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「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第10話 夜会よりゴーレム

 デビュタントから一週間。朝食の食卓の空気は、以前と比べてわずかではあるが変わっていた。食器が触れる音も心なしか軽やかだ。


「エミリア、昨夜も遅くまで手紙を書いていたようだが」


 ベルナードが直接エミリアに話しかけた。口調は相変わらず硬いが、以前のような冷たさは薄れてきていた。


「はい。お世話になった方々へのお礼状を」

「そうか。社交界での付き合いは大切だからな」


 ディアーヌも、これまでのようによそよそしくはない。といっても積極的に話しかけてくるわけでもなく、微妙な距離感はあいかわらずだ。


 クロードは肩をすくめた。


「まあ、無難に済んだようで何よりだ。王妃殿下からもお声をかけていただいたそうじゃないか」


(兄上から話しかけてくるなんて珍しい……でもやっぱり嫌味っぽいわね)


「お陰様で」エミリアはそっけなく答えた。


 この人たちは、こういう人たちなんだ──自分に言い聞かせる。いちいち癇に障っている方がバカらしい。それに、無理に仲良くしなくとも、これくらいが自然なのかもしれない。


 食事を終えて自室に戻ると、アンナが嬉しそうな顔で迎えてくれた。


「お嬢様、今朝もたくさんのお手紙が届いております」


 机の上には色とりどりの封筒が山になっていた。どれも上質な紙に、美しい筆跡で宛名が書かれている。


「皆さま、お嬢様との再会を楽しみにされてらっしゃるのでしょうね」


 エミリアは一通ずつ手に取り、封を切って読んでいった。


 まず、マチルダからの手紙。


『先日はありがとうございました。エミリア様のお言葉で勇気をいただけました。……また古代史のお話をお聞かせください』


 他の令嬢たちからも丁寧な文面が続く。


『ぜひ今度、お茶会でゆっくりお話を』

『エミリア様はサロンを主宰されませんの? 開催されるなら、ぜひ、お邪魔させていただきたく存じます』

『またお会いできる日を楽しみにしております』

『お時間のある時に、ぜひお庭を見にいらしてください』


 どの手紙も心のこもった丁寧な文面で、エミリアと友誼を結びたいという内容だった。エミリアは複雑ではあるが嬉しさが湧いてきた。


(みんな丁寧で……背後に家の思惑があるのかもしれないけれど、悪い気はしないわ)


 特にマチルダの手紙は純粋な友情を感じさせる。他の令嬢たちも案外気が合うかもしれない。


「お嬢様、お返事はいかがなさいますか?」

「そうね……少しずつお返事を書きましょう。でも今日は、少し外の空気を吸いたい気分」




 まだ疲れもあり、エミリアは久しぶりに外出することにした。天気もよく、いい気分転換になりそうだ。


 午後、エミリアは『賢者の書房』を訪れた。手紙の返事を考えながらも、古代史への関心が再び頭をもたげていたのだ。やっと落ち着いて本が読める、そんな気分だった。


 扉を開けると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。振り向いたのは、やはりジルだった。彼は穏やかな微笑みを浮かべる。


「やあ、エミリアさん。デビュタントはいかがでしたか?」

「無事に終わりました。思ったより沢山の方とお知り合いになれて」

「それは良かった。楽しい出会いがあったのですね」


 気負いのない、自然な会話。エミリアは安堵のため息をついた。


「皆さん親切にしてくださって……でも正直、少し疲れました」

「華やかな世界も大変でしょう?」

「ええ、家格や血脈の話が多くて。もっと興味深いことを話したいのですが」

「ふふ、あなたらしい。学問の話ができる相手は貴重ですからね」


 ジルの言葉にエミリアは深くうなずいた。


「お手紙も沢山いただいて……皆さん本当に私と友達になりたいのか、それとも家の思惑なのか、正直よく分からなくて……あ、こんなこと言うなんて失礼ですね」

「両方かもしれませんね。でも、それも社交界の現実です」

「そうですね。でも、悪い気はしませんし、少しずつ見極めていけばいいのかも」


 エミリアの率直な物言いに、ジルは興味深そうに眉を上げた。


「現実的な視点をお持ちなんですね。それは大切なことです」


 二人は隣り合って座り、古代史の本を開いた。血脈や家格といった重苦しい話題から解放され、純粋な知識への探求心を共有する時間。エミリアにとって、これほど心地良いひとときはなかった。


