自覚なき邪悪
サラザール。
それは理想の花嫁。
最も気高く、美しい。
何ものにも代えられぬ価値を持つ至高の秘宝。
それを、彼らは求めていた。
花嫁と言っているが、彼らはそれを自分の嫁にしようなんて考えていない。
そんな恐れ多い事思いもしない。
じゃあ誰に対しての花嫁かと言われたら、関係者でさえそれに応える事は難しい。
なにせそんな事、考えた事さえないのだから。
強いて言えば……大いなる意思。
英雄よりも、世界よりも、宇宙よりも、神よりも優れた存在。
上位意思とも呼べるその存在に相応しき花嫁を具現させる事こそが、彼らの命題。
理屈や道理に一切合わない。
理由なんて物さえない。
だが、その組織はそんな事を本気で考え取り組んでいた。
静寂騎士団は愚かではあったがまだ理念があった。
『世界を最高の平和である静寂にしたい』
それはあり得ない幻想ではあるものの、クロスやアウラ、レンフィールドが本気で一度は願った事のある夢である。
だが、この組織にそれはない。
『理想を越える至高の花嫁を生み出す』
ただそれだけ。
それはもう理念とさえ言えず、妄執と呼ぶ事さえ適さない。
例えるなら、集団洗脳。
彼らはそんな狂った思想が世の定理であると集団洗脳されている様だった。
とは言え……額縁通りであるのなら大した問題にはならないだろう。
精々花嫁修業を強制する程度の、どこぞの名物変質者と同レベルの変態組織が生まれるだけで済む。
だが、そうじゃない。
彼らの発想は、思想は、理念は、妄執は、覚悟は、情念は、感性は……常人には、絶対に理解出来ない。
彼らはの感性は決して共感できる物ではなく、常識から逸脱している。
一言で言えば……彼らは、ただ真っ当に狂っていた。
サラザール。
大いなる意思。
サラザール。
愛すべき花嫁。
サラザール。
最も気高く美しき姫。
サラザール。
その名を永久に、語らんと。
薄暗い空間に彼らは集う。
その数は、およそ数千。
彼らは皆、部屋中央にあるステージを見上げる。
楕円形状の、どこかコロッセウムを彷彿とさせるそのステージを。
そのステージの中央には一組の男女……いや、男と『異形』がそこにいた。
男の姿は、極めて普通。
問題は、もう片方。
その、自然界に存在し得ない異形の姿は、もはや化物という言葉さえ適さない。
例えるなら、子供の落書きが世に現われただろうか。
黒い足は膝立ちしているかの様に極端に短く間の関節はない。
そのどうやって歩くのかわからない足に繋がる胴体は、蛇のそれ。
長く、それでいて蛇らしい縞模様を持つ黄土色の胴体。
腕は六本あり、それぞれ人、カマキリの鎌、虫のソレ、牛の前足、丸太の様に太く形容しがたき肉の塊、何かの発射口らしき物が内蔵された機械の腕という全くもってバラバラな代物。
首にはやたらと鋭い襟巻が内蔵されていて……そして完全の頭部は……女性の物。
恐怖に絶叫するデスフェイスのまま、その顔は固定されていた。
これが、彼らの価値観。
これが、彼らにとって美に近づける手段。
悍ましく、理不尽である程素晴らしい。
女性の顔は恐怖や絶望が引き立つ程美しい。
それこそが、捧げるに相応しい花嫁であると――。
そして当然、花嫁には偽物は使えない。
つまり……人形だろうとガラクタだろうと、どんな物をこしらえようと、頭部だけは生身の物を使わなければいけない。
彼らの価値観は理解出来ない。
理解したらいけない。
ただ、ここにいる数千の輩は、悲しい事にその価値観を共有している。
そして数千の内数十は、今舞台上にいる彼と同様、その偉業を作るだけの技術と知識を持ち合わせる創造主でもあった。
「美しい……」
「完全に調和されている……」
「未完成とは言え、これほども美が整うとは……」
歓声をあげながら、彼らはその作品を褒め称えていく。
悍ましく、常人なら目を反らすであろうその作品であっても、彼らにとっては芸術そのもの。
むしろ正反対の感性であるからこそ、目を反らすであろう惨たらしい程に美しく感じる。
だが、これは『サラザール』ではない。
