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【第3章完結!】国を捨て、悪役令嬢は優雅な旅に出る  作者: 月雅
第3章

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第2話 皇帝の取引



私は息を止めて、その老人を見つめた。


広大な私室の中央。

豪奢な玉座に深々と身を沈めているのは、枯木のように痩せ細った男だった。

肌は土気色で、浮き出た血管が蛇のように這っている。

点滴のような魔導チューブが全身に繋がり、生命維持装置の低い駆動音が室内に響いていた。


けれど、その瞳だけが燃えていた。

猛禽類を思わせる鋭い眼光。

衰えてなお、周囲の空気を支配する絶対的な覇気。

鉄と雪の国を統べる支配者、ガレリア三世だ。


「……よく来たな、『異界の知恵』を持つ娘よ」


皇帝の声は、錆びた鉄のようにザラついていた。

咳き込むこともなく、真っ直ぐに私を射抜く。


「そしてカイル。……随分と落ちぶれたものだ。最強の竜騎士が、女の尻に敷かれる傭兵風情とはな」


隣に立つカイルが、ピクリと肩を震わせた。

彼は何も言い返さず、ただ静かに頭を垂れている。

その姿に、私は少しだけ苛立ちを覚えた。

私の夫は落ちぶれてなどいない。

むしろ、貴方の元にいた時よりずっと人間らしく、魅力的になったはずだ。


「お言葉ですが、陛下」

私は一歩前に出た。

「夫の職業選択の自由に、口出し無用でお願いします。彼は現在、当商会の最高戦力として、非常に優秀な働きをしておりますので」


皇帝の視線が私に移る。

面白がるような、値踏みするような目だ。


「ほう。……セシリアからの報告通り、口の減らない娘だ」

皇帝は痩せた指で、卓上の端末を操作した。

空中にホログラムが展開される。

そこに映し出されたのは、私の愛車『スイートホーム号』の解析データだった。

商業都市での戦闘記録、そして王都の結界制御に関わっていた時のデータ。


「単刀直入に言おう。その車を置いていけ」


皇帝は取引の余地などない口調で告げた。

「我が国の地下に眠る『オリジン』……古代遺跡の中枢システムが、限界を迎えている。制御キーが破損し、魔力の暴走が始まっているのだ。だが、貴様のその車に使われている動力炉と制御回路は、オリジンの規格と完全に一致する」


「……一致、ですか」

私は眉をひそめた。

偶然の一致ではない。

やはり、私の技術はこの世界の古代文明と根っこで繋がっている。


「車を分解し、オリジンの代替制御ユニットとして組み込む。そうすれば、帝都の魔力汚染は浄化され、この国はあと百年は安泰だ」


「断ります」

私は即答した。

「あれは私の家であり、全財産です。国の都合で分解されてはたまりません」


「拒否権があると思っているのか?」


皇帝が指を鳴らした。

影から、数人の近衛兵が現れる。

全員が全身を魔導甲冑で覆い、高出力のレーザー槍を構えている。

精鋭中の精鋭だ。


「娘よ。貴様は勘違いしている。これは商談ではない。徴収だ」

皇帝の声が低く響く。

「その車を差し出せ。さもなくば、カイル・ドラグニルを『国家反逆罪』および『敵前逃亡罪』で即刻処刑する」


空気が凍りついた。

カイルへの処刑宣告。

それは私にとって、車を奪われる以上の脅しだった。


「カイルは我が軍の恥だ。生かしておいたのは、貴様をここまで誘き寄せる餌として利用するため。……車さえ手に入れば、餌に用はない」


皇帝はカイルを見ようともしなかった。

かつて息子のように育てたと聞いたが、今の彼にあるのは、国益という天秤に乗せた数字としての価値だけらしい。

非情な合理的判断。

嫌いではないが、私の所有物に手を出そうとするなら話は別だ。


私は深呼吸をして、にっこりと微笑んだ。

営業用の、とびきり冷たい笑顔で。


「……陛下。貴方こそ勘違いされていますよ」

私は懐から、一枚の魔石を取り出した。

通信用の魔石だ。

すでに回線は繋がっている。

相手は、商業都市連合の私のビジネスパートナー(ヴァインではない、もっとまともな商人たち)だ。


「この通信が切れれば、即座に商業都市連合は帝国への全輸出入を凍結します。食料、衣料、そして貴国が依存している魔導触媒の原材料も全て」


皇帝の眉が動いた。


「私はただの魔道具師ではありません。国境を越えた商会のオーナーです。私の所有権を侵害し、従業員カイルに手を出せば……帝国経済を更地にしますよ? 遺跡が暴走する前に、国民が飢え死にするのとどちらがマシか、計算できますよね?」


