↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王立学園殺人?事件~学生作家セリーナ・ウィンターの推理と学生探偵クインシー・サイクラードの検証  作者: ful-fil


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/2

盗まれた?手紙事件

「なんなの、これ?」


 セリーナ・ウィンターは学園新聞の最新号を読んで呆気にとられた。

 学園長先生が意識を取り戻した、それは良いニュースだ。

 それはいいのだが、それに続く見出しがよろしくない。


『学園の鬼才クインシー・サイクラードから学園の英才セリーナ・ウィンターへの挑戦状!! あらゆる矛盾点を突いて作家の推理を論破』


 挑戦状?

 推理を論破?

 どういうこと?


 読み進めるうちに、だんだんとむかっ腹が立ってきた。

 セリーナは別に本物の事件を解決しようとしたわけではない。

 ただ新聞部から一枚の写真を見せられて、頼まれるままに『殺人事件の現場写真だと仮定して』その写真から思いつくことを語っただけだ。

 あくまでも架空の話だったのに。

 なのにこの訂正記事はいったいなんなの?

 『矛盾』だの『破綻』だの『机上の空論』だのと、言いたい放題言い過ぎではないの?

 それはちょっと空想の翼を広げすぎたかもしれないけれど、写真を見た瞬間に物語が立ち上がってきたんですもの。

 その一瞬のひらめきをそのまま口に出しただけ。

 現実的に可能かどうか検証する時間なんかなかったのに。

 じっくり時間をかけて検証すれば私だって設定に無理があると気づいたわ。

 だから原稿にする時には被害者の倒れていた位置を『机と暖炉の中間』としたし、姿勢は『暖炉の方に頭を向け天井を見つめるかのように倒れていた』とした。

 なのに、まるで私の頭が悪いみたいに……。


 現役作家であるセリーナは読者から著作に関してあれこれ文句を付けられることには慣れていた。

 慣れることと平気になることは違うが、悔しさや悲しさをぐっと飲み込んで、冷静に対応するように心がけていた。

 小説の受け取り方は人それぞれ。

 熱心に応援してくれるファンもいれば、執拗に批判してくる自称批評家もいる。

 だけど、作品ですらない、インタビューに答えただけのコメントに『挑戦状』を叩きつけてくるなんて……。


「クインシー・サイクラード。この名前、覚えておくわ」


 セリーナはクインシーの名を『嫌な人』として胸に刻んだ。





 うららかな春の昼下がり。

 外の空気はまだ少し肌寒いが、窓ガラス越しに差し込む陽光は暖かい。

 セリーナがいつものように食堂で友人たちと共に昼食を取っていると、


「ウィンター嬢、こんなところで出会うとは奇遇ですね!」


 声をかけてきたのは、新聞部部長カーティス・スプリングフィールド。

 愛嬌のある顔に陽気な笑みを浮かべて、旧知の間柄のように挨拶してくる。

 あんな『挑戦状』を掲載しておいて、何事もなかったかのように話しかけて来るなんて図々しい、とセリーナは思った。

 友人たちもカーティスに冷ややかな視線を送っている。


「奇遇というほどでもありませんわ。学園に通う生徒は誰でもこの食堂を利用できるのですもの」


 セリーナとしては冷たく突き放したつもりだった。

 しかしカーティスの面の皮は厚かった。


「いや~、それでもこのタイミングで出会えたのは天の配剤としか思えませんよ。ご紹介しますね。彼は僕の友人でクインシー・サイクラード。クインシー、こちらがセリーナ・ウィンター嬢だ」


