第11話 古の鉄巨人
約束の日。王立研究所の重厚な門の前で、エミリアとラウルは待ち合わせの相手を待っていた。
石造りの立派な建物は、王国の威信をかけた学術機関にふさわしい風格を漂わせている。門には王家の紋章が刻まれ、衛兵が出入りを厳しく管理していた。
「まだかな……」
エミリアがそわそわとつぶやいた時、通りの向こうから見覚えのある人影が現れた。
「お待たせしました」
ジルが穏やかな笑みを浮かべて近づいてくる。エミリアの表情がぱっと明るくなったが、ラウルは複雑な表情でジルの姿を見た。
(想像してたより若いな……でも、なんか只者じゃない雰囲気がある。エミリアが夢中になるのも分からなくはないが……)
「こちらが、先日お話ししたラウルです」
エミリアが紹介すると、ジルは丁寧にお辞儀をした。
「ラウルさんですね。魔法がご専門とお聞きしました。心強いです」
「よろしくお願いします」
ラウルも礼儀正しく応じたが、どこか警戒心を隠しきれない。二人の間に、エミリアを挟んだ微妙な空気が流れた。
(もう、ラウルったら。あんまり失礼な態度、とらないでよ!)
「それでは、参りましょうか。ジル様、よろしくお願いします」
エミリアはそんな微妙な空気に気づかないふりをして、明るく声を上げた。
門で身元を確認された後、三人は研究所の中へ足を踏み入れた。廊下には魔導灯が規則正しく並び、白い壁には王国の歴代の学者たちの肖像画が飾られている。静謐で、どこかひんやりとした空気が漂っていた。
「所長室はこちらです」
案内された部屋で、白髭を蓄えた初老の男性が出迎えてくれた。
「ようこそ、王立研究所へ。私が所長のアルザスです」
所長は微笑み、エミリアとラウルそれぞれと握手を交わした。
「古代の遺物研究は我が国の重要な課題です。若い方々にも関心を持っていただけて光栄です」
「ありがとうございます。是非、勉強させてください」
エミリアが素直に答えると、所長は満足そうにうなずいた。
「では、早速ご案内いたしましょう」
魔導灯で青白く照らされた石造りの通路を奥に進む。所長とジルは前の方を歩きながら親しそうに話していた。王立研究所の所長といったら王国の技術分野のトップだ。そんな人と仲がいいなんて──エミリアは、ジルの人脈にますます謎めいたものを感じた。
通路の突き当たりに一際大きな扉が現れた。
「保管室はこの奥です」
分厚い扉を開けると、薄暗い部屋の中央にゴーレムは安置されていた。人の背丈の二倍ほどもある巨大な人型だ。
「これが、発見されたゴーレムです。我々は『鉄巨人』と呼んでおります」
「すごい……こんなに大きいのね」
エミリアは思わず息を呑んだ。その大きさに圧倒される。
「まるで本当の巨人みたいだな」
ラウルも目を見開き、感嘆の声を漏らした。
「こんな巨大な人型を作る技術があったなんて……古代文明は想像以上だったのか」
鉄巨人は、まるで永遠の眠りについているかのようだった。顔の部分には目や口らしき窪みがあり、胸部や腕、脚には複雑な文様が刻まれている。
「触っても大丈夫ですよ。どうにも反応しませんのでな」
所長の勧めで、エミリアは恐る恐る腕の部分に手を伸ばした。触れた瞬間、不思議な感触が指先に伝わる。
「この材質……何だろう。金属でもないし、陶器でもない。でも、なぜか温かみを感じる」
ラウルも同じ箇所に手を置いて、驚いた。
「たしかに変だ。魔法で作られた物質とも違う。この質感は……まるで生きてるみたいだ」
ラウルは研究員に許可を取り、魔法の痕跡がないか探知を試みた。しかし探知できたのは、通常の魔法とは異なる〝何か〟だった。
「魔力の流れが……変だ。まるでどこかで途切れてるみたいだ」
「それも謎の一つなんです」
研究員が困惑した表情で続けた。
「どうやら、魔法的なもので出来ていないようなんです。石でも金属でもない未知の材質で出来ています。鍛冶師に見せても『こんな材質は見たことがない』と首を振るばかりで」
研究員はため息を漏らす。
「発見されてから三か月、あらゆる手段を試しましたが、微動だにしません」
エミリアは吸い寄せられるように鉄巨人を見つめた。胸の部分に刻まれた複雑な文様に目を凝らす。
「この模様……どこかで見たような……?」
そうつぶやきながら、もう一度、今度は胸の文様に手を置いた。その瞬間だった。脳内に鮮明な声が響いた。
《ステータス確認……操作不能……致命的エラー検出》
「っ!?」
あまりの鮮明さに、エミリアは軽いめまいを覚えてよろめいた。ラウルが即座に駆け寄って支える。
「エミリア! 大丈夫か?」
「ええ、大丈夫……ちょっとめまいがしただけ……」
その時、鉄巨人に彫り込まれた文様が、ほんの一瞬だけ微かに光った。しかし、その光は瞬時に消えた。
「今、光ったような…?」
「いえ、気のせいでしょう」
「いや、たしかに光ったぞ」
研究員たちは顔を見合わせた。
今、たしかに光った──ラウルはエミリアを支えながら、鉄巨人を凝視した。エミリアに反応したのか? ──だとしたら、なぜだ?