ハッタリではない。

第2部での冒険を通じて、私は裏で着々と根回しをしてきた。

経済という武器は、時に剣よりも鋭く国を刺す。


皇帝は沈黙した。

その瞳の奥で、計算と、そして微かな称賛が揺らめいた気がした。


「……小賢しい真似を。だが、ここで貴様らを殺せば、その脅しも無意味だ」

皇帝が近衛兵に目配せをする。

兵たちが一歩、距離を詰めた。

殺気が肌を刺す。


その時だった。


「動くな」


低い声が、部屋の空気を圧し潰した。

カイルだ。

彼は剣を抜いてすらいない。

ただ、一歩前に出て、私と皇帝の間に立っただけだ。


けれど、その全身から放たれる黄金色の闘気が、物理的な圧力となって近衛兵たちを襲った。

ガシャン、と鎧が震える音がする。

精鋭であるはずの兵たちが、恐怖で足を止め、後ずさる。


「カイル……」

皇帝が初めて、感情の色を見せて名を呼んだ。

「陛下に剣を向けるか。育ての親に」


「親だと思っていました」

カイルは静かに言った。

その声に迷いはなかった。

「貴方に認められたくて、最強を目指した。帝国のための剣になろうとした。……だが、貴方は俺を見ていなかった。見ていたのは『竜騎士』という兵器だけだ」


カイルは振り返り、私を見た。

その瞳は穏やかで、温かかった。


「エリカは違う。俺の無能さも、弱さも、大食いなところも、全部含めて『カイル』として見てくれる。……俺の居場所はここだ」


彼は再び皇帝に向き直り、堂々と宣言した。


「俺のマスターは、エリカ・フォン・クロイツただ一人。帝国ではない。……俺の妻に指一本でも触れてみろ。たとえ陛下でも、俺は斬る」


部屋が静まり返った。

それは決別だった。

過去との、故郷との、そして父親代わりだった男との、完全なる決別。


皇帝はしばらくカイルを睨みつけていたが、やがてふっと息を吐き、玉座の背もたれに体を預けた。


「……そうか。犬だと思っていたが、いつの間にか狼になっていたようだな」


その声には、怒りよりも諦め、そして奇妙な満足感が混じっていた。

彼は手を振り、近衛兵たちを下がらせた。


「交渉決裂だ。……去れ。気が変わらぬうちに」


殺気が霧散する。

私はカイルの袖を引いた。

長居は無用だ。

皇帝の気が変われば、今度こそ全面戦争になる。


「失礼いたします」

私は優雅にカーテシーをして、踵を返した。

カイルが私の背中を守るように続く。

重厚な扉が閉まるその瞬間まで、皇帝の視線は私たちの背中に突き刺さっていた。


廊下に出ると、私は大きく息を吐き出した。

膝が震えているのが分かった。

怖かった。

経済制裁なんてハッタリが通じなかったら、今頃私たちは消し炭だったかもしれない。


「カイル様……」

「大丈夫か、エリカ」

カイルが私の体を支えてくれた。

その手は温かく、強かった。


「かっこよかったですよ。あの啖呵」

「お前こそ。国一つを人質に取るとはな」


私たちは顔を見合わせて、小さく笑った。

共犯者の笑みだ。

これで私たちは、完全に帝国を敵に回した。

もう後戻りはできない。


「帰りましょう、私たちの家に」

「ああ」


歩き出そうとした、その時。


ズズズ……ン!!


足元から、不気味な地響きが伝わってきた。

地震ではない。

もっと深く、重い、何かが目覚めるような振動。

廊下の魔導パイプが軋み、照明が明滅する。


「な、何だ!?」

カイルが私を庇うように抱き寄せる。

振動は収まるどころか、強くなっていく。

王宮全体が、いや帝都全体が震えている。


「地下だ……」

私は床を見下ろした。

皇帝の私室よりもさらに深く、この国の根幹にある場所。


「オリジンが……暴れ出した?」


皇帝は言っていた。

限界がきていると。

だが、このタイミングは良すぎる。

まるで、誰かが無理やりこじ開けたかのような。


「エリカ、走れ! ここから出るぞ!」

「ええ!」


私たちは走り出した。

けれど、その振動は、単なる故障の予兆ではなかった。

それは、私の過去(前世)からの呼び声であり、世界を終わらせるカウントダウンの始まりだった。


次話、崩壊する地下への招待。そこで待つのは真実か、絶望か。


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