 紹介されたその人物は本意ではなかったのだろう、『何を言い出す!?』と言わんばかりに険しい目つきでカーティスを睨んでいる。

 セリーナの方もその名前を聞いた瞬間、ぴきっと音を立てて淑女の仮面にひびが入ったような気がした。

 クインシー・サイクラード。

 あの『挑戦状』の人物。

 何が天の配剤だ。

 わざわざ紹介するなんて、この場で火花を散らす論争でも始めさせたいとしか思えない。

 その手には乗らないわ、私は冷静に対処するのよ。

 セリーナは優雅に見えるはずの淑女の微笑みを作り直した。


「初めまして、サイクラード様。お会いできて光栄です(ちっとも光栄とは思ってないけど礼儀として光栄だと言ってあげるわ)。セリーナ・ウィンターですわ」


 微妙に含みを持たせ、セリーナは挨拶の言葉を述べた。

 クインシーはカーティスを睨むのをやめて、セリーナへ真面目な顔を向けた。


「ウィンター嬢、ご高名は兼ねがね。うちの妹があなたのファンで、本棚の一段をあなたの著作で埋め尽くしていますよ」


 あら、作品を褒めてくるなんて、少しは可愛げがあるのね、と思ったら……。


「もっとも、それを読んで感想を聞かせろと私にまで求めてくるのには閉口していますが。思ったままに感想を述べると怒られるので、たまったものではありません。率直に言わせていただければ、あなたの執筆速度は速すぎますね。毎月何冊もの新作を出すとは」


 ……それ遠回しにつまらないって言ってる!?

 月に何冊も読むのは耐えられないって言ってる!?


 セリーナは訂正しかけたクインシーへの印象を再び訂正した。

 クインシー・サイクラードは可愛げのかけらもない無礼者である、と。

 その横で、


「すげー。出会って二言目で無自覚に喧嘩を売ってる。これがクインシー・クオリティー」


 と楽しそうに言っているカーティス・スプリングフィールドも同じく無神経な無礼者である、と。


 セリーナの友人たちが「まあ」「ひどい」「失礼だわ」と小声で囁き合っている。

 セリーナはぴきぴきとひび割れていきそうな淑女の顔を気力で維持した。


「速筆で申し訳ありません(ちっとも申し訳ないなんて思ってないけど礼儀として形だけ謝罪のフリをしてあげましょう)。勝手に物語が浮かんできてしまうのです」

「ああ、誤解の無きよう。あなたの著作に価値がないというわけではありませんよ。世間で高く評価されていることは知っています。ただ私が好んで読むジャンルではないというだけで」

「どのようなジャンルをお好みですの(あなたの好みなんてまったく興味はないけど礼儀として形だけ質問を返してあげますわ)?」

「学術書や実用書ならなんでも。娯楽としてならSFや本格推理を読むこともあります」


 本・格・推・理。

 ご存じかしら、私も推理ものを書いているんですけれど?

 私の書く推理ものは読む価値無しって言いたいのかしら!

 もはやセリーナはクインシーが何を言っても悪意に聞こえる心境だった。

 こんな針を含ませるような会話は疲れるだけで無意味だわ、さっさと切り上げなくては。


「お二人はこれからお食事ですか? 私たちは食べ終えたところですの」


 席を譲る形で立ち上がろうとした時。


「あった! やっぱりここに忘れてた!」


 中等部の少女たちが数人、慌ただしく駆け込んできた。

 椅子に置かれていた数冊の本を持ち上げて確認している。


「……ないわ、本しかない!」

「えっ、ウソ、本当に?」

「その辺に落ちてるんじゃない?」

「探そう」


 椅子を動かし、テーブルの下をのぞき込む少女たち。

 だが目的の物がみつからないらしい。


「本のページに挟まってたりしない?」

「私もそう思ったんだけど……」


 本を一冊ずつ、ぱらぱらめくったり、逆さにして振ったりしている。

 だが何も出てこない。


「おかしいなあ……」

「風で飛ばされたんじゃ?」

「そんなはずない。飛ばされたらいけないと思って、本を重しにしたんだから」

「誰かがうっかり床に落として、本だけ元に戻したとか」

「だったら手紙は軽いから風で飛ばされることもあるかな?」

「じゃあ誰かが拾って落とし物として届けてくれてるかも! 私、訊いてくる!」


 少女たちのうち一人が食堂の外へと駆けて行く。


「……走るな、馬鹿」


 今、馬鹿って言った?

