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【第3章完結!】国を捨て、悪役令嬢は優雅な旅に出る  作者: 月雅
第3章

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第10話 悪役令嬢はどこまでも



空は、どこまでも高く澄み渡っていた。


遮るものは何もない。

かつて王都で見上げた、結界に切り取られた狭い空ではない。

帝都の空を覆っていた、煤けた黒い雲でもない。

無限に広がる、自由の色をした青。


「……良い天気ですね」


私は呟き、眩しさに目を細めた。

街道の砂利を踏みしめるブーツの音が、ザッザッと心地よいリズムを刻んでいる。

昨日の足の痛みは、一晩眠ったら嘘のように引いていた。

カイルのマッサージのおかげかもしれないし、あるいは単に、心が軽くなったからかもしれない。


「ああ。絶好の旅日和だ」


隣を歩くカイルが頷く。

彼は私の荷物の大半を持ってくれているのに、足取りは羽のように軽い。

時折、道端の草花に目を留めたり、遠くの山を眺めたりしているその横顔は、憑き物が落ちたように穏やかだ。


「カイル様、地図を見せてください」

「はいよ」


手渡された地図を広げる。

私たちは今、帝国の南端、国境付近の街道を歩いている。

ここを越えれば、中立都市群が広がる穀倉地帯だ。

美味しいパンと、新鮮な野菜、そして何より「市場」がある。


「まずは換金ですね」

私は懐の手形をポンと叩いた。

「この手形、帝国国立銀行の刻印入りですから、どこの国でも最高レートで取引できます。まずはこれを元手に、当面の活動資金を確保しましょう」


「活動資金か。……また何か作る気か?」

カイルがニヤリと笑って覗き込んでくる。


「当然です!」

私は鼻息荒く宣言した。

「家を失ったままなんて、私のプライドが許しません。テント生活も悪くありませんが、やっぱりふかふかのベッドと、いつでもお湯が出るお風呂は必須です」


私はポケットからメモ帳を取り出した。

昨夜、テントの中で眠れずに書き留めた、新しい設計図のラフスケッチだ。


「見てください。次は空を飛ぶだけじゃ足りません。陸路も、水上も、なんなら地中だって進める全地形対応型を目指します」

「ほう……」

「外見は馬車ではなく、もっと威圧感のある……そう、『城』のようなデザインもいいですね。足を生やして歩かせましょうか? 『ハウルの動く……』いえ、なんでもありません」


前世の記憶にあるアニメーション映画を思い出し、口をつぐむ。

あの記憶はもう、私を縛る鎖ではない。

新しいアイデアを生み出すための、便利な図書館のようなものだ。


「歩く城か。面白そうだ」

カイルは呆れるどころか、楽しそうに目を輝かせた。

「それなら、庭も作ろう。広いテラスで、星を見ながら酒が飲めるような」

「いいですね! 家庭菜園も作りましょう。採れたてのトマトでパスタを作るんです」


夢が膨らむ。

『スイートホーム号』は素晴らしい車だったけれど、あれは私の「逃避場所」でもあった。

嫌なことから逃げて、閉じこもるための殻。

でも、次に作るのは違う。

二人で世界を楽しむための、最高の拠点だ。


「でも、それにはお金がかかります」

私は現実的な話に戻した。

「素材費、加工費、魔石代……ざっと見積もって、手形の金額の三倍は必要ですね」


「三倍か。……結構な額だな」

「ええ。ですから、稼ぎますよ。魔獣狩りでも、魔道具の販売でも、なんでもやってやります」


私は拳を握りしめた。

公爵令嬢だった頃の私は、与えられるだけの存在だった。

家も、ドレスも、婚約者も。

だから、奪われた時に何も残らなかった。


でも今は違う。

私は商売人だ。

自分の手で価値を生み出し、対価を得て、欲しいものを手に入れる。

その過程こそが、生きるということなのだと知った。


「頼もしいな、俺の雇い主様は」

カイルが私の頭をポンと撫でた。

「俺も働くさ。剣の腕なら誰にも負けん。魔獣の素材なら、山ほど狩ってきてやる」


「期待していますよ。……あ、でも無茶は禁止です。貴方の体は、もう貴方一人のものじゃありませんからね」

「分かってる。メンテナンスは頼むぞ」


私たちは顔を見合わせて笑った。

かつては契約書で縛らなければ不安だった関係が、今はこんなにも自然だ。

胸元のネックレスに触れる。

冷たいナットの感触が、私に自信をくれる。

絶対に緩まない絆が、ここにある。


ふと、後ろを振り返った。

遠く、山脈の向こうに帝国の空が見える。

そこにはもう、黒い雲はない。

私の過去。

前世の因縁。

そして、私を捨てた王子や、私を追放した祖国。

それらすべてが、遠い彼方へと霞んでいく。


「……さようなら」


小さく呟いた。

未練はない。

憎しみもない。

ただ、通り過ぎた景色として、記憶のアルバムにしまっておくだけだ。


「行くか」

カイルが手を差し出した。

私は前を向いた。

そこには、果てしなく続く道と、未知の世界が広がっている。


「はい!」


私は彼の手を力強く握り返した。

温かい。

この手があれば、どこまでだって行ける。


「目標金額、金貨十億枚! 期限は死ぬまで!」

私は高らかに宣言した。

「さあ、稼ぎに行きますよ、旦那様!」


「了解だ、奥様!」


私たちは走り出した。

砂埃を上げて、笑い声を響かせて。

悪役令嬢と呼ばれた女と、最強の竜騎士と呼ばれた男。

二人の旅は、ここからが本当の始まりだ。


物語は終わらない。

私たちが歩く限り、道はずっと続いていくのだから。


(完)


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