冒険者になる……前に来た依頼
此度の魔剣を回収するという依頼を達成した事が、依頼主のフィリアに正式に認めらた。
リエラの安否確認と魔剣の回収。
同時に完璧にこなし、これでクロス達の依頼は終わり。
その後彼らがそどう生きようと、それはもう彼らの自由であり依頼とは関係がない。
ただ、彼ら……というかリエラ程強い女性であったのなら、何とかなるだろう。
そして、この依頼に対しての報酬により、ただでさえ長いステラの名前が更に長くなる事となった。
ステラ・クローム・ラウリール・ラインゴールド。
それがステラの今の正式名称である。
追加された『ラウリール』というのは、ラウル家の養子という意味であり、証明。
つまり、ステラはアウラの母、フィリア・ラウルの義理の娘になったという事だ。
まあ養子と言っても、家を継ぐ事は出来ず、アウラと何か関わりがある訳でもない。
ただの、形式上の養子なだけではあるが。
ただ、その形式こそが非常に重要な事であり、ステラにとって必要な物だった。
ステラという存在が正規の魔物として認められるには、もっと言えば成熟期を迎えた魔物であると判断されるには、その形式に頼る他道はなかった。
ステラが冒険者となる為には一つ、大きな障害があった。
それが、ステラが魔物として成熟期を迎えていないと判断されてしまっている事だ。
成熟期、つまり人間でいう大人と認められるには三つの条件が必要となる。
一つが、一年の義務教育。
一つが、肉体の成熟判定。
一つが、魔力の成熟判定。
この三つで、ステラは一つ目以外を達成する事が出来ない。
魔力の方は、今現在魔剣から魔力を回収しようやく生命活動が賄えている状態である。
ここからステラが成熟期判定されるだけの魔力を集められるまでは何年……いや、何十年かかるか予測さえ出来ない。
二つ目の条件である肉体判定に対しては更に厳しく、おそらく達成は永久に不可能である。
ステラはクロスの状況と異なり、己の意思で魔物に転生した。
それは種族的な転生や生命の仕組みを解読したとかそういう物ではなく、純粋に勇者の力という奇跡の代価を強引に使った手法による物。
つまり、転生と呼ぶよりも入れ物を作り魂を突っ込んだという乱暴な手法と呼ぶ方が近い。
ステラの肉体はステラがクロードであった頃クロスの為に想像しそれを形作った物であり、扱いは人形に近い。
何が言いたいのかと言えば……ステラの肉体は、全く成長しないと推測する事が出来た。
なにせ、人形の方が近いのだから。
肉体を鍛える事に意味はあり、魔力を蓄える事も出来る。
未来に無限の可能性を持っている。
だが、それは訓練による成長言う意味であり、育つという意味で言えばステラに未来はなく、肉体が言葉通りに成熟する事はない。
一応、他にも肉体が変わらない種族もいる為成熟判定が絶対に出ないという訳ではない。
ないのだが……元勇者でありアウラ子飼いの一体というステラの状況では、特例としてそれを認めさせるのに相応以上の政治的妨害が発生すると予測される。
それらを全て、一瞬で何とかする方法が、フィリアの名前を利用する方法。
その『ラウリール』の名前を持ちフィリアの養子となる事だった。
このラウリールというのはフィリアがステラを『成熟した魔物である』と認めている証左となる。
故に、これで全ての条件を無視して、ステラはクロスと共に冒険者となる事が出来る様になった。
ついでに、フィリアがもしステラの肉体、魔力の改善する方法を見つけた場合それをすぐに知らせる事。
それも今回の依頼達成の報酬内である。
総じてみれば、相当割の良い依頼であったと言えるだろう。
いちゃつくカップルを見てイライラした事を除けば、内容から報酬までクロスは一切不満がなかったと言える位に。
前日の大掃除は一日がかりの大仕事となった。
クロス、ステラ、エリーという住んでいる魔物だけでなく、メリーやメディール、果てには何となく現れた宗麟までもが手伝いに参加しての家中の大掃除。
一日をほぼフルに使って徹底的に家を綺麗にしたその翌日……クロス達は、感慨深い気持ちで、ドアを開き外に出る。
皆、旅行にでも行くかのような大きなバッグを持っていた。
それは、長旅と呼ぶ事さえ相応しくないだろう。
戻ってこれない可能性さえあるのだから、旅と呼ぶには物騒過ぎた。
確かに、クロスは冒険者となれるようになった。
だが、この王都では……いや、魔王国内の大半ではクロスの望む冒険者生活を過ごす事は不可能であると断定せざるを得ない状況となっていた。
その、知名度の所為で。
賢者という極端過ぎる知名度と現魔王との接点の深さは良い意味でも悪い意味でも必ず注目される。
