18 災禍のあと
幸い、ユウリたちに大きなケガはなかった。頭から倒れてしまったユウリは経過の観察が必要だが、動けないことはない。片付け始めていたリュウの露店は商品が端に寄ってしまったが、リュウの見立てでは被害はそれほど大きくなさそうとのことだ。ユウリは続けて片付けを手伝おうとしたが、リュウに留められた。
「ユウリはちょっと安静にしてな。片付けはフラフラしてるアイツにやらせるから。おいアオガ!」
リュウはいまだにひび割れた街道の先を見て立ち尽くしているアオガに怒声をあげ、無理やりではあるが片付けを手伝わせた。そもそもアオガがこの状況を予測していたのなら、御託を並べる前に片付けに加わっていればもっと早く終わっていたかもしれないのだ。リュウが怒るのも無理なかった。その間、ユウリは言葉に甘えて休んでいることにした。薬種を扱い、医者ほどではなくても医学的知識をもつリュウに言われては、ここで無理をするわけにもいかない。
街道を行き交っていた人々も、動けないほどのケガ人は出ていないようだ。幸か不幸か、アオガの言うグイルは街道のど真ん中を通ったようで、トウキの町を囲う塀は倒れなかったのがよかったのだろう。一種の恐慌状態を抜けた人々は、この先を目指していた人も含めて閉門間際のトウキの街へと入った。何せ街道がこの状態では、更けゆく中を進むには危険すぎる。
街道の人通りが絶えた頃、ユウリたちもトウキの門をくぐった。門を閉ざすために控えていた番人が街道の様子を見て、取り残される者がいないよう閉門の時間を遅らせる措置をとってくれていた。
「ひでぇ状態だな。どこまで続いているのか見通せもせん。荷が止まらなきゃいいが」
番人がこぼした言葉にあっけらかんと応えたのはリュウだった。
「商魂たくましい奴らはいくらでもいるから、荷が止まるようなことはないだろうよ。馬車が使えなきゃ手押しの荷車でも背負子でも使うさ」
ニカッと笑うリュウの姿を見て、番人も納得したようだ。
「あんたらも行商か。まぁその道の者が言うならそうなんだろ」
三人は番人に見送られながらトウキの街中へと進んだ。これから入れる宿を探さなければならない。ラッカを出たときには、実はトウキでは食事だけとって先を急ぐ計画だった。それが新たな道連れとしてアオガが加わり、野営で済ませるのが難しくなった。どのみち街道があんな状態では仕方がないが、アオガが加わったことは今のところマイナスの要素しかないのは事実だった。
「アオガ、今回の宿代ぐらいは奢れよ。あんたのために宿とるんだから」
言外に「それくらいしか役に立たないだろうし」という含みが透けて見える。アオガは憮然として、
「それは構いませんとも。その、部屋は別にしないとなりますまいし」
「当たり前だ!」
二人がやいやい言っている間に、リュウがあたりをつけていた宿に到着した。食事処も兼ねた宿屋で、何よりジオウとも馴染みのあるところだ。ここならユウリの食事代はジオウにもらった札が使える。
「いらっしゃいませ。あら、リュウさん。お久しぶりですね」
受付に立っていた女性はサリといい、リュウとも顔馴染みだった。
「悪い、サリちゃん。遅くなっちゃったんだけど今から二部屋借りられる?あと夕飯も三人分」
「ふふ、大丈夫ですよ、お任せ下さい。リュウさんがお連れの方なんて珍しいですね」
「まぁ、いろいろ事情があって」
本当は、事情があるのはユウリの方なのだが、そこはこだわらないリュウのことだ。ユウリにしても初対面の相手と話すのは気が重いので、リュウが宿の手配をしてくれたのは助かった。
サリの案内でそれぞれ部屋に荷物を置くと、食事処の席に三人で座る。周りの席は既に食事を終えた客が何組かいて、お茶を飲みながらさざめき合っている。話題には先ほどの街道での出来事が多くのぼっているようだ。
「それで、アンタが言うグイルってのは何だったんだよ」
食事を待つ間、リュウがアオガに訊く。あまり周囲から注目を集めないように声はかなりひそめている。アオガは毎度の癖でもったいぶるように重い口を開く。
「グイルとは、地下を住処とする生き物だ。古くは『水脈を知る者』と言われ、治水のために中央で飼われていたこともあるようだ。ただ、土と水さえあれば異常なほど大きく育つし、かといって環境が悪くなると死んでしまうんで、世話に手を焼いて今ではそんなこともなくなったようだが」
グイルなどという生き物は、物知りなリュウでも知らなかった。ではあの街道の割れ目は、そのグイルが通った跡ということか。
「そんな生き物がいたんじゃあ、どんなに街道を整備したって徒労だな」
「いや」
腕を組んでリュウがぼやくのをアオガが否定した。怪訝そうな目で先を促すと、アオガが言った。それはアオガがあのとき、まずいことになった、と呟いた本当の理由だった。
「グイルは本来、こんな地表近くを移動することはまずないのだ。つまり、これも恐らくは異変のひとつだ」
三人の間にうすら寒い空気が流れた。




