第12話 レティシア・レッドフォードの朝②
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Side:リディア
レッドフォード社は、セントサザール領の中央都市にある石造りの建物だった。王都の中心街にも似ているけど、王都ほどの絢爛さはなくこちらは植物の緑と石の灰色がメインの建物が多い。
「…以上が、新商品のラインナップです。こちらは試作品とそのデータです。」
「ハイハイ、ありがとうね♡」
レッドフォード社のお菓子部門に来て数時間。
この社長室という場所はアディ専用の仕事部屋らしい。そんなアディの部屋には、数時間前からひっきりなしに人が訪れる。覚えている限りだと女の人、男の人、女の人、女の人、男の人。
私はお菓子のモニターというやつをするためにここにいるんだけど、今だその気配はない。この数時間の間、ずっと飲み物を飲みながら社内に置いてあった本や資料を読んでいる。
(レッドフォード社の歴史…。)
元々はエルバート・レッドフォードとその妻、ヴィオラ・レッドフォードの2人で経営していた小さな化粧品会社だったのがこのレッドフォード社だと書いてある。エルバートとヴィオラはアディの両親のことらしい。
しかし、数年前に経営者夫妻は不慮の事故で他界。2人の息子であるアドルディ・レッドフォードが跡を継ぎ、化粧品から子供向け服飾をメインに事業を転換。当時未成年ながら少年実業家として頭角を表し、斬新かつ万人に受ける商品の数々でレッドフォード社は急成長。その後製菓、玩具の事業にも着手し、数年でローゼシア王国でも名の知れた企業へと発展した。
(アディってすごい人だったんだ。)
知ってはいたけど、客観的な視点から書かれた資料を見てみると、より一層そのことを実感する。
(アディの両親の死因は不慮の事故らしいけど…内容が気になる。)
アディの両親の事故が現在どのようになっているのかは分からない。あまり話題になっていない感じがするから、もう解決して過去のこと扱いになっているのかもしれない。わざわざ話題にするようなことでもないし、部外者である私があまり深く関わっていいことじゃない。
アディが話してくれることがあったら聞くくらいの心持ちで良いと思う。
「リデ……レティシア!」
2人きりの時はリディア呼びをしているせいか、アディは咄嗟にレティシアという名前が出てこないらしい。目を細めながら見つめると、アディがこほんと1つ咳払いをする。気が付いたら部屋には私たち以外誰もいなく、人の出入りも止んでいた。
「お待たせしました、モニターさん。こっち来てもらえる?」
アディに呼ばれて、私は彼のいる机に歩み寄る。
机の上には持ち手の付いた棒付きキャンディ、板チョコ、チョコレートのコーティングがされたスティック菓子、ビスケットがチョコレートでコーティングされたチョコレート菓子が並んでいた。どれも味が数種類用意されていて、この中からいくつかに絞るのだろうと予測ができる。
「まずはこのキャンディから。味はバニラ、ミルク、キャラメル、サイダー、プリン、チョコレート。」
「キャンディの定番であるフルーツ系の味は無いんだね。」
「ええ、今回のコンセプトからは外されているの。今後の売上次第で、フルーツ系の味も開発する予定よ。」
ふむふむ、なるほど。ターゲット層は子供から大人まで幅広く。キャンディの原材料は砂糖だから、一部の味は砂糖の代わりとマドラーにもなるらしい。私は普通にキャンディとして食べたいけど。
「…あ!」
「未来視はダメよ。」
「…やっぱり?」
『アタシにもポリシーがあるのよ!』と言ってアディは椅子に座り直した。私は棒付きキャンディを手に取り、包装紙ごと眺めた。
レッドフォード社のマークである、王冠を被った黒猫と飾りが施された縁は、お手ごろな価格のお菓子とは思えない不思議な存在感がある。
「それじゃあ、いただきます。」
お菓子の食べ放題…じゃなかった。モニター、始めるよ~!
「バニラの量は結構。砂糖の含有量が足りません。もう少し砂糖で甘味を出して。」
「ミルクの風味が強すぎます。これでは人工ミルクを固めたのと大差ありません。」
「プリン味はこのままで良いでしょう。カスタードの効きが素晴らしい。」
「キャラメルの苦みがいりません。これは無くすように」
「ちょっと待ちなさい。」
キャンディを片っ端から試し感想を言っていると、レッドフォード伯爵が記録をする手を止めて口を挟んできた。何でしょう。
「なんでその可愛くない聖女様モードな喋り方をするの。」
「そういう気分だからです。いちいち口を挟まなくても察しなさい。このやり取り何度目ですか。」
「~~~!!」
レッドフォード伯爵が歯ぎしりをしているけど、私は構わず品評を続けます。
何故私が聖女様モードになるのか。それはそういう気分な時とそういう雰囲気の場面に遭遇した時です。いい加減学習しなさい。
さあ、続けましょう。
「分かった、ありがとう、全試作品に関する情報は集まりました。」
「それは良かった。精進なさい、レッドフォード伯爵。」
美味しかった!満足満足!
「ふう。アディ、こんな感じで良かった?」
「色々言いたいことはあるけど、まあ客観的な立ち位置からの意見はとても助かったわよ、ええ。」
アディはずっと眉間に皺を寄せながら、難しい顔のままペンを動かしている。
心なしかこめかみのところにムカツキマークが見える気がするけど、多分気のせい。
「じゃあ次、子供視点の味の評価をしていくね。」
「…聖女様モードから戻ってきてくれるなら何でもいいわ。」
アディは大きなため息をついて、げんなりしている。お仕事大変そう。
「えっとね、バニラ、ミルク、プリンはまた食べたいと思う味。それ以外は貰えるなら貰うけど自分では買わない、理由は…」
「…以上かな。どう?役に立てたかな?」
「うん、うんうん、ちょっと待ってね、まとめているから。」
カツカツとアディがペンを動かしている音だけが部屋に響いている。私は手持ち無沙汰になり、改めてキョロキョロと辺りを見回す。アディが仕事をする部屋だけど、プライベートな屋敷の空間とは違って簡素で最低限のものしか置かれていない。屋敷の仕事部屋にはよく分からない置物とか倒れているフォトフレームとかあるのに。
机に向かうアディをじっと見つめてみる。そういえば私、アディの顔をじっくり見たことなかったかも。
アディの髪は濡羽色の綺麗な黒をしている。眉毛の流れも整えられていて、まつ毛も長くてぱしぱししている。定期的に”まつぱ”というものをしているらしい。
髪色のせいかも?目の色は真っ赤な色なはずなんだけど、少し暗い赤色にも見える。まるで血のような_。
「なーにアタシの顔凝視してるのよ。そこにはイケメンしかいないわよ。」
軽口を叩き微笑みながら、アディは私に声をかけてきた。そんなに見つめていた自覚はないけど、見られていたアディが言うくらいだから結構じっくり見ていたんだろうなと自答する。
少し気まずくて、机の上に置いてあったコップに口をつける。氷が解けてジュースと混ざりあって、少し甘いけど微妙な味がした。




