表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
二度目の元勇者、三度目の元魔王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

694/880

巡り巡って届く、遥か彼方からのメッセージ


 それは一日での出来事だった。

 僅か一日で理想の王を抱える大国カップ王国は、凄惨たる戦火に飲まれきった。

 建物は壊れ、火災の起きていない場所はほとんどなく。

 略奪、拉致、拷問、強姦、殺害etc……。

 弱者を苦しめるあらゆる犯罪が街中に溢れ、奪う者と護る者で泥沼の殺し合いを繰り広げられた。


 そんな事、カップ王国が許すはずがない。

 あの王が我らを助けない訳がない。

 だが現実にそれは起きて、そして王はどこにも姿を見せる事はなかった。


 クラウン王国にも、カップ王国にスパイを忍ばせていたから多少の情報は入って来る。

 だがそれも本当に少しだけ。

 情報戦に負けているカップ王国のスパイ程度では、わかる事の方が少なかった。


 ただ一つだけ確かな事はあった。

 カップ王国が、崩壊したという事。

 そのあり得ない事が紛れのない事実だという事だけは、信じたくはないが間違いのない事だった。


「何が起きてるのよ……」

 トロンは小さく呟く。


 確かに、いなくなればと何度も思った。

 隣国同士で大国で、戦争中であるのだ。

 恨まない訳がない、恐れない訳がない。


 だけど、こんな展開をトロンは望んでいない。

 当然だが、倫理、道徳的に許せる事ではない。

 カップ王国の現状に対しトロンが心を痛めているのは紛れのない事実だ。


 だがそういった方面だけではなく、純粋な国政面でもトロンはこの状況を望まない。

 この惨状の所為で、クラウン王国は大きなマイナスを患ったからだ。

 理由は主に三つ。


 一つ、クラウン王国のすぐ傍で大国という広範囲全域で略奪が発生している事。

 治安は悪化し暴徒や難民が紛れ、連鎖でクラウン王国の治安も盛大に悪化した。


 二つ、事実上の国境封鎖により商人が全然入って来なくなった事。

 略奪が起きるのだから当然、商人はこちらに寄って来ない。

 来たのかもしれないが途中略奪者の餌になってしまって誰も到着していない。

 内政を重視するトロンの政略において商人は重要なキーパーソン、最良のお友達である。

 そんなお友達を失ったダメージは想定していたより遥かに大きい。


 最後の三つ目、事態がまだ何も把握できていない事。

 何が起きているかわからない状態では対処とか以前の話。

 状況に劇的な変化がった事は想像に容易く、対処の為すぐに動かないといけない位不味い状態である可能性は限りなく濃厚である。

 だが、そこまでわかってるのに『何が不味いのか』が全く把握出来ない。

 情報が決定的に不足していた。


「おい魔王様! 俺達も略奪に行こうぜ! こんな美味い獲物一生に一度あるかないかだぞ!」

 キラキラした瞳で、ゴズはどこかから手にした槍を持ち当然の様にそんなたわごとを口にする。

「却下」

「おいおい敵国だぞ? 戦時中だぞ? 合法だぞ? 一体何が不満なんだよ! 国が潤うぞー?」

「軍の品性が下がると動かし辛くなる。ただでさえうちの軍は弱いのに略奪慣れしたら脱走からの盗賊崩れ堕ちになるわ。あんたらの兵隊みたいに」

「くっそお上品だもんなあんたんとこの軍。軍らしくない上にくっそ弱いけど。んじゃ俺だけでも行かせろや。取り分五割みかじめ料として払うからよ」

「ああ。それなら――却下」

「何でだよ。そっちに損はないだろ」

「あんた逃げるじゃん」

「おいおい俺を信じろよ。俺がそんな事する奴に――はいはい見えるわな。ちぇー。昨日まではあんなにオタオタして突っ込み芸してたのに急に王様らしく冷静になってさー。あーあー」

「ふざけてる余裕ないからね。……ゴズ、本気で戦力割く余裕ないからさ、今はマジでふざけないで」

「おふざけしたらどうなるの?」

 トロンは静かに片腕を上げ、どこかに合図を出した。

「殺――」

「オーライ。わかった。待った、とりあえず落ち着こうぜ。なあ魔王様。柱である魔王があくせく動いても良い事はない。動ける様に今立ち止まって冷静にいるんだ」

「そういうマトモな事だけを言っていて頂戴。少なくとも、この騒動が終わるまでは」

「終わるかねぇ……」

「終わらせるのよ」

 トロンはそう断言する。


 そう、終わらせないと不味い。

 このまま暴動が続く様なら、三年と持たずクラウン王国は崩壊するだろう。


 そうして、ゴズの言う通りトロンは王様らしくどっしりと座り待った。

 内心はおろおろきょろきょろと落ち着かない様子であったとしても、外にはそう見えない様に。

 