 セリーナはパッとクインシーの顔を見た。

 だが既に彼は視線を食堂に残った少女たちへと向けていた。


「もしかしてゴミだと思われて捨てられちゃったのかな……」

「そんな! 手紙だよ? 勝手に捨てるとか、そんなことする人いないよ!」

「もう一回探してみよう」


 落ち込む少女を慰める少女、一度探した場所をもう一回探す少女。

 大勢の生徒が行き来する食堂で、衆目を集めるというほどではないが、近くの席にいる者たちが好奇の視線を送る程度のちょっとした騒ぎではある。

 大切な手紙を失くしたらしい悲しそうに俯く少女と、その親しい友人グループであるらしい少女たちを、セリーナは軽い同情心と多少の好奇心を持って眺めた。


 その傍らで。


「なーなー、なんか事件のニオイがすると思わない?」

「思わないな」

「でもほら、失くした物を探すのも探偵の役目だろ?」

「遺失物は一般的には警察の管轄だ。学内なら事務局学生課落とし物係の担当だ」

「そういう固いこと言わずにさー」


 カーティスがクインシーを捜査に引っ張り出そうとしている。

 大切なものがなくなって悲しんでいる少女を新聞記事のネタにするつもりなのかしら。

 それって人としてどうなのかしら。

 セリーナは元々高くなかったカーティスの人物評価を一段下げた。


「興味がない」

「そんなこと言って、本当は気になるんだろ?」

「やりたければ自分でやれ。俺を巻き込むな」

「いーや、おまえはこういうことに巻き込まれる運命なんだよ」

「人の運命を勝手に決めるな」

「俺が決めたんじゃない、運命の女神がおまえを呼んでるんだ。ほら、あれ」


 落とし物として届けられているか確認しに行った少女が小走りに戻ってきた。


「届いてなかったー! あれっ、カーティス様、ごきげんよう。ランチですか? あっ、兄様もいたんだ。ごきげんよう」

「気づくのが遅い。ていうか走るな、馬鹿。行儀が悪い」


 セリーナは微かな驚きを持ってその少女を見た。

 この子が私のファンだという妹さん?


 ……普通だわ。

 兄の方はあんなに非常識なのに、妹は普通。

 上の子が非常識だと、それを見て学ぶ下の子は常識人に育つのかもしれないわ。

 非常識な兄姉に振り回されて苦労する弟妹の物語が一瞬でセリーナの脳内に立ちあがってくる。

 きっと無礼で他人を怒らせてばかりの兄をフォローして、妹が謝罪したり後始末に駆け回っているんだわ、気の毒に……。

 セリーナの中で、クインシーへの反感の何割かが、妹だという少女への同情へと置き換わっていく。


「な? 運命の女神が呼んでるだろ? ファニー、僕の女神ちゃん、今日も可愛いねー」

「ありがとうございます。カーティス様も今日もチャラい感じでイケてますよ」

「ところでお友達になんかあったの? 困ってるなら相談に乗るよ」

「困ってると言えば困ってるけど、カーティス様に相談……?」


 それは解決になるのだろうか、と首を傾げている少女にセリーナは強く共感した。

 そうよ、その人に相談してはダメよ、信頼できないわ、私はその人のインタビューに応じて酷い目にあったのよ!

 するとその考えを読んだかのように、カーティスは大仰な身振りで、


「俺だけじゃないよ。例えばここにいるのは、かの有名な学生作家セリーナ・ウィンター嬢だ!」

「え」


 セリーナを巻き込んだ。


「そしてこちらはパーセファニー・サイクラードの実の兄にして学生探偵、クインシー・サイクラード!」

「そんな肩書を名乗った覚えはない」


 クインシーも巻き込まれた。


「この二人がそろえば解けない謎などない! さあレディたち、なんでも言ってみたまえ、頼りになる先輩二人が相談に乗るぞ!」

「うーん、そう言われると。ねえ、みんな、どうする?」


 言いくるめられているパーセファニー。


「うわあ~、本物のセリーナ様だ~」

「セリーナ様になら相談してもいいんじゃない?」

「でもご迷惑なんじゃない?」


 その気になりかけている少女たち。


「君たち運がいいねー。ウィンター嬢はちょうど食事を終えて席を立つところだ。今ならお時間を頂戴できるぞ!」


 調子よく言葉を続けるカーティス。

 確かに食べ終えたところだと言ったけど!

