八から六に、そして犬に
クロスはちゃんと理解している。
あの時、ゴズとの戦いにおいて敗北したという事を。
どちらが強かったとか、実力とか、そういった話ではない。
確かに戦闘という分野で見ればクロスは圧倒的だった。
単純な実力差により敗北はあり得ないと言い切っても良い程に。
だから、この場合の敗北というのは勝利条件についてとなる。
クロスの勝利条件は『ゴズを殺す事』だった。
生かしておいてメリットはほぼなく、生かす事により招く危険、デメリットは数多い。
そもそも悪党に対しいちいち情けをかける様な高潔さをクロスは持たない。
むしろ、容赦すれば犠牲者が増えると知っている。
だというのに……そんなクロスが、殺せなかった。
気持ちがぽきりと折れて、どうでも良くなってしまった。
更に言うなら、まるっきりメリットがないという訳ではない。
完全降伏でこちらの言う事を聞くのであれば、業腹ではあるが生かすメリットも生まれて来る。
無傷でAアームズを手に出来る事や、ゴズから他の魔王についての情報を聞く事など使い道は少なくない。
まあ、それは後付け。
結局のところ、ゴズの方が勝利条件である『クロスの殺す気を削ぐ』を達成したから殺せなかったというだけであろ、結果だけで見ればゴズの完全勝利であったと言っても良いだろう。
とは言え……今この瞬間生かす事に決めただけであり、未来はどうなるかわからない。
ゴズのその本質は自分勝手そのもので、その過去は自分の快楽の為に多くを犠牲にしてきたまごう事なき悪党なのだから。
戦闘も終わり、一区切りついたところで玉座の間。
クラウン王国のそこでへへーと跪くゴズに、クロスは手を差し出す。
「ほれ」
「へい」
クロスの要求に対し、ゴズはノータイムで持っていたAアームズをクロスに渡した。
当然というか必然というか……Aアームズは、クロスを主として認識する。
「……俺が認められてもねぇ」
そう呟きながら、クロスはAアームズを軽くいじってみる。
短剣から長剣、大型の剣に変えた後長槍、ハルバード。
武器の形状はかなり自由に切り替える事が出来る。
そしてどれだけ小さくしても、どれだけ大きくしても、その武器の重さは変わらない。
そういう特性の武器だった。
「……うん。俺には要らないというか損しかないな」
トレイターに似た特性ではある。
だが、トレイターの方がサイズの可変に自由が利き、重量も操作が可能で、その上弓なら魔力を矢に出来る。
勝っている部分は一切なく、クロスが持つ理由は何一つなかった。
「ワールドレリックの完全上位互換を持ってるあんたがおかしいだけだ」
苦笑しながらゴズは呟いた。
「んじゃ、今度は本当に素手でやるか?」
「勘弁してくれ。武器の差じゃない事位わかってるって」
「そうかい? やってみないとわからないだろ」
「俺の全力一撃を頭で受け流しときながら何言ってるんだか。しかもあんた剣士だろ?」
「いや、割と万能型だぞ? まあ、剣が得意ってのはあながち間違いじゃないが」
「だろうな。こっちは拳は得意分野だっての」
「はっはっは。んじゃ、後は国王様の尋問の時間だ。素直にゲロっとけよ」
そう言ってクロスがその場から離れようとしたら……。
「良いのかい? 見張ってなくて。俺がトロンちゃんに何かするとは――」
どこか調子に乗っている様な、様子を見る様なゴズの態度。
背を向けていたクロスはくるっと振り向き、再びゴズの方に。
そしてクロスがそっと片手をあげると――血で出来た杭が十本以上、ゴズの足元に突き刺さった。
怯え一歩でも動いていたら直撃していたその様子は、まるで次はないと言わんばかりだった。
「あー。ゴズさんよ。二つだけ、言っておく」
両手をあげながら、それでも軽薄な笑みのままゴズは頷いた。