「ところで」


 ふと、ジルが声を潜めた。


「そんな学問好きのあなたに、面白いお話があるんです」

「面白いお話?」


 エミリアの目が輝いた。社交界の疲れが一瞬で飛んでいく。


「王立研究所に、古代の遺物が運び込まれたという話でして……」


「古代の遺物!?」


 エミリアは思わず身を乗り出した。ジルは微笑んで続ける。


「ゴーレムらしいのですが、何の反応もなく、研究者たちも困惑しているとか」


「ゴーレム!?」思わず声が大きくなり、エミリアは慌てて口を押さえた。店内の他の客がちらりと視線を向ける。


「ぜひ見てみたいです! 古代の技術がどんなものだったのか……」

「実は私の知人に所長と親しい方がいまして。見学の手配ができるかもしれません」


 エミリアの心臓が跳ねた。この人の人脈は一体……? でも古代遺物──それもゴーレムだなんて、そんな機会、二度とないかもしれない。


「本当ですか? ありがとうございます」

「では、詳細が決まり次第、ご連絡いたします」

「社交界のお付き合いより、こういう時間の方がずっと楽しいです」


 エミリアは興奮を抑えきれなかった。

 ジルの知的な魅力に改めて感心する。年上らしい落ち着きと深い教養。こんな男性と出会えるなんて幸運だった。




 夕方、いつものように書庫でラウルと合流した。


「お帰り、エミリア。また本屋に行ってたのか?」

「ええ。今日は素晴らしい話を聞いたの」


 エミリアは手紙の件も含めて、まずは最近の状況を話した。


「社交界って、やっぱり大変なんだな」

「でも思ったより悪くなかったわ。特に書店であの人──ジルさんとお話しして、すっかり気分が晴れたの」


 ラウルの手が、ページをめくる途中で止まった。


「ジル……?」

「古代のゴーレムを見せてもらえるかもしれないの」 「ゴーレム? それはすごいけど……その人、一体何者なんだ?」


 わずかに警戒心を込めた声音にエミリアは首をかしげた。


「とても博識で、王立研究所にも知り合いがいるみたい。話していると時間を忘れてしまうのよ」


 ラウルは複雑な表情を浮かべた。聞けば、以前から書店で会ってたらしい。最近、急に現れて、しかも研究所に人脈? 胡散臭い。だが表面的には平静を装う。


「へえ、すごい人だな」

「それで、その方と一緒にゴーレムを見に行くことになったの」


 ラウルの顔色が、にわかに変わった。


「え? 二人で?」

「ええ、とても楽しみ」

「それはダメだ!」


 思わず大きな声が出て、ラウル自身も驚いたようだった。書庫の静寂を破る声にエミリアは目を丸くする。


「どうして?」

「素性の分からない男と二人きりなんて……危険すぎる」

「でもきっと、貴族の方よ。紳士的な方だし」

「どこの家門だよ?」

「……それは、知らない」

「ほら、やっぱり怪しいじゃないか!」

「でも、ただの見学よ?」

「それでも!」


 ラウルは立ち上がった。胸の奥で何かが燃えている。エミリアを守らなければという衝動と、得体の知れない男への警戒心が混じり合っていた。


「……分かった。俺も一緒に行く」

「え?」

「絶対に一緒に行く。そんな怪しい男と二人きりで行かせるわけにはいかない」


 今まで見たことのないラウルの剣幕に、エミリアは困惑した。


「ラウル……いったいどうしちゃったの?」


(たしかに、なんで俺はこんなにムキになってるんだ?)


 ラウルは、自分でも分からなかった。


 エミリアは短く息を吐いた。

 まあ、ラウルが心配するのも理解できる。だけど、妙に必死なのが気になる。何だか変な感じ……まあ、昔から心配性だものね──結局、ラウルの必死の?提案を受け入れることにした。




 翌日、エミリアは再び『賢者の書房』を訪れた。今日も変わらず読書を楽しんでいたジルに、申し訳なさそうに事情を説明した。


「友人も古代史や技術に興味があって、どうしても同行したいと……」

「もちろん構いませんよ」ジルはあっさりと承諾した。

「ご友人とご一緒なら、より楽しい調査になりそうです。お名前は?」

「ラウルと申します。家庭教師の息子で、魔法を学んでいます」

「魔法の専門家でしたら心強いですね。古代の遺物には魔法的なものが関わっているかもしれませんから」


 ジルの快い返事に、エミリアは恐縮した。


「ご無理を言って、本当に申し訳ありません。でも、ありがとうございます。……ラウルもきっと喜びます」

「では、詳細が決まり次第ご連絡いたします」


 数日後、王立研究所から正式な招待状が届いた。美しい文字で書かれた公文書には、ラウルの同行も正式に許可されていた。


「王立研究所とは……どういう知人だ?」


 エミリアから報告を受けたベルナードは眉をひそめた。


「書店で知り合った方で、とても学識があって……でも詳しいご身分は存じません」

「ふむ……まあ、王立研究所からの正式な招待なら問題はないな。それに、研究所にツテがあるぐらいだ。身元はたしかだろう」


 ベルナードはひとりで納得し、うなずいた。


(研究所にツテがあるということは、相当な家柄か学者だろう。エミリアも良い人脈を作ったものだ)


 ベルナードは内心、娘の立ち回りに満足していた。


 そんなベルナードの思惑を知る由もなく、エミリアは父があっさり承諾したことに、驚きながらも喜んだ。


(ゴーレムか、すっごく楽しみだな。それに、王立研究所だなんて)


 古代の遺物など、おいそれと見られるものではない。ジルの人脈に感謝しながら、エミリアの胸は高まるばかりだった。

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