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30.誰かに似ていると思いきや。

 あの、なんでも扱っていそうなお店で菓子折りも調達するのかと思いましたが、明さんが菓子折りを買うために訪れたのは、古ぼけた知る人ぞ知る穴場的な菓子屋さんでした。


 外観から判断すると、一見さんは絶対に訪れないお店だと断言できます。明さんが悠然と入っていかなければ、私はこのお店が今も開店していることすら気づきませんでした。

 言葉で表現するなら、築何年かもわからないほど古い、今にも崩れそうな店構えと雨風にさらされ続けて解読不能になった看板を掲げた、何年も前に店を畳んだように見えるお店、なのです。

 意外にも、内装は外観の印象を裏切るほど小ぎれいでした。それにちょっとホッとします。


 そうして明さんが注文した物は、なぜか豆大福のみ。計三十個。


 ……豆大福は美味しいですよ、確かに。

 私の好み的には塩豆大福だとなお良いです。ですが、これは日持ちしません。三十個も同じ豆大福で良かったんでしょうか。


 そう思いつつも、このまま管理人さんの所に行くと言う明さんの後について行きました。来た道を戻っていると思いきや、ついにマンションの敷地内です。

 もしかして、管理人さんは同じマンション内に住んでいるんでしょうか?

「同じ敷地内だが、この建物には住んでない」

 マンションの入り口を素通りした明さんは、敷石が敷かれ植木に囲まれた細道を、そのままマンションの側面をたどるように進んでいきます。


 マンションの裏には、立派な日本庭園の広がる、これまた立派な武家屋敷のような大きな建物が建っていました。これだけ立派な建物ならさぞや立派な門構えなのでしょうが、私達が入ったのは庭の片隅にひっそりと作られた裏門です。

「明さん。他人様の屋敷の裏門からこっそり侵入するのはまずくないですか?」

 先を行く明さんに、そのことを気にした様子はまったく見られません。ですが、あの明さんですから、そういう部分を気にしなくてもおかしくないです。


「おまえが俺をどう思っているかよくわかったが、俺だって他人のテリトリーに侵入する場合は気を遣いもする。だがな、ここはこれでいいんだ。表門から入るよりも、こっちの方が安全かつ面倒がない」


 なんですか、それは。

 もしやここは危険地帯ですか。そうですか……。


「きれいに整えられた、日本庭園なお庭が普通に広がっていると思っていました」

 違ったのですね。いったいここにはどんな罠が仕掛けられているんでしょう。

「罠じゃなく、表は面倒な奴に遭遇しやすい。それだけだ」

 面倒な奴、ですか。


「明さん。ここでも何かやらかしたんですか?」


 可能性としてはそれですね。妙に好戦的な部分のある明さんのことです。ここにいる方に喧嘩でも吹っ掛けたんですね。それなら納得です。


「変な納得するな」

 明さんがため息混じりに否定しました。

「違うんですか?」

「絡んできたのは俺じゃなくて奴の方だ」

 否定するのはその部分ですか。それだとあまり変わりないと思います。

「大いに違うだろうが」

 よほど不本意なのか、明さんが食い下がりました。


「わかりました。そういうことにしておきます」

「……全然わかってないだろうが」


 唸るような明さんの声が聞こえました。

 ですが、言わせていただければ明さんには前科があります。はっきり言って、この点はあまり信用してはいけないと思います。

 それに完全否定しなかったではないですか。どちらが先に仕掛けたにしろ、喧嘩したことは事実なんですよね。なら、同じことです。


 明さんの足が止まりました。私の方を振り返ります。その顔は不機嫌がありありとわかるものでした。そして――。


「明さん。超絶美形顔に戻っていますけど、良いんですか?」

 霞んだ美形顔から超絶美形顔に、完全に戻っています。怒った顔だろうと眼福ではありますが、心穏やかにはならないです。

「ここは偽る必要性がない。話をそらすな。俺は――」

 そこまで言って、明さんの言葉が途切れました。眉間に皺が寄り、苛立たしげに舌打ちします。


「セリ。おまえはこのままこの道をたどって母屋まで行け。俺は奴を伸してから行く」


 早口に告げて、明さんは目を疑うような速さで広大な庭園の木々の中に姿を消しました。それは返事をする余裕すらない、とんでもないスピードでした。

「……やっぱり、明さんから喧嘩を吹っ掛けたんじゃないですか?」

 答える者などいないとわかっていましたが、口からはポロリと本音が零れ落ちます。


 私の見える範囲内には誰もいません。静かな落ち着いた日本庭園の中に設置された道の上に、ポツンといる状態です。なのに、明さんは何をどう察知してぶっ飛んでいったのでしょうか。

