<閑話2> 兄の矜持
エミリアのデビュタントから三日後。
クロードは王都の社交クラブに立ち寄った。剣術仲間と久しぶりに顔を合わせる予定だった。
「おお、クロード!」
伯爵家の次男が声をかけてきた。剣術を通じた仲間。家門や立場を抜きにした、気の置けない友人の一人だ。
「おまえの妹、顔が売れてるんだな」
「……何の話だ?」
「デビュタント。弟が絶賛してたぞ」
クロードは眉をひそめた。
(エミリアのデビュタント? そういえば、そうだったな)
「弟は遠目に見てただけなんで詳しくは知らないらしいが、かなりの数の令嬢に囲まれててな。慕われてたみたいだったって」
「……慕われてた?」
「ああ。あと、王妃殿下が直にお声をかけていらっしゃったとか」
「……王妃殿下が?」
クロードは内心驚いた。パーティーの最中に王妃が個人的に声をかけるなど、余程のことがない限りありえない。
「やっぱり侯爵家ともなると、デビュタント前に〝準備〟が完了してるんだな。凄いよ」
彼の言葉には感嘆とともに、わずかな含みも感じられた。
これまで興味がなかったため、クロードには妹の実際の交友関係は分からない。だが、どうにもそのような光景が想像できなかった。
翌日、招待されていた昼食会でも同様だった。
「クロード様、妹様、素晴らしかったそうですね」
「何か立派なご対応をされたとか」
「詳しくは存じませんが、お人柄がとても評判になっているそうですわ」
夫人たちが次々とクロードに話しかける。
(立派? 人柄……? エミリアが?)
エミリアの、普段の自分に対する態度を思い出し、クロードは違和感を覚えた。血脈なき妹が社交界でそこまで評価されている? しかも「人柄」で?
だが、夫人たちの話は具体性に欠けていた。「素晴らしかった」「立派だった」「評判になっている」──漠然とした賞賛ばかりだ。
それでも、その漠然とした賞賛こそが、逆にエミリアの成功を物語っているようだった。
「ダンスもお上手だったそうですわ」
「一年遅れのデビュタントだったのに、まるで何年も社交界にいらしたような──そんな風に伺いましたわ」
(一年遅れ……父上が『まだ世間知らず』と言って参加させなかったあれか)
クロードは苦々しく思い出す。本当は、エミリアに血脈がないことを恥じていたからだと家族は知っている。だが、社交界はそうは見ていなかったようだ。
その夜、屋敷に戻ったクロードはどうにも気になり、執事を呼んだ。
「エミリアのデビュタントについて、詳しく教えてくれ」
執事は恭しく頭を下げた。
「エミリア様はデビュタントにおいて、大変な成功を収められました。会場にて何かトラブルがあったようでございますが、その際のお嬢様の対応が王妃殿下のお目に留まったとのことです」
「トラブル? どのような?」
「申し訳ございません。詳しくは分かりかねますが……他の令嬢方が何か仰っていた際に、お嬢様が毅然と対応されたと聞き及んでおります」
「それで?」
「その御姿が評判となり、多数の令嬢から直接お嬢様宛にお手紙が届いております。特に、下位貴族のご令嬢方からが多いようです」
具体的な内容は分からない。だが、何か〝印象的なこと〟があったのは確かなようだ。
「……そうか」
クロードは腕を組んだ。
(血脈なしで、ここまでの評価を得たのか)
気の早い話だが──下位貴族から支持を集める上位貴族の令嬢は、将来必ず社交界で派閥の中心となる。それが本人の望むことであろうとなかろうと関係ない。
社交界における夫人たちのネットワーク。それは、家門の浮沈さえも左右する力を持っているのだ。
「馬鹿な……」
クロードはそんなことを思わず考えてしまった自分に言い聞かせた。
翌朝、クロードは廊下を歩きながら気づいた。使用人たちがエミリアのことばかりを話していた。
「お嬢様、本当に素晴らしい方ですね」
「デビュタントでも大成功だったそうで」
「王妃殿下からお声をかけていただいたなんて」
「詳しくは分からないけれど、何か立派なことをなさったらしいわよ」
「お手紙の返事を書かれるのも、一通一通丁寧になさって……」
その声には、明らかな尊敬の色があった。
(以前とは、違う)
クロードは立ち止まった。
使用人たちも詳しい内容は知らないようだ。だが、評判だけは確実に広がっている。漠然とした賞賛が屋敷全体を満たしていた。
これまで使用人たちはエミリアに同情的で、〝血脈なき令嬢〟として憐れんでいた部分もあった。だが今は〝尊敬〟している。
(いつの間に、こんなに変わったんだ?)
何か取り残されたような感覚だった。自分だけがエミリアの変化に気づいていなかった。それは、『二つ持ち』の可能性の話だけではない。
クロードは窓から中庭を見下ろした──エミリアがいた。
デビュタントで成功を収め、社交界から絶大な評価と支持を得た身でありながら、彼女は今日も剣を振っていた。
その姿は、数か月前とは明らかに違っていた。動きに無駄がなく、洗練されている。基礎の型が完璧に身についている。そういえば、衛兵隊長が褒めていたな──クロードは思い返した。
また、執事の報告では、エミリアはダンスの講習をラウルと共に受けていたという。短期間で見劣りすることなく仕上げたらしい。
(努力の成果、か)
クロードは複雑な表情で妹の姿を見つめた。
血脈なき令嬢。かつてそう呼ばれ、憐れまれていた妹。だが今、彼女は──
(誰よりも、貴族らしく見える。──皮肉なものだ。血脈を持つ自分よりも)
クロードは椅子に深く腰掛けた。
「血脈は才能、そしてその〝器〟だ。器なき努力は、砂に染みる水」
これが自分の、そして貴族社会の常識だ。血脈があるからこそ努力が意味を持つ。血脈を磨くことこそが貴族の務め。
だが、エミリアは血脈なしで確実に〝強く〟なっている。社交界でも認められ、王妃殿下からも評価された。下位貴族の令嬢たちからは、支持すら集めている。
何があったのか詳しいことは分からない。だが、結果だけは明白だ。
(努力が……血脈を呼び覚ますことなど、ありえるのか?)
今まで考えたこともなかった。血脈の有無は生まれつき決まっている──それが絶対の真理だと思っていた。
(それとも……血脈に頼らない、別の能力の体系が存在するのか?)
どちらにせよ、自分の知らない領域に、エミリアは踏み込んでいるように思えた。
今、父も母も、そして周囲さえもエミリアの才に注目しつつある。たとえ自分が疑問に思っていようとも、現に彼女の評価は変わりつつあるのだ。
自分だけ見ないふりはできない。それは負けを意味する。家門の嫡男、そして兄としてのプライドが許さなかった。
「……まずは、認めるべきか」
クロードは目を閉じ、長い息を吐いた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
もし少しでも「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、 ブックマーク登録や、ページ下部の「ポイントを入れて作者を応援しよう!」をタップしていただけると嬉しいです。
皆様の応援が、今後の執筆の何よりの励みになります!
デビュタントも無事に?終わり、周囲からの評価が少しずつ変わりだしたエミリア。いよいよ舞台が王都中に広がります。
今後もよろしくお願いします。




