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19 更けゆく宿の夜

 食事が運ばれてきた。宿が営んでいる食事処だけあって華やかな盛り付けだ。内容も魚料理があったり、小さなデザートがついていたりと、ユウリにとっては今まで人生でありつけたことのないような豪華さで、気が引けてしまう。

 ユウリが育ったアヌカは、内陸の丘陵地帯に位置する。周りに大きな街はなく、若い男衆はほとんどが遠くへ出稼ぎに行っている。物資はそうした者たちが帰省の際に買い出してくるか、稀にやってくる行商から買い付けるしかない。だから食糧はほとんどが自給自足で、保存食を少しずつ食べつないでいくのが常だった。家の外で食事をすること自体まれだったが、今までのリュウとの食事は簡単なものが多かったので、そこまで引け目を感じることはなかった。ユウリの異変を感じ取ってか、リュウが苦笑して言う。

「そんな顔して食べたらせっかくの料理が台無しだぜ?ユウリはお代を気にすることないんだから、気兼ねなく食べな」

「ごめん、わかってるつもるなんだが」

「宿の食事処ってのはこういうもんだよ。思ってるほど値は張らないから。これからもこういうことはあるかもしんないから慣れた方がいい」

 さすがは旅慣れているリュウだ。ユウリが何に戸惑っているのかも言わなくてもわかってくれた。リュウが言うのだからそうなのだろう、と納得することができる。

 実際食べ始めてみると、これが今身体が求めていた食事なのだとはっきりわかるくらい、生き返る心地がした。おいしいのはもちろんのこと、心が落ち着いてくるのがわかる。旅の疲れも少しずつ溜まっていたし、何より先ほどのハプニングで頭から転倒もしている。身体さえ休められれば回復するだろうと思っていたが、ちゃんとした食事をとるのも大事なのだと、考えてみれば当たり前のことを改めて思い知った。

 アオガが語ったグイルのことに関しては、正直まだどう考えたものか判断がつかなかった。そもそもアオガの説明が要領を得ないものというのもあるし、これをユウリたちが遭遇したヒュウゴウの一件と関連づけるのも尚早という気がする。そうした異変の類を調べてまわっているアオガがそれらの事象をひとくくりに捉えているのも、なんとなく賛同しかねるところがあった。

「情報屋として売れるもんでも無さそうだしなぁ」

 アオガと別れ、今日泊まる部屋に入ってからリュウがぼやく。ヒュウゴウの件とは違い、あれだけ目撃者がいたのでは情報としての価値は無に等しい。付加価値となる追加の情報があれば話は変わってくるのだが、それがアオガの証言では心許ない。信頼できる裏付けが決定的に欠けている。

「でもここから先に進むには、街道がどこまでこんな状況なのかを知りたいと思うよ。そういう意味では情報に価値はあるんじゃないか」

「そうだなぁ。その端の状況を知ってる奴が流すかもしれない」

 つまり今回のことについてリュウが積極的に流せる情報はないということだ。それどころか、この先の状況によっては他人から情報を買わなければならないかもしれず、それは情報屋としてはなんともやるせないことだった。

 寝支度をして部屋の明かりを消した後、ふとリュウが訊いた。

「なぁ、ユウリの家族ってどんな人たち?」

「私の?」

「うん。なんかふと気になって。話したくなかったらいいんだけど」

「いや、そんなことはないよ」

 むしろそういう話題をリュウから振られるとは思わなかった。道中にリュウが孤児院で育ったと聞いたばかりだ。

「そうだなぁ。父は静かな人だよ。黙々と畑仕事や家の力仕事をこなしてるという感じ。母は……今話すのは育ての母のことだけど、ちょっとのんびりした感じの人かな。ユナにも私にも分け隔てなく優しくしてくれた」

 妹のユナとは違い、ユウリとは血が繋がっていない義理の母。それでも優しくしてくれたことがユウリには救いだった。でもだからこそ、義母に留められてもユナの消息を確かめようと思った。他でもない義母のためにも。

「すごく微妙なこと聞いていい?生みの親に会いたくなることとかないの?」

 その質問がきた瞬間、リュウが本当に訊きたかったのはこれなのだとわかった。自分でもなんと応えたものか考えながら話す。

「うーん、私が物心ついた頃にはもういなかったから、どんな人なのかもよく知らないんだ。街の人だったらしいことは聞いているけど。もし少しでも記憶があればそんな風に思えるのかもしれないけれど」

 生前、祖父に聞いた話によれば、アヌカでの暮らしに馴染めずに街へ帰ったとのことだった。今どこで、どういう暮らしをしているのかもユウリは知らない。

 ユウリの話を聞いて、リュウは小さくそうか、と呟いた。

「案外そんなもんなんだな。なんか、安心した」

「それは、リュウもそうだということ?」

「うん、まぁ。アタシは両親とも顔も名前も知らないけど、今さら会いたいとか思わないんだ。アタシって薄情なのかなって思ってたんだけど」

 横になっているせいか、二人とも過去に思考が飛んでいるのかもしれない。話しているうちにいつの間にか寝てしまったが、ひどく懐かしい夢を見た気がした。

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