6-6:猫と魔術師 こんな事態は想像さえしていなかった
薄緑の光で照らされたフロア中央、そこに無数の石棺が乱雑に置いてあった。
中央に配置された一番大きな棺だけ強く緑に光り、他の物はサイズも色々、光ったり光ってなかったりと、その状態も様々。幻想的というか・・・何処か気味が悪い。少し前までは普通のビルに侵入した気分だったのに、一気に「魔術師の拠点」って雰囲気が出てきた。しかも、『悪い魔術師の拠点』って感じがビリビリする。
調査すべきなんだろうけど・・・嫌な予感しかしない。もっと言えば、お家に帰りたい。
前に見たレイスの使用目的。テロを起こしてまで集めた魔力。小さな石棺から大きな石棺に繋がっている配線のようなもの。そして、強く光る大きな棺。
なんかもう大体答えが分かるかも。
『ねぇ、マスター。嫌なのは分かるけど、一つ開けてみましょうよ?』
ですよねー。遊びじゃないし依城さんも頑張ってるだろうし・・・やるしかないよね。
・・・・・・
・・・・
「あぁ、クロをモフりてぇ」
『帰ったらね』
うちの猫が冷てぇよぉ。まぁ、でもその通り。ここで現実逃避してても仕方ない。
「じゃあ、光ってる方を開けるとショックが大きいかも知れないから、暗い方を開けてみるね。せっかくだし小さい方で」
いきなり本命を引き当てると辛いので、保険をかけて周囲で一番小さい箱を開ける事にする。
石棺の蓋に手をかける。かなりの重量があるはずだけど、強化魔術が効いているせいで何の問題も無くスムーズに開けられてしまう。
僕は少し覚悟を決めてから箱の中を覗き込んだ。小さい箱だし動物だったらマシかなって思ってたけど
残念ながら石棺の中身は、案の定、人間だった。小さな箱に膝を抱えるような姿勢で人が押し込まれていた。小さなサイズの・・・子供の遺体だった。
魔術師的に言えば生命力とやらを吸い取った結果なんだろうけど、遺体は干からびてミイラのようになっている。予想は付いていたけど、実際目の当たりにすると、ちょっとキツイ。
『・・・たぶん、この棺みたいなの自体に生命力を搾り取って魔力に変換する仕組みが組み込まれてるんだと思う。それで吸い上げた魔力は真ん中の大きな箱に集められるっていう感じかしらね』
説明をしてくれるクロの声も元気がない。まぁ、そりゃそうだ。気分の良い光景ではない。
だって目の前には無数の棺。光っているものはまばら。一体ここの魔術師はどれだけの犠牲を払ったのか。
まだ光がある棺から中の人を救助しようかとも思ったけど、クロ曰く『中身が衰弱してもすぐに死なない様にする仕組み』が仕込まれている可能性もあるとの事なので、棺は開けずに配線のような物だけを引き千切っておく事にした。
配線の集約先である大きな棺の近くに行き、力任せに次々と引きちぎる。またレイスでも出てくるかと思ったが、特に何の抵抗も無く作業は簡単に完了した。
中の人が生きているであろう棺がぼんやりとした光を放っている。助けられて良かったと思うべきか、こんな状況になるまで事態を進めてしまった事を悔やむべきなのか。そんな思いを抱きながらも、とりあえず柏木さんに情報共有して救助を依頼しようと携帯を取り出したが・・・なんでか圏外。
『この建物は強い結界が張ってあったし、たぶん電波対策とかもしてあるんじゃないかしらね?ほら棺の中の人が何かの弾みで出て来て、外に連絡とったりしたら困るだろうし』
それもそうだ。現代に生きる魔術師なら電波対策ぐらいはするよね。つまり、僕がやるべきは「さっさと方を付けてお外で連絡しましょうね」って事か。目的がはっきりして動きやすい事よ。
「ねぇ、これ半ば個人的なムカつきからの提案なんだけど、このデカい石棺壊したらダメかな?
まだ顔も知らない魔術師だけど、こんだけの犠牲を払ってまでやりたかった事の集大成がこの棺なわけよね?ぶっ壊したらスッキリするかなって」
いくら見知らぬ他人とは言え、こうも命が粗末に扱われているのを見ると、激しく胸糞悪い。特に解決する事が無くとも、とりあえず『努力の成果を台無しにしてやりたい』って思いで胸がいっぱいだ。
『駄目よマスター。気持ちは分からないでもないけど、普通に考えたら流石にこの石棺に何のセキュリティも無いとは思えないもの。今も頑張ってるナギの邪魔になっちゃう』
確かに・・・それはその通りだ。
前の時も浅い判断の結果、罠に嵌って死にかけた。さっきだって見え見えの仕掛けにはまって竜牙兵に襲われた。
冷静に、冷静に。頭を冷やして判断しないといけない。目的はなんだ?僕はなんでここに来た?自分の鬱憤をはらすためか?違う。人命救助のためか?違う。目の前の事態はそもそも想定出来ていなかった。テロを起こした魔術師を始末するためか?そうだ。だから依城さんの援護をするために別行動をとったんじゃないか。
「ごめん、クロ。頭に血が上ってたみたい。もう落ち着いた。下の階に行こう。寄り道をし過ぎた。早く依城さんに合流しないと」
もう一度だけ石棺の群れを見やり、僕は階段に向かった。
先ほどと同じようにまた結界があるが、同じように拳に魔力を込めて殴り壊す。今度はたくさんの窓ガラスを路上に叩きつけたかのように周囲の全てから破砕音が響いた。足元にバラバラと薄いピンクのガラスのようなものが細かく舞い散り、そして地面に積もる事なく消えていく。
壊れた時の派手さから考えて、この結界が今までの中で一番強いものだったようだ。つまり、守るべきは3階で、僕達の目的である「この工房の主力」は2階で待ち構えていたって事なのだろう。
そして結界が消えると同時に階下の音が聞こえてきた。何か硬質なもの同士が幾度も衝突する音だ。それに探査魔術なんて使うまでも無く強力な魔力が吹き荒れているのを感じる。
「良かった。間に合った」
僕はそう独り言ち、戦闘に参加すべく階段を駆け下りる。だが、駆け付けた僕が目にした物は、予想もしていなかった光景だった。
頭から血を流し倒れ伏す依城さん、
その傍らに佇む大きな西洋刀をぶら下げボロをまとった年若い男性。
こんな事態は想像さえしていなかった。