やたらとちやほやされて特別扱いされるのも、利用しようとわらわら乞食が集まって来るのも、どちらに転ぼうとそれはクロスの望む所ではない。
クロスの望むのは、凡百といる冒険者の独りとして扱われ、その上で己の力で成功しなりあがってちやほやされる事。
だからこそ、クロスは決断した。
魔王国の外に行き、己の事を知らない場所で冒険者になると。
まだどこに行くか大まかにしか決めていないが、どれだけ上手く行っても当分は戻ってこれないだろう。
「さて、後はメルクリウスに我が家の管理を任せれば……っと。流石メルクリウス。魔王城に行かなくても来てくれたか」
こちらに歩いて来る見慣れた長身のメイドを見て、クロスは小さく微笑んだ。
「ふむ? ……何か私に用事があり、それに関して私が来たとご主人は思った様だ。状況から察するに……この家の管理を任せたいと?」
「ああ。その通りだけど……メルクリウスの用事はそれじゃないの?」
「ああ、違うな」
「ふむふむ……。俺達はこれから長期で出る用事だけど、そっちの用事は?」
「あー……。急ぎでないならこっちを優先してもらって良いか? 閣下から可及的速やか出頭する様要請が……。いや、ご主人にはこういった方が良いか。緊急クエストのオーダーを受けて欲しいと」
クロスはエリー、ステラと顔を合わせた。
しばらく見つめ合った後に、三体とも無言でドアを開け、玄関に旅用の大荷物を置き、メルクリウスの後ろを歩き魔王城へ向かった。
やる気の様な、話の腰の様な……そんな何かがぽきりと折れたような音をクロスは聞いた気がした。
馬鹿だと思うだろう。
実際、それを懇切丁寧に説明しようとしているアウラでさえ馬鹿だと思っている部分があるのだから。
とはいえ、その馬鹿な事こそがピュアブラッド全員なんて魔王国をそのまま獲れそうな勢力が、魔王アウラフィールへ心から要請した内容だった。
『ごっこ遊び』
詳しい道理やルールは置いておくが、全力でごっこ遊びをしたいから正義の味方を用意してくれというのがピュアブラッド達からのお願いである。
要請するピュアブラッドとしては、付き合ってくれるならば正直誰でも良かった。
ただ、ピュアブラッドである事に怯えず、正義の味方をする事に抵抗がなく、ごっこ遊びに全力になれる少年の心を持って、それでいて場の空気を読むのに適した主役を連れて来てくれたら、誰でも……。
いやそんなん独りしかいねーよ。
そうつっこむのを我慢しきった自分を、アウラは今でも褒めて良いと思っていた。
「と言う訳で、ちょっと大がかりなごっこ遊びをしてもらいたいんです。その……主演として。筋書自体はシンプルで、悪い事を企む悪の吸血鬼を正義の使者が討伐するという物ですが……」
アウラは下手に下手に、クロスにそう願う。
そりゃあそうだ。
自分でも何を言っているのかわからない内容な上に相手はピュアブラッド。
もし自分が同じ立場なら迷わずこの場から逃げ去り窓ガラスを割り二階からダイナミックお邪魔しましたを実行する。
逃げ出さないなんてクロスは立派だなぁなんて斜め下な事を考える位、アウラは追い詰められていた。
ただ……それを聞いたクロスの顔は、険しい物となっていた。
そしてクロスは、その手元にある資料をテーブルに放り投げる。
そこには、露骨な程の不安が顔に宿っていた。
「却下だ」
「……です、よね」
そう呟き、アウラは落胆する。
そりゃあそうだ。
いきなりごっこ遊びしましょうなんて受ける訳がない。
残念だが、クロスの反応は最もである。
そう、アウラは思った。
「ああ。下らない」
「はい……。私もそう思います」
「だろ? 全く……どうしてここまでして照れるんだよ!」
「そうそう。照れ……へ?」
自分の想定と違う言葉が聞こえ、アウラは首を傾げた。
「全く……。やるなら徹底的にしないと駄目だろ! なんだこの主役にも自分達にも気を使った照れが見える脚本は! しかも必殺技のひの字もでないとか! 最初から迷惑になる事を想定して物事を小さく済ませようとするとか、妥協と照れがあまりにも酷すぎる!」
「……すいませんクロスさん。私クロスさんが何を言っているのか全く理解出来ないんですけど……」
「アウラ。このシナリオ作ったピュアブラッドの方に連絡を取ってくれ。駄目だししてくる。相当ブラッシュアップしないと駄目だろ全く……」
「へ? えと……その……す、少しお待ち下さい」
アウラは希少な転移紙を使い、ヴァールの方にその旨を伝えた。
出来るだけ歪曲し、相手を刺激しない様丁寧な口調で、クロスがシナリオをもう少し良い物にしたいと提案しているという様な内容で。
