9 旅の支度は
ユウリが降りたときには、リュウは既にジオウと話しこんでいた。どうやら仕入れの話のようで、ユウリには入りこむ余地はない。
「ねぇ、頭痛にもうちっとよく効くのってない?ずっと買ってくれる人がいるんだけど、今のじゃ良くならないみたいでさ」
「馬鹿言え。それ以上強い薬飲ませたら痴呆になっちまうぞ。一度医者にかかれと言うとけ」
「そんな金ないんだって。でもそうかぁ。今の薬で様子見てもらおうかな」
「それより。これからの季節は皮膚疾患が増えるだろ。塗り薬を多目にしとくか」
「あぁ、それもそうなんだけど、ちょっと新規開拓に行こうかと思って。定番もちょっと増やそかな」
「無理は禁物だぞ。まぁお前はそんなに商材を余らすことはないが」
話しながら、ジオウはリュウに卸すための薬種を準備している。ある程度はいつも決まったものを仕入れているからか、話を聞き流しながら素早く品物を棚から出していく。その手元を見つめながら、ユウリは二人の会話に耳を傾ける。これからリュウを手伝うならば、少しでも知識を吸収しなければならない。そう思っていると。
「そういえば。おじさん、ちょっと色つけてよ。ユウリに合う羽織りを見繕って欲しいんだ」
話が自分のことに戻ってしまった。ユウリはそれを引き留めようとして失敗したことを思い出す。今からでも遠慮を伝えようかと思ったのだが、その言葉も引っこんでしまった。ジオウの雰囲気が変わったからだ。
何が変わったのか、言葉で言い表すのは難しかった。ただ、それまでのジオウの表層にはあらわれていなかった何かが深層から浮かび上がったように感じられた。少しの緊張に包まれた後。
「……なんじゃ。そういうことか。今回の本当の目的はそっちだな」
「チッ、ばれた。まぁいいや。とっときの情報教えるから、頼むよ」
「ふん。交渉が板に付いてきよった。いけ好かんのぅ」
「ひでぇ言われようだな」
リュウもまた、今までの気楽な様子から一転していた。声もそれまでより数段低く、何かを警戒しているような雰囲気だ。ジオウはしばらくリュウをキロリと睨めつけていたが、やがて言った。
「ここじゃなんだ。蔵で話そう。ユウリといったか。あなたも来なさい」
邪魔をしないように、と気配を消していたので、急に名前を呼ばれて驚いた。ジオウはこちらをちらりと見ただけで、あとは背を向けて歩き出してしまう。その後にリュウもこちらを見た。今までとは違う険しい表情に見えたが、一瞬ニヤ、と笑って首だけでついて来るよう示した。結局、三人で列になって蔵の方へ向かった。
表口から一度外へ出て、脇にある木の柵戸を開ける。その奥に白い漆喰が一面に塗られた堅牢そうな蔵が建っている。先ほどジオウに叱られていた奉公人たちが掃除をしているので、重そうな扉は開け放たれていた。
「お前ら、戻ってしばらく店番をしておれ。仕入れ先が来たら待ってもらうように」
奉公人たちはジオウの指示を聞いてそそくさと蔵から出ていった。おそらくこれが初めてではなく、よくあることなのだろうと察しがついた。
三人が蔵に入り奉公人たちが出ていくと、ジオウは蔵の扉を閉めた。ガシャン、と大きな音が響き、中が真っ暗になってしまった。ただ成り行きを見守っているしかないユウリは不安を感じたが、次の瞬間には灯りが点った。ジオウがランプに火を入れたのだ。
「で?お前は何を掴んできたんだ、リュウ」
静かに問いかける様子はユウリの目には異様に映る。それはまるで秘められた儀式のようだ。しかしリュウは特段気にしている様子はない。
「まずは条件を確認しよう。アタシが求めるものはユウリと仕事する環境を整えること。最低でも被服の提供。それ以上のことはジオウの判断に任せる」
「……まぁいいだろう。お前のことだ。このユウリとも関わることなんじゃろ」
「一応な。だから一緒に来た」
いつの間にか、ユウリが話題の中心になっている。それでも何のことを話しているのかわからないので、その中に割って入ることはできない。もどかしく思いながらも今はただ聞き役に徹する。
「ならいい加減教えてもらおうか。お前の言うとっときを」
店の仕事があるのだから、ここでゆっくりしているわけにはいかないだろう。それでもジオウは言葉ほどに急かす様子もなく、どっかりと構えている。商人の気風とでも言うべきか。対するリュウは腕を組み、口元を歪めた笑みを浮かべた。そうするとどことなくうらぶれたような雰囲気が出る。まさにリュウの裏の顔といえる表情だった。その表情のまま、リュウはゆっくりと言った。
「ヒュウゴウが出た。ラッカまでの街道に」




