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王立学園殺人?事件~学生作家セリーナ・ウィンターの推理と学生探偵クインシー・サイクラードの検証  作者: ful-fil


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学園長殺人?事件

「ねえねえ、兄様、これどう思う?」

「……なんだこれは」


 クインシー・サイクラード(十七歳、男子、王立学園高等部二年生)は朝食のテーブルでコーヒーを飲んでいる最中、突然眼前に一枚の印刷物を突き出された。

 サイクラード家のダイニングルームに飛び込んできた妹のパーセファニー(十五歳、女子、王立学園中等部三年生)が彼に突き付けてきたもの、それは学園新聞の号外だった。

 妹が『ここ見て、ここ!』と指し示す指をうるさそうに払いのけて、紙面にざっと目を走らせたクインシー。

 やがて彼は端正な顔を不愉快そうに歪めた。


「すごくない? スクープじゃない?」

「どこがだ。虚偽だらけじゃないか。読む価値もない」


 クインシーは価値の低さを示すように号外をテーブルの上にぽいっと投げた。

 号外には紙面の上半分に白黒の写真が載せられ、大きく見出しが付けられている。


『殺人か!? 学園長、密室で意識不明の状態で発見される!!』


 写真の下には詳細記事と、事件について学園内の有名人にインタビューした記事が載っている。


「え~、虚偽じゃないよ。『殺人だ!!』じゃなくて『殺人か!?』って疑問形にしてあるし。詳細も……『本日未明、学園長室にて学園長が机に突っ伏した状態で発見された。現場は内側から鍵がかかっており、学園長以外の人物はいなかった』……ね? 本当のことしか書いてないよ?」

「疑問形でごまかせばいいってものじゃない。未明っていうのは夜明け前のことを言うんだ。つまりまだ暗い三時とか四時とか、そんな時間だ。その時間帯の学園は無人で当たり前だ。学園長室に学園長がいたのなら、いくら朝早くても夜明けより後、7時か、せいぜい6時だ。発見された時刻が授業が始まる前とか、生徒が登校する前なら、きちんとそう書け。それにこのインタビュー記事」


 さもくだらないと言いたげに、クインシーは紙面の下半分、有名人のインタビュー記事を手の甲で叩いた。


「すごいでしょ、セリーナ・ウィンター様の推理だよ! これは永久保存版だね」

「こんなものを保存するな。バカバカしい」


 セリーナ・ウィンター(十七歳、女子、王立学園高等部二年生)は学生でありながら小説家として人気を博している才女である。

 非常に多作で、恋愛ものを中心に、冒険もの、歴史もの、推理ものなど、幅広いジャンルで次々と作品を発表している。

 彼女の著作物の中でも特に恋愛ものは、王立学園の生徒、特に女子に絶大な人気を誇っている。

 クインシーの妹パーセファニーもセリーナの書く小説のファンである。

 そのセリーナ・ウィンターは『学園長殺人?事件』についてどう思いますかという質問に対して、『あくまでも写真を見る限りですが』と前置きして、彼女なりの推理を述べていた。

 その推理は次のようなものだった。



 この写真を見て、どのような事件がおきたかを推理すればよいのですね?

 私は現場である学園長室に入ったことがありませんので、あくまでも写真を見る限りですが、この写真から浮かび上がってくることはたくさんありますわ。

 まず、被害者がうつぶせになっているこの机の上には、普通ならあるはずの物がありません。

 何がないのか、ですか?

 ペーパーナイフですわ。

 ええ、手紙の封を切るにはペーパーナイフが必要でしょう?

 学園長先生なら職務上、毎日のように手紙の封を開けるはず。

 それなのに机の上にあるのは、ペン立て、倒れたインク瓶、テーブルランプ、家族写真のスタンド、ペーパーウェイト……ね?

