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窮鼠は猫を噛めず

バロック伯爵家とイブローラン子爵家の昔話をしよう。先代のバロック伯爵は先代イブローラン子爵に命を助けられたことがあったそうだ。恩を返したい伯爵は子爵に尋ねる。『貴公は何を求める?』と。


その問いに子爵は、『伯爵家との繋がりが欲しい』と答えた。彼は自身の孫と伯爵令嬢の婚姻を求めたのだ。彼の目的は、イブローラン家にバロック家の古い血筋を取り込むこと。


 子爵の要望に伯爵は一瞬眉を顰めた。自分の娘は公爵家や侯爵家にも嫁げる身分。婚姻を結んでも伯爵家に大きなメリットは無い。


しかし、バロック伯爵はこれを了承した。自身に叶えられる範囲での願いは叶えると誓っていたし、デメリットも特には無い。それに、当時の子爵ブライト・イブローランは悪い噂も特に無い無害な人物であったからだ。そうしてイブローラン子爵の孫ジェームズと、バロック伯爵の娘エリーゼは結婚した。その半年後、イブローラン子爵は天寿を全うし当主の座を孫に譲ることになる。


結婚した二人には恋愛感情は一切無かった。社交と世継ぎ作りは貴族の義務なので最低限励んだが……。元々、妻に対する興味が薄かったジェームズはヴィオラが生まれてからも社交の場以外で妻と接することは無かった。その後、彼は町で偶然見かけた平民の娘に惚れ、愛人として囲うことになる。その女性の名はミランダ。そして二人の間にミーチェが生まれる。ミランダはエリーゼのせいで自分達は子爵邸で暮らすことが出来ないと嘆き、誤った情報を娘に刷り込んでいった。その数年後。エリーゼが病で亡くなり、愛人であるミランダが子爵夫人の座を手に入れた。


そして、ヴィオラは聞いてしまう。父親と愛人の会話を。エリーゼが無事に死んで良かったと笑いあう二人の会話を。ヴィオラは必死に怒りを抑えながらも、心の中で納得した。


思い返せば、おかしい所があったからだ。静養先の別荘に配置されていた使用人達は見たことのない者ばかり。医者は伯爵家次期当主である伯父から紹介された者。そして何よりおかしいのはエリーゼの体に現れた症状。彼女の患った不治の病は、唇が黒く変色するのが特徴だと言われた。だが葬式が始まる前に母親に触れた時、うっすらと黒い塗料がヴィオラに付着した。本来付着する筈のないそれを彼女はしっかりと覚えていた。


だが、幼いヴィオラの言葉だけでは証拠として扱ってもらえない。母親の遺体はすでに火葬され毒物を発見することも出来ない。また、バロック伯爵夫妻はエリーゼが亡くなったことにショックを受け気落ちし、相次いで病に倒れた。そして伯父が当主の座に就き、別荘にいた使用人達や医者はバロック家に引き取られてしまった。怪しさしか無いのに追及することが出来ない。立証することが出来ない。その力が当時の彼女には無かった。


◆◇◆


「だから私は決めたの。あの愚か者共に鉄槌を下すと。母を殺した罪で裁くことが出来ないのなら、別の罪で裁くしかないと。」


「………この性悪女が……お前が…お父様達を嵌めて不正を偽造したのねっ‼︎」


「それは違うわ。確かに私は子爵家と伯爵家を潰すつもりでいたけれど、私は何も手を出していない。彼等は自分の妻や妹を殺すような人達なのよ?私が何かしなくても、どうせまた悪事を働くと思っていたわ。私は証拠を集めて提出しただけ。完全な自業自得よ。あなたがヴィオラ・イブローランを殺した時、それで検挙しても良かったのだけどね。その時点では伯爵家を潰す材料が足りなかったのよ。どうせ潰すなら両方一緒が良いでしょう?」