「一つ、見ての通り今のあんたは袋のネズミだ。俺関係なく馬鹿な真似は止めとけ。やっても良いが、まあ結果は想像に容易いだろ」
「あいよ。そんで、もう一つの御忠告は?」
「あんたはもう魔王じゃない。魔王トロンに敬意を払え。少なくとも、この城じゃあな」
「意外だな。あんた程の男が。あんたなら魔王になる位……いや、既にAアームズを持っている。魔王になる資格はあるだろうに」
「良い男ってのは良い女に弱いもんなんだよ。……まあ、あっちでの責任でいっぱいっぱいだから、こっちじゃ魔王になるつもりもないだけと言えばそれまで何だがな」
「……良くわからんが死にたくないから納得しとく。クロス、あんたじゃなくて魔王トロンを立てりゃ良いんだな?」
「おう。俺はただのお手伝いだから適当で良いぞ」
クロスは玉座に座り、剣呑な雰囲気のクロスとゴズを少しハラハラした雰囲気で見ていたトロンの方に目を向ける。
その後、クロスはゴズに目配せをし、ゴズもそれに同意する様頷く。
そして、二人は揃いその場で玉座の方にひれ伏しだした。
「へへートロン様ばんさーい」
ゴズの言葉に合わせ、クロスも悪乗りする。
「ばーんじゃーい」
その無言で連携を取りふざける様子は、まるで長年連れ添ったかの様でさえあった。
「ねぇそれ本当に敬ってるの!? というかクロスも揃って馬鹿にしてない!? ねぇ!?」
顔を真っ赤にしながら、トロンは大きな声でキーキー叫ぶ。
それも気にせず、クロスとゴズはしばらくトロンで遊ぶ様にふざけ続けた。
周りの吸血鬼達の困惑さえも気にせずに。
残念と言えば残念だが、トロンはそんな気がしていた。
Aアームズはトロンを主として認めなかった。
別段二つのワールドレリックに認められないという訳ではない。
どうしてクロスやゴズが認められトロンが駄目だったかと言えば、これは単純に気質の問題となる。
ゴズとクロスを認めた辺りで、トロンはそれを理解していた。
その使用用途が武器であるからだろう。
Aアームズは武人でない限り自分を使うと認めない様だ。
トロンも多少腕に覚えはあるが、戦闘がメインと言える程の実力も自負もない。
逆に言えば、武人であるならド悪党でも特に問題がないらしい。
「にしても、あんなの一体どこで拾ったんだい魔王様よ」
ゴズは軽薄な態度で、だけど一応は敬意を払いトロンにそう尋ねる。
その語っている本人のクロスは少し離れた場所でミネとイチャイチャ会話を楽しんでいた。
ただし、常にゴズの方に意識を割きながらだが。
しかも、どこにいるのかわからないがこの場には何人か吸血鬼が潜んでいる。
いつでもゴズの命を取れる様、先程の血の杭をいつでも放てる様構えながら。
この煌びやかな王の部屋には、まるで戦場にいるかの様な緊張感が漂い続けていた。
「トロンで良いわ。あんたの下手くそな敬い方気持ち悪いから」
「そりゃ良かった。わざと下手にした甲斐があるってもんだ」
「ぶんなぐってやりましょうか」
「止めとけ。拳が折れる」
「ああもう腹立つわね!」
「はははは。んで、マジな話あんなんどこで拾って来たんだ? 噂さえもなかったが……」
「この街に転がってたのよ。……ついでに言っとくけど、相方の吸血鬼も同レベルだから」
「……嘘だろ? とてもそうは見えないぞ」
ゴズはクロスと会話をするミネの方に目を向ける。
外見はクールな感じで犯し泣かせたい系の美女。
だけどちょっと暗すぎて趣味じゃない感じ。
そう、ゴズは評価する。
ただ、内面はもっと酷い。
例えるなら、残り一ミリの蝋燭で炎が消え燻っている状態。
蝋燭が尽きるか、火が完全に消えるか。
どっちにしても死しか末路はない。
そういう、後はもう死ぬだけ、死以外何も感心がない末期の状態。
故に、それを表すなら抜け切った出し殻。
強さどころか魔力の欠片すら感じられない。