 ナイフの類がどこにもありませんわ。

 もしかしたら机の上にあったペーパーナイフを犯人がとっさに使ったのではないかしら。

 きっと正面から学園長先生を突き刺したのですわ。

 うつぶせになっている体を起こしたら、その左胸には特徴的な装飾を施したペーパーナイフの柄が生えていて……(これは印象的。メモしておかなくては)……要するに凶器としてその場にあった刃物が使われたのではないかということです。

 次に気になるのは背景に写り込んでいるこれですわ。

 暖炉の中をご注目ください、燃やされてはいますが、形が残っているので書類だとわかります。

 つまり事件当日、何かの書類がここで火に投じられたのですわ。

 それを念頭に置いて学園長先生を見ると、ほら、ここ、左手の指に黒っぽい汚れが見て取れますわね。

 これは暖炉の煤ではないでしょうか。

 暖炉に放り込まれた書類を火から救い出そうとすれば、このような汚れが付くのでは?

 きっと刺された後でも少しは動けたのですわ。

 机に向かって椅子に腰かけた状態で刺されて、気力を振り絞って書類を拾おうと暖炉に左手を伸ばし、指に煤がつき、そのまま息絶えた。

 ということは、この燃やされた書類こそが犯人に繋がる重要な手がかり……例えば誰かの不正の証拠とか……(ここも使えるわ。メモしておこう)……写真からはわかりませんが、詳しく調べれば燃えカスから文字が読み取れたりするのでは?

 あるいは学園長先生の手に手がかりが残されているかもしれません。

 左手に書類の切れ端が握られて……は、いなさそうですね、指が開いていますもの。

 でもほら、右手はしっかりと何かを握る形になっていますわ。

 この右手を開いたら中に犯人の手がかりがあるかも?

 例えば、そうですね、正面から向かい合っていたのなら、もみ合いになって装飾品の一部をちぎりとることができますわ。

 手の中に握り込めるくらい小さな物で、男性が身に着けているものというと……カフリンクスか、襟に付ける留め具かしら?(あの留め具、呼び方なんだったかしら。容疑者の中に片方しか着けてない人がいたら動かぬ証拠になるわ。留め具の名称を調べておかなきゃ。メモ、メモ……)

 私がこの写真から読み取れるのはこのくらいですわね。

 



「何が推理だ。見てきたように語っているが、整合性のない空想じゃないか。自分で矛盾に気づかないあたり、このセリーナ・ウィンターなる女は現実的にものを考えることができない夢想家なんだな」

「兄様ひどい! セリーナ様に対して失礼!」

「妄想と言わずに空想と言った分だけ紳士として気を遣ったんだが?」

「それって気を遣ったことにならないよ。セリーナ様の推理を馬鹿にしてるのに変わりないじゃない」

「まさしく。パーセファニー、こんな戯言を公共の紙面に載せるなとカーティスに言っておけ」


 カーティス(十七歳、男子、王立学園高等部二年生)はクインシーの友人であり、新聞部の部長を務めている。

 ついでにパーセファニーの婚約者でもある。


「えー、でも有名小説家の推理だよ? セリーナ様は推理小説も書いてるんだし、そんなに的外れでもないんじゃない? 臨場感たっぷりに書かれてるし、面白いよ。これを元にして推理小説書いてくれたら、みんなが読みたがるよ」

「面白がる者は多いだろうな。フィクションとしてなら、だが」

「んもう、兄様はすぐそうやって人を見下す。悪い癖だよ。セリーナ様は学園一の才女だし、人格者なんだよ。この記事だって、真面目にインタビューに答えてくれてるんだから」

