表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第3章完結!】国を捨て、悪役令嬢は優雅な旅に出る  作者: 月雅
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/30

第2話 帝国の使者と元許嫁



「開けなさい。帝国第三皇女、セシリア・フォン・オルティスである。」


翌朝、静寂を破る高圧的な声で私は目を覚ました。

昨夜の短剣事件から、ろくに眠れないまま迎えた朝だった。

隣のソファベッドを確認するが、カイルの姿はない。

彼は一晩中、窓際で外を監視していたようだ。


「……来たか」


カイルがカーテンの隙間から外を覗き、低く呻いた。

その背中は張り詰め、剣呑な空気を纏っている。

私は身支度を整えながら、モニターを確認した。

車の外には、商業都市には似つかわしくない重厚な装飾の馬車が停まっている。

そして、その前には数名の護衛を引き連れた、軍服姿の女性が立っていた。


「皇女様が直々に? ずいぶんと仰々しいモーニングコールですね」

「エリカ、お前は出るな。俺が追い返す」

「いいえ、これは私の『家』への訪問者です。対応するのは家主の務めですよ」


私はカイルの制止を聞かずに、ドアのロックを解除した。

プシュウ、と音を立ててハッチが開く。

朝の湿った空気と共に、ヒリつくような緊張感が流れ込んできた。


タラップを降りると、軍服の女性――セシリア皇女が、氷のような碧眼でこちらを見据えていた。

燃えるような赤髪をきっちりと結い上げ、腰には細身のレイピアを帯びている。

美しいが、近寄りがたい鋭さを持った人だ。


「貴女がエリカ・フォン・クロイツか。……ふん、噂ほどの魔力は感じないな」


開口一番、値踏みするような言葉。

私は営業用のスマイルを貼り付けた。


「お初にお目にかかります、殿下。朝早くからどのようなご用件で? あいにく、当商会はまだ営業時間前なのですが」

「商会? 戯言を。私は外交特使として、この都市に滞在している。今日は公式な要請に来た」


セシリアは私の言葉を切り捨て、視線を私の後ろ――カイルへと移した。

その瞬間、彼女の瞳に揺らぎごとき感情が走ったのを、私は見逃さなかった。


「久しぶりだな、カイル。……逃亡生活は楽しかったか?」

「セシリア。俺はもう帝国の軍人じゃない。帰れ」


カイルが私の前に立ち、セシリアを遮るように立ちはだかった。

その声には、明確な拒絶が込められている。


「冷たいな。かつての許嫁に対して」

「許嫁……?」


私が思わず声を上げると、セシリアは勝ち誇ったように口角を上げた。

「聞いていないのか? 私とカイルは、幼少期に婚約を交わした仲だ。彼が一方的に国を捨てて逃げ出すまではな」


初耳だ。

カイルの背中を睨むが、彼は振り返らない。

バツが悪そうに肩を強張らせているだけだ。

なるほど、昨夜の「なんでもない」の中身はこれだったのか。

後でじっくり問い詰める必要がある。


「昔話をしに来たわけではない」

セシリアは表情を引き締め、懐から書状を取り出した。

「カイル・ドラグニル。皇帝陛下からの勅命だ。直ちに帝国軍へ復帰し、我が国の剣となれ。さすれば、過去の脱走罪は不問に処す」


「断る。俺の主はエリカただ一人だ」

カイルは即答した。

迷いのない言葉は嬉しいが、状況はそう単純ではないようだ。


セシリアの目が細められた。

「……そう言うと思った。だが、拒否権はないぞ」

彼女は視線を私に戻した。

「もし復帰を拒むなら、貴様が連れているその女――エリカ・フォン・クロイツを『帝国の敵』と認定する。我が国の軍事機密を不正に持ち出し、重要戦力をたぶらかした罪でな」


「は?」


私は思わず素の声を出してしまった。

たぶらかした?

軍事機密?

言いがかりも甚だしい。


「待ってください。カイル様を拾ったのは私ですが、彼が勝手に住み着いただけです。それに、機密とおっしゃいますが、この車の技術は全て私の特許……」

「黙れ。帝国の法が絶対だ。国家反逆者として指名手配されれば、この商業都市とて貴様を庇いきれまい。商売などできなくなるぞ」


セシリアは冷酷に告げた。

それは明確な脅迫だった。

個人の自由を、国家権力ですり潰そうとする理不尽な暴力。


私の中で、商売人の魂と、技術屋のプライドが音を立てて着火した。


「……なるほど。よく分かりました」


私は笑顔を深めた。

ただし、目は笑っていない自信がある。

懐から計算機とメモ帳を取り出し、素早くペンを走らせる。


「では、交渉といきましょうか」

「交渉だと?」

「ええ。まず、昨夜私の車のドアに突き立てられた短剣。あれによる装甲の修復費用が金貨十枚。精神的苦痛への慰謝料が金貨五十枚。そして今、根拠のない罪状で私の名誉を毀損し、商売を妨害しようとしたことへの損害賠償が……締めて金貨五百枚といったところですね」


