番外編:遠い遠い奇跡の幻想(後編)
シントには、目に映る全ての物が新鮮だった。
街中を当たり前の様に歩くゴーレム。
地面を這いずり移動するニコニコ顔のスライム親子。
極めつけは、魔法やら何やらの力で当たり前の様に物を動かす魔物達。
その全てがシントには見覚えがない物だった。
この世界の当たり前が、シントには当たり前ではなかった。
だからシントは、必死に隠した。
その……異邦人の様な、独りぼっちである孤独と疎外感から来る恐怖を。
楽しませようとしてくれた、クロス達に悪いから、必死に隠した。
自分が彼らと違う何かであるとうすうす気づきながら。
何か、為すべき事があったはず。
そして、それまで時間はもうさほど残されていない。
それでもやるべき事が見つからず、為すべき物が何かさえわからず……シントは焦りを覚えながらも、怖さを必死に飲み込んだ。
そう言えば……何となく、街中なのに恋人同士の人が少ないななんて、考えながら。
「……パーフェクトだエリー。見事としか言いようがない」
家の中で料理をしていた頃に帰って来たエリーとシントを見て、クロスの感想はそう言う物。
そうクロスが褒め称える位、シントの服装は見事な物だった。
最初から来ていた毛皮の上着を中心にした厚着も似合っているが、今の服装もまた悪くない。
もこもこしてゆったりとした暖かそうな暖色のパーカーを中心にした若者チックな服装は、きっちりした印象の強いシントにギャップ的な可愛さを引き立て、また同時に守ってあげたくなる様な庇護欲がそそられる、完璧な妹の様な服装だった。
「でしょでしょ? 私も凄く良いと思って選びました! まあ、元が可愛いから何を着ても可愛いというのもありますけど」
「うむうむ。エリーのセンスは見事だね本当。褒美にキャラメルをあげよう」
「わーい。あーん」
エリーの口にクロスはひょいと買って来たキャラメルを放り込む。
他の誰かなら食事前に甘い物なんてと怒るところだが、エリーは別。
食前にどれだけ食べても絶対に残されないとわかっているからだ。
「えと、クロスさんも……その……エプロン似合いますね」
褒められ過ぎて恥ずかしそうにしながら、シントはそう呟いた。
「おう。あんがとさん。もうしばらくかかるからエリーと一緒に適当に時間を潰しておいてくれ」
「あ、手伝いましょうか?」
「いや、キッチンそう広くないから大丈夫。ステラが今頑張ってくれてるから。もし手が欲しくなったら呼ぶよ」
「わかりました。ではまた後で」
そう言葉にし、シントは素直にエリーと共に暖炉のあるテーブルの方に移動した。
「……シントちゃん。暖炉が気になるの?」
火の入っていない暖炉を長い事じっと見つめるシントにエリーはそう尋ねた。
「いえ。……えと、全然薪とか入ってませんけど使ってないんですか?」
「うん。そんな寒くないのもあるけど、そもそもこの家あんまり使ってないんだよね。クロスさんトラブルメーカーで旅好きだから」
「そう……なんですか。もったいない……」
「暖炉、好きなの?」
「いえ、そう言う訳じゃないんですけど……多分、見覚えがあるんだと思います」
そう言葉にし、シントは椅子から立ち暖炉の傍に移動する。
そして暖炉をじっと見つめているかと思うとその手を伸ばし……。
突然、ぼっと暖炉に炎が宿る。
そして炎はシントの手を――。
「シントちゃん!?」
慌てて駆け寄りシントの手を掴むエリー。
だが、シントの手に火傷の跡はなく、それどころか暖炉に火は付いていない。
暖炉を触ってみても冷たいままで、火が付いたという痕跡さえなかった。
「……あれ? 見間違い?」
「いえ。そんな事はないと思います……」
そう呟き、シントは人差し指と親指で掴んだそれを、エリーに見せた。
それは、金貨だった。
「……何ですこれ?」
「金貨……だと思います」
「どうしたんです?」
「何か……上から、降って来ました?」
「……上から?」
「はい。たぶん……」
そう、自信なさげに呟くシント。
さっぱり状況が掴めず、二体で仲良く首を何度も傾げ合った。
「おーい。配膳手伝ってくれー」
そんなクロスの声を聞き、エリーとシントは考えるのを止め立ち上がる。
これが考えても無駄な事であると、どちらもがわかっていた。
料理は文句なしに美味しかった。
美味しかったのだが、それよりもその雰囲気が楽しかった。
クロスとエリー、ステラという家族らしき団体の中に混じり込んだのに一切疎外感を覚えず、ただ楽しむ事が出来た。
それは、シントにとってこれ以上ない程の幸福であった。
シントは、本当の幸せを知っていた。
だが、その幸せを自分が享受できるとは思っていなかった。
だから、本当に幸せだった。
もう、思い残す事がないと考える位に。
そう考えた瞬間、何となく、シントは理解する。