一言で纏めると、ただ惰性に生きているだけの屍となる。
「本当に強いのか?」
「強いし、理不尽ね。たぶん、本気を出せば町一つ一発で壊せるわ」
「見かけじゃねぇんだな」
「……ねぇゴズ」
「なんだ?」
「クロスが未来から来たって言ったら、信じる?」
「……それをお前が言ったなら、鼻で笑う」
「クロスが言ったなら?」
「信じる。むしろ納得する」
「どうして?」
「これまで一切名前があがってないからだよ。少なくとも、この辺に住んでる奴じゃない。そうだったら俺が名前を知らない訳がない」
「そう。……色々聞く前に一つ、クロスが調べてる事思い出したわ」
「ほう。どんな事を調べてるんだ?」
「世界で一番強いのって、どんなのだと思う?」
「なんだそりゃ」
「良いから答えて。クロスが来る前だと、あんたが一番強かったでしょ?」
「はっ。そんな訳ないだろ。俺より強いのはゴロゴロいるさ。とは言え……あそこにいる災害級理不尽にはこれまで出会った事もないがな」
「そう。……クロスは確信してるみたいよ」
「何をだ?」
「自分を小指ぺしんで倒せる様な存在。んでそれを探してるんだって」
「……怖い話だ。俺が世界最強を目指してたら自殺してたな」
「あら、本気で怖がってるのね」
「当たり前だろ。アレと殺し合った俺だからこそわかるんだよ。……アレは到達点なんだよ」
「到達点って、何よそれ」
「そのままだ。才能と努力と環境と運、全てを兼ね、それでも限界まで練り上げられた最強。だから、アレより上の存在なんて俺には考える事さえ出来ない」
「それに関しては同感よ」
そう呟き、二人は仲良く話すクロスとミネの方をちらっと見た。
「さて、それじゃ知ってる事ちゃっちゃと話して頂戴。あんたの情報を得たら一段落付くし、少し内政の方を何とかしないとね」
トロンはどこか満足そうにそう呟く。
トロンは自分が魔王の器ではないと知っている。
だけど、それはそれとして内政の楽しさを知っていた。
戦争や外交と比べ地味ではあるが、手応えと共に確かに国が富むその感覚。
それだけは、魔王をやって良かったと思える位に。
そう、トロンは自分で言う程魔王に向いていない訳ではない。
少なくとも、国の代表を務める位の能力は持ち合わせている。
ブラッドクロークとアームズの二つがなくなった事で情勢が再安定化に入り、しばらくは硬直状態で内政ターンになると予測する位には。
だが……。
「お前……馬鹿か?」
そんなトロンの未来予想を、ゴズは見下すかの様にそう呟いた。
「えっ?」
「この状況でさ、そんな余裕があると本気で思ってんのか?」
「何よ! そりゃカップとは戦争してるわよ? だけどあんたもいなくなりゃあっちも動き辛くなるでしょ。ブラッドクロークだけの時とは状況は違うわよ?」
「……ああ、そうか。あんたが命令してクロスに集めさせてると思ったけど……違うのか。そもそも知らなかったのかよ」
「何の話よ?」
「噂話の話だよ。ワールドレリックを八つ集めると、どんな願いでも叶うって言うそんな御伽噺。知らない?」
その言葉に、クロスは一瞬だけ反応しゴズの方に目を向ける。
願いが叶うという言葉に、クロスは嫌な予感しか覚えなかった。
「知らない。というかさ……そんなの信じてる奴いるの?」
トロンは馬鹿にした様にそう答える。
そんなトロンの様子を見て、ゴズは鼻で笑った。
「はっ。マジで浅いなお前」
「……私に喧嘩売ってるの?」
「いいや。思った事を言っただけだ。まあ、上辺でわかった気にならず、ちょっと考えてみろや」
「何をよ」
「噂話そのものじゃなくて、噂話を利用しようって奴は出て来ると思わないか? お前が思う以上にな、世界ってのは馬鹿だらけなんだよ」
「……どういう事よ?」
「そのままの意味だ。直接信じちゃなくても、その噂を利用しようって考える奴はいる。例えば、あんたの敵とかな」
