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49.当初の目的を忘れないでください。

 虹さんはまったく身動きしていませんが、これは気絶または眠っているだけのはずです。いつの間にかご臨終、なんてことにはなっていないと思います。その点は大丈夫なはずです。……大丈夫、ですよね?

 考えているうちに、段々と自信が無くなってきました。疑いたくはないのですが、もしや。


 その時、隣からため息が聞こえました。明さんです。

「そうじゃないだろ、この場合。――早急に夢族か夢魔族の手が必要じゃなかったのか?」

 私の言葉にツッコミを入れてから、明さんが朱さんに話し掛けました。私と陽さんに話を任せていたら進まないと思ったのかもしれません。

 ポンッと私の頭の上に明さんの手が乗ります。

「ええ、それは事実ですが――」

 言葉を濁したのは、陽さん達をユズさんに会わせるかどうか迷ったからですね。確かに、怪しいです。先程の発言もありますから、怪しさ倍増です。


 飛んで火に入る夏の虫、ではなくて、棚からぼた餅?

 ん? それも違う気がしますね。えぇ~と。


「協会本部の敷地内で自分の正体をさらして何かをやらかすと思うか? 夢族も夢魔族も、本来ならこんな風に自ら正体をさらしたままでいるようなことは絶対にしない。そういう種族だと、ここの者ならよ~く知っていると思うが?」

 私が頭の中で言葉を探しているうちに、明さんが朱さんに向かって問います。その顔には苦笑が浮かんでいました。

 少し考える素振りを見せた後、朱さんが口を開きました。

「……そうですね。協会本部内部に一時的に入れる許可証を出します。ユズに会ってください」

 朱さんの決断に、状況を見守っていた方達がざわめきました。


「長さま。こんなどこの馬の骨ともわからない輩をよく調べもせず協会の内部に入れるなど、あなたの一存で勝手に決められては困ります」


 反対する言葉が聞こえたと思ったら、集まった方達を押し分けるようにして少し年配の男性が現れました。

「黙りなさい。いつからあなたは私に命令できるほど偉くなったのです? 何かあったとしても責任は私が取ります。今のユズを協会の外に出すわけにはいきません」

 朱さんが口調とは裏腹にその顔ににこやかな笑みを浮かべて年配の男性を見ました。ですが、その瞳がまったく笑っていません。


 これは――いわゆる権力争いというものでしょうか。

 朱さんは協会のトップではあっても、すべての権力を握っているわけではない、ということなのかもしれません。


「そういえばあなたの養女が夢魔族の罠に掛かったとの話でしたな。分を弁えず、己の力を過信した愚か者です。そんな者は協会に不要だと、救う価値などないと思いますが、長さまは相も変わらず甘いですな」

 対する相手も表情だけはにこやかです。でも、こちらもやはり目が笑っていません。そして、その口から出てくる言葉は辛辣でした。


 端で聞いていただけの私でも、ムカッときたんです。養子縁組とはいえ、ユズさんと親子の関係にある朱さんなら、私よりもよほど腹の立つ言葉だったはずです。

 ですが、それを表面に出すような朱さんではありませんでした。

「甘い、ですか。そうかもしれません。ですが、そんな私を長へと選んだのは妖精族の占いと先代の長さまですから。協会のトップに、その甘さもまた必要だと判断されたのでしょう」

 相も変わらずにこやかな顔で告げます。その言葉は某か、相手に有無を言わさない効果があったのでしょう。

 年配の男性の顔から笑みが消え、

「……すべてがあなたの思い通りになるとは思わないことですな」

 捨て台詞を残してその場を去っていきました。その後を賛同者と思われる方達が金魚の糞のように続いて去っていきます。


「すみません。お見苦しいところをお見せしました」


 その姿が見えなくなり、周りに残っていた方達も朱さんの言葉で自分の仕事に戻っていった後に、陽さんの手続きのためにと通された小部屋で告げられた朱さんの第一声は謝罪でした。

