67 心に負うもの
「すみませんでした」
石壁で囲まれた暗い牢の中で、ふいにホウが言った。ぼんやりと檻の外を見やっていたロウシュが振り返る。ホウはうなだれている。
「僕らの事情であなたを担ぎ上げたのに、結局僕らには何もできなくて。マナの宗主たるあなたまでこんなところに入れられることになってしまった」
どうやらホウには担いでいた自覚はあったようだ。キジは牢の奥に坐し、瞑想でもするかのように目を閉じている。ロウシュは静かに息を吸った。
「それは構わない。元々これくらいのことは覚悟して乗りこんだのだからな」
「っでも、あなたはマナの人にとって心の支えでしょう?もし万が一のことがあったら、僕らはもうマナに顔向けできない」
大きな図体に似合わず、小心者のホウ。だがそれは彼の優しさでもある。ロウシュはフ、と軽く笑った。
「案ずることはない。マナはそんなにやわではないよ。先にも言ったが、私が捕らえられようとマナの思想は変わらない。いずれ私の意思を継ぐ者も出てくるよ」
宗主などと呼ぶのは外部の人間ばかりだ。マナの人間関係を外から見るとそのように見えるようなので、こちらが話を合わせているに過ぎない。だから彼らが思うよりもずっと自由に動ける。なまじ都に近いせいで今までマナを離れることがなかったというだけで。
「それに……」
「?なんですか?」
「いや、なんでもない」
ロウシュは言葉を呑んだ。それは敵地のなかで話すには向かない内容だったからだ。
それに、こちらの動きが大事になればなるほど、向こうは動きやすいだろうしな。
ロウシュの笑みが深くなる。それはどこか自嘲めいた笑みだった。あんなに反目し合った相手だというのに、己を犠牲にしてでもその作戦の成功を祈るなんて。運命とはわからないものだ。
「それもいい」
ひっそりとロウシュは呟く。その声を聞き咎める者はいなかった。
* * *
ユウリと皇子は普段は使用人しか使わない通路を通り、宮廷の通用口の近くまで来ていた。皇子がなぜこんな通路にまで詳しいのかと疑問に思ったが、思えばはじめに会った物見台のある塔の中も似たようなものだったし、案外普通に使うものなのかもしれないと考え直した。使用人たちの目がある分、表よりも安全なのかもしれない。
「おかしいな」
幾人かの使用人たちをやり過ごしたとき、ふと皇子が呟いた。背中に隠れるようについてきただけのユウリには何がおかしいのかわからない。先を行く皇子が足を止めたので、ユウリも止まる。
「いつもと様子が違う。なんで皆こんなに浮き足立ってるんだ?」
それはユウリに言っているようでもあったが、おそらく独り言だろう。ユウリに訊いたところでどうしようもないことだ。
背後からそっと様子を伺ってみるが、普段を知らないユウリにはやはりよくわからなかった。確かにさっきから人の話し声はしているし、その響きから不穏な気配は感じるが。
「……埒があかないな。行こう」
出て行くタイミングを見計らっていた皇子もついには腹をくくった。歩きだす皇子につかず離れずついていく。
そのとき。
「いた!侵入者だ!」
男の叫び声。びっくりして一瞬動きが止まる。通用口の周辺がさらに騒がしくなる。
立ち止まってしまったユウリに気づいて、皇子が手を引く。この騒ぎのなかで捕まってしまったら逃げ場がない。
手を引かれるままフードを目深に被ってほとんど走るようにその場を抜ける。人々の注意はこちらには向いていない。
ドドドッ、と数人が走る足音がする。かと思ったら、うっ、という呻き声のあと、バタン、と大きな音。人が倒れたようだ。
状況はどんどん緊迫したものになっていく。早くこの場を抜けなければ。
「ったく勘弁してよ。こっちはずっと走りどおしだってのに」
耳が拾った声。それがあまりにも衝撃的すぎて、ユウリは思わず顔を上げた。
別れてからそう時間は経っていないはずなのに、やたら懐かしく感じる、その姿。
「リュウ」
追われているのはリュウなのだった。思わず名を呼ぶと、リュウも一瞬こちらを見た。再び皇子に手を引かれ、すぐに顔を隠したが。
「……ユウリ?」
背後でかすかに名を呼ぶ声を聞いた。刹那の再会がもたらしたのは小さな喜びと、痛いほどのやるせなさだった。




