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28.……草食ですか?

 バババッと手際よく出掛ける準備を進め、時間通り三十分後に再び現れた明さんに連れられて外に出ました。


 そういえば私、一昨日、鍵を掛けた記憶がないです。というか、よく見ればこの扉は鍵穴がないです。オートロックを疑いましたが、そんな仕組みもついていた覚えがありません。そして、確認のために扉を開けてみれば、普通に開きました。

 ……鍵を掛けてないんだから当然ですよね。何をやっているんでしょう、私。


「明さん。鍵が無いです。ここには鍵って存在しないんですか?」

「は?」


 グイッと引き留めるようにその服の端を引っ張れば、明さんが驚いたような声を上げて私の方を振り向きました。

「鍵ですよ、鍵。扉に鍵を掛けないと誰もが出入り自由になっちゃいます。泥棒さん、入り放題ですよ?」

 私が言いたいことを考えあぐねているようなので、もう一度繰り返し詳しく説明すれば、ようやく明さんの顔が得心のいったものになりました。


「そんな命知らずはいないと思うが――鍵というか、この部屋は人物認証が各部屋の扉それぞれに施されている。とは言っても、そこの住人の許可なく住人以外が侵入することもできなくはない。だが、普通はやらんだろうな。命が惜しければ」


 命が惜しければ、ですか。

 ……いったいどんな仕掛けですか! 一見普通の扉に見えるのに、なんて空恐ろしい扉なんでしょう。


「明さん。それがこちらの普通ですか?」

 これが普通だとしたら、私のいた世界よりも高度で物騒なセキュリティー技術が発達していることになります。

「いや。このマンションの方が異常だろう。反則技の詰まった建物だからな。住人も訳ありなら、建物も訳ありだな。だから、ここは住人を選り好みする」


 何か色々と事情がありそうですけど、これは聞かない方が身のためでしょうね。私は自分の事情で手一杯ですから。冷たい言い方ですけど、他人様の事情まで首を突っ込んでいられる余裕はないです。


「人間の生活圏の住宅なら鍵で戸締まりすることが普通だから、おまえの常識と変わりないだろう。納得したか?」

「はい。急に呼び止めてすみません」

 思いきり出鼻をくじきましたよね、私の行動は。さて、疑問も解消したことですし行きましょうか。

 気を取り直して歩を進めれば、ポンッと明さんの手が頭に乗って軽く撫でていきました。

「……そういう考えなら大丈夫だとは思うが、あまり深く他人に関わるなよ」

 呟くように明さんが告げ、私を抜かします。え? と明さんの顔を見上げますが、明さんはまっすぐに前を見たままです。私の疑問をわかっているはずなのに答える気はないと、その態度が示していました。


 こうして初めからつまずいたお出掛けですが、後は順調でした。そして、改めて知ったこちらの新常識。

 人間の生活圏限定ですが、どうやらお店が人間専用と共通と人外の者専用で別れているみたいです。看板や入り口の扉にわかりやすくそれらを明示する義務があるらしく、厳格ではなくとも入場制限みたいなものが存在しているようなのです。まあ、住民の意識的な常識みたいですけど。

 だから、入る店には気を付けろと言われました。

 うっかり人外の者専門店に入ると、私の場合、卒倒する可能性があると忠告されたんです。いったい何を扱っているんでしょうね。気にはなりますが、明さんが真顔で忠告することは守っておいた方が無難です。

 卒倒もさることながら、その後には明さんの満面笑顔、瞳だけ笑っていないバージョンでのお説教が待っている気がします。それが何より恐ろしいです。


 そんなことを考えていたら、明さんに呆れた顔をされました。

 嫌ですね。こういう時は聞こえなかった振りをするものですよ、明さん。プライバシーの侵害です。

「おまえな。あまりふざけたことを考えていると、一番ヤバそうな店に放り込むぞ?」

 別にふざけてないです。私はいつだって真面目です、たぶん。

 だから、そんな凶悪な笑顔を向けないでください。

「……それは横暴というものですよ?」

 さすがにそれは心底、遠慮したいと思います。明さんがヤバいと言うくらいですから、本気でとんでもないお店のはずです。私はまだ、死にたくないです。


「そう思うなら真面目に聞いておけ」

 明さんがため息を吐きます。ですが、その言葉は間違っていますよ。

「真面目に聞いているからこそ、思考が横道にそれるんです」

 自慢にもなりませんが、私は真面目な会話こそ横道にそれやすいんです。ですが、しっかり聞いていますから、頭の中の一部分がどこかに行ってしまっても覚えています。問題なしです。