「えっ?」
「こっちにも打診があったぞ。カップの方から『王冠の方はくれてやるからクラウン潰すの手伝え』ってな」
「……それで、あんたはそれに乗ったから私達を襲いに来たと」
「俺達があんな真面目君の下に付くと思ってんの? 言う事聞くフリして寝首掻いてカップから雑に略奪してやったわ。むしろあっちが本命でせっかく一杯兵隊集めたからそのついでにあんたらを襲いに来た位だよ」
「狂犬かあんたらは」
「わんわーんってな。ま、俺達はムカついたから蹴ったけど……報酬とか諸々で見ればそれなりに釣られる奴が出る位には条件良かったのも確かだぞ。さて……この国は今一体どれだけの奴に狙われてるだろうかね」
くっくっくっと笑うゴズと反対に、トロンの表情は険しい物となる。
少なくとも、内政出来る余裕がない事だけはムカつきながらもトロンは理解出来た。
「随分楽しそうね。腹が立つ位。そんなに嬉しいの?」
イライラしながら、トロンはゴズをジト目で睨みつけた。
「当たり前だろ。襲って来てくれたら合法的に殺して奪える。そうでなくとも派手な殺し合いが出来るってだけでテンション上がって来るってもんだ」
「趣味わるっ」
「ま、あんたにゃ理解してくれとも思わんさ。ついでに言えば、状況が激しくなればなるほど俺が逃げるチャンスも生まれるしな」
「逃げる段取りなんてしないでよ。馬鹿やらない限り殺さないんだからさ」
そう、ケロッとした態度で呟くトロンが、あまりにも馬鹿な事を言うもんだからゴズの表情が真顔になる。
そして、それが嫌味ではなく本気であるとわかった時、ついゴズの口から言葉が漏れた。
「お前馬鹿だろ?」
「は? 何でよ? 間違った事言った? というかあんたみたいな蛮族に馬鹿にされるのすげぇムカつくんだけど」
「……お前さ、自分が今どれだけ幸運か、どれだけあいつに贔屓されてるかわかってないだろ?」
「――どういう事よ?」
「クロスがあんたの元を離れる時まで俺が生きてたら、あいつは俺を殺すぞ」
「何を馬鹿な……えっ。本当なの?」
クロスの表情は一切変わらず、また一切言葉を発さずじっと真面目にゴズの方を見ていた。
そのクロスの表情を見るまでは、ゴズの言葉が思い過ごしや考え過ぎであると、トロンは本気で思っていた。
「当たり前だろうが」
ゴズの方が、クロスの代わりにそう答えた。
「何でよ? そんな必要……」
「あんたにゃ俺は御せないからだよ。いや、最悪あんたの持ってるもん全部俺が奪う。だから、俺の命は最長でもそれまでって訳になる。それがどの位あるかわからんが、その間に逃げる機会を狙うのは間違いじゃないだろ?」
「……そう。まあ、クロスの反応見る限りそうなんでしょうね。だったらご愁傷様」
「あん?」
「彼、未来に帰るからそう長い事ここにはいないわよ。少なくとも、今月中にはここを離れるつもりよ」
「……ああそうかい。今日捕まった中で一番ひでーニュースをありがとうよ。ま、それならそれでこの短い間全力で楽しんでやるさ。せめて飯が美味い事を期待してな」
ゴズの言葉を聞いて、トロンは本気で同情の瞳をゴズに向けた。
「可哀想に……男に生まれたばっかりに……」
その言葉の意味を、最初ゴズは理解出来なかった。
だが、女性贔屓のクロスの料理を見てから、女性のめんどそうなオーダーを全て聞き取りその願い通りに調理をするその様子を見てから、ゴズはトロンの言葉の意味が痛い程理解出来てしまった。
雑に作ったにも関わらず旨すぎるパンを食べながら、それでも恨めしそうにトロン達を見る位には。
『しっかり仕事すりゃ飯のグレード上げてやる』
その言葉に本気で喜んでしまったゴズは、自分の立ち位置はもう犬以外の何にもなれないと悟った。
ありがとうございました。