イブローラン家を先に潰せば、バロック家は証拠隠滅に奔走し今まで以上に慎重に動くようになっただろう。その場合、伯爵家を潰せない可能性も出てくる。それでは彼女の目的は果たせない。


「…ってやる。」


「ん?」


「お前の正体も企みも全てを国中に言い広げてやる。破滅するのは私達じゃない。お前よ!」


「だから、構わないと言っているでしょう。」


強い意思を宿す瞳を見て、オリヴィエは大きな溜め息を吐いてしまう。一体あと何回溜め息を吐けば良いのか。


「魔法公爵オリヴィエ・カリーナはヴィオラ・イブローランと同一人物で、復讐の為に実家を没落させようとしている。それを世に広げたところで破滅するのは、あなた達だけよ?」


「はっ、そんな強がりが通用すると」


「貴族の令嬢が名を偽り、実家とは無縁の別人として正式に魔法公爵になっている。それが知れ渡った時点で他の貴族は『イブローラン家の事情』を勝手に勘繰り、手の平を返すでしょうね。どこにでもいる子爵家の令嬢と、国を直接支える魔法公爵。どちらの味方をすべきかは明白だもの。」


魔法公爵となる者は過去に辛い体験をする者が多い。特に多いのは家族間の問題。虐待にあったり、親に捨てられたり。そういう親に限って、子が地位のある役職に就くと出張ってくる。国を支える希少な存在を、そんな者達に悪用されてはならない。希望する者にはフォエニクス卿が後見となり、国王陛下が別人としての身分を与えている。ヴィオラがオリヴィエとして魔法公爵になった時点で、国王陛下はイブローラン家に対して良い印象を持ってはいない。


「好奇心旺盛な人達は、あの火事の真相についても勝手に調べ上げるかもしれないわね。その場合、あなたはどうなるのでしょうね。物好きな輩は退屈しのぎに各々の正しさを競って……あなたは彼らの振り回す陳腐な正義に食い潰される。果たして、処刑されるだけで済むのかしら?」


その言葉にミーチェの背筋が凍る。過去にも罪の無い魔法公爵を殺した者がいたのだ。その人物はヴェルトナ王国史上最悪の愚王と呼ばれる。彼の愚行によって女神は怒り、天候が荒れ大地は割れ、多数の死者が出たという。その時は王族の死をもって女神の怒りを鎮めたそうだ。生き残った王族は、殺された魔公を供養した王子一人。それは有名な昔話の一つとして今も語り継がれている。これは、魔公の存在に対する見方と制度が変化することになった重要な事件だ。罪の無い魔法公爵を殺すことは国を潰すことと同義。彼らは正真正銘、この大地の生命線なのだ。知らなかったとはいえ、そんな人物を殺そうとしたことが露見したら……。


「それは…だって私は…。」


「自殺願望が無いのなら、大人しくしておいた方が良いわ。私はあなたのことが嫌いだけど、別に死んで欲しいとは思ってないもの。」


「くっ…。」


ミーチェは唇を噛み、必死に怒りと悔しさを抑える。この女を完膚なきまでに叩きのめすものは何か無いのかと必死に頭を巡らせる。だが、どれだけ必死に考えても思い付かない。窮鼠猫きゅうそねこを噛むというが、オリヴィエにとってミーチェはいつでも踏み潰せる蟻のような存在。噛みつくことすら困難なのだ。


