4-3:焼け焦げた意識の底で 孤軍奮闘の柏木さん
その日も俺は自分の研究室に籠っていた。まだとてもじゃないが「工房」とは言えない。が、それなりに高価な機材も揃ってきた。だから「研究室」と自分ではそう呼んでいる。
そして、その日もいつも通り研究に行き詰まり、夜中に独り唸っていた。
安定収入を得て研究に投じる時間は増えたものの、今後の進展のためには足りない物ばかり。親から受け継いだモノも足りなければ、最新の研究に対する知見も足りない。特に新しい知見が手に入らない事が問題。一人だけで研究をしていても、著しい進歩は望めない。
いっそ協会の伝手で誰かに弟子入りを頼むのもいいかもしれない・・・いつまでも同じところをグルグル回っているよりかは。
「・・・あっちは順調なのになぁ」
思わず独り言が零れる。
何故か順調なのは装備品の制作。具体的には赤松さん用に作った戦闘用魔術霊装一式。
魔力を流すだけで強化が施される防護用スーツとヘルメット。それと、魔力を込めて殴るだけで大概の生き物なら意識を飛ばせるスタンロッド。両方とも自慢の一品。
特にスーツとヘルメットは、使い手の魔力の強さに依存はするものの、従来協会で採用されている霊装より格段に防御性能が向上している。それこそ赤松さんが使用すれば竜牙兵の攻撃さえスーツの性能だけで防ぐ事が出来る・・・はず、たぶん。実験はまだ出来ていないけど。
それに加えて、まだ実験的な機能ではあるけれど、スーツと後方担当に魔力のパスを繋げ遠隔監視を行う機能も実装している。今はまだ「見る」事しか出来ないけど、将来的には後方からの魔術支援をスーツ経由で前線に届ける事をも視野に入れている・・・まだ超えるべきハードルは一杯だし、そもそもこんなのばっかりやってるわけにはいかないのだけど。別に便利アイテム屋さんじゃないし。
ちなみに、今はテストとして赤松さん用スーツと、この研究室に置いてある監視用の依り代(死蔵されていたこけし型霊装)を繋いでいる。もし赤松さんが着ているスーツに大きな損傷が発生すれば、それに連動してこちらのこけしも壊れるという仕組み。協会が遠隔地の監視に使っている方法を流用しているのだけど、まぁ、最初のデータ取りとしては、これで十分かなって。
そんな事を考えながらぼんやりとこけしを眺めていると
唐突に爆発四散した。
「うわぁ!なに!なにこれっ!!」
少し火も出たので、ちょっとパニくった。
とりあえず、燃えている破片を靴裏で踏みつけ消火していく。
マジびっくりした。なんで受信側が燃えたりするんだろ?魔力が大量に流入した?でも流れる量はスーツ側で制御してるし?
・・・もしスーツ側の機能が仮に大きく破壊されたとしたら?スーツの強化に使っていた魔力が許容量を超えて流入する可能性は
「まさか。何かあったのか」
赤松さんの今日の予定を確認する。この時間は・・・例の薬絡みで出動中。回収に反対している組織に対する交渉。これは、どう考えても武力による交渉って事よな。
現場の戦闘で何かあったんじゃ。
いつでも持ち出せるようにしていた貴重品と必需品一式だけを持って、すぐさま車で現場に向かう。赤松さんには命の恩がある。出会ったばかりの俺を竜牙兵から助けてくれた恩がある。だから、こんな時ぐらいは俺も頑張らないと。
ちなみに俺の車は業務用のイメージでお馴染みのハイエース。色々積んでると出先で何でも出来るから実に便利。それに今回みたいな緊急事態があっても、すぐに動けるし。出来れば誤報であって欲しいとは思うけれども。
だが、現場に到着した俺が見たのは燃え盛るビルだった。ガス爆発でも起こしたのか最上階は原型すら留めていない。
運転席に座ったまま少し茫然としてしまう。つまり、赤松さんは爆発に巻き込まれ魔術で強化されたスーツが破壊される程のダメージを・・・そんなの生きているはずが・・・
・・・・・・
・・・
いや、端から人間離れしてた人だ。勝手に俺が諦めるのは、きっとまだ早い。