 内心でぐぬぬぬ……となるセリーナ。

 救いを求めて友人たちに視線を送ると……。

 何かを察した彼女たちは互いに目配せを交わした。


「では私たちは席を外すわね」

「ええ、相談事ならあまり大勢に知られない方がいいでしょうから」

「セリーナ、後でね。では皆様、ごきげんよう」


 ああ、そんな、置いていかないで、友達じゃないの……とすがりたい気持ちのセリーナを置いて、友人たちは食堂から出て行ってしまった。

 面倒なことに巻き込まれたくないのはわかるけど。

 女同士の友情って……。


 男子二人と中等部の女子たちの中に一人取り残されて、言いようのない孤独感が押し寄せてくる。

 食堂には人がたくさんいるのに……まるで無人島に流されたかのよう……。

 ああ、冤罪で島流しにされる令嬢の物語が浮かんできそうだわ……。

 群衆の中の孤独を噛み締めるセリーナの脳内では、新たな物語のプロットが組み上がっていくのだった。






 友人たちに置き去りにされた結果、セリーナは腹をくくって、相談を聞く態勢で椅子に座っている。

 同じテーブルに着いているのはセリーナを含めて七人。

 相談を聞くのは高等部の三人、セリーナ、クインシー、ついでにカーティス。

 相談するのは中等部の少女四人。


「パーセファニー・サイクラードです」

「ジュリエット・アップルトンです」

「リリアン・ウェブスターです」

「アナベル・ロングフェローです」


 それぞれ愛称で『ファニー、ジュリー、リリー、アニー』と呼び合っているということなので、セリーナも愛称で呼ばせてもらうことにした。

 なんだか韻を踏んでいるようで覚えやすい。


「無くなったのはリリーさんの大事な手紙なのね?」

「はい。風で飛ばされたりしないように本を重しにして椅子の上に置いて、それを忘れて食堂から出てしまったんです」


 少女たちの話をまとめると次のようになる。


・手紙は椅子の上に置かれ、本が重しとして乗せられていた。

・食事中は本にも手紙にも触った者はいなかった。

・食事を終えて場所を移動する時、うっかり本と手紙を置き忘れた。

・取りに戻った時には本だけが椅子の上にあり、手紙は無くなっていた。

・テーブルの下や周辺の床に落ちていないか探したが、発見できなかった。


「置き忘れに気づいて取りに戻るまでにどれくらい時間がかかったのかしら?」


 セリーナが一つ質問を投げると、少女たちは互いに顔を見合わせて。

 一斉に口を開いた。


「うーん、わりとすぐ気づいて引き返したような?」

「だいぶ後だったんじゃない? 三十分くらい」

「えー、そんなにかかってないでしょ。せいぜい十五分くらいでしょ」

「教室でしばらく喋ってて、それから気づいて引き返したんだから、喋ってた時間と往復にかかった時間を合計すると……あれっ、足し算わかんなくなった」

「ジュリーは計算が苦手だからねえ」

「私も算数苦手。分数でつまずいた」

「私も図形の証明でつまずいた」

「私は二次関数でつまずいた」

「みんな何かでつまずくんだね」

「主に数学でね」

「我ら数学追試組、絆で結ばれた仲間はズッ友」

「生まれた時はバラバラでも補習を受ける時は一緒……ところで誰か時計見てた?」

「教室では見たよ。アニー遅いなーって思ってたから」

「そんなに遅くなかったでしょ」

「食堂では? 誰か時間覚えてる?」

「えー、覚えてない」

「私覚えてる。えっとねー、授業が終わったのが十二時二十五分でねー、食堂に着いて時計見たらやっぱり十二時二十五分でねー……」