「あのオジサン、呪ってあげよっか?」

 その言葉に誰より早く答えたのが陽さんです。

「永久に起きない幸福で最悪な夢で」

 ちょっと眠そうな顔をした陽さんは、いつも通りなほんわかした雰囲気のままに物騒なことを言い出しました。

 思わず、顔が引きつってしまいましたよ。


「……おまえはここに何をしに来たんだ?」

 それに明さんが呆れたような顔で問い掛けます。

「虹ちゃんの尻拭い?」

「そこ。疑問系じゃないと思います」

 いまいち自信無さそうに首を傾げるものですから、思わず突っ込んでしまいましたよ。当初の目的を忘れてもらっては困ります。


「だって、あのオジサン。信の命狙ったし~」

「………」


 どこからそういう話に方向転換したのでしょう。そもそも陽さんは先程の邂逅のどこから、そんなことを読み取れたのか私にはさっぱりです。

 困った私は隣に座った明さんを見ます。困ったの時の明さん頼みです。その視線に気づいた明さんが、苦笑しながら私の頭をポンポンと撫でました。


「その信が問題を起こしてくるなって言っていただろうが。それは良いのか?」

 ……えぇっと。命を狙った云々の部分は否定しないんですね。

「うぅ~。良くないよ。でも、ついでだし~?」

 ついでで永久に目覚めないような代物を仕掛けるのはどうかと思います。ついでじゃなくてもどうかとは思いますけど。

「ついででも問題を起こすことに変わりはないと思うぞ? ここで、今、虹の尻拭い以外の事は構えるな」

 明さんの言葉に、眠そうに閉じかけていた陽さんの目蓋が上がり、パッチリとした瞳が現れました。


「それって明の命令?」

 真意を問うような言葉と視線に、明さんは苦笑します。

「違う。セリの望みだ」

 そして、急に丸投げされました。


 おぉう。ここでそうきますか。

 否定はしませんよ。確かに物騒なことは遠慮して欲しいですし、ユズさんに掛かった呪いを解いて欲しいのも事実です。

 でも、あの問いにその回答って――解せません。明さんは否定するんですか。


「それって説得力ないよ~」

 そうですよね。普通、そう思いますよね。

「そうか? 一番わかりやすいだろ?」

 陽さんから穴が開きそうなほどじっと見つめられて、私はとっても居心地が悪いんですけどね。でも、ここで目をそらしたら負けな気がして、同じくじっと見つめ返しました。

 勝ち負けの問題ではないのですが、明さんの代弁したことは嘘ではないですから、ここはもう堂々としているべきところです。後ろ暗い部分はありません。


「……うん。そうだね。わかった。セリに嫌われたくないし、今日は諦める。それでいい?」

 そして、陽さんはそれで納得したようです。

 勝ったはずなのに、なんとなく解せない気分になるのはどうしてなんでしょうね。

「いいんじゃないか?」

 明さんが私を見ます。その視線をたどるように、陽さんの視線も私に向きました。やっぱり丸投げですね、まったく。

「……できれば、そういう物騒なことはやらないで欲しいんですけど」

 そもそも永久に目覚めないような呪いを掛けることをやめて欲しいです。この場に限らず、この先もずっと。

 それが、私の正直な気持ちでした。


 ここが元の世界なら呪いなんて存在しないと思えるんですけど、この並行世界ではなんでもありな気がするんです。だからこそ、陽さんの発言は聞き流せませんでした。

「大丈夫だよ。セリには掛けないし、掛かりもしないから~」

 ほんわかと笑う陽さんは日溜まりに猫な様相ですが、そういう問題ではないです。

 その可能性を微塵も考えていませんでしたけど、なぜ私には呪いが掛からないと断言できるのでしょう。もしや試した後だから――なんて恐ろしいことにはなっていないと信じたいです。


「……そろそろよろしいでしょうか?」


 私達の会話が一段落するのを待っていたらしい朱さんが、少し困った顔をしながら話し掛けてきましました。

 その様子に、今日の目的を思い出します。一時でもそのことを忘れてしまっていた私は、心の中でユズさんにも謝罪しておきました。

「すみません。話の腰を折って――」

「いえ、それは気にしていません。セリさんの人脈と言いますか、人望と言いますか。意外性に富んでいることを知ることができて、なかなかに興味深かったくらいですから」

 それは言葉通りに受け取っていいものなのでしょうか。そもそも、これは私の人脈と言うよりも明さんの人脈です。


 言葉に困った私に、朱さんがにっこりと笑いました。

「私が確認したいことは、そちらの夢族の方が本当にユズの呪いを解いてくれるかということ、それだけです。その素性に関しては問いもしませんし、先程の言葉も聞かなかったことにします。それがお互いのためですから」

 朱さんの言葉に、陽さんもにっこりと笑いました。

「協会の長なんてやっているのに、話がわっかる~。大丈夫だよ。虹ちゃんの尻拭いはやらないと、うちの一族の恥だからね~」


 ……一族の恥、ですか。ずいぶんと大きな話になったと言いますか、言葉がきついです。虹さんは陽さんのポケットに入っているはずですし、聞こえていると思うんですけど、やはりこれといって反応はありませんでした。

 もしかしなくてもまだ気絶、または寝ているのでしょうか。…………本当に大丈夫ですか、ね?


 私の内心を他所に、朱さんと陽さんの会話は続いています。

「それで、呪いが掛かったそのユズってのはどこ? さすがに解くには本人がいないと無理だよ~」

「ええ。ユズは今、動かせませんからあなたにそこまで移動していただくことになるのですが――ああ、手続きができたようですね」

 ドアをノックする音が聞こえました。朱さんが入り口まで出向いてドアを開けます。そのままそこで何やらやり取りをして、朱さんは再び戻ってきました。


「こちらを身につけてください。仮の許可証です。これがあれば協会本部内の中間部までは出入りすることができます」

 そう言って、朱さんが陽さんに向かって差し出した物は腕輪でした。

「……その代わりに能力を封じるって?」

 陽さんが嫌そうな顔で腕輪を見ています。

「確かにこの腕輪にはそうすることも可能な力が込められています。ですが、それでは本末転倒でしょう。作用自体はしないように細工してあります。こちらの事情で申し訳ないのですが、一部のうるさ方を黙らすためにもそう見せ掛ける必要があるのです。不愉快でしょうが、身につけていただけませんか?」