為すべき事は確かにあるが……焦る必要はない。
為すべき事を為すその時は必ず来る。
そして、それは自分にとってあらゆる意味でのタイムリミットでもあると。
何となく……薄らとだが……シントは気づいてしまった。
自分が自分でいられるのは奇跡以外の何物でもなく、そしてその奇跡さえ、もうほとんど残されていないと。
だからこそ、シントはギリギリまで楽しんだ。
パーティーとして時間を一杯使い、ワイワイとクロス達とはしゃぎ、全力で、楽しんだ。
何が正しいかわからないシントだが、これだけは断言出来た。
今この幸せは、今まで一度たりとも味わった事のない幸せであると――。
『星を見たい』
それが、パーティーが終わった後のシントのお願いだった。
当然、クロスは快諾する。
そもそもクロス自身暇があれば星を見る位星空が好きなのだから。
夜は少し冷え込む為、クロス達は厚着を、シントは元々来ていた服を着て準備に望む。
暖かいココアの用意をし、厚着を来て、天井に登り……そして、彼らは星空を見た。
落ちて来そうな程綺麗な星空を。
「何故か知らないが、今日は一段と綺麗だな。シントちゃんがいるからかな」
そんな軽口を、シントは苦笑し流した。
「誰にでもそう言う事言いそう」
「失礼な。綺麗な子にしかかけないよ」
「はいはいイタリア人イタリア人」
「いた……なに?」
「……ううん。何でもないです」
そう言って、シントは寂しそうに微笑み、夜空を見る。
予想していた事ではなるが、やはり、それは辛かった。
自分の知る夜空と違うという、その事実は。
かちり、かたりと、シントの頭の中で秒針の動く音が響く。
これはタイムアップの合図。
それがわかっても、怖くはなかった。
何も覚えていないけれど――シントは、理解出来ていた。
「……クロスさん、エリーさん。ステラさん。私、わかりました」
「えと、何をかな?」
「どうして、私が記憶がないかをです。記憶喪失? まさか。そうじゃなくて、私、最初から記憶なんて物持ってなかったんですよ」
それに対し誰かが意味を尋ねるその前に、シントの秒針が、定まった位置に到着する。
針は、十二時を指し示す。
一周回った合図。
始まりであり、終わりを告げる時。
すなわち、日付の変わる瞬間。
その瞬間に、シントは――いや、少女は全てを理解した。
膨大な……途方もない魔力が少女から溢れかえる。
それはアウラやメディールどころかエリーでさえかすむ程。
比喩でも何でもなく、世界そのものに匹敵する程の出力を放ち続けていた。
何もわからないクロスだが、一つだけ理解出来た。
それは一個人が持つには大きすぎる力で、このままだと先がないと。
「シントちゃん! 抑えて!」
状況が理解出来ないなりに叫ぶクロス。
それに、少女は微笑んだ。
「違うんですよ。これが本当の私なんです。今日この日だけは、私は最強なんです。使命を果たす為、良い子を喜ばす為に、誰よりも凄いんです。誰にも負けないんです」
「いや、だから、そのままじゃ……」
「今日だけなんですよ私は。セミの様な物です。……今日一日しか生きられないんです。どうあがいても。まあ、生きていると言えるかさえわかりませんけど」
そう言葉にして、少女は宙に浮く。
まるで日中かのように強い光を発しながら、どんどん上空に上がって行って……。
「シントちゃん! 貴女の使命って、何なんですか!?」
エリーは叫んだ。
少女の為に、自分の為に。
「良い子を幸せにする事。……だから、幸せを貰う側になるとは思っていなかったな。皆本当にありがと。……本当はね、皆は子供じゃないから駄目だけど、皆にも少しだけ、幸せを分けてあげる。寝る時枕元に靴下を用意して、願い事を書いておいて。……あ、未使用の靴下ね」
そう言ってくすくすと笑った後、少女は小さく、手を振る。
そして、最期に一言だけ呟き、姿を消した。
『メリークリスマス』
その意味を、彼らは知らない。
この世界に生きる者は、誰も知らない。
ただ、一つだけ、クロス達は理解出来た。
もう、あの少女と会う事は出来ないと、何となくだが、理解出来てしまった。
就寝前、クロスは言われた通り新品の靴下を用意し、その中に願い事を書いた。
それは信じるとか信じないではなく、クロスにとって少女の遺言である為行わないという選択肢はクロスにはなかった。
今、クロスが願う事。
それは――。
『もう一度、あの子と会いたい』
夢の中にいるクロスは、その願いを見た誰かが苦笑した様な、そんな気がした。
朝――昨日の事など何もなかったかのように何時も通りの朝が始まった。
クロスと、エリーとステラの三体での朝。
ただ、昨日と違う事が一つ。
クロスの見覚えのない金貨が、額縁に入れられて飾られていた。
ありがとうございました。
めりーくりすまーす(´・ω・`)ノ