「どっちも同じじゃん。移動時間どこに消えたの」

「片道三分はかかるよ。普通に歩けばだけど」

「食堂の時計が遅れてるんだよ」

「教室の時計が進んでるのかもよ?」

「両方ズレてる可能性もあるよ?」

「学園の時計は大体どれもズレてる」

「正しいのはチャイムだけ」

「「「それなー」」」


 脈絡があるようなないような飛躍する会話、甲高い声とクスクス笑い、声が重なったり小突きあったり。

 誰が何を喋っているのかわかりにくいが、まあ女の子同士ではよくあることだ。

 冷静に発言者の顔を見てそれぞれの声に耳を傾ければ、ぽんぽん飛躍する話題のキャッチボールにだってついていける。

 殿方はこういう状況が苦手でしょ、雰囲気についていけなくて目を回しそうなんじゃない?……とセリーナが同席している男子二人に視線をやると……。


「なるほど。食堂と教室、二つの場所に二つの時計。表示時刻にはズレがあり、そのズレは二点間を普通に歩いて移動するのにかかる時間と同じ三分なんだな」


 理解していた!

 少々意外に思うセリーナ。

 妹がいるから、女の子同士の会話に耐性があるのかしら?


「あー、待って待って、ややこしい。紙に書いて整理しよう」


 カーティスが常に持ち歩いているらしいメモと鉛筆を取り出した。

 四人の話をまとめると。


・12:15(教室の時計)12:12(食堂の時計)……四人で教室を出る。

・12:18(教室の時計)12:15(食堂の時計)……食堂に到着。ランチを注文する。

・12:43(教室の時計)12:40(食堂の時計)……食べ終わり、食堂を出る。

・12:45(教室の時計)12:42(食堂の時計)……四人で手洗いへ。

・13:05(教室の時計)13:02(食堂の時計)……教室で歓談。「アニーが遅いな」と思ったジュリーが時計を見た。

・13:10(教室の時計)13:07(食堂の時計)……リリーが置き忘れに気づく。急いで食堂へ。

・13:12(教室の時計)13:09(食堂の時計)……四人が食堂へ到着。急いだため普段は三分かかるところを2分で着いた。本はあったが手紙が消えていた。


「よし、できたっ! 食堂を出てから再び食堂に戻るまで、およそ29分間!」

「その29分間で手紙が消えたことになるな」


 カーティスが表を書き終え、満足そうな声を上げる。

 セリーナも出来上がった表を見てよく書けていると思ったが、一点、気になる箇所があった。


「アニーさんは教室へ一緒に戻らなかったの?」

「事務局に書類を出しに行って、少し遅くなりました」

「そう……。他の三人は一緒に教室に戻ったのね?」

「「「はい、そうです」」」


 見るからに仲の良さそうな、気が合っているグループだ。

 この子たちの友情に陰りがあってほしくはない。

 けれどセリーナの脳内には既に一枚の絵が立ち上がっていた。

 できることならその絵を否定したい。

 しかし否定したくても否定するための材料がみつからない。

 逆に補強材料ばかりが出てくる。

 手紙が無くなったのは、たぶん、そういうこと……。


 少し陰鬱な気持ちになったセリーナの横で、クインシーが質問を繰り出し始めた。


「ウェブスター嬢、その手紙の内容は?」

「リリーと呼んでください。内容は……えっと、言わなきゃダメですか?」

「差支えのない範囲で、どういう種類の手紙なのかを知りたい。誰が書いたのか、誰宛なのか、公的なのか私的なのか、その手紙が届かなくなることによって金銭的または政治的利害が発生するのか、あるいはその手紙自体に金銭的価値があるのかどうか」

