第二話-15
昼食の後、委員会の用事があるとかで小西がいなくなったので、俺は距離を詰めて声を潜め、今度こそ普段の仕返しのつもりで相沢に言った。
「ところで、昨夜はお楽しみだったみたいだな」
誰もが知っている有名なRPGに実装された宿屋の主人の台詞だが、たまには現実でも効果を発揮することもあるようだ。
「……お前こそなんで知ってんだよそれ」
「おお、本当にお楽しみだったんだ。小西が昨日からお前と一緒だったって言ってたし、お前は寝不足らしいし、そうかなーと。眠れなかったか、そうかそうか」
「確かにそうだけど無駄なく当てられるとなんか腹立つな。というかそこまで言うなら、こっちも言いたいことはあるぞ」
仕返しの仕返しとな。報復合戦は戦争の火種になるのが歴史というものだが、悪化しないかが心配だ。まあ多分、やり合う内容がこの程度なら喧嘩にはならないだろうし、大丈夫だとは思うが。
会話の流れからして内容は大方想像がつくし、実際想像から大きく外れたものは飛び出してこなかった。
「昨日デートしたんだろ? どうだったんだよ」
「正直な話、(午後のことは)あまりよく覚えていない」
「最低かお前」
「動機からしてな。嘘告白の件でなんかお礼させろって言うから、じゃあ小説の参考資料になってもらおうかと思っただけだし」
「執筆の参考のために彼女欲しいって、前から言ってたもんな。まじでやるとは思わなかったが」
「合意の上だ」
「覚えてないんじゃ意味ないだろ。なんだよ、つまらん」
それはそうだ。情報収集に失敗したので、結局振り出しに戻ってしまった。それも確かに惜しいことではあるのだ。少なくとも俺の場合、経験を利用する作戦はだめらしい。ということは、他の手段が必要──例えば。
「……次の部誌に載せる小説、お前らモデルで書いていい?」
「出来上がったら真っ先に読ませてくださいよ、先生」
「無敵かこいつ」
でもよし、言ったな。言質は取ったぞ。
「けどもったいねえなあ、ついに東宮にも春が来たと思ったのに」
俺の思うもったいないと違う。
「秋だよ秋。紅葉が綺麗なのは一瞬、明日には散って、すぐ冬が来るって。緑の生い茂る未来がある春とは、似て非なるものだ」
「ここぞとばかりに詩的な物言いだな、さすがは文芸部。しかしそれにしても……はあ、こいつは難題だ」
俺の恋愛事情に関して、なぜ相沢が腐心しなければならないのか。そんなにダブルデートがしたいか。すると相沢が、おもむろになにか言い出した。
「犬も歩けば?」
「……急になんだ、藪から棒に」
「いいから答えろって。犬も歩けば」
「棒に当たる」
「馬の耳に」
「念仏」
「毒を食らわば」
「皿まで」
「据え膳食わぬは」
「男の恥?」
「よく言った、行ってこい」
背中を叩き、相沢が指さすのは、昼食を終えて本を読んでいるらしい御影の姿。あれ昨日買ってためよミスか? そういえば菅野台の図書館にもあったな、今日は予定もないし、後で読んでみるか。ではなく、
「何させる気だてめえ」
意図に気付いた俺は相沢の脳天に手刀を落とした。
まったくこの愛妻化学者め、油断も隙もあったものではない。
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