 丁度そんな時だった。

 部屋にクロスが来たのは。

「トロンちゃん。何かそっちの部下らしき人が凄い大声で叫びながら呼んでこっち来てるよ?」

 どうやら、情報が何か手に入ったらしい。 

 雰囲気的にあまり良い情報ではない様だが。

「すぐ行くわ。使い走りの様な事をさせてごめんね」

「良いよ。俺が勝手にやった事だし」

 そしてクロス、ゴズと共に部屋を出たタイミングで、その噂の叫ぶ部下が現れた。

「あっ! 魔王様! すぐに来てください。死にそうなんです!」

「もう少し詳しく事情を説明して。それだけじゃ何もわからないわ」

「うちをスパイしていたカップ王国のスパイが今にも死にそうなんです!」

「――さっぱり事情が掴めない事だけは理解したわ。……行くから案内して頂戴」

 この部下がおたおたとテンパり汗びっしょりだからだろう。

 自分よりも慌てる人がいたら案外冷静になれるという事を、トロンは学んだ。




 隔離された病室にいたのは、トロンにとって見知った顔だった。

 数年前引っ越して来た城下町に住む若奥様。

 夫婦共に働き者で、同時にいつも一緒にいる彼らは気さくなおしどり夫婦として有名だった。

 ただ、去年旦那が早世し、彼女が傷心旅行に行ったきり戻って来ず近所の人達やトロン達はずっと心配していた。


 まあ、それらは全て嘘だった様だが。


 今彼女の服装はかなり特殊な物となっている。

 薄い布地の夜闇に紛れる隠密用の特殊スーツ。

 そしてそれはクラウン王国の様な小国には情報さえない物。

 こんな物を使っている国などこの辺りではカップ王国位な物だった。


 つまり、その恰好が示しているという事。

 彼女はカップ王国のスパイだという事を。


 だけど、トロンは今それを追求するつもりはない。

 そんな時間がない事が一目でわかるからだ。


 ベッドで寝ている彼女の足は片方千切れ、両腕があるべき場所は包帯で隠されているが明らかに短く、全身火傷と切り傷に見舞われ、しかも出血は非常に少ない。

 顔色は土気色とか青白いとかそういう話ではなく白そのもので、びくんびくんと定期的に体が震えている。


 そう、これを見れば誰だって一目でわかってしまう。

 彼女は今この時間生きている事でさえ奇跡であると。


 彼女がスパイだったとか、その身に何が起きたとか、そんな事はもうどうでも良い。

 重要なのは、何を伝えたいか。


 何故わざわざカップ王国のスパイが瀕死の身でクラウン王国に来て、そして最後の命を使ってまで何を伝えに来たのか。

 それ以上に重要な事はなかった。


「トロン……様。いらっしゃいます……でしょうか」

 割れ、かすれる声。

 壊された喉から絞り出す様な声を聞き、トロンは大きく頷く。


「既に目も耳も……」

 傍にいた医者は一言そう呟いた。

 余計は事は言わない。

 ここに来るまでに彼女がどんな凄惨な目に遭っていたか、国に入って来た時どれほど酷い状態だったか、そしてそれを他の人達に伝える必要はないと、彼女の尊厳を守る為言わないべきだと医者は考えたからだ。