「え、金銭的価値とかないです、全然ないです! 書いたのは私です。私的な手紙です。宛先は……えっと……ジュリー、パス!」

「しょうがないなー。リリーが自分の口からは言いづらいみたいだから私が言いますね。その手紙はリリーの婚約者に宛てたラブレターなんです」

「ラ……言い方っ!!」


 リリーは真っ赤になって両手で頬を押さえている。

 他の三人はそんなリリーを見てニヤニヤしている。


「婚約者から熱~いお手紙をもらって、嬉しくって、自分からも甘~いお返事を書いたんだよねー?」

「婚約者さん、遠くにいてなかなか会えないんだよね? 会いたい気持ちを手紙に込めたらポエムになっちゃったんだよね?」

「夜中に書いて、朝になって読み返したら恥ずかしくなって、このまんま出していいものかどうか、出す前にみんなで添削してからってことになったんだよね?」

「うわあぁーー!!」


 リリーは奇声を上げて、恥ずかしさを振り払うかのようにブンブン頭を振っていたが、やがてグッと拳を握った。

 質問者を真正面から見つめる。


「そういう手紙です。私自身が恥ずかしくていたたまれないという以外に、何の影響力もありません!」

「そ、そうか」


 クインシーは若干気圧され気味だ。


「三人とも、実際に手紙を読んだのか?」

「「「はい」」」

「いつ?」

「昼休憩にランチ食べながら」

「めちゃくちゃポエムでした」

「飲んでた紅茶吹きました」

「そ、そうか……。ではリリー君が手紙を椅子に置いて本を上に乗せたのも見たのかな?」

「「「はい」」」

「そうか……では、リリー君、君個人に恨みを抱いている者、または君の家族に恨みを抱いている者などは?」

「そういう人はいないと思います。私も家族も平凡で、ドラマみたいなことには縁がないです」

「いないねー」

「うん、いない」

「兄様、リリーは普通にいい子で人に恨みを買うような子じゃないよ。ご家族も普通にいい人たちだし」

「そうか……」


 クインシーは眉根を寄せて何か考えている様子。


「手紙は婚約者宛の愛のポエム、個人的怨恨の線は薄い……っと」


 カーティスがメモに情報を書き添えている。

 何を書いているのやら、この男もかなり無神経だ。

 本気でこの件を新聞記事にするつもりじゃないでしょうね。

 セリーナはカーティスを軽く睨んだ。

 この件はそういう怨恨とかの重たい話じゃないのよ……ただ解決には慎重さが求められるわ、犯人を指摘すればいいというような簡単な話では……。


「では簡単な話だな」


 おい!

 セリーナはクインシーの無神経な態度に、胸元を手の甲で叩いてやりたくなった。


「兄様、わかったの!?」

「手紙がどこにあるか、取り戻せるか、という意味ではわからない。何が起こったかは大体わかった」


 ああ、ダメ、やめて、顔色が悪くなってる人がいるじゃない、なぜ気づかないの。

 焦るセリーナに目もくれず、クインシーは滔々と話しだす。


「まず、事故の可能性。風で飛ばされた可能性は極めて低い。春とは言え風が冷たいから窓はほとんどが閉じられている」


 クインシーが言う通り、食堂の窓は大部分が閉じている。

 窓ガラス越しに揺れる木漏れ日は美しいけれど……。


「窓が閉じられているのだから、カラスやリスなどの動物が入ってきて持ち去ったという可能性も極めて低い。事故が起きたとすれば、人間の体か衣服が当たって椅子から落とすくらいだろう。その場合、手紙の存在に気付かず、本だけを元の位置に戻すことは考えられる。床に落ちた手紙は誰かに踏まれて汚されれば、ゴミと見なされて捨てられることもあり得る」

「やっぱり……」


 肩を落とすリリー。

 構わず話を続けるクインシー。


「一方、事故でない可能性。人間が故意に盗んだ可能性もある。29分間、手紙は誰でも出入りできる食堂にあった。見張っている者はいない。盗り放題だ」

「え、でも」


 反論しようとするジュリー。

 やはり構わず話を続けるクインシー。


「手紙には金銭的価値がない。個人的な手紙に価値を見出すのは、一般的には書き手と受取人だけだ。利害が絡む第三者の存在は現在浮かんできていない。ただし犯行が可能だった人物を絞り込むことはできる」

