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【第2部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第13話 泣く精霊

 デビュタントのお礼状のやり取りが一段落した頃だった。エミリアは自室でマチルダから届いた礼状を読み返していた。丁寧で心のこもった文面に、改めて彼女の人柄の良さを感じる。


「お嬢様、マチルダ様からお手紙が届いております」


 アンナが差し出した封筒を見て、エミリアは首をかしげた。礼状とは別に? 何かあったのだろうか。


 読み進めるうちに、エミリアは次第に訝しむ表情になった。


『エミリア様へ

 先日のお礼状に続き、重ねてお手紙を差し上げる失礼をお許しください。実は、どうしてもご相談申し上げたいことがございます。

 我が家で起きている不可思議な出来事について……このような話、他の方にお聞かせしても、きっと迷信深い子爵家の戯言として一笑に付されてしまうでしょう。

 でも、古代史にお詳しく、知的で理性的なエミリア様でしたら、きっと笑わずお聞きいただけるかと思いました。

 お恥ずかしい話、このようなことを相談できる方が、エミリア様しかおりません。もしお時間がございましたら、ぜひお話を聞いていただけませんでしょうか。一人では心細く、藁にもすがる思いでペンを取っております。──マチルダ』


「藁にもすがる思い……?」


 エミリアはマチルダの顔を思い浮かべた。あの知的で落ち着いた令嬢が、そこまで追い詰められるような事態とは一体何なのか。


「アンナ、出かける準備をして。マチルダのお屋敷に伺うわ」

「承知いたしました。お供の準備も……」

「いえ、一人で大丈夫。あまり知られたくない内容なのかも」


 エミリアを乗せた馬車は、王都郊外の古い住宅街を進んでいた。やがて古い石造りの屋敷が見えてくる。蔦に覆われた壁と尖った屋根が、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 初老の執事がエミリアを丁寧に出迎えていると、階段からマチルダが駆け下りてきた。


