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09.理解できそうにないのは同じです。

 私の思考は明さんに駄々漏れですから、言葉にしなくても全部伝わっているはずです。それがどこまでの範囲なのかは私にはわかりませんけど、大概言葉を口にするよりは伝わるのが早いんです。手間が省ける、つまり時短です。


「思考駄々漏れだからわからないわけでもないが……それが正しく伝わっているかは別問題だぞ?」


 そう考えていると、それに反応するように明さんの忠告が聞こえました。

 それは言葉を惜しむなってことですか?

 ふむ、と私は納得して頷きます。

 まあそうですよね。その言い分ももっともです。では、遠慮なく。


「ま、待て。言わなくていい」


 明さんが慌てたように私を止めようとしましたが、それで止まるようなら初めから口に出して訊ねたりしません。

 それに、言葉を正確に伝えるには口にしろ、と明さんが言ったんです。それを実行しようとする私を止めるのはおかしいです。


「何が、ですか? 明さんの言うことも一理あると思いますよ。私は口に出さないでも理解してもらえると驕っていたのでしょう。でも、それではいけませんよね。大事なことはしっかり言葉として口にするべきだったんです。それだけは今、反省しています」


 たぶん私は明さんをずいぶんと冷やかに見ていたと思います。それくらいには頭に血が上っていたんです。だから、今まで溜まっていた言葉が次々に溢れました。


「明さんからすれば、私は何もできないかもしれません。でも、こんな風に明さんに守られて、ここにずっといるのは嫌です。明さんの好意を蔑にしているようで申し訳ないですが、それでもこのままでは駄目です。私は子供ではないんです。大人の庇護が必要な、小さな子供ではないんですよ。それに先程からひ弱ひ弱と連呼してくれましたが、ひ弱でもないです。病気なんてここ何年もしていませんし、そそっかしいので軽い打撲や擦り傷なんてしょっちゅうでした。見掛けは弱っちく見えるかもしれません。というか、明さんやせっちゃんからすれば弱いんでしょうけど――弱いなりになんとかなるもんです。明さんに私がこんな風に過保護にされる理由がありません」


 言った。言い切った。私はついに言ったぞぉ~!


 なんというか妙な達成感があります。そうして見た明さんの顔は、なぜか渋面でした。

 超絶美形が渋面って……う~む。それでも顔は崩れていませんね。渋面までは美形の顔が崩れない、と。また一つ、勉強になりました。


 別に羨ましくないですよ。平々凡々の十人並みな平たい日本人顔をしている私ですが、こうまで次元が違うと羨ましいというよりも完全に目の保養になってしまうので、それはそれで満足です。元から自分の顔にものすっごく不満があったわけでもないですし。

 というか、今の時代。不満があればプチ整形、なんて発想もあったわけで。


 いえ。私の顔は自前ですよ。どこも弄っていません。親からもらったものを故意に傷つけるなんて……。

 手術が怖かったんです、とか。それにお金を使うよりも好きな本をたくさん買った方が良いです、とか。理由は他にも色々ありますけど――単純に傷つければどんなものでも痛いですから、それが嫌だったんです。それが一番の理由ですね。


 ん? なんか思考がズレました。明さんも変な顔をしています。


「……そういう奴だよな、おまえって」

 そして、変な納得をされたようです。


 ってなんですか、それ。そもそも私が怒っていた理由、理由は――そうそう、話を戻しましょう。私は全然納得できていないんです!


「別に俺も納得してないぞ?」


 はぁ、そうですか。そうなんですかって、え?

 納得してくれないんですか。私、一生懸命、思ったことを言葉にしたつもりなんですけど。


「ああ、それはな。わかった。というか、やっぱり駄々漏れ思考がそのまんま伝わっていることだけはわかった」

「……それはちょっと…………というか、かなりひどいです」


 さすがにそれはないわぁ~という気分で、がっくりと肩が落ちました。腕の中からは、スースーと平和そうな寝息が聞こえてきます。どうやら気づけばせっちゃんはお眠でした。

 そのお母さんはと言えば、お腹を抱えてヒーヒーと苦しげに大笑いしています。なぜ?