サラザールとは完成された究極。
唯一無二であり何者にも劣らぬ至高。
であれば、こんな物であるはずがない。
まだ、何かが足りない。
つまり、まだ未完成なのだ。
その未完成、サラザール・ネバーを完成される事こそが、この組織の悲願であり本願。
サラザールを完成させる為だけに、彼らは多くの生物を犠牲にしてきた。
そして完成させる方法は……。
舞台の上に、男が一人上がる。
「チャレンジャーが登壇したぞ!」
誰かの叫びと共に、さっきまで冷静であった観客達の熱気が一気に上がる。
その様子はまるで全員が二重人格の様でさえあった。
チャレンジャーと呼ばれた男の傍らに、大きな檻が運ばれる。
黒い布で覆い、中身が隠されたその檻を見て、観客のテンションは更に上がった。
「早く! チャレンジャーのアンフィを見せてくれ! マエストロのネバーに届く、その芸術を!」
熱気は熱狂に変わり、雰囲気はもはや暴徒そのもの。
だが、彼らは決して無駄な暴力を振るわない。
何故なら、彼らは花嫁を導く紳士であるからだ。
ただし、価値観とその所業を除けばだが。
「もちろん。私も興味がありますよ」
そう言って、最初ステージに立っていた男、蛇の胴を持つ化物の製作者は口にした。
「ありがとうございます。マエストロにそう言っていただけると幸いです」
「おっと。先に言っておくけれど謙遜なんかしたら……」
「わかってます。我らは花嫁サラザールの使徒。常に最大の努力で、そして常に誇らしく。当然、負けないという自信を持ってこの場にいます」
「良かった。君は良き作り手の様だ。比べ甲斐があるという物だよ」
そう言って差し出されるその手をチャレンジャーは掴み、握手をする。
「では……私の作品を紹介しましょう。これこそが、今最もサラザールに近い物です!」
そして、彼は檻にかけられた黒い布を、思いっきり取り除いた。
その中にいたのは、体長四メートルを超える緑色の巨大なオークだった。
とは言え、ただのオークではない。
足は巨大な蹄であり、腕は木製のこん棒と直接繋がっている。
そして頭部は……ガラスケースの中に無表情の女性の頭部が転がっていた。
期待や歓声が、徐々に消えていく。
彼らは紳士である為、はっきり言葉には出さない。
だが、そこに落胆があるのは明確たる事実であった。
サラザールとは最も美しき者。
最も不条理で、あり得ず、それでいて醜い姿であればある程、女性が嫌悪する容姿であればある程彼らにとっては美となる。
今回のオークの姿は、はっきり言って調和が取れている。
腕や足の色が違う事もなく、接続部も一切目立っていない。
頭部以外はそういう生物だと言われてもきっと納得してしまうだろう。
つまり、彼らにとっては物足りないのだ。
どうして両腕を同じにするのか。
どうして色を統一したのか。
どうして、その程度で妥協してしまったのか。
そして何より、そのガラスケースに入った頭部。
それが問題だった。
最も重要な頭部との接続にそういう無粋な物を使うというのははっきり言って邪道である。
邪悪でしかない彼らであっても、それは怠慢であり嫌悪へと感じる程に。
だからこそ、チャレンジャーのそれに向けられる感情は、落胆であった。
「チャレンジャー。君のそれは……本当に、君が自信を持って、サラザールへと至る道だと言えるのかね?」
若干怒り口調で、マエストロはそう尋ねる。
マエストロという名は製作者で最もサラザールに近いネバーを備えたただ独りの男にだけ与えられる称号。
つまり、彼はこの集団の中の頂点にいる。
だからこそ、生半可な気持ちでこの場に登られるのは不愉快極まりなかった。
ただ、チャレンジャーの方はこの空気の中でも自信に溢れていた。
「ええもちろん。御覧の皆様! 気持ちはわかります。私自身技術不足も知識不足も痛感しております。ですが……これのテーマは内面の美! 競い合う中こそ輝く一瞬の芸術でございます。どうかもう少しだけ、落胆の声をお沈め下さい!」
ざわついた空気の中、会場が静まり返る。