「エミリア様!」


 嬉しそうに駆け寄るマチルダだったが、近くで見ると目の下に薄いクマができている。よほど眠れない日が続いているのだろう。


 マチルダはエミリアを応接室へ案内した。子爵家は王都の貴族の中でも歴史ある家門で、応接室の調度品も華美さはないものの、歴史を感じさせる落ち着いた趣だった。


「お忙しい中、本当にありがとうございます。まさか本当に来てくださるなんて……」

「突然押しかけてごめんなさいね。お手紙を読んで、放っておけなくて。お返事を出す前に来ちゃったわ。それで、一体どんなご相談なの?」


 マチルダの表情が一瞬曇った。


「お話しする前に……エミリア様は、この世に説明のつかない不思議な現象があると思われますか?」

「古代史を学んでいると、理屈では説明できない記録にたくさん出会うわ。だから、可能性は否定しない」

「ありがとうございます。きっとエミリア様なら……」


 マチルダは安堵したような表情を浮かべ、エミリアを私室へ案内した。


 部屋は重厚なカーテンが引かれ、昼間なのに薄暗かった。マチルダが紅茶を注ぐ手が、微かに震えているのにエミリアは気づいた。


「実は……他の方にお話ししても、きっと『迷信』の一言で片付けられてしまうような話なのです」


 マチルダは、カップを両手で包むように持ちながら口を開いた。


「でもエミリア様は古代史にもお詳しく、きっと冷静に判断していただけると……本当に、相談できる方が他にいないのです」

「どんなことでも聞くわ。話してみて」


 エミリアの穏やかな声に背中を押されるように、マチルダは意を決して語り始めた。


「二週間前から……この屋敷で異常なことが起き始めたのです」


 マチルダの話によれば、毎夜午前二時頃になると、どこからともなく〝すすり泣く〟ような音が響くようになったという。


「まるで女性が深い悲しみに沈んで泣いているような……でも、音の出所が分からないのです。壁の中からなのか、天井からなのか」


 最初は微かな音だったが、日を追うごとに大きく、はっきりとしてきた。最近では家族全員が目を覚ますほどの音量になっていたという。


「使用人たちは『屋敷の精霊が何かに苦しんでいる』と言って恐れおののいて……半数が辞めてしまいました」


 マチルダの声が震える。


「我が家には昔から『屋敷を守る精霊が棲んでいる』という言い伝えがあるのです。代々の当主が大切にしてきた、家を護る存在だと……でも、その精霊が泣いているなんて」


 エミリアは興味深そうに身を乗り出した。


「精霊の言い伝え……興味深いわね。でも、今まで何の問題もなかったの?」

「はい。これまでも、ごくたまに『コトッ』という音が聞こえることがあったのです。我が家の者は皆『屋敷を守る精霊の気配』として敬ってきました」


 マチルダの顔がさらに青ざめる。


「でも……本当に恐ろしいのは、泣き声だけではないのです」


 数日前の夜中、その泣き声が特に激しく響いた。翌朝、父が屋敷中を確認すると、宝物庫に保管していた、家宝の『星詠みの懐中時計』が忽然と姿を消していたという。


「宝物庫は完全な密室なのです。厚い石壁、頑丈な鉄扉。鍵は父が肌身離さず持っており、合鍵はありません」


 エミリアの目が鋭くなった。


「他の宝物は?」

「一切手をつけられていません。その時計だけが忽然と消えたのです」

「星詠みの懐中時計について、詳しく教えて」


 マチルダの説明では、それは代々子爵家に伝わる家宝で、時計と呼ばれているが、実は時計として機能しないものだった。


「内部に夜空の星座のような美しく光る模様があるのです。我が家の古い記録では『天の導きを示す聖なる品』とありますが……正直、何のための物かは分からなくて」


「触ると、時として微かに温かくなることもあるのです」


 古代の遺物の可能性──エミリアの胸に、あの不思議な体験が蘇る。


「それで、泣き声はその後どうなったの?」

「不思議なことに、時計が消えた日からぴたりと止まったのです。その代わり、なぜかガサガサという音に変わりました。でも、その音も徐々に小さくなっています」


 マチルダは震え声で続けた。


「まるで精霊が、その時計を求めていたかのように。何か深い理由があって、泣きながら助けを求めて……そして、ついに望みを叶えて、時計と共にどこかへ去ろうとしてるのかも……」


 部屋に重い沈黙が流れた。エミリアはカップを置き、マチルダを見つめた。


「ご家族は何と?」

「父は『精霊が実体化して盗みを働くなどありえないことだ』と困惑し、母は『きっと我が家に何か良くないことが』と怯えています。残った使用人も『屋敷に災いが降りかかる前兆だ』と……」


 マチルダの瞳に涙が浮かんだ。


「にわかには信じられません。でも、他にどう説明すれば……衛兵に相談しても〝精霊の仕業〟など相手にされないでしょうし、かといって、このまま放置すれば、もっと恐ろしいことが……」

「一人では心細くて、どうしていいか分からないのです」


 エミリアは立ち上がった。マチルダが驚いて見上げる。


「マチルダ、とても興味深い話ね」

「興味深いだなんて……怖くありませんの?」

「怖い?」


 エミリアは、まるで新しいおもちゃを手に入れた子どものように目を輝かせている。


「むしろ、謎めいていて魅力的だわ」


 マチルダは呆然とした。


「……魅力的、ですの?」


(ごめん、今のはちょっと不謹慎だったかも)


 マチルダの怪訝な表情に気づき、笑顔を引っ込める。だが、湧き出た好奇心はどうにも抑えられない。


「でも放ってはおけないわね。精霊なのか、それとも別の何かなのか──私が確かめてみるわ」

「え……でも、危険かもしれませんわ」

「危険だからこそ、放ってはおけないのよ。友達でしょう?」


 エミリアの力強い言葉に、マチルダの瞳に希望の光が宿った。


「本当に……調べてくださるの?」


 エミリアは早口でまくし立てた。


「もちろん。……でも、もう泣き声は止んだのよね? また、泣き声が聞けないかしら。それでもガサガサという音が気になるわね。それと、宝物庫も詳しく調べさせてもらうわ。そうね、今夜から調査開始よ!」

「今夜……?」

「ええ。それと、私の友人のラウルも呼びましょう。彼は魔法に詳しいから、音の正体が分かるかもしれないわ」


 夕日が室内を染めていく中、マチルダは震え声で尋ねた。


「本当に……大丈夫なんでしょうか?」


 エミリアは不敵に微笑んだ。


「ええ、きっと。その精霊とやら、一体何者なのか調べましょう!」


 使用人に、ラウルに屋敷へ来てもらうよう伝言をお願いした。


 床に二人の影が長く伸びていた。夜が近づいている。そして夜と共に、謎めいた現象が再び姿を現すのだろうか。


 エミリアは夜が待ち遠しかった。

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