「本気で自慢にもならん言い分だな」

 心の中で胸を張って宣言した結果、明さんの言葉がグサリと心に刺さりました。


 そんな会話を続けつつ、駅前まで来ました。明さんはマンションを出た辺りで、例の霞んだ美形顔プラス眼鏡装備になっています。

 今日はもう、心の整理がついているので一昨日みたいなことにはなりません。どれだけ似ていようとここは並行世界で、別の世界なんだと割り切りました。

 不意打ちとはいえ、あれは不覚でした。もう取り乱したりしませんよ。


 そう考えていたら、不意に明さんの手が頭に乗ります。

 頭を撫でるのは明さんの癖ですか? でも、私の頭をグリグリ撫でるのは止めてください。

 頭から明さんの手をどけて、髪の乱れを手櫛で整えます。

「わざとですか? 嫌がらせですか!?」

 明さんを睨めば、苦笑されました。

「ちょうど良い場所に頭があるんだ。これは撫でるべきだろう?」

 意味不明ですから、その主張は。

「セリ。おまえは他人に甘える方法を覚えろ」

 そして、不意打ちのごとく、そう告げられました。


「俺はおまえの我が侭くらい叶えられない男じゃないぞ?」


 苦笑する明さんはいつも通りです。

「ま、この世界限定だけどな」

「……締まらないですよ、明さん」

 その言葉がうれしいのに、私の口から出るのは憎まれ口なんです。

「……頭をグリグリ撫でるぞ?」

 不機嫌さを装っている明さんですが、私にはわかります。その言葉が否定しきれないから、うやむやにしようとしているでしょう。

「止めてくださいよ」

 ですが、今はその誤魔化しにのってあげます。


 明さんの手が届かない距離に逃げて振り向けば、そこには想像した苦笑顔ではなく、どこかやさしい笑みを浮かべた明さんがいました。

 本当に調子が狂いますね。

 ゆっくりと歩いて傍まできた明さんに、そう言えばと疑問に思っていたことを訊きます。

「周りの方々は人間の姿をしていますが、この方達は皆さん人間ですか?」

 そして、訊いてからこれは外で話してはいけない話題だったことを思い出しました。一昨日、協会に行く途中で訊ねて止められた話題です。

「そういえばその説明をし忘れていたな。今は監視の目もないし、ちょうどいいから説明するか」

 言葉通り、明さんは本気で忘れていたようです。そして、監視の目って……。


「あの時、私達は誰かに監視されていたんですか?」

「……いただろ? あの礼儀知らずの女が」


「………」

 朱さんですか。


 一瞬納得しかけて、なんとなく妙な気分になりました。

 本当にそうですか? そう心の中で問う自分がいます。だって、あの時感じた視線は、あの朱さんから向けられるものとは思えないほど粘着質なものでした。

 その感じを思い出しかけた私の意識を遮るように、明さんが私の手を握ります。手から伝わってくる体温に、その嫌な感じが払拭していきました。


「人外の者は、人間の生活圏では人の姿に擬態するのが暗黙の了解になっている。だから、周りに人間の姿しかないのは当然だ。人間は自分達と姿が違うだけでも、不要に恐れたりするだろう? これは、その混乱を避けるための処置でもある」


 納得です。人間は弱いものですからね~。

 理屈ではわかっていても、心がままならない場合は多々あります。


「身を守る本能としてはそれが正しいんだろうけどな。人間は弱い。ただ数は多いし、何より知恵が回る。けして無力ではないんだが、個々ではやはり知れているからな」


 私の手を引いて歩き出した明さんは、路地裏のような少し狭い道に入り、そこにひっそりと存在する一軒の喫茶店らしき建物の扉を開けました。

 チリンチリンとドアベルが鳴って、落ち着いた店内に響きます。店内には他にもお客さんがいましたが、どこかひっそりとした静かな雰囲気をかもし出していました。まるで隠れ家のようです。ちなみに、こちらのお店は共通の印がついていました。