つまり……観客は見守るという選択を選んだという事だった。
「その自信に免じ、もう一度だけ信じよう。頼む。私を落胆させないでくれよ?」
マエストロの言葉に、チャレンジャーは静かに頷く。
その瞳は自信に満ち溢れて……故に、マエストロは少しだけ期待を覚えた。
この最近硬直気味の品評会に、新しい風を巻き起こすと。
そして……品評会が始まる。
マエストロの用意されたサラザール・ネバー。
関節なき短い足、長い蛇の胴体、異なる六本の腕、そして絶望の歪んだ表情。
そのどれもが醜悪であり、最も完成度の高い作品であると皆が一目で理解出来る。
大してチャレンジャーのアンフィ。
巨大なオークをベースとしつつ、差異は蹄とこん棒が溶接されている位。
その上頭部はガラスケース越しの接続な上表情の美が一切ない無表情。
はっきり言って近年の品評会の中でもぶっちぎりで最低ランクの評価だった。
誰も、それに期待していなかった。
マエストロ以外、誰も。
品評会とは何をし、どう評価するのか。
この美醜が逆転した混沌と秩序の世界、道徳と善意を汚す事こそが正義であるこの空間の中、最も美しい行為。
つまり……殺し合い。
品評会とは要するに、作品同士を殺し合わせる事にあった。
作品は生きて居る物もあれば生きて居ない物もある。
今回の場合両方とも生きてはいるが、そうではなく機械動力や魔力仕掛けの人形の場合もあり得るからだ。
とは言え、完璧を求める以上生きている事が望ましい。
なにせ、生きている事こそが最も醜いのだから。
初手は、マエストロ。
マエストロの作りしネバーの腕の一本。
その鎌がオークボディを斬り裂いた。
その直後だった。
チャレンジャーのアンフィに、異常が出たのは。
「ぎぃやぁああああああああああああああああああ!」
けたたましい叫び声が、轟く。
どこか反響した、悍ましい悲鳴。
それが聞こえたのは、チャレンジャーのアンフィ、そのガラス内の頭部からだった。
頭部の表情が、変わっていた。
滝の様な涙を流しながら、大きな口をあげ悲鳴をあげる。
それは、彼らが見慣れた光景。
材料が見せる一瞬の芸術。
泣き叫ぶその表情そのものだった。
歓声が轟いた。
悲鳴を聞こえない様、だが、確かな歓声が。
これまで、様々な作品が品評されてきた。
だけど、悲鳴をあげる事も、涙を流す事もなかった。
それこそが最も美しい行為であったとしても。
今までのサラザールは全て、表情は固定されていた。
デスフェイスである事が常識であったからだ。
つまり、絵画であった。
だが、チャレンジャーのアンフィは違う。
滑らかに動くその表情、絶望へと至るその過程。
それがしっかりと描かれている。
まるで、生きているかの様に。
「とは言え……ここまででしょうがね」
そう、チャレンジャーは口にする。
そう、最初に言った通りのままである。
自信もあるし美しさなら負けていないとも感じている。
だが、如何せん技術力不足だけはどうしようもなかった。
このギミックを搭載する為に多くの物を犠牲にしてきたし、そもそもそれ以前に、マエストロの技量の足元にも及ばない。
故に、結論は既に出る。
マエストロのネバーにより、バラバラになり、燃やされ、壊される作品。
最後熱線放射により悲鳴をあげながらもやされる己が作品を、彼は静かに見守る。
サラザールに届かない物は、劣る物は価値がない。
故に、品評会は必ず一つの作品は消滅する。
だが、観客もマエストロも、チャレンジャーの作品を認めていた。
なにせ、本来なら失格という烙印を抑える処分の瞬間が、これほど美しいのだから。
その過程を定めた芸術は、確かにこれからの未来となるだろう。
故に、彼らは駄作として消滅しようとしているアンフィに、最大限の拍手を送った。
駄作であっても、無価値ではない。
そんな確かな手ごたえを感じながら、チャレンジャーは、観客達の声援に応える様深く頭を下げた。
彼らは、皆自分達が正常であると思っていた。
この、狂った空間こそが当たり前である彼らは。
ありがとうございました。




