第4話 思いもよらぬ遭遇
「ダンジョンの波動が強くなっている。あと、もう少しのはずだ」
レインの低い声が、木々のざわめきの奥に溶けていく。
森に入ってから、どれくらい歩いただろうか。体感では三時間ほど――いや、もっと長く感じる。
足の疲れもあるが、それ以上に堪えるのは――心だ。
ここへ来るまでに、何体の魔物に襲われたか解らない。そのたびに命の危険を突きつけられ、神経をすり減らされ続けた。
もっとも――
そのすべてを、レインは一撃で片付けてきたのだが。
まるで雑草でも刈るかのように、あっさりと。
……おかしいだろ。
レインと一緒にいると、この死の森が普通の森なんじゃないかと錯覚しそうになる。
それが逆に、怖い。
もしこれが一人だったら――
考えるまでもなく、俺はとっくに死んでいた。
本当に、こいつと一緒に転移してよかった。
「……このあたりのはずなんだが」
レインが足を止め、周囲を見渡す。
気づけば俺たちは、森の中にぽっかりと空いた広場へ出ていた。
野球場ほどはあるだろうか。
短く刈り揃えられたような草が一面に広がり、それ以外には何もない。木も岩も、目印になるようなものは一切存在しなかった。
あまりにも、何もなさすぎる。
「お兄ちゃん、本当にここで合ってるの?」
「ああ……間違いないはずだが……」
レインの声音にも、わずかな違和感が混じる。
あのレインが、迷っている?
嫌な予感が胸の奥に広がる。
だが、ここまで来て立ち止まるわけにもいかない。
「とりあえず、中心まで行ってみよう」
短く頷き合い、俺たちは広場の中央へと歩みを進めた。
あと数歩で中心、というところで。
ヒュン――
空気を裂くような鋭い音が、頭上から降ってきた。
次の瞬間。
ドドォンッ!!
轟音とともに、目の前で地面が爆ぜた。
土煙が巻き上がり、視界を覆い尽くす。
「人族よ、ここから去れ」
低く、澄んだ声。
女の声?
何が起きたのか理解が追いつかないまま、風に流されるように土煙が晴れていく。
そして――
現れた“それ”を見て――思考が完全に停止した。
真っ白な鱗に覆われた、巨大な竜。
圧倒的な存在感。
そこにいるだけで、空気が変わる。
呼吸すら、うまくできない。
……白竜。
頭ではそう理解しているのに、身体がついてこない。
口が開いたまま、閉じることすら忘れていた。
「人族よ、もう一度言う。ここを去れ」
白竜は、静かに――しかし確かな殺意を滲ませて言葉を重ねる。
「さもなくば、私がお前たちを殺す」
その宣告は、あまりにも淡々としていた。
脅しではない。
ただの“事実”として告げているだけだ。
――格が違う。
「白竜、すまない」
張り詰めた空気の中、レインが一歩前に出る。
「俺とフェリスは、転移でここへ飛ばされた。去りたいのは山々だが……ダンジョンの転移魔法陣を使うしか帰る方法がない」
真っ直ぐに、臆することなく言い切る。
その背中に、わずかな安堵を覚えた。
白竜は、しばし無言でレインを見下ろしていた。
やがて――
大きく翼を広げる。
轟、と風が巻き起こり、その巨体がふわりと宙に浮かび上がった。
影が、俺たちを覆う。
「去らぬのであれば――」
冷たい声音。
「ここで殺すしかない」
次の瞬間。
白竜は大きく口を開いた。
その喉奥に、無数の光が集まり始める。
一つ一つが、凝縮された魔力の塊。
やがてそれらはひとつに束ねられ、眩い輝きを放つ。
――まずい。
本能が、全力で警鐘を鳴らす。
逃げろ、と。
だが、足が動かない。
そして――
光は、解き放たれた。