 明さんはせっちゃんのお母さんにちらりと視線を向けたと思ったら、非常に嫌そうに顔をしかめていました。


 いったいどういう関係なんでしょう。


 自然と問うように首が傾きました。明さんは答える気がないのか、無言でふいっと顔をそらしてくれます。仕方ないのでせっちゃんのお母さんに視線を戻せば、彼女はようやく爆笑から立ち直ったところでした。


「すまないね。笑っちゃいけないんだろうが、あまりにおかしくってついつい止まらなくなってしまったよ。明が尻に敷かれる姿なんて、生涯で見られるとは思っていなかったからね」


 あまりに笑いすぎて涙まで出ていたようです。せっちゃんのお母さんは目尻を拭っています。

 それは別に良いです。笑いたいのを堪えても健康に良くありませんし、何よりこれだけ豪快に笑ってくれると逆にさっぱりとした気分になるものです。ただ――。


「あの、せっちゃんのお母さん。私が明さんをお尻に敷いているように見えるんですか?」


 問題なのはその部分です。明さんと私はそんな関係ではありませんよ。というか、まだ出会っておよそ二週間ほどです。しかも、とんでもない妙な出会いをした関係ですよ。

 私の方がお世話になりっぱなしです。とてもお尻に敷いてはいないと思うのですが――そんな風に見えてしまったというのなら由々しき事態、ですよね? たぶん。


「ああ、そういえば自己紹介もしていなかった。失礼、お嬢さん。私はつゆと言う。御覧の通り、泉の母だ」

「こちらこそ名乗りませんで、失礼しました。理沙と言います」


 自分がうっかり名乗り損ねていたことに気づきました。

 いけません。社会人としてなっていませんね。

 慌てて名乗れば、おやっという顔をされました。

 私、何か変なことでも言いましたか?

 不思議に思い首を傾げれば、露さんは困ったような表情で私を見ました。


「リサは理沙なのかい?」


 えぇ~と、それはどういう意味でしょう。私の名前に何か不都合があったのでしょうか? 両親がつけてくれた名前なので、それ以外を求められても困るのですが……。

 助けを求めるように明さんを見れば、なぜかそこにはしまったとでも言いたそうな顔があります。私、何かこの世界の常識にそぐわないことを言ってしまったんですね。その顔はそういう顔です。

 でも、それが何か私にはわかりません。


「理沙という名前以外の名前は持っていないのですが……あぁ、正式には」

「言うな、馬鹿」


 明さん、告げようにもあなたが私の口を塞いでいますから。女性の口を断りもなくいきなり塞ぐなんて、紳士じゃないですよ。男性として配慮に欠けています。

 そして、それよりも問題なのは早くも酸素が足りなくなりそうなんです。速やかに私の口と鼻から手を離してください。せめてどちらかは解放してください。でないと、酸欠で気絶します。


「もしや、お嬢さんは理の外から来たのかい?」


 理の外というのが並行世界のことならその通りです。でも、答えたくても明さんが手を離してくれないのでできません。

 明さん。わかっていますよね。聞こえていますよね?


 本気で苦しいです。

 は、な、し、て、く、だ、さ、い!


 なんとか明さんの手を口と鼻から離そうとしてもがきましたが、もがけばもがくほどがっつりと力を込めて押さえ込まれているような気がします。手にはせっちゃんもいるからあまり身動きもできないんですけどね。

 というか、気づけば身体全体ががっつり拘束されているじゃないですか。どうしてこんなことになっているんでしょう。この体勢――どう考えても明さんに抱き締められています。


 なんですか、これ~~!!


 自覚すると、なんだか先程とは別の意味で頭に血が上ったような気がします。身長差もあって、本当にすっぽりと明さんの腕の中に包まれているような……これってどんな羞恥プレイですか。

 私に酸欠ではなく羞恥で気絶しろってことですか。明さんの意地悪~。


「明よ。独占したい気持ちはわかるが、そのままではお嬢さんが可哀想なことになりそうだ。せめて、その口を塞いでいる手だけでも退かしてあげたらどうだ?」


 ナイスアドバイスです、露さん。

 独占云々は勘違いですけど、でもこの状況は早急になんとかしてください。本気でヤバイです。

 紅くなったり白くなったりしているだろう顔をこれ以上人目にさらしたくないです。それが乙女心ですよ。わかってください。


 露さんのお陰か。私の心の声をようやく聞き入れてくれたのか。明さんの手が口と鼻から離れました。

 私は欠乏していた酸素を満たすべく、大きく息を吸い込みます。そして、息を吐き出すという動作を繰り返すこと数回。

 なんとか落ち着きましたが、明さんはいまだに私を解放してくれる予定は無いようです。私を抱き締めたまま、露さんと私のことについて本人そっちのけでお話し合いの最中でした。


 あの~、その~、え~と。

 私がすっぽりと明さんの腕の中に収まるのは十分実感しましたから、いい加減に解放してくませんか?


