それで、東宮くんはここで何してるの?」


「え? ああ、これ? 寝る前に小説書いておこうと思って」


「昼間に書いたのかと思ったけど 」


「書いたよ、これは全く別のだけど。ほら、さっきも話したけど、深夜テンションで書く小説が一番面白いから」


「部活と趣味で別の小説書いてるってこと? すごいんだね」


 わたしは複数の絵を同時並行で進められないタイプだ。途中で別の絵に手を付けちゃうと、頭の中がこんがらがって、上手く書けなくなる。だからいつも、一度描き始めたら最後まで一気に描くようにしている。


「その分誤字が多いんだけどね」


 という謎の謙遜が入ったけど、わたしは一気に描いていても線画のとかレイヤーの選択とかよく間違える。


「ねえ、東宮くん」


「うん?」


「眠くなるまで、一緒にいてもいい?」


 少し大胆なことを言った気もする。でもこれからやろうとしていることに比べたら、大したことではない気もする。心臓がうるさい。


「良いけど、黙々と書いてるだけだからあんまり面白くはないと思うぞ。部屋でポーカーでもしてた方が良いんじゃないか? そのまますぐ眠れるし」


「ポーカー?」


 なんでポーカー?


「……今のは忘れろ」


 忘れないと思うけど。


「ここだとうっかり寝落ちしても、俺は助けてやれないぞ」


「大丈夫だよ、動けるうちに帰るつもりだから。……だめ?」


「なんでここがいいんだよ」


「だって、東宮くんのそばにいると落ち着くんだもん」


 そう言うと、東宮くんは仕方なさそうに承諾してくれた。でも嘘だ、一緒にいたらどきどきして落ち着かない。


「分かったよ、好きにしてくれ」


「うん、ありがとう」


 だけど、時間には逆らえなかった。じっとしていると徐々に眠気が襲ってきて、耐えられなくなる。東宮くんはずっと画面と睨めっこしながら一心不乱に指を滑らせていて、わたしを気にしてる様子はない。むう、少しくらい意識してくれてもいいのに。


 眠くなるまで、と言った通りにするなら、本当はもう、部屋に戻らなくちゃいけないところかもしれない。でもそれだと最初の目的を達成できない。でもどうやって、東宮くんに膝枕してもらえばいいんだろう。そうやってずっと考えていたら、


「その、ベンチで小説書いてたら御影が来て、そのまま寝ちゃったんで連れて行ってもらえないかと。……すまん、とても助かる」


 東宮くんが誰かと話しているのが聞こえてきた。ベンチの側に誰かいるの? あれ、わたし何してるの?


 身体を動かさずに少しだけ目を開けて、状況を確認してみる。視界が横向きになってるってことは、わたしは寝ているのかな。でもそれにしては頭の位置が変な気がする。ベンチに転がされているならこんな高さにはならないような?


 気付いた瞬間に身体が跳ねるのを押し留めることに成功したのは、ほとんど奇跡みたいなものだった。大丈夫かな、東宮くんはまだ気付いてないよね? わたし今、膝枕されてる!? いつの間に!? あ、誰か来た。今目を覚ますのは恥ずかしいから、もう少しだけこのままじっとしていよう。


「やっぱそれだよな」


「まあジャージは楽だからね。それで、これは本当にどういうことなの……?」


「寝落ちする前に帰るって言ってたんだけど、気付いたら寝落ちしてて、起こそうとしたらこうなりました」


「だめだ説明聴いても分かんない」


 この声、小西ちゃん? 東宮くんに呼ばれてわたしを迎えに来たの? ……ねえ、今のシャッター音は何? 目を閉じてるから何も見えないんだけど。


「……おい」


「安心して、東宮くんの顔は写ってないから」


「いやいや、御影だけ撮るのも問題じゃないか? ……そしてその写真を俺に送ってくるな」


「これで共犯だね。さてそれじゃあ御影ちゃんだけど」


 ちょっと待って、わたしを写真に撮って東宮くんに送ったの!? なんでそんなことするの!?


「正直な話、御影ちゃんが寝たままだと私一人で部屋まで連れて行くのは無理だから、東宮くんにも手伝ってもらうからね。本当に寝たままだったらだけど」


「……うん? それはどういうこと?」


「こういうこと。ほらほら、寝たふりしてると東宮くんに御影ちゃんの秘密ばらしちゃうよ」


 あっこればれてる。本当はもう起きてて寝たふりしてるだけなのばれてる! あと秘密って何! お、起きなきゃ。でも前から起きてたようには見えないようにしないと。わたしはゆっくりと身体を起こすことにした。


「う……」


 実際に寝起きだから身体が重い。小西ちゃんが差し出してきた手を掴んだら一気に引き寄せられて、思わず立ち上がってしまう。


「ってことだから、あとはこっちで連れて行くからね」


「あ、ああ。よろしく……?」


 連れて行かれちゃうんだ。最後にこれだけは言っておかないと。


「おやすみ、東宮くん」


「うん、おやすみ……」


 そしてしばらく歩き、ベンチから離れたところで、小西ちゃんに訊かれた。


「それで、ちゃんと確かめられた?」


「……うん」


「そっか、じゃあ後は、これからどうやって東宮くんを落とすか、ゆっくり考えようね。といっても、今夜はもう寝たいけど」


 はっきりと自覚してしまった、傍を離れたくないって。


 わたしは、東宮くんを好きになっていたみたいだ。

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