とは言え、俺に燃え盛るビルに突入して赤松さんを探し当てるような能力は無い。魔術を齧っていても俺の体はあくまで普通の人間レベル。普通に燃えるし死んでしまう。だから、可能性を絞って自分が役に立てる動き方を考える。
赤松さんの事だから、あの理不尽に強力なパワーでもって、最悪の現場からは、あの燃え盛るビルからは、どうにか脱出する事に成功したと仮定する。そして脱出したものの炎のダメージにより動けなくなって、何処かに隠れ潜んでいる。
そう想定し赤松さんの探索を開始する。とはいえ、普通の魔力の探査では見つからないだろう。敵がいるんだ。どんなにボロボロでも魔力垂れ流しにはしないはず。
だがスーツの魔力なら?それなら辿れる可能性があるんじゃないか?壊れたとはいえ完全に機能が停止しているわけではないはずだ。だから、きっと・・・
探査魔術の範囲はビルではなく、ビル近隣の建物。対象はスーツから漏れているであろう微量な魔力。きっと・・・きっと脱出してくれているはず。そう信じて探査の範囲を広げていく。
じりじりと胃の痛い時間が過ぎていく。
見つからない。
もっと範囲を広げる。
まだ見つからない。
嫌な予感ばかりが頭をよぎる。
見つからない。
・・・見つからない。
・・・
・・
あった!見つかった!ごく弱い反応だが確かに!
ゆっくりと車を走らせながら反応があった場所に近づいていく。
炎上したビルから直線距離で1キロ程離れた町工場。その敷地の隅に赤松さんはいた。
車から降り駆け寄る。間近で見ると、その様子は酷い物だった。
ヘルメットは表面に炙られた跡が残るものの原型を留めている。その一方で、スーツはあちこち溶けたり破けたり・・・どうしようもない破損状況だ。破れたスーツの中から見える肌の様子は、まるで炭化しているかのよう。
右手側が比較的無事なのを見ると、赤松さんが使っていた強化魔術の影響を受け、スーツが帯びている魔力量にも偏りが発生したという事なのだろうか。
「そうだ。早くここから離れないと」
のんびりしているわけにはいかない。まだバレていないとは思いたいが、どこで誰が見ているか分からないのだから。
「動かすっすよ」
一応声をかけたが意識は無いようだ。申し訳ないけどズルズルと足を引きずって車まで移動させ、後部スペースに寝かせる形で赤松さんを乗せた。
「誰もついて来ませんように」
そう祈り、車を走らせる。見つかったら俺も赤松さんも・・・それまでだ。
本当は少しだけでも治療をしたいけど、まずはここから離れる事を最優先にする。協会から来た仕事でこうなったんだ。内部で誰か糸を引いていても不思議ではない。生き残るためには、誰からも見つからないところに避難するのを優先しないと。
結局、この後、誰からも接触される事なく、逃亡は無事成功した。高速にのって、人気の少ない山奥のサービスエリアで赤松さんの応急処置をし、個人的に伝手のある「いわくつきの患者も受け入れてくれる病院」に連絡をとり、更にそこまでの緊急ドライブ。病院についたら日は登ってるし、もうヘトヘト。疲れすぎて吐き気がする。
赤松さんを医者に任せ、自分も少し仮眠をとらせてもらってから、改めて赤松さんの容態を教えてもらった。予想はしていたが全身の火傷で普通の人間なら生きているのが不思議な状態らしい。が、理由は分からないがギリギリで持ちこたえていると。あれっすよね、普通に人間辞めてるっすね、赤松さん。
ちなみに、赤松さんの今の様子だけど全身包帯でミイラみたいになっていた。ちょうど顔も隠れるし都合がいいっすね!とはいえ意識が戻ったらセルフで回復魔術を使ってもらわないと・・・ちょっとどうにもならないかも。
そして手持ちの魔力回復薬(お手製)の濃縮版アンプルを定期的に投与するよう医者に依頼して、俺は独りで物資の調達に向かう事にした。協会が白かどうかは分からない。だからこそ、赤松さんが意識を取り戻すまでの間に、出来る限りの準備を整えておく必要がある。
そう考え自分では迅速な行動をとったつもりではあった。だけど事態が動いたのは俺の想像よりも随分と早かった。
赤松さんが襲撃されている。そんな報告が入ったのは、それから3日後の事だった。