 朱さんの言葉に嘘はないと思います。あんなことがあった後だけに、信憑性もありました。私としても、ここで騒動は起こして欲しくないです。

 無言で見守っていると、

「…………私だけ?」

 腕輪から視線を外さないまま、陽さんが相変わらず嫌そうな顔で問い掛けました。


 いつの間に出したのか。テーブルの上にはミニ獏姿の虹さんがいます。しかも、彼女はしっかりと起きていました。つぶらな瞳で辺りをキョトキョトと見回しています。

 その様は、辺りを警戒する小動物そのものです。ですが、愛嬌のある獏の顔が間の抜けた感も漂わせていました。

「……夢魔族の方にコレは無理だと思いますから、あまり人目につかないように気をつけてください」

 なんとなく朱さんが困っているような気がします。

 腕輪は今の虹さんがすれば首輪になってしまいそうですが、それはちょっと――ということでしょうかね?


 虹さんを見て、腕輪を見直して、陽さんはため息を吐きました。

「仕方ないな~。つけてあげる。虹ちゃん。悪戯しちゃ駄目だよ」

 腕輪を手に取り、身につけながら虹さんに忠告します。

「そんな余力、あんたのせいで残ってないわよ。というか、ココどこよ?」

 虹さんが訝しげに陽さんに問いました。

「どこって――協会の中」

 それに陽さんがあっさりと答えます。虹さんの瞳が大きく見開かれました。


「協会!? なんで~!!」

 虹さんがすっとんきょうな声を上げ、テーブルの上を右往左往してうっかり端から落ちそうになっています。それを陽さんが襟首を掴んで宙吊りにし、元の場所まで戻していました。

「虹ちゃんの尻拭いに決まっているでしょ。だから、問題起こしちゃ駄目だよ~。ここは敵地なんだから」

 ……敵地、ですか。

「わかったわよ」

 ……否定しないんですね、敵地という言葉を。


「明さん。協会と陽さん達の仲はそれほど良くないんですか?」

 そこまで言ってしまうほど関係が最悪なんですか?


 問いを口にしてから、今更なことに気づきました。

 信さんは協会に命を狙われているんでした。その言葉が事実なら、信さんの家族である二人が元凶である協会と仲良くなんて不可能ですよ、ね。

 私なら無理です。自分に無理なことを他人様に押しつけるのは傲慢というものです。


 理屈ではわかっていましたが、それでも言い表しようのない感情が胸の内に凝ります。

 朱さんは良い人です。それは信さんも同じです。

 でも、個人規模で考えてはいけないんですよね。それが淋しいです。


「それほど、というほどでもないだろ。信は互いに不干渉が一番だと考えているくらいだ。問題があるのは協会の方だろうが――」

 明さんが私の内心共々否定し、意味ありげな視線を朱さんに向けます。

「……そうですね。今の協会のあり方は、協会発祥の理念から外れてしまっています。本来の目的を忘れてしまったに等しい。それらを正すことが私の役目でもあるのですが――お恥ずかしながら今の私には、それをなし得るほどの力がないのが現状です」

 朱さんが困ったような笑みを顔に浮かべながら、そう告げました。

 反対勢力のトップはあの、突っ掛かってきた男の人ですか。いえ、あの他にもいるかもしれません。


「それは今後のあんた次第だろう。さて。俺はそろそろ帰るが、大丈夫か?」

 後半の言葉は私に向けられたものですか?

 明さんが私を見ています。でも、言葉とは裏腹に顔が完全に笑っていますよ。

「……何をもって大丈夫か、なのかわかりませんけど。その言葉を向ける相手は私じゃないと思います」

 今現在も呪いに苦しんでいるのはユズさんで、その呪いを解くのは陽さんです。私は通常運転です。そのはずです。

 胡乱に見れば、ポンッと明さんの手が頭に乗りました。

「帰りもいつも通り迎えにくるから、それまで無事に生きていろよ」

 そうして明さんは物騒な言葉を置き土産に帰っていきました。


 って、ちょっと待ってください。

 なんですか、それ。冗談ですよね? たちの悪い冗談ですよね!?


 お陰さまで、急にこれからのことが心配になりました。

 そんな私を他所に、陽さんと虹さんが小声で会話しています。


「ねぇ、陽。あの明って、本当に偽者じゃないの?」

「疑り深いな~。そんなに疑うなら、怒らせてみれば? セリにちょっかいかければ確実だよ~」

「嫌ぁ~よ。あんなの怒らせたら、本物か偽者か見分けがつく前に、こっちがお陀仏じゃない。まだ死にたくないわ」


 そんなやり取りをしていたなんて、明さんの置き土産発言に頭を抱えていた私は聞こえてもいませんでしたけどね~。

 ま、そんなこんなで移動です。




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