 あの謎な身体能力といい、本当に不思議の塊です。


 ここで立ち止まっていても仕方ないので、言われた通りにこの道をたどって進みます。たぶん母屋だろう武家屋敷もどきまであと少しです。

 入ってきたのは裏口ですから、道の先も当然屋敷の裏になります。ちょうど開けっ広げにされた窓の、縁側に座っている人物がいました。

 住人発見です。背格好から判断すると、どうやら少年のようです。銀髪碧眼の、可愛らしい容姿をした少年でした。


「こんにちは」

 声を掛ければ、訝しげな顔をされました。

「裏から入ってきていますが、怪しい者ではないです。マンションに新しく引っ越してきたので、ご挨拶に伺いました」


 なんでしょう。この少年、まとう空気とでも言うのでしょうか。誰かに似ている気がします。


「お姉さんはマンションの住民か。しんなら奥だよ」

 納得がいったのか、少年は笑顔を見せて屋敷の奥を指差します。笑うとなんだか、とても人懐っこい雰囲気になる少年です。

「信さんとは、マンションの管理人さんのことですか?」

 そういえば管理人さんの名前すら私は知りません。知っていることと言えば、その方が異人で、ここに住んでいるということだけです。せめて管理人さんの名前と容姿の特徴くらいは、明さんに訊いておくべきでした。


 私の問いに、少年の顔が訝しげなものに戻ります。

 これは当然の反応ですよね。不審者に間違われてもおかしくない問いをした自覚はあります。

「お姉さん。本当にマンションの住人? 住人なら信を知らないなんてことないと思うんだけど……? 偶にいるんだよね、住人を装って侵入してくる不届き者が。信が相手をするまでもなく、俺が相手になるよ」

 勢いをつけて縁側から地面に裸足で下り立った少年が、準備体操よろしく身体を伸ばしました。


 ……やはり不審者認識されたようです。


「いえいえ、遠慮します。本当に引っ越してきたばかりです。ただ、部屋自体は明さんが借りていた所に住まわせていただくことになっています。なので、私自身は管理人さんに会ったことがありません。だから、ご挨拶に伺いました」


 少年が着実に戦闘体勢を整え始めたことに慌てて早口で告げます。運動音痴な私に、そんな高度なものを求められても対応できません。マゾっ毛はないので、痛いのは嫌です。

 私の言葉の何かが琴線に触れたらしく、少年の動きが止まりました。そして、少年が驚いた顔を隠しもせずに私の顔をマジマジと見つめます。

 あの~、そんなに熱心に見つめられると穴が開いてしまいます。


「……明って、あの明?」


 少年の示す明さんがどの明さんか知りませんが、私の知っている明さんは一人です。


「超絶美形で、俺サマな明さんです」


 自信を持って宣言すれば、一拍の間の後、少年が噴き出しました。

「何、その例え。お姉さん、それ、明にも言った?」

 ゲラゲラと笑いながら告げられた言葉に、何か不味いことでもあるのかと首を傾げます。

「告げたことはありますよ。明さんを表現するのに、これほど相応しい言葉もないと思います」

 正直な気持ちを口にすれば、少年はお腹を抱えて大笑いとなりました。

 いったい何がそれほどツボに入ったのでしょう。不思議です。


「不思議なのはおまえの思考回路だ。そろそろ自覚しろ」


 背後から声が聞こえました。ため息混じりのこの声は明さんですね。振り返って確認すれば、案の定、呆れた顔をした明さんがいます。

 その姿を見て、少年に感じていたモノの答えがようやく出ました。


「明さん。隠し子がいたんですね?」


 色味はまったく違うし、造作も全然似ていないというのに、まとう空気だけは明さんによく似ています。

 明さんの表情が一瞬、硬直しました。そして、無表情になります。


「……参考までに訊くが、そこのジャリガキがどうして、俺の、隠し子になるんだ?」


 問う声が表情に反して、妙にやさしく響いて聞こえてきます。ポンと頭に置かれた手に力は入っていませんが、威圧感はバリバリです。なので、私には明さんの顔が見えなくなってしまったのですが、その顔が見えているだろう少年は顔を引きつらせて、一歩後退りしています。


