第14話 レティシア・レッドフォードの昼②
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目の前に並ぶのは、様々な色のリップクリーム。
リップクリームと言ってもこれは口紅のようなものではなく、唇の乾燥を防ぐための軟膏の役割を果たすタイプのリップクリームらしい。それに色が付いていて、ほんのり唇を彩ってくれるのだとか。
「わあ、綺麗。」
「だよねだよね、見ているだけでも楽しいよね!どの色が気になるとかある?」
シンシアの言う通り、見ているだけでも目が踊って楽しく感じる。以前、アディが化粧品を集めることが趣味の人もいるって言ってたけど、目の前に広がる景色を見ていると納得してしまう。これは、収集したくなる心をくすぐられるやつだ。
「えっと…この、少し濃い目のピンク…かな。」
「カラー08、”乙女心”だね!塗ってあげるから、口少し閉じていてね!」
(乙女心?色の識別名としてそういう名前を付けられているってことかな。)
私は言われた通り、口を閉じる。唇全体に、軟膏特有のねっとりとした感覚が広がって、何ともいえない気分になる。
昔化粧を施されていたときの名残で目も閉じてしまい、シンシアに『目は開けていていいよ!』と笑われてしまった。ちょっと恥ずかしい。
「大丈夫だとは思うけど、唇に異変…痛かったりピリピリしたら言ってね!鏡はどこにあったかな。」
シンシアが鏡を探している間、私は机の上にあるリップクリームを数本かき集めて両手で持ってみた。蜜柑のようなオレンジ、生姜のような黄色みのある茶色、苺のようなピンク、ぶどうのような紫。聖女リディアのご神体である金剛石も宝石だけど、あれとは違う輝きを持つこれらのアイテムに、不思議な高揚感を覚えた。
「あったあった!はいレティシアちゃん、鏡見てみて!」
シンシアから少し大きめな手鏡を渡され、そっと鏡面を覗く。
(わあ、可愛い…!)
写っているのは見慣れた自分の顔のはずなのに、思わず見入ってしまった。
ぷるっとした唇、ちゅるんとした濃いピンク、つやつやの口元。リップクリームを軽く塗っただけなのに、顔全体が華やかな雰囲気になったような気がした。顔の角度を少し変えるだけで、唇の上の反射の光が移動していくのが何となく楽しく感じる。
「レティシアちゃんめちゃくちゃ肌白くて綺麗だから、濃い色が映えるね!」
「ほんと?可愛い?」
「可愛い!」
ストレートな言葉とまっすぐな瞳で褒められて、言葉に詰まらせてえへへとしか言えなかった。嬉し恥ずかし。
「魔法適性ある人は専用魔法でちゃっちゃとスタイリングができてしまうけどさ、こういう初歩的な化粧も私は楽しくて良いと思うの!」
「…うん、私もそう思う。」
確かに、スタイリングに関する魔法はいくつかある。私自身は使ったことないけど、髪色や目の色を変えたり、顔を化粧のように飾る魔法も存在する。
私が聖女様として施されていた化粧は、人前に出るための最低限のものだったし、当時の私は施されるがままで、化粧そのものに意味を見出していなかった。
私にとって化粧は他人にされるもので、自分でするものじゃなかった。アディが使用人にメイクを任せないのは、それ自体が楽しくてやりたいからやっているんだと実感した。
「ついでと言っちゃなんだけど、こっちも試してみない?」
シンシアが『じゃーん!』と自分の後ろから箱を取り出す。中に入っていたのはネイルポリッシュ、一般的にはマニキュアと呼ばれるものだった。
「爪に塗るやつだ…!」
「そうそう、よく知ってるね!よいしょっと!」
シンシアは箱の中に両手を突っ込むと、がさっと中身を取り出す。優しく丁寧に机の上に移動させているけど、まとめて持ったせいでバランスを崩した容器がいくつかゴロゴロと転がっていった。
「おっとっと。」
ネイルポリッシュの容器が1つこちらに転がってきたから、私は片手で受け止めた。右手に握ったそれを、まじまじと眺めてみる。
容器の中には、小さな夜空が広がっていた。私の目の色と同じ暗い青色の染料に、白くて細かいラメと、星の形をしたホログラムがキラキラと光って混ざりあっている。
「これ、綺麗で好き。」
私は無意識にそんなことを言っていた。それを聞き逃さなかったシンシアが、ぱあっと笑顔になる。
「ほんと!?実はそれ、私が提出した案なんだよね!小さい子にはウケがよくないかもって言われたけど、ギリギリで通ったやつなんだ!」
そう語るシンシアの目が爛々と輝いている。自分のアイデアを褒めてもらえたのが心の底から嬉しいといった雰囲気だろうか。
「子供向けネイルポリッシュだから、温かいお湯につけると簡単に剥がれるって商品なんだ~!はい、手え貸して!」
言われるがまま、私は右手を差し出す。シンシアがその手を取ると、ポリッシュを刷毛で丁寧に塗っていく。
一度塗りだと淡い夜空、二度塗りだと暗い星空、三度塗りだと満天の星空。色を塗り重ねていくごとに、爪の先に様々な夜空が広がっていく。
全ての爪に色がついたから、乾くのを待っている。手を振ってみたり、ふーっと息を吹きかけてみたり。シンシアはすぐ乾くよって言っていたけど、待ち遠しくて仕方なかった。
両手を上に掲げ、照明の光に合わせて角度を変えてみる。爪先に広がった小さな夜空は、私の心を躍らせるのに十分だった。
「あーら?アタシがいない間に随分と美人さんになっているじゃない!」
聞きなれた男性の声が聞こえて、横を向く。話し合いを終えたらしいアディが、私の左横にしゃがんで覗き込んできた。それに呼応するように、シンシアが大きくうんうんと頷いている。
「しゃちょー!レティシアちゃん着飾り甲斐しかありません!元々可愛いけど、メイクすると更に可愛くなります!」
「でしょでしょ~?レティシア、いつもアタシの化粧している姿を後ろから眺めているだけで、自分もやりたいとは言わないから興味がないのかと思っていたけど…」
言葉を区切ったままアディがその場で立ち上がる。釣られて彼の顔を見ると、にやにやとした表情で私を見下ろしていた。
「機会を作ってあげるべきだったわね。」
アイラインの効いたアディの目が私を捉える。何となくムッときて、ベッと舌を出して威嚇する。シンシアが『せっかくの美少女が台無し!』とか、アディが『んまっ!おブス!』とか言っているけど、無視して顔を逸らす。
(化粧…コスメ集め…楽しいのかも。)
私は今日、新しい楽しみを見つけた気がした。