「兄様、それって」


 妹の困惑したような声も彼を止められない。


「食堂にいた者なら誰でも手紙を手に取れた。しかしそこに手紙があることを知っていた人間は限られる。上に本が置かれていたのだから。本の下に手紙があるなど、予備知識がなければわかるはずがない」

「そこまでにしてくださらない?」


 セリーナは強い口調で止めたつもりだった。

 が、クインシーは止まらなかった。

 

「本の下に手紙があると知っていたのは四人。そのうちの三人は一緒にいた。別行動したのは一人だけ。その人物の動機がさっぱりわからないのだが」


 わからないなら言うな!

 この人、頭に浮かんだことをそのままべらべらと口に出してるんじゃないでしょうね!?

 言っていいことなのか、悪いことなのか、吟味してから喋りなさいよ!

 明らかに重くなった空気を変えられるのは自分しかいない、とセリーナは奮い立った。

 学生作家セリーナ・ウィンターのストーリーテリング、とくとご覧あそばせ!


「一つの物語をお聞かせしましょうか。私が今ここでふと思い浮かんだというだけの、なんの証拠もない、誰とも関係のない架空のお話ですわ。それは傷つきやすい年ごろの、友情に厚い少女たちの物語なのです」


 セリーナは思い返す。

 カーティスに声を掛けられる前、まだランチの途中、早足で歩いてきた一人の少女。

 近くのテーブルで、何かをじっと見下ろして、拾い上げて去って行った少女。


「仲のいい四人の少女たちがいました。いつも苦楽を共にして学園生活を送っていましたが、ある時、一人の少女がだんだんと暗い表情を見せるようになったのです。何か悩みがあるようですが、友達に尋ねられても『なんでもない』としか答えません。心配かけまいと笑って見せる、その笑顔にも覇気がない。強く問いただすわけにもいかず、友人たちは彼女を気遣いながら、どうしたらいいかわからず手をこまねいていました。そんなある日……」


 元気いっぱいなファニー。

 のんびりおっとりしたジュリー。

 幸せを振りまいているリリー。


「彼女を元気づけようと友達の一人が、読んだら爆笑間違いなしの陽気でハチャメチャな手紙を書いて持ってきたのです。添削してくれと言って。婚約者に出す手紙だからと」


 少し内気なアニー。

 一人だけ事務局に書類を出しに行った子。


「飲んでいた紅茶を思わず吹き出してしまうような面白可笑しい手紙でした。ラブラブで、この上なく幸せそうな。一緒になって笑いながら、彼女の心の中に少し苦い思いがありました。私がこんなに辛いのに、あなたは幸せになるのね……」


 『風で飛ばされたんじゃ?』

 『でもご迷惑なんじゃない?』

 終始一貫して、捜索に消極的だった子。


「辛い時、苦しい時、他の誰かの幸せが眩しすぎると感じる……誰にでも起こり得ることです。それだけならきっと彼女は何もしなかった。苦しさを内に秘め、一人で静かに耐え続けたことでしょう。でも運命が」


 魔が差した、と人は言うのでしょうね。


「運命が、扉を開いた……彼女の前で。友人が手紙を置き忘れるのを、彼女は見てしまったのです。いつもなら『忘れ物だよ』と声をかけるはずだった。でもその時は、その時だけは、弱った心にいつもと違う考えが浮かんでしまったのです。こんなところに置いたまま忘れたら、手紙が風に飛ばされることもあるんじゃないかな、無くなっちゃうこともあるんじゃないかな……と」


 そんな考えで頭をいっぱいにしながら、友達と一緒に教室へと歩き出す彼女。

 そして一人で食堂に戻った彼女。

 まだ別の道を選ぶこともできた。

 食堂に忘れてたよ、と言ってリリーに届けてあげることもできた。

 でも彼女はそうしなかった。

 アニーは本の下から手紙を抜き取った……。


「笑える手紙だったから、書きなおすはずの手紙だったから、無くなっても困るものではない……そう思ってしまったのです。新しくちゃんとした手紙を書いて出すのなら、こっちは要らないはず。だったら自分がもらってしまっても……と」