「真面目な答え? これが?」


 クインシーは肩をすくめ、天を仰いで見せた。


「これが名高い才女が出した真面目な答えとは。世も末だな」

「だからそういう言い方やめてってば。何が不満なのよ?」

「この記事の中にある数々の明白な論理的破綻に不満だが、その明白な破綻に気づかないおまえにも少々失望している」

「まわりくどい言い方してないで、はっきり言ってよ! どこが破綻なの? 私には完璧な推理にしか見えないよ」

「……ゆっくりコーヒーを飲ませてもらえそうにないな。仕方ない、説明してやろう」


 彼は号外をテーブルにきちんと広げ、記事の一部を指さした。


「まず簡単なところから。『ペーパーナイフで正面から左胸を刺された』これはまったく根拠のない決めつけだ」

「そうなの?」

「写真の人物は机に突っ伏してるんだから、胸は見えないだろ。ナイフが刺さってるなんてどうしてわかる? それこそ体を裏返しにでもしないと確認できない」

「でもペーパーナイフが机の上にないのは?」

「世の中にはペーパーナイフじゃなくハサミで封筒を開ける人もいる。ペーパーナイフを机の上ではなく、引き出しに入れておく人もいる。それこそ突っ伏してる体をどかしたら、その下にあるかもな」

「あ、そっか……」


 パーセファニーは言われてみればその通り、と納得した顔になった。


「そもそも机にも床にも、人物の衣服にさえ血痕らしきものが見当たらない。刃物で刺されたとする証拠が一つもない。その他の死因を証明するものもないけどな」

「そう言われれば、どこにも血がついてないね」

「厳密に言えば、インク瓶からインクがこぼれているから、このインクの下に血痕がなかったとは断言できないが」


 とはいえ流れ出たインクは少量。

 人が死ぬほどの出血を隠しきれる量ではない。


「小さい破綻は他にもあるが、面倒だから飛ばす」

「えー、手抜きしないで全部教えてよ」

「後でな。次は最大の論理的破綻にして矛盾、俺が一番気に入らない点を指摘してやる。ここだ」


 クインシーは記事の該当箇所を人差し指でトンと叩いた。


『机に向かって椅子に腰かけた状態で刺されて、気力を振り絞って書類を拾おうと暖炉に左手を伸ばし、指に煤がつき、そのまま息絶えた。』


 彼の人差し指に力が入る。

 そこには怒りが感じられた。


「あり得ないだろ!」

「え、わかんない。なんでダメなの?」

「暖炉だぞ、机に突っ伏してたんだぞ、手を伸ばしたのなら床に倒れてるはずだろ! なんで机に向かって座り直してるんだよ!」

「え? え? え?」


 混乱するパーセファニー。

 兄の話についていけていない。


「あーもう、脳内で再現できないのか? じゃあ実際にやってみろ」


 クインシーは妹を椅子に座らせ、左斜め後ろの床に号外を置いた。


「この号外を暖炉の中の書類だと思え。テーブルが机だ。学園長になったつもりで、この記事の通りに書類を拾おうとしてみろ」

「えっと、セリーナ様の推理だと、左胸を刺されてから……うっ、刺されたー!」

「演技はいいから、拾う動作をしてみろって」

「刺された胸を押さえながら、よろよろと手を伸ばして……伸ばして……のば、して?」


 パーセファニーは床に置かれた号外へ手を伸ばしたが、なかなか届かない。

 上体を大きく倒して、ほとんど床に手を突くような姿勢になって、やっと届いた。


「拾ったよ!」

「じゃあそこから机に突っ伏してみろ」

「うん……うう、胸のナイフが痛い……って、あれ?」


 机の代わりのテーブルに顔を伏せて、パーセファニーはしばらくしてから顔を上げた。


「兄様、なんかおかしいよ。胸にナイフが刺さって痛いのに、なんでわざわざナイフに体重かける姿勢をとらなきゃならなかったの?」

「ま、そうだよな。普通、胸にナイフが刺さった人間は胸を下にしてうつぶせになろうとは思わない。床に仰向けに転がるならわかるんだが」

「それに胸にナイフが刺さってたら、上体を起こすのも辛そうだよ。動くたびに刃が食い込むもん」

「だから論理的破綻なんだ。被害者がするはずのない動作をしたと語っている」

「あ、でも、もしかしたら書類がもっと近くにあって、楽に拾えたのかも? 体は動かさずに、左腕だけを動かして」

「その『もっと近い位置』ってどこだよ」

「えっとー……」


 パーセファニーはテーブルに向って座ったまま、左腕を動かしてみた。

 パーセファニーは小柄な少女だが、学園長は成人男性なので、腕の長さに違いがあることも計算に入れて、テーブルの上なら椅子から半径一メートル以内といったところだろうか。

