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化猫恋物語  作者: 句外
1/4

其の一

 悪天候だった。

 雷鳴が轟く。風は唸って、耳が痛いくらいだ。

 その割に雨はぽつぽつとしたもの。通りの木々を潤すには足りない。

 そんな天候の中に、二人の男女が立っていた。風なぞ文字通りにどこ吹くものぞといったように、平然と超然とそこに立っていた。

 一方の顔は暗い。なのに、もう一方の顔は、輝いていた。


「その選択、おめぇは後悔せんのんか」


 男の問いに、女は頷いた。


「ああ、もう決めたことじゃ!」

「……そうか。ほいじゃあ、俺らは止めんよ。この先どんなことが起きよーが、全部おめぇの責じゃ」


 突き放すような言葉だったのに、それが爽快とでも言わんばかりに女は笑ってみせた。小さな胸を、トンと叩いて。


「そんなもん。背負う覚悟はできておる」

八末(やすえ)


 男が、女――八末を悲しそうに見つめた。


「八末。おめぇの恋は……」








化猫恋物語









 ちりんちりんと風鈴の音が虚しく響く、暑い夏。

 お江戸の片隅に軒を連ねる長屋。その一角で、男が井戸の桶を手繰(たぐ)っていた。

 男は時光矢助(ときみつやすけ)という浪人だった。元は某藩に仕える武士であったが、今はわけあって長屋に暮らしている。

 貧乏長屋でこそないが、それでも裕福とは言い難かった。一杯の水桶も贅沢のひとつといった具合だ。

 桶にたっぷりと水を張ると