 セリーナは少女たちに目をやった。

 リリーは驚愕の表情、信じられないと全身で語っている。

 ジュリーは戸惑いの表情、セリーナとアニーを交互に見て、どう受けとめたらいいか考え中といった様子。

 ファニーはアニーの背中をさすっている、必要とあればいつでも支えようという気持ちが見て取れる。

 そしてアニーは……。


「セリーナ様は私の気持ちわかってくれました」


 アニーは制服のポケットから、不自然な形に折りたたまれたハンカチを取り出し、テーブルに置いた。

 黄緑色のカエルのキャラクターが描かれたそのハンカチを広げると……。


「私の手紙……」


 リリーが小さな声を漏らした。

 ハンカチの中には手紙が包まれていた。

 折り目や汚れが付かないように、大事そうに仕舞われていた、黄緑色のカエルのキャラクターが描かれた小さな封筒。


「なぜカエル……?」


 クインシーが余計な疑問を呟いているが、誰も反応しない。


「全部、セリーナ様のおっしゃった通りです。私が盗りました。リリー、ごめんなさい」

「アニー、なんで、どうして……?」

「私、学園を退学することになったの」

「え……!?」

「経済的に苦しくなって、もう来季の授業料を払えそうにないの。退学届け、さっき事務局に出したわ」

「ええ!? それって……えええ!?」

「急すぎる!」

「言ってくれれば……言ってくれても何もできなかったかもだけど!」

「ジュリーとファニーもごめんね。私、もう一緒に補習や追試受けられない。屋敷も手放すことになって、遠くの親戚の家に身を寄せることになったの。何かみんなの思い出になるもの、欲しいなって。そしたらこんなことしちゃった。馬鹿だよね」

「ほんとに……バカっ!!」


 リリーが涙ながらに叫んだ。


「こんな手紙でよければ、いくらでもあげるよ! なんなら新しいの書いてあげるよ! むっちゃ笑えるやつ!」

「あ、だったら私も書く。リリーほど爆笑ポエムにはならないだろうけど」

「私も! ポエムは苦手だけど絵だったら自信ある! 絵手紙にする!」

「みんな……ごめんね、ありがとう」


 わんわん泣き出す少女たち。

 それぞれがハンカチを取り出す。

 全員おそろいの黄緑色のカエルのキャラクターがついたハンカチを。


「なぜそろってカエル……?」

「はやりの柄なんじゃないの?」


 クインシーのズレた疑問に気のない返事を投げるカーティス。

 二種類の時間を並べた行動表をくしゃくしゃと丸めている。

 せっかく書いたのに無駄になったわね、ご苦労様……とセリーナは思った。


「さあ、もうそろそろ午後の授業が始まるわ。皆様、ごきげんよう」

「はい、セリーナ様」

「ごきげんよう、セリーナ様」

「ありがとうございました、セリーナ様」

「お世話になりました、セリーナ様」


 清らかな涙で友情を確かめ合っている少女たちに軽く手を振り、セリーナは歩き出す。

 その胸の中に湧き上がるのは勝利の喜び。


 犯人が誰なのかなんて最初からわかっていたわ。

 難しかったのは友情を壊さず、丸く収めることだけ。


 見たか、クインシー・サイクラード!

 これが私の実力よ!





 遠ざかっていくセリーナ・ウィンターの後ろ姿。

 セリーナ様、やっぱり素敵です……。

 カエルのハンカチで涙を拭いているパーセファニーに、兄クインシーの地の底から響いてくるような恐ろしい声が聞こえてきた。


「ところで妹よ、補習に追試とは初耳なのだが……?」

「アニー、私も一緒に遠くに連れてって!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 長さ的にはサクッと読めました。  刑事事件的には何も起きていなくて何も解決していなくてカエルが意味が分からないけど、イイ話や……(ひどい)。  そして、アニーさんの運命がちょっと哀しい……。  不…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。