 カウンターの隅に腰を下ろした明さんの隣に促されるまま座ります。

「いらっしゃいませ。いつものでよろしいですか?」

 カウンター内にはナイスミドルなおじさまがいました。パリッとしたバーテン風な衣装を身にまとったおじさまはすごく姿勢が良いです。

 言葉の内容からすると、どうやら明さんはここの常連のようですね。

「ああ、俺はそれでいい。こいつにはモーニングセット」

 明さんはおじさまに返事をして、私の方を向きました。


「おまえな、表情に考えが駄々漏れだぞ?」

 指摘されて両頬に手をやり、俯いて顔を隠しします。そして、グニグニとマッサージして表情を通常装備に戻してから、明さんを見ました。

「大丈夫ですよ。こんなナイスミドルなおじさまは観察するべきです」

 グッと親指を突き立てて笑顔で告げれば、明さんがテーブルに沈みました。完全に頭を抱えた状態です。


「おほめに預かり光栄です、お嬢さん」

 にっこり笑顔で優雅にお辞儀をしてみせたおじさまの所作は完璧でした。そうして奥に下がったおじさまは歩く姿も颯爽としたものです。

 流石ですね。私の瞳に狂いはないです。

「いや、それ以前の問題だろう」

 うんうんと一人で納得していると、横から茶々が入りました。

「隠れ家的な喫茶店に、ナイスミドルなおじさまとか、ナイスなチョイスじゃないですか。これでご飯とお茶が美味しければなお良いです」


 テーブルにだらしなく張り付いたまま、こちらに顔だけを向けた明さんが何か言いたそうな顔をしています。

「なんですか?」

 問い掛ければ、サッと顔をそらしました。

「ご飯は美味しいに限ります。朝ご飯は重要ですよ?」

 食べないと力がわいてこないんです。そして、おじさま観察とご飯の美味しさは別物です。


「……おまえはああいうのが好みなのか?」

 ボソリと問われ、私は首を傾げました。

「異性という意味での好みでしたら、ちょっと違いますね。そもそも私、その手の自分の好みが自分でもよくわかってないんです。たぶん好きになった方が私の好みになるんでしょう。だから、目の保養です。女性でもかっこいい方は好きですよ?」

 露さんもかっこいいお母さんですよね。う~む。あれぞ憧れです。


「憧れるべきものが恐ろしく間違っているだろ」

 明さんが項垂れています。なんだか、その姿に哀愁が漂っています。

「そうですか?」

 不思議そうに問えば、いきなりガバリと顔を上げた明さんがガシッと私の両肩に手を置きました。

「激しく間違っているだろうが。あんな風には絶対になるなよ」

 真顔で力説する明さんがよくわかりません。露さんにはまだ、私の知らないとんでもない一面があるのでしょうか。彼女のああいう言動や性格は種族的なものでもあるでしょうし――。

「憧れは自分では無理だから憧れになるんですよ。手が届く可能性があるなら、それは憧れというよりも目標です」


 実際、私は露さんみたいな行動力も実行力も言動もできません。もしそれができたとしても、私が私である限り同じようにはいきません。

 真似は真似で、本物にはならないんです。そこから自分らしさを見つけて進化させていく方もいるかもしれませんが、私は誰かを真似するよりも素であることを選びます。

 根本的に己を変えようという向上心もありませんが、何より今はその必要性を感じていませんから。


 私の答えに安心したらしい明さんが、ホッと息を吐き出しました。

「大袈裟ですね」

 その姿を笑えば、明さんがグッと顔を近づけてきました。

 ちょ、いくら霞んだ美形顔でもこの距離は近いです。

 私が困って視線をウロウロさせていると、肩から手を外して互いの距離を戻した明さんが苦笑しました。それはいつもよりも苦味が強い苦笑です。


「露さんは良いお母さんですよ?」

 明さんはいったい何を懸念しているんでしょうね。

「……知っている」

 そうですよね。先日、ちょびっと話しただけの私よりも、長年の付き合いがあるだろう明さんの方がよく知っているはずです。

「お待たせいたしました」

 ナイスミドルなおじさまが奥から戻ってきました。明さんの前にはサラダと紅茶を、私の前にはトーストサンドとコーンスープ、サラダとフルーツヨーグルト、そして紅茶でした。ボリュームたっぷりで食べごたえがありそうです。