 二人の会話の邪魔になるのを避けるために明さんに心の中で訴えますが、聞こえているだろうに腕は離されません。

 仕方ないですね。あまり入りたくないですけど、会話に割り込みましょう。せっちゃんはこんな状況だろうとぐっすりです。ある意味とても羨ましいマイペースぶりです。


「あのですね~。とりあえずこの体勢をなんとかしてからお話し合いをしてください。はっきり言ってとても微妙なんです。居心地悪いです」


 二人の会話がピタリと止まりました。なぜかマジマジと見られているような気がします。私、変なことは言っていませんよね。


「ずいぶんとはっきりものを言うお嬢さんだ。明に対してこういう扱いをするのは珍しい。特に年頃の若いお嬢さんは」


 露さんが意外そうな顔で私を見ています。でも、その考えもどうかと思いますよ。人にはそれぞれ好みがありますから。反応も様々になるはずです。


「明さんは明さんですから。思考駄々漏れなのに言葉だけ取り繕っても無意味ですし、何より明さん相手に言いたいことを我慢するだけ面倒です。疲れ損です。それに美人は三日で慣れると言います。明さんは超絶美形だとは思いますけど、私の場合、およそ半日じっくり観察する時間がありましたので、顔に関しては目の保養にはなってもそれだけです」


 思い付く返答を口にして、せっちゃんを落とさないように気を付けながら片手を離して、明さんの腕をパシパシと叩きます。

 ようやく解放してくれた明さんの顔を見れば、なんとも渋面になっていました。それとは対照的に、露さんはいまにも吹き出しそうな笑顔です。


「おかしいのなら笑った方がスッキリしますよ?」


 露さんは笑い上戸なんですね。

 必死で笑うまいと我慢している露さんに、私は助言します。社会人としては時と場合により我慢しなければならない時というものも存在しますが、今は別に構わないと思うんです。ここには私と明さん、露さんとせっちゃんしかいませんから。


「明さんは俺サマな時もありますけど、過保護で心配性で極端から極端に走るような方で。でも、とても良い人ですよ」

 ついでに明さんは良い人だと、強調しておきます。どうにも先程の二人の会話は剣呑な雰囲気がそこはかとなく漂っていたんです。

 この状況が問題になっているなら、明さんが悪者にされるのは避けるべきです。私が多大に迷惑を掛けているのは事実なのですから。


 ということで、私としてはかなり真面目な話をしていたつもりだったんですよ。なのに、どこに笑いの要素が混じっていたのか。露さんは完全に笑いを堪えきれなくなって、ついにブフッと吹き出してゲラゲラと笑い出してしまったんです。

 それはもう、実に豪快な笑い方でした。

 笑った方が良いと勧めたのは私ですから、それに異存は無いですけど……明さんの冷たい視線が突き刺さります。その表情は極寒地の雪女並みの冷たさです。


 ちなみに、それは例えであって明さんが女顔というわけではないですよ。きれいではありますけど、性別を超絶したきれいさです。だから、超絶美形なんです!


「……何か言いたそうですね、明さん」


 冷気が急に消えました。どことなく明さんはげんなりとした雰囲気になっています。


「お前の妙な思考回路には慣れたつもりだったが、俺はまだまだだったようだ。世の中には理解しがたい存在がいることを教えてくれてありがとう」


 これは、どういたしまして、というべきなのでしょうか? それとも、ここは――。

「お褒めに与り光栄です」

 と答えるべき、ではなかったようですね。明さんの顔が怖いです。冗談ですよ、冗談。いくら思考駄々漏れだとしても、私だってたまには冗談くらい言います。


「半分は本気だっただろう」

 間髪を容れず明さんの鋭い突っ込みが入りました。

「……正直に白状します。八割本気でした」


 そう告げた後の明さんの顔。鳩が豆鉄砲でも食らったような顔でした。一瞬でしたけど。そして、心底呆れたような顔をして深々とため息なんて吐いています。


「疲れる。……なんでコレなんだ、俺」


 後半の言葉が意味不明です。コレって私のことですよね。でも、私がいったいなんでしょう。疑問で首が傾きました。

 ようやく止まりかけていた露さんの笑い声が、再び勢いを増して聞こえてきます。

 私はそんなに笑えるようなことを言ったでしょうか。解せません。


「俺にはおまえが理解できん」


 真顔で明さんにそう宣言されました。

 はっきり言って、そんな風に宣言されても困ります。それは私も同じですよ。私も明さんの考えていることは、理解できそうにないです。




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