10 もうひとつの顔
ジオウは丸眼鏡の奥の目を見はり、しばし黙りこんだ。何か考えこんでいるようで、腕を組んで一点を見つめている。しばしの後。
「一羽だけか」
「アタシが見たのはな。ユウリが襲われてるとこにたまたま行きあったんだ」
「なるほどな」
低く言い、ジオウはリュウとユウリを交互に見た。その迫力に圧倒されそうになるが、あくまで話を聞いているだけのユウリは黙ってジオウを見返すのみにした。
「まぁ、だいたい事情はわかった。お前の条件をそのまま呑もう。衣食は保証するからここを拠点とするといい」
「おや、ずいぶん高く買ってくれたんだな」
「ふん。情報は速さが命じゃ。おそらく最速の速報になるだろうからな。まずは、羽織だな。用意するからさっきの屋根裏にいなさい」
言い終わる頃にはジオウが蔵の扉を開けたので、急に視界が明るくなった。話し終える前に動き出すのはジオウの癖のようだった。ようやく目が慣れた頃にリュウについて蔵を出た。
ジオウに言われた通り屋根裏に戻った後。
「ごめん、ユウリ。別に騙し討ちみたいな真似するつもりはなかったんだけど」
リュウはユウリと向かい合って頭を下げた。そんなことをされるほどのことはない、とユウリは慌ててそれを留めようとする。しかしリュウは頑と頭を上げない。ユウリは困り果てた声色で告げる。
「本当に。むしろ私にとっては好都合というか、謎が解けたというか。今まで私ばかり得してしまっている気がしたから。その、つまりリュウにとっては、私を連れてきた方が都合のいいことがあった、ということなのだろう?」
ずっと黙ってリュウたちのやりとりを聞いていて、ユウリはそのように理解した。リュウを疑っていたわけではないが、ここまでよくしてくれるのが不思議ではあったのだ。リュウがいなければ、今頃こうしてラッカの街にたどり着けていたかも怪しい。だから感謝こそすれ、恨む気持ちなど毛頭ないのだが。
おたおたと言い募るユウリの言葉を聞いて、リュウは頭を下げたままプッ、と吹き出した。そしてこらえきれないというように身体を起こした。
「ははっ。まったく、ユウリはお人好しなんだか、天然なんだか。むしろ心配になるよ。詐欺師に騙されても気づかないんじゃないかって」
「なんでそうなる……?」
「だって現にアタシに付いて来ちゃってるし。ユウリはそうは思わないのかもしんないけど、人によっちゃアタシがユウリを利用したととるだろう。それくらいのことをした自覚はあるよ」
「うーん……」
リュウが言うことがわからないわけではない。だからと言って、それに素直にうなずくことはできなかった。たとえ本当にリュウがユウリを利用したのだとしても、それで決定的な不利を被ってはいないからだ。納得していない様子を見てリュウは苦笑した。
「まぁ今はユウリがそれほど気にしていないというだけで良しとしよう。アタシら行商ってのは、情報屋を兼ねてんだよ。アタシはおじさんくらいしか取引がないから、薬の仕入れのついでにたまに情報を売ってんだ。中にはほとんどそっちが本業みたいなのもいるけど」
「それはさっきの……ヒュウゴウのこと?」
ユウリにはそれも不思議だった。リュウとジオウの会話から情報をやりとりしているらしいことはわかった。しかしそれがただ、ユウリたちが出くわしたヒュウゴウのことだったから、そんなことが何かの取引に使えるような情報なのか、と思ったのだ。だがリュウはあくまで真面目な顔で言う。
「ああ。昨夜も言ったが、あんなところにヒュウゴウが出たのがまず異常だし、そいつが人を襲ったってのはもっと異常だ。街道ってのは基本安全な場所を通してる。例えばさ、崩落の危険があるようなところに道を通したとする。そんなん誰でも安心して通れねぇだろ。作ったところであっという間に廃道になるだろうな。だから作るならちゃんとした道を通す。それが街道ってもんだ」
そんな安全なはずの街道で、人を襲うヒュウゴウが出た。野生の妖鳥が気まぐれにそんな行動に出たとは考えにくく、同様のことはこれからも起こりうると想定するほうが自然だ。
「そうなりゃ事情は変わってくる。場合によっては警護を新たに雇わなきゃならないかもしれない。つまりそういう職がにわかに忙しくなる可能性がある。おじさんはそこまで見越してこの情報を買ってくれたってわけ」
リュウによれば、その情報をさらに他の業者に売るので、どれくらい売れるかという「情報の価値」をはかった上で買値を決めるのだという。それは現金のこともあれば、今のように条件を出しての交渉という形もある。
「その交換条件が、私に関することでよかったのか?」
「いいんだ。だってそれは結局アタシの為になるから。ここまで言ったからぶっちゃけるけど、情報屋としては一人って動き辛いんだ。行商人で一人って目立つから。だいたいは大きな隊商か、そうでなくても二、三人は売り子を連れてるもんなんだ」
言われてみればそうだ。だから最初リュウに会ったとき、行商と言われてピンと来なかったのだ。ようやくリュウの目的がわかってきた。それなら少しは自分も役に立てるのかもしれない。ユウリが安心したのを見てとったのか、リュウは冗談めかして言った。
「だから言ったろ?これは神の采配だって。ユウリ、アンタは一緒にいるだけで半分役目果たしてんの。だから安心してアタシに守られてな」
「ふふっ、そうする」
二人で笑いあったそのとき、下からジオウが上ってくる足音が聞こえてきた。