 トロンは静かに、彼女の肩に優しく触れる。

 そこ位しか、触れられそうな場所がなかった。


 触れられた瞬間、彼女はびくっと大きく震え顔に恐怖を示す。

 それに、トロンは見ないフリをした。


「いらっしゃる……の、ですね。裏切者の私を、許せとは言いません。ですが……聞いて下さい。他に……いないんです。もう、聞いてくれる人が……誰も……」

 彼女自身、自分がどれだけ恥知らずな事をしているかわかっている。


 スパイとして潜入し善意で暮らさせて貰っておきながら、敵国として情報を散々流しておきながら、今こうして帰ってきて遺言を残そうとしている。

 まさしく恥以外の何物でもない。

 だが、もうトロンしかいなかったからだ。

 別に絆されたとか、優しくされたからとか、そういう事情ではない。

 はっきり言って消去法である。


 本来の主である最高最善の魔王であるラスフィー。

 そのラスフィーと同盟を結ぶ魔王。

 それらではなく、敵国であるトロンの元に来たという事は、つまりそう言う事。


 伝えるべき相手が、もう彼女しか残っていなかった。




 彼女が伝える言葉は、遺言。

 彼女自身のではない。

 魔王ラスフィーの、カップ王国そのものの遺言。

 滅んでしまった国が遺した、未来への希望。


 結果としてそうなってしまっただけとは言え、それが国から託された遺言である事だけは間違いなかった。


 まず、伝えるべくは相手の正体。

「カップ王国は……ザインドールに――いや、魔王ザインに滅ぼされました」

 協力しクラウン王国に攻め様として相手を国に招いた事が、始まりだった。

 彼らザインドールは最初から、クラウン王国だけでなくカップ王国も狙いの内だった。

 それを知らずに招き入れたカップ王国がうかつであったと言えばそこまでだが。


「八つのレリックを集めると……願いが……。それは……ザインが作った嘘で、罠です」

「罠? それってどういう事?」

「トロン様。聞こえておりません」

 医者の言葉にトロンは軽く唇を噛む。

 本当にそれが聞こえてないらしく、彼女はトロンの言葉を無視し会話を続けていた。


「そもそも……ザインはレリックを集めるつもりは……なかった。彼女は……レリックを壊した、そう……です。既に最低二つのレリックが彼女の手によって、破壊……ごひゅっ」

 そう、彼女がクラウン王国の次に潜入していた『スチルムジェル魔王国』も既にない。

 そしておそらく、『Gロッド』を持つ『グロウド帝国』もきっと。

 彼女は確認出来ていないが、そうであると推測出来る位には今その辺りの国周辺が乱れている。


 理由はわからないが、一気に情勢が動いた。

 今まで潜んでいたザインドールが天下を取ろうと……いや。


「我が主は……ザインの目的が、世界を滅ぼす事だと、推測したみたいです。だから……恥を忍んで、何も返せぬ身で、お願いします。どうか世界を……あの方の愛した世界を……」

 そうして、彼女はうわごとの様に『お願いします』とだけ繰り返す様になった。

 彼女の意識は既になく、そしてこれ以上覚醒する事もないだろう。


 そう、医者は判断する事しか出来ない。

 なにせここに運び込まれた時から生きているのが不思議な状態が続いていたのだから。

 はっきり言って奇跡である。

 それだけ強靭な意思だったのだろう。

 だが、奇跡は永遠に続く物ではない。

 それは、皆わかっていた。


 トロンは唇をかみしめる。

 何の言葉も届けられず、ただ消えゆくだけの彼女に何も出来ない事が、彼女の魔王としての誇りを傷つけていた。

 例え裏切られていたとしても、彼女は数年もの間城下町に住んでいた。

 だから、トロンにとって彼女は裏切者であると同時に我が国の民でもあった。


「気休めだけど……」

 ミネは一歩彼女に近づき、そして自分の指を切り、血を一滴ぽたりと彼女の口の中に。

 せめて痛みだけでも緩和出来ないかと、ミネは考えた。

 だが、もうそういう状態でさえなかった。


 拷問の後遺症で痛覚が壊れた彼女の体は真っ当に痛みを感じる器官は壊れ、常時全身に幻痛が走り続けるという状態だった。

 だから出来た事は、喉と、耳の傷を消すだけ。

 心に関してはミネはどうしようもないから本当に気休めが限度だった。

 他人の心を救える程ミネの心に余裕はない。

 これだって、彼女の為ではなく、クロスの為。

 クロスがが大切にしているトロンに気を使ってそうした、ただそれだけの事だった。


「意識があるかどうかわからないけど、耳は直せたわ」

 治したではなく、直せた。

 人間扱いしていないだけでなく、彼女はもうそういう酷い状態だった。


「ありがとう。聞こえる。リレイラ。貴女の情報は必ず役だてる。出来る事はするから、まあ後は任せて頂戴。それと……私の国は最高だったでしょ? だから、次生まれてくる時は私の国に生まれて私の為に尽くしなさい。ラスフィーばっかり狡いのよ。貴女みたいな最高な人材に恵まれるなんて」

 何が伝えたいなのか、トロンは自分でもわかっていない。

 だけど、これが彼女に友好を抱くトロンの、まごう事なき本心だった。


「……ラスフィー様がいなければ……喜んで……」

 そう言って、彼女は微笑んだ。

 そう見えただけかもしれないが、そう思いたかった。 

 せめて最後位安らかであって欲しいと――願わずにはいられないのだから。


「……そこはラスフィー共々私の部下になるところでしょうが……全く……本当に……馬鹿なんだから……」

 トロンのその声が震えていても、体が小さく震えていても、うつむいたままベッドの傍から動かなくても、誰も何も言わない。


 例え時間がないとしても、物言わぬ彼女へのお別れの時間位はあるべきなのだから。


 ただ独り、ミネだけは、事切れた彼女を羨ましそうに見つめていた。

 終わる事が出来て、これだけ愛されて終われて……。

 空気を読んで何も言わないが、嫉妬に狂いそうな程、ミネは彼女が羨ましかった。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