 隣では明さんがブスリとフォークで菜っ葉を刺して食べています。

 実は私、明さんが何か食べている場面を初めて見ました。毎日毎食、私にご飯を運んできてくれていた明さんですが、いつも私の分だけで明さんと一緒に食べたことって無いんですよ。

 自分のご飯をそっちのけで明さんの食事風景をマジマジと見つめていたら、さすがに明さんの手が止まりました。


「……草食ですか?」


 訝しげな顔をしている明さんに、ここは何か言わなければと焦って出た言葉がそれでした。

 我ながらあんまりな発言ですが、明さんの食べているサラダは私に出されたサラダの三倍くらいあるんです。ボウルのような大きな皿に入っています。そして、明さんの前に出された食べ物はサラダだけです。そう聞きたくもなります。


 私の視線がサラダの入った皿に移ったことに気づいたらしい明さんが、私の問いに少しだけ迷いを見せました。

「ただ聞いてみただけです。ですから、答えなくても良いですよ?」

 隠し事の一つや二つ、三つや四つ、誰だって普通にあります。別に言いたくないことは答えなくていいんです。誰だって秘密にしたいことはありますし、それを無理に聞き出す権利は誰にもありません。

 できれば、私にはそれを誤魔化すための嘘を言わないでください。そうされるくらいなら沈黙の方が良いです。


 手を合わせて「いただきます」をしてから、今度こそ自分の朝ご飯に取り掛かります。かぶりついたトーストサンドはスクランブルエッグなフルフル卵とフレッシュトマト、レタスの組み合わせです。

 しっかりと味がついていて美味しいですね~。


「俺達の味覚は人間と大差無い。雑食だ。ただ――俺は生臭い物全般を好まない」


 なるほどなるほど。食べられないこともないけれど、肉も魚も駄目。要するに、ベジタリアン、菜食主義者ですね。

 フムフムと納得していたら、更に明さんは声を潜めるようにして言葉を続けました。


「別に食わなくても生きていけないこともないが、食べても支障ない。嗜好品の類いだ」


 ……前言撤回します。


「霞を食べてでも生きられるってことですか?」

 口に入った物を飲み込んでから、小声で問い掛けます。

 明さんの言い分は、まるで仙人のようです。仙人は霞を食べて生きている、なんて言うじゃないですか。

「霞でなくても、空気だろうが、水だろうが、海水だろうが、土だろうが。この世界を構成するものがあれば、どうにでもなる」


 明さんのとんでも発言に、私は仰天しました。明さんの顔を見れば、少し気まずそうにしています。その顔に言わなければ良かったか、という後悔がほんの少し浮かんでいました。

「……土って美味しいですか?」

 その顔を見て、私はすぐに自分の態度を反省しました。明さんにこんな顔をさせたかったわけではないです。ただ、本当に素朴な疑問だっただけで。

 そうして場を取り繕うつもりで出た言葉がこれって――自分の性分がちょっと悲しいです。でも、これは本当に純粋な、ちょっとした興味です。悪気は微塵もないです。


「……美味しいと思うか?」

 質問に質問で返すのはルール違反ですよ。でも、そうですね。そういえば味覚は同じだって言っていましたから、自分に置き換えれば――。

「美味しくないと思います」

 想像してげんなりしました。


 栄養たっぷりな土は美味しい野菜を育てるのに一役買いますが、その土自体を食べたいとは思いません。だって、土は土の味しかしませんから。それ以外に表現しようがないんです。


「食べたことがあるのか?」

 明さんが驚いた顔で問い掛けてきますが、さすがに土はないです。

「根菜は土の味が残っていることがありますから、そのせいです」

 主にゴボウとか。ちょっとあの味は苦手です。調理の仕方次第では、ゴボウもおいしくなることは知っていますけどね。


 その答えで納得したのか、明さんがなるほどと言いたそうな顔をしました。そして、トマトをブスリとフォークで刺し、口に運んでいます。

 お茶を飲んでいる姿は優雅に見えるのに、こうしてサラダを食べている姿はなんだか道具を使って食べるのが不慣れな子供のようで――そんな明さんの姿がなんだか微笑ましいです。

 さて、私も朝ご飯を再開しますか。完全に冷めてしまったらもったいないですものね。美味しい物は美味しいうちに、温かい物は温かいうちに、です。




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