「そっくりです」

 ここは正直に思ったことを答えるのが身のためですね。なのに――。

「「どこが?」」

 そう問う明さんと少年の声がはもります。息もピッタリです。


 明さんの手を頭から退けて顔を確認すれば、二人共ものすごく嫌そうな顔をしていました。

 改めてそんな二人を見比べて思うことはやっぱり――。

「まとう空気がそっくりなんです」

 これ以上詳しく説明しろと言われても、私もそう思ったとしか言えません。直感的なものですから。


 困って明さんの顔を見上げれば、呆れ顔に戻った明さんがため息を吐きました。

「普段はどうしようもないほど鈍いのに、おまえは妙な部分で鋭いんだな」

 と、いうことは。

「隠し子説は脳内から抹消しろ。このジャリガキは俺と同族だ。それ以外の関係は微塵もない」

 グリグリと頭を撫でられました。

 これは仕返しですか。私の髪が絡みやすいことをわかっていてやっていますよね。


 明さんの手を退けて、クシャクシャになってしまった髪をなんとか手櫛で整えます。

「最近、妙な行動ばかりだと思っていたら、そういうことなんだ。へ~。面白いお姉さんを伴侶にしたな、明」

「余計なお世話だ」

 不貞腐れたように言い返す明さんに、少年はケラケラと笑っています。


「私、明さんの伴侶になったつもりはないですよ?」


 せっかく和んだ雰囲気を壊すようで申し訳ないですけど、ここは否定する部分です。なあなあに流されてはいけません。

 明さんはため息を吐き、少年は笑い止んで、恐る恐るといった様子で明さんの顔色を気にしています。

「わかっている。今はまだ、それでいい」

 わかっているならいいです。ちょっと言い回しが気になりますが、こんな他人の目のある場所で平行線になりそうな会話をするつもりはありません。


「明さん。用事は済みましたか?」

「ああ。きっちり落とし前はつけてきた。これで少しは大人しくしているだろう」


 ……明さんに平和的解決法なんて文字は、やはり無かったようです。


 その言葉に少年が顔をしかめています。そうですよね。それが普通の反応ですよね。

「またか。まきは庭?」

「ああ」

「怪我は?」

「丈夫さだけが奴の取り柄だ。放置しても問題ない」

「……そっか。ならいいや」

 いえ、良くないと思います。そこであっさり流さないでください。

 どうやらこの少年も明さんと同類のようです。これは種族的な考えの違い、というものなのでしょうか。


 笑顔の少年に、心の中で突っ込みを入れます。ですが、少年は無反応です。

 もしかして、少年には私の考えが伝わっていない……?


「強制的な考え駄々漏れ状態は俺だけだ。同族でも、持っている能力には個体差がある」

 なるほどなるほど。そうなんですね。

「考え駄々漏れ状態って……。明が他人の内心を読むのが得意なのは知っているけど、それはちょっとどうかと思う」

 少年が顔をしかめています。ですが、この件は明さんが一方的に悪いわけではないです。


「勝手に聞こえてくるのを防げないんだから、どうにもならん」

「被害者は私ではなく、たぶん明さんです。私自身はあまり気にしてないですし、支障はないです」


 私達の言葉に少年は腕を組み少し考えるような顔になって……結論が出たのか、ヨシッと頷きます。その仕草と容姿とが相まって、とても可愛いです。

「お姉さんがそれで良いなら、いっか」

 その言葉は、なんだか大人を装って背伸びしている子供みたいでした。

「俺はあまり良くもないんだが……どうにもならんしな。セリ。言っておくが、こいつは見掛け同様に子供だ」

 明さんが苦笑しています。


「そうなんですか?」

 明さんと同族ということでしたから、外見は子供でも私よりもずっと年上なのかと思っていました。

「そうなんだよ。確かおまえ、まだ生まれてから十年も経ってなかっただろう?」

「俺の歳? 生まれてから十二年は経っているけど」

「そうだったか。そのわりにはおまえ、小さいな。しっかり食っているか? 成長期の間にしっかり食わないと、大きくなれないぞ?」

「余計なお世話だ」

 少年がいーだと歯を剥き、明さんに向かって拳を繰り出し怒っています。それを明さんは余裕しゃくしゃくでかわしていました。


 この光景といい、先程の言動といい、まさに親子に見えます。


「セリ。その妙な考えは脳内から抹消しろと言ったはずだ」

 そう考えた瞬間、明さんの鋭い言葉が飛んできました。

「あえてこいつの保護者をあげるなら、信がそうだ。こいつはここの居候だからな」

「居候じゃなくて用心棒。そこんとこ間違うな」

 明さんの面倒そうな言葉を、少年が素早く訂正しました。


 何事も背伸びをしたいお年頃なんですね~。




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