後にいたジルも目を見開いた。しかし顎に手を当て、何かを考えるような素振りを見せた。
「少し休まれますか?」
ジルが気遣うように声をかける。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
エミリアは微笑んで答えたが、胸の奥では先ほどの声が反響していた。
(また、あの声……『ステータス確認』って何? まるで道具か何かを調べてるみたい。──この鉄巨人は、ただの置物じゃない……!)
不可解な現象に、困惑した空気が流れた──
「お待ちください! 困ります!」
扉の向こうが騒がしい。大声が聞こえると同時に、保管室の扉が勢いよく開かれた。
白い法衣を着た数名の人影が現れた。教会の神官たちだった。
「失礼いたします」
先頭に立つ神官が、有無を言わさぬ態度で室内を見回す。
「この古代遺物は、教会が管理すべき聖遺物と認定されました。安全管理のため、即刻接収いたします」
神官は淡々とした口調で告げた。
「しかし、調査の途中です! 調査は王立研究所の管轄でしょう!」
所長が慌てて抗議する。
「聖遺物の管理は教会の専権事項です。王室にも既に通達済みです」
神官は書類を突きつけた。
先頭の神官が手を挙げて作業員を呼ぶと、作業員たちは手慣れた様子で鉄巨人を運び出す準備を始めた。エミリアたちは、その強引なやり方に唖然とした。
「……抗議しても無駄ですな。正式な手続きですから。王室も教会には……」
所長が苦い顔でつぶやいた。
結局、鉄巨人が運び出されるのを見送るしかなかった。
研究所を後にした三人は、重い沈黙の中を歩いていた。
エミリアの苛立ちまじりの声が沈黙を破った。
「また教会……! 聖石の時も結局うやむやになって返事もないし、今度もこれ? いったい何なの!?」
「でも、鉄巨人は確実に君に反応してた。間違いない。あれはたしかに光った」
鉄巨人の文様に浮かんだ淡い光が、三人の脳裏に焼きついていた。
「それにしても、教会の動きが妙ですね。三か月何も言ってこなかったのに、今日になって急に乗り込んでくるとは……」
ジルは不可解だと言わんばかりの表情を浮かべた。
やがてジルは「では、私はここで」と、二人と別れた。エミリアとラウルは礼を言い、屋敷への通りを歩いた。
日が傾きだし、石畳の影が深くなる。二人は無言のままだった。色んなことが、どうにも不可解だった。
「もしかして教会は、何か知ってるのかしら……でも、今回のことで一つ分かったわ」
エミリアの口調に力が戻る。
「私の力は確実に古代の遺物と関係がある」
「そうだな。それに、教会の行動も不可解だ」
「まるで最初から狙っていたみたいだったわね」
エミリアはしばし思案し、つぶやいた。
「……ねえ、教会に邪魔されない方法ってないかな?」
「うーん、そうは言っても、教会の力は絶大だからな……」
「そうよね。でも、この謎は絶対に解いてみせる」
エミリアの瞳に強い意志が宿り、拳にぎゅっと力が入る。
「なぜ私にだけこんなことが起きるのか、必ず突き止めるわ」
──夕日が石畳を赤く染めていった。
◇ ◇ ◇
──その部屋は、鉄巨人と同じような材質で作られていた。金属のようでもあり、陶器のようでもある。継ぎ目は見当たらない。どこまでも滑らかな、不思議な壁だった。
中央には、やはり同じような材質の箱──大きさはまるで棺のようだった。
──部屋は暗く、詳しくは分からない。
突然、棺の上面全てが開いた。何か蓋のようなものが開いたわけではない。表面がぐにゃりと変形し、溶けるように滑らかに〝穴が開いた〟のだ。
部屋に無機質な声が響く。
《支援ユニット故障信号……探知》
《予備ユニット起動処理開始。完了後、捜索モードへ移行》
棺の中で、赤い光が二つ、ゆっくりと明滅を始めた。