返事は、すぐに帰って来た。
具体的に言えば一秒後。
『流石は我が友! 君ならわかってくれると思っていた! 既にシナリオライターがそちらに向かった』
そしてアウラがその返事をクロスに伝える前に、静かにその吸血鬼は現れる。
唐突に、威圧感に襲われる。
何の前触れもなく現れる年老いた吸血鬼。
それは、ただそこにいるだけで周囲を威圧し恐怖に落とす。
あのステラが、思わず剣を握りしめる程に。
その吸血鬼はクロスに対し、深々とお辞儀をした。
「初めまして御高名な賢者様。純血が一である私は……」
「あ、自己紹介の前に一つ良い?」
「どうぞ」
自己紹介を潰されたのに怒り顔一つ見せず、吸血鬼はニコニコとするだけ。
これがヴァールの友でなければ、今事城事八つ裂きにあっているだろう。
「あのさ、せっかくならシナリオ作る立場の自己紹介として、もっと気取った登場をしてみようぜ? せっかくそういう力はあるんだし……」
吸血鬼は興味深そうに眉を動かした。
「……ほぅ。例えばどの様な?」
「例えばこう……こんな感じに……」
「いえ、でもそれあまり意味がある様には……」
「ばっかお前。意味ない恰好良い事するのが目的だろ? ごっこ遊びはそれが楽しいんじゃないか。意味ある事だけするならガチの戦いをするわ」
「それは盲点ですね。では他にはどの様に?」
「こう……窓辺りからこんな感じで……」
「ほほぅ……それで一つ決め台詞をと……」
「そうそう。他にもこーんな感じで威風堂々と……雰囲気もくらーくして……」
「……リテイク、よろしいでしょうか?」
「許可する。お前の力を俺に見せてくれ」
「畏まりました。我が名に賭け、全身全霊をお見せしましょう」
そう言葉にし、吸血鬼はその場で姿を消した。
「……クロスさん。どういう……」
エリーがそう呟こうとするが、クロスはその唇に人差し指を当て黙らせた。
「しっ! 静かに。今いいところだから……」
そう、クロスが呟いた瞬間……部屋の明度が急激に落ちる。
まるで夕暮れ……逢魔が時の様な部屋の中、誰にも触れられていない蠟燭に、勝手に火が灯っていく。
ケタケタという木が軋んだ様な笑い声が響き、天井から蝙蝠が一匹――落ちて来た。
一回り程大きな、蝙蝠。
その蝙蝠は、ニタリと嗤った。
口元に血を滴らせながら、邪悪に、不気味に。
がたんと窓が開き、ばさばさと音を立て大量の蝙蝠が部屋に入って来る。
それは、まるで漆黒の天の川の様。
そして最初からいた蝙蝠の元に集い……一つの形を作った。
それは、マントだった。
宙に浮いたマントがばさりと音を立て、翻る。
その中から、病的なまでに細い老紳士が現れた。
モノクル装備の老紳士は、こちらを興味深そうに見つめた後、わざとらしい位仰々しくお辞儀をした。
「初めまして皆々様。当サーカス団へのご招待に上がらせて頂きました。品名は――ダンスでいかがでしょうか。善良たる人間がナイフと共に踊り、血と絶叫を轟かせる惨劇。ご理解いただけましたなら……どうぞご賞味あれ――」
そう、老紳士は言葉にし、ニヤリと笑い……挑戦的な笑みを、クロスに向けた。
「――みたいな感じでどうでしょうか?」
そう言って老紳士は指をぱちんと鳴らす。
その瞬間、明りを元に戻り蝋燭の火は消え、世界は吸血鬼が来る前と同じ状態に戻った。
クロスはぱちぱちと小さく拍手をして頷いた。
「見事だ。若干のホラーテイストでありながら悪役としての要点を掴んだ演出。言葉が出ない。シナリオより演者になった方が良いんじゃないか?」
「いえいえ。これもクロス殿の薫陶のお陰ですよ。ええ、やはり我が友の友は偉大だ。改めてクロス殿。どうか我々にご教授下さい。恰好良いとはどの様な物であるかを!」
「ああもちろんだ。その前に、まずはルールを決めようぜ。もっと楽しく、もっと派手に、そしてもっと色々な奴が参加出来る様にさ」
「色々な? その理由を尋ねても?」
「俺達とピュアブラッドだけで楽しむのは……もったいないじゃないか。遊ぶのってのは、祭りってのは、大勢で楽しむもんだろ?」
「ふふ……ふ……あははははは! 我々に対しそう言えるのですから、本当大した物ですよ。是非お願いします。皆が楽しい娯楽を……いえ、我々が男となれる時間を、是非貴方に」
クロスはきりっとした顔で、親指を立てポーズを取る。
それは今までで最も恰好つけた顔で、だからこそ今までで最も馬鹿そうな顔だった。
アウラは一瞬、クロスの影響でピュアブラッドが皆馬鹿になるんじゃないかなんて事を考えてしまう位に。
ありがとうございました。




