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66 命の取り引き

 雨除けのフードから先をゆく皇子の背中を伺いながら、ユウリは緊張した面持ちで後をついていく。

 改めて、ユウリはこの皇子を見くびっていたと思い知らされた。しばらくここで待つように、と言い残して先に進んだ皇子は、少し離れたところにいた護衛と思しき人物をあっという間に眠らせてしまった。線も細く体力もないように見えるのに、体術には長けているということだろうか。一旦戻ってきた皇子は衛兵が使う雨除けのフードをユウリに着させ、ついて来るように言って宮廷内の廊下を黙々と進んでいく。

 全て把握していると豪語しただけはあり、皇子は護衛が控えている場所の前では立ち止まり、その目を盗んでは進んだ。フードを目深に被っているので顔が割れることはないだろうが、皇子とともにこんなところを歩いているのを見られればどうなるかわからない。これも皇子の言う通り、ユウリには勝手がわからないのでただついて行くより他なかった。

 二人は人気のない一角を進み、隅の小部屋に入った。真っ暗なので皇子が壁につけられた蝋燭を灯す。

 明るくなって全容が見えると、そこは不思議な部屋だった。一見荷物部屋のようだが、雑多に置かれているのは何やら珍妙なものばかりだ。やけに装飾が多い箱のようなもの、大きなガラス玉、瓶に入った乾いた草花……。

「ここはかつて仕えていた呪術師が使っていた部屋だ」

 その疑問を晴らすように皇子が言った。

 呪術師という言葉を聞いて、ユウリは背筋が凍る思いがした。

 その昔、宮廷に出入りしていた呪術師たち。その存在はホウたちの話を聞いただけではイメージがつきづらかったが、この部屋を見てようやく実体として認識した。それはひどく禍々しいものに思えた。

 皇子はその雑多に置かれた物のなかから一つを選び出した。他のものは埃をかぶっているせいかくすんで見えるのに、それはきれいに磨かれていた。

「それは……?」

「禁呪に使われる呪具だよ。もっとも私はこれを夢で見ただけだけど」

「夢?」

 呪具だというそれに目を落としたまま、でもここではないどこか遠くを見ているような表情で皇子は言う。

「病から回復して目覚める前、私は夢を見た。君がユナと呼ぶその人の夢。彼女は、手にこのランタンを持っていた」

 金属製のそれは正面に窓が付いており、引き手で開けることができるようになっていた。その中には燃えかけの二本の蝋燭。

――命を継ぎたい人間と鍵となる人間の、命に見立てた蝋燭を用意する。

 嫌だと思うのに、マナであの夜にロウシュから聞いた言葉が蘇ってくる。あの、絶望に打ちのめされた夜。

――鍵となる人間の方だけに火を灯し、神を祀る聖域でその火をもう一方の蝋燭へ移すことで、鍵となる人間の命を、命を継ぎたい人間に移すことができる。

 まるで悪夢の続きのように。

――移された元の……鍵となった人間は、死ぬ。

 ユウリは膝から崩折れた。ランタンを持ったまま皇子が振り返る。

「なんで、ユナだったの……」

 マナでの夜。これ以上辛くなることはもうないと自分に言い聞かせて、なんとか立て直した心。それなのに今、もう立てないような気がしている。

「私は詳しい経緯は知らないけれど、おそらくはじめからそのつもりで連れて来られたんだろう」

 どうしてそんな残酷なことができるのだろう。ただの田舎の娘だから?そんな娘よりも、目の前の人の命のほうが大切だから?

 命の重みに、違いがあるというの?

 顔を上げられないユウリには、皇子の足元だけが見えている。皇子が屈んだのが気配でわかった。

「大切な妹だったんだね」

 おそらく、かける言葉を探して、それくらいしか見つからなかったのだろう。それはわかるけれど。

「違う」

「……?」

「大切に、できなかったから……。母の違う妹を。私なんかより、ずっと器用で、なんでもそつなくこなせて……優しくて」

 本当は、もっと仲良くなりたかった。普通の姉妹みたいに。ただ引け目を感じて避けるんじゃなくて、なんでも一緒にやってみればよかった。本当はユナもそれを望んでいることなんてわかっていた。

 でも、できなかった。

「もっと、愛せたら、よかった」

 それでも、同じことになれば後悔はするのだろう。むしろ大切にした分、もっと辛い思いに駆られるとも思う。どちらにしても、取り返しがつかないことには変わりない。

 カラン、と頭上で音が鳴った。耳にちゃんと届いているはずなのに、それは夢の中から響いているかのような現実味のないものだった。その音につられるように、ゆっくりと顔を上げた。

 小さな光。ランタンの中の蝋燭に火が灯されている。その先に、やはり微妙な顔をした皇子。

「言っただろう。禁呪の祠に案内すると。覚悟が決まったらこれ持って」

 差し出されたランタンは目の前でゆらゆら揺れる。不吉な過去を突きつけられているかのよう。

「これは私の命の灯火。私の命を、君に預ける」

 覚悟。その言葉はもしかしたら、皇子自身に向けられたものだったのかもしれない。

 震える手で、そのランタンを受け取る。持ち手をしっかり掴んだら、皇子の顔が少しほころんだ気がした。

「さぁ、行くよ」

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