表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/83

幕間――ミルダの憂鬱

 目を覚ましたリトは、ジンクによる診察を受けた。一時側を離れなかったミルダがその場を譲ってからのことだが。その後、リトが母親であるミルダに何かを告げることはなく、薬を飲んだ後には再び寝台に身を沈めた。まだしばらく静養が必要ということなので、ミルダは後をジンクに任せて部屋を辞した。

 ようやく目を覚ましたリトに対して終始浮かべていた穏やかな表情は、今や鳴りを潜めている。視線は、もしそれを見た者がいたとすれば恐れおののいて、何も悪いことなどしていなくともひれ伏して許しを乞うことになりそうなほどに冷ややかだ。生憎この長い廊下でミルダとすれ違う者はいないが。

 長い廊下を渡り終え、ミルダはバンッ、と両開きの扉を乱暴に押し開けた。中で待機していた侍女が思わず扉の方を凝視する。そこで初めて一つの事実が露呈する。つまり、ミルダは機嫌が悪いということが。

 ミルダの世話係として長らく仕えている侍女はしかし、そのくらいのことでは動じない。慇懃な礼をして、一体何が原因かを探りにかかる。今しがた、ミルダは最愛の息子に会って来たのではなかったか。それがなぜこんなにも不機嫌なのか。

 一人で行く、と言って侍女も側近も連れずに奥の間で床に伏して久しい皇子の元を訪ねたミルダ。執務を行うこの部屋から奥の間までは廊下一本で、途中でどこからかの侵入者と鉢合わせする心配もないので問題ないだろう、と単独行動も許された。この国の要であるミルダには、何をするときも必ず誰かが側に控えている必要がある。万が一にも不測の事態があってはならないからだ。そんなわけで、今回のような単独行動はひどく稀なことだった。

 皇子はもう長い間、病のために伏せている。ずっと小康状態だったのが、近頃になって快方に向かい始めていることは宮廷医師から報告が入っていた。ミルダのこともそうだが、将来の後継者である皇子の体調が回復するのかどうかも、国の重要事であることは確かだ。快方に向かっているというのは吉報に違いない。だというのに、その様子を見に行ったミルダの機嫌が悪いとはこれいかに。

「お茶が入りました」

 執務を行う机に向かっているミルダに、淹れたてのお茶をすすめる。普段なら湯温が熱すぎるだとか渋味が強すぎるだとかの小言を言われるのだが、今日に限ってはそれもない。

「いかがなされましたか」

 侍女が思わず訊いたのは別にミルダを心配したからではない。いつも飄々としている主人の普段と違う様子に、単純に興味を持っただけだ。

 ミルダは侍女にちらりと視線をやると、フンと鼻を鳴らした。

「あなたに言っても仕方ないことよ。何か詮索しようとしているの?ここはいいから下がってなさい」

「皇子に何かあったということでしょうか」

 普通、ミルダの側近たちは彼女の不機嫌を感じ取ると、余計な火の粉を被らないように口を閉ざして大人しくしているものだ。しかしこの侍女は違う。ミルダの一番近くで世話をする者であるからか、機嫌に合わせて態度を変えたりしない。むしろ激昂させて本音をあぶり出そうとする。なんと肝が据わったことか。侍女の思惑通り、ミルダは腹を立てた。

「ですから、そうやって詮索するような真似はやめて頂戴!ようやく目覚めた我が子に何もしてやれない母親の気持ちなどあなたにはわからないでしょう」

 声を荒らげるミルダに頭を下げた侍女は密かにほくそ笑んだ。やはりミルダは皇子のことで機嫌を損ねていたのだ。今の言葉は本音だろう。ただ、まだ裏に何かありそうではある。さすがにその真相をミルダがこの場でこぼすことはないだろう。感情に流されやすいところはあっても、本当に重要なことは簡単に口を割らない。だから侍女としては先の言葉を聞けただけでも満足だった。ほんの少し、自分の思い通りにミルダを操作できたというだけで。それはただの意趣返しに過ぎない。いつも高圧的に相手を屈服させようとするミルダへの。

 これ以上無駄に怒りにさらされていることもないと思い、侍女はミルダに言われた通り下がっていることにした。一人では何もできないミルダのことだ。またすぐお呼びがかかるだろうが。

 そうして侍女が側を離れ、近くに人の耳がなくなったとき、ようやくミルダは低く呟いた。それを聞き咎めた者はなく、たとえ聞いていた者がいたとしても意味がわかったかどうかはわからない。

「あの子は、本当に知ってしまったのかしら」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