 テーブルの下だと……。


「……このへん?」

「おまえな、そんな足のすぐ傍で火が燃えてて平気か?」

「ううん、熱くて火傷しそう」

「実際、写真を見ても暖炉はそこまで近くない。もしも座ったまま手が届く範囲にあったとしたら、それはもう暖炉と呼べない、火鉢だ。そして写真には火鉢もない」

「そうだね」

「よって、この記事、セリーナ・ウィンターの語る推理は現実にはあり得ない机上の空論。推理とよぶのさえおこがましい、暴論ということになる」

「そこまで言わなくても……」

「更に言えば!」


 ヒートアップしたクインシーは妹がたしなめても止まらない。

 書類に見立てた号外を拾い上げ、写真の一部に人差し指を突き付ける。


「この指先の汚れ! これを暖炉の煤だと断定するのがおかしい! インクがこぼれてるんだから、インクの汚れだと判断するのが筋だろう! 蓋然性の問題だ!」

「あ、そっか。インクのこと忘れてた」


 セリーナの言葉があまりにも生き生きと情景を描き出していたので、すっかりそっちが本当にあったことであるかのように思い込んでしまっていたのだ。

 『暖炉から燃える書類を救い出そうとする瀕死の学園長』というドラマティックな絵に大きくバツをつけて消して見ると、残ったのは黒っぽく汚れた指先とこぼれたインクだけである。

 二つを結び付ければ、なんのことはない、インクが指に付いている、ただそれだけ。

 ドラマティックな要素は何もない。


「そもそも意識不明で発見されただけだろうが! 病気か事故の可能性もある。事件性があるかどうかも定かでないのに殺人事件扱いするな! 不謹慎だ!」


 クインシーはまだ止まらない。


「カーティスに言っとけ! まだ学生だからって何でも書いていいと思うな! 推測、憶測、机上の空論、こういった裏付けのない無責任な記事が俺は一番嫌いなんだよ! 部長なら新聞記事に責任を持て! 訂正記事を出せ! ていうかこのくらいの矛盾、書いてる段階で気づけよ、カーティス、おまえは馬鹿なのか!? あと襟に付ける留め具の名称はラペルピンだー!!」


 ここにいないカーティスに不満をぶち上げるクインシー。

 我が兄ながら、天才となんとかは紙一重……とパーセファニーは思った。

 すっかり冷めてしまったコーヒーを入れ直して注意をそらすべきか、兄の気が済むまで叫ばせておくべきか、どっちがいいかな、と考えながら。



 後日、入院していた学園長が意識を取り戻したという発表があった。

 病名は脳卒中。

 新聞部は訂正記事を出した。

 訂正記事の横には大きくこんな見出しが付いた記事が載せられた。


『学園の鬼才クインシー・サイクラードから学園の英才セリーナ・ウィンターへの挑戦状!! あらゆる矛盾点を突いて作家の推理を論破』


「なんだこれは、勝手に俺の名を出すな! センセーショナルな記事ならなんでもいいと思っているのか、カーティス、それでもお前は報道マンか! 新聞は娯楽雑誌じゃないんだぞ!」

「あはは、暴力反対。受ければ正義~!」


 クインシーが新聞部に突撃、カーティスを締め上げたのは言うまでもない。



お読みいただきありがとうございます。この作品は四話完結の構想で、第二話ではセリーナが推理対決に勝利、第三話で引き分け、第四話で最終決戦?の予定となっています。予定通りになるかは書いてみないとわかりませんが。とりあえず、一話ずつの読み切り形式でお楽しみください。

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