↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マダム ロジータ  作者: 竹宮 潤


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/5

ジャッキー

もう、たぶん、誰も知らないんじゃなかろうか、という歌にインスピレーションを受けて書きました。初めてその曲を聞いたときは、ドラクエの「ルイーダの酒場」が思い浮かんだものです。

 

with deep respect to MAYO SHONO

 キィ、と音を立ててスイングドアが開いた。

 生暖かい夜風とともに、背の高い若い男が入ってくる。ガヤガヤとそれなりのにぎわいを見せていた酒場(みせ)の中が、一瞬シンとなった。新顔だ。

「馬かよ。」

 一番入口に近いテーブル席にいた、耳の先がちぎれた老獣人がつぶやいた。見慣れぬ男の足元がブーツではなく蹄鉄を打ったひづめであることに気づいたらしい。男はひっくくった長い髪をなびかせて、バーカウンターに近づいた。

「テキーラを。」

言い終わらないうちにグラスが滑ってきた。男が座った席で、測ったように止まる。

「一杯目は店のおごりだ。あんた、ここ初めてだろ?」

 腹の出っぱった口髭のウエイターが言った。獣人(ビースタ)特有のケモ耳が丸っこく、遊園地のキャラクターの30年後とでもいった体型だが愛想はあまりよくない。男は、テキーラをちびっとなめると、賑わいを取り戻した店内を少しうかがってから、言った。

「なあ、ちょっと聞きたいんだが、先週、人が殺(や)られたってのは、この店かい。」

 ウエイターはちょっと手を止めたが、そのまま別の客のオーダーを作り始める。男の質問に答えるそぶりはない。

「なーに、兄さんは警察(サツ)か記者(ライター)?」

 後ろからややハスキーな、女の声がした。振り向くと胸の開いた服を着た若い女が二人、にやにやと嫣然の中間みたいな笑顔を浮かべていた。片方は黒髪の人族(ヒューマ)、片方はブロンドと言うにはくすんだ色に茶色のポップが混ざった、ヒョウ柄とでもいうような毛並みの獣人(ビースタ)。

「あたいでよけりゃ、教えてあげるよぉ。もちろんアノ後で、だけど。」

「あたし桜桃(インタオ)、この子はターニャ。どっちも一回20ね。二人いっぺんになら35にしてあげる。」

 男は二人を見まわした。そして値踏みするというよりは、何を言われたのかやっとわかった、と言った顔をしたあとで、

「悪(わり)ぃけど、金、ないんだ、俺。」

と言った。二人がつまらなさそうに奥のほうのテーブル席にひっこむと、

「オンナより酒なの、それとも話を聞きたいだけ?」

と別の声がした。

 つやっぽい、男ののどを撫で上げるような声。

ふり向くと、いつのまにかカウンターの中には、黒いドレスの女がいた。真っ白で長めの毛足としなやかな体つきが何ともなまめかしい。首には金と真珠をあしらった赤いベルベットのチョーカーをつけていた。

「おお、マダムの御光臨だー。」

「イェーイ、マダム。俺、今夜来てよかったぜー。」

 客たちが歓声をあげる。若い男は口をぽかんと開けていた。さっきの娘たちがビールなら、彼女は最上級のシャンパンだろう。とてもこんな裏道の店にいる女性には見えない。

「マダムって…、あなたがここのオーナー?」

「ロジータよ。初めまして、ムッシュー。なんで殺しの話なんか聞きたいの。」

「あれは俺の兄貴かもしれないんだ。」

 男の目に必死の色が浮かんだ。マダムの目が怪訝そうに細められる。

「殺(や)ったほうは爬虫人(リザーダ)だった。殺られたのも人族(ヒューマ)よ。ご兄弟じゃないわ。」

「いや、兄貴っていっても、その、血のつながった兄弟じゃない。…いっしょに育ったんだ。人族(ヒューマ)だよ、医者だった。」

「医者? ただの旅人じゃなく?」

「医者なんだ。俺たちはエルパの街の孤児院で一緒に育った。」

 この大陸では協定が魔族(デモン)と結ばれていて、身元の分からない死者は凍結真空パックで、魔族領に輸出される。人族(ヒューマ)も獣人(ビースタ)も爬虫人(リザーダ)も亜人も関係なく、だ。それで彼らに食料提供をするかわり侵略を免れている。孤児院はその畑のようなものだ。ギルドがしっかりした身元保証をしてくれるような職業につかないと、孤児は成人しても「生きのいい」上等な食料になって、魔族領へ売られていってしまう可能性が高い。

「そう、死んだ人の行先はわかるわ。明日、行ってくるといい。わたしから聞いたといえば、教えてくれるわ。」


 もらった簡単な地図と住所で、葬儀屋はすぐにわかった。用件を伝えると、受付の人族(ヒューマ)の男は、ちょっと嫌そうな顔をした。

「本当は警官立ち合いでないと、見せられねえんだがねぇ。はぁ、マダムの口利きじゃ仕方ない。…おい!」

 雑用係と思しきやせっぽちの獣人(ビースタ)の子に、鍵が渡され、裏の倉庫に案内された。

「これ、着な。中は冷凍庫なんだ。」

分厚い毛皮の上着を着せられ、覚悟を決めて臨んだものの、酒場の死者は知らない顔の男だった。

 ホッとすると同時に、今後どうしようか悩む。兄貴分のエミリオは、師匠格の学者先生に頼まれて一緒に東へ旅立ったことしかわからなかった。それからもう4か月たつ。

 市内文書配達人の仕事を、2週間休んで捜しに来てみたものの、この先のあてはない。仕事に戻るなら、もうそろそろ帰り支度をしなければ、旅費も日数も心もとない。

 最後に、今夜もう一回、あの酒場に行こう。マダムは毎晩店に出るとは限らない、って聞いたけど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。