私は書きなぐったメモを、請求書としてセシリアの前に突き出した。


「お支払いは即金でお願いします。それが済んだら、カイル様の処遇について話し合いましょうか」


セシリアが呆気にとられた顔をした。

「き、貴様……正気か? 皇女である私に金を請求するなど……」

「お客様は神様ですが、招かれざる客はただの不法侵入者です。金払いの悪い客にはお引き取り願うのが、当商会のルールですので」


私の啖呵に、セシリアの護衛たちが色めき立ち、武器に手をかけた。

上等だ。

ここで引くくらいなら、悪役令嬢なんてやっていない。

私はコートのポケットに入れたスタンロッドを握りしめた。


その時だった。


「やめろ、エリカ!」


カイルが私の腕を掴み、後ろへと強引に引いた。

請求書のメモが手から滑り落ち、風に舞う。


「カイル様? 何を……」

「下がるんだ。お前が出る幕じゃない」


カイルは私を背後に隠すと、セシリアに向かって凄まじい闘気を放った。

空気がビリビリと震える。

護衛の馬たちが嘶き、後ずさるほどの威圧感だ。


「セシリア。二度とエリカに近づくな。彼女に指一本でも触れてみろ。帝国ごと焦土にしてやる」

「……ッ、本気か、カイル」

「俺はいつだって本気だ。失せろ!」


その剣幕に、さすがのセシリアも顔色を変えた。

彼女は唇を噛み締め、悔しげに私を一瞥すると、踵を返した。


「……いいだろう。今日は引く。だが、覚悟しておけ。帝国は欲しいものを逃がさない」


馬車の扉が閉まり、帝国の紋章を掲げた一行は去っていった。

嵐のような時間は過ぎ去ったが、後に残った空気は重く澱んでいた。


「カイル様、どうして止めたんですか」


私は腕を振り払い、カイルに詰め寄った。

「あそこで引いたら、こちらの弱みを認めたことになります。不当な要求には、断固として対価を請求すべきでした」


「相手は帝国だ。王国の貴族とは訳が違う。金や理屈が通じる相手じゃないんだ」

カイルは苦渋の表情で言った。

「あいつらは、邪魔なら消すことを躊躇わない。お前を危険に晒したくないんだ」


「だからって、私を蚊帳の外にして一人で抱え込むんですか? 私たちはパートナーでしょう? 『一生』の契約をしたはずです」

「……これは俺の問題だ」


カイルは目を逸らした。

その頑なな態度に、私は胸の奥が冷えるのを感じた。

「俺の問題」。

それは、私を部外者だと突き放す言葉だ。

彼は私を守ろうとしている。それは分かる。

でも、それは私を「対等な相手」として信用していないことの裏返しではないか。


「……そうですか。分かりました」


私は冷たく言い放ち、車の中へと戻った。

カイルは追いかけてこなかった。


その日は、最低の空気のまま過ぎていった。

私たちは必要最低限の会話しか交わさず、互いに視線を避けて過ごした。

夕食のスープは味がしなかったし、カイルも無言で流し込むだけだった。


夜。

重苦しい沈黙に耐えられず、私は早めにベッドに入った。

けれど、眠れるはずがない。

カーテン越しに差し込む月明かりを見つめながら、私は考え続けていた。

彼の過去に何があったのか。

どうして私に話してくれないのか。


深夜、ふと気配を感じて目を開けた。

静まり返った車内で、ドアが開く微かな音がした。


私は身を起こし、リビングへと向かった。

誰もいない。

テーブルの上には、カイルが愛用しているマグカップだけが残されていた。

玄関のモニターには、一人の男が闇夜に紛れて歩き去っていく後ろ姿が映っていた。


カイルだ。

剣も持たず、身軽な格好で。

私に何も告げずに。


「……馬鹿」


呟いた声が、静かな車内に虚しく響いた。

守るというのは、勝手にいなくなることじゃない。

そんなことも分からないなんて、あの竜騎士様は本当に生活能力以外もポンコツだ。


私は拳を握り締めた。

置いていかれるのは御免だ。

そして、私の所有物(夫)が勝手に持ち出されるのも許せない。


「契約違反ですよ、カイル様」


私はモニターの録画ボタンを押した。

この証拠映像は、後できっちり精算させてもらう。

でも今は、胸のざわめきが収まらない。

悪い予感が、黒いインクのように心の中に広がっていった。


次話、カイルの不在を狙い、怪しい商人が私に接触してくる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