「そうそう!長話のせいで伝えるタイミングを逃してしまったけれど、あなたの処遇が決まったのよ。」


「⁉︎」


合わした両手を頬に当て、先程までの攻撃的な雰囲気をひっくり返すように。一際明るくオリヴィエは言い放つ。


「陛下とクラウダス公爵とアルバート殿下がお決めになったそうよ。あなたは神殿送りになるのですって。」


「はっ?今なんて…?」


「だから、神殿送りになるのよ。」


「ちょっと待ちなさいよ!何で私が神殿なんかに行かなきゃいけないのよ⁉︎」


貴族が不正し、処罰される場合。その妻子は監視付きで領地で過ごす事になったり、修道院に送られたり、貴族籍を剥奪され平民として暮らすことになったり、牢獄に繋がれたりと様々だ。ちなみに神殿と修道院は異なるもの。教会や修道院は民に神の教えを広げ導く場、もしくは更生機関。マリアが送られた戒律の厳しい修道院であっても許可さえ取れれば外出は出来る。まぁ…許可を取ること自体が困難で、外出にも多数の制限が設けられるのだが。


それに対し神殿は、夜の女神ヴェルトナに仕えることを目指した者達が修行する場所とされている。神殿に入った修行者達はその建物から一歩たりとも出ることは許されないという話だ。


「『親族の不正に心を痛めた清廉なミーチェ嬢は、女神に仕える為の修行を罪の贖いとして自ら望んだ。』という筋書きらしいわよ。良かったわね。あなたの評判だけは鰻登り間違いなしよ。聖女だと、もてはやされるかもしれないわね。」


「そんなっ…そんなの何でっ⁉︎」


彼女が恐怖に震えるのも無理は無い。神殿の生活はとても厳しいものだと言われている。食事や睡眠をとっている間も何かしらの修行をしているらしい。寿命が尽きるその瞬間まで修行漬けの毎日。外に出られないと言ったが、仮に神殿で火事が起きた場合どうなるか。修行者達は『女神様が自分達を呼んでいる』と言って喜んで死ぬそうだ。そのぐらい、あそこは異常な場所だと認知されている。


「嫌よっ…嫌よっ。何で私が…。」


「……。」


「嫌よ…神殿なんかに行きたくない…。」


地下牢に入れられている方が、まだマシだと貴族の大半は思うだろう。誰かが助けてくれるかもしれないし、牢番や騎士を籠絡することも出来るかもしれない。しかし、神殿には貴族の常識が通用しない。いや…人間の常識が通用しないとさえ言われている。自ら望んで修行するならまだしも、強制的に連れて行かれる者にとって、そこには最低限の希望すら無いだろう。


もしもミーチェが何もしなければ、ここまで酷い罰にはならなかっただろうに。


「お願いよっ…陛下達を止めてよっ。魔法公爵なら出来るでしょっ…お願いだから…今までのことも謝るからお願いよっ。」


「………。」


青冷めた顔で懇願してくる妹に、姉は一体何を思うのだろうか?唯一、露わになっている口元は、弧を描いたまま動かない。


「お願い…します。」


ミーチェは土下座をして頼み込む。国王の決定を覆せるほどの権力を持つ者は中々いない。だが、魔法公爵の発言ならば国王も無視は出来ない。他の魔公に擦り寄る時間は無い。現時点で頼れるのは、目の前の女しかいないのだ。


「お願いします…何でもしますから。今までのことも謝りますから。」


だがオリヴィエは妹の言葉を無視し、彼女に背を向け帰ろうとする。


「待ってっ‼︎お願いっ、お願いだからっ!私を見捨てないでっ‼︎」


彼女がどれだけ叫んでも、姉は振り返らない。


「行かないでぇぇっ!許して下さいっ、お願いします!おねぇさまっ!おねぇさまぁぁぁっ‼︎」


パチンッとオリヴィエが指を鳴らす。その瞬間、ミーチェは意識を失い勢いよく倒れた。


「これ以上は私の耳が耐えられないわ。」

ミーチェさんは書いていて、とても楽しいです(^^)


あと二〜三話で一章が終わる予定です。一章が終わったら、今までの話を書き直しながら二章の構想を考えていこうと思っています。(結末だけは既に決まっています)


また、書き直した話を他の投稿サイトでも掲載していきたいなと思っています。詳細が決まりましたら、活動報告やブログでお知らせします。今回もご拝読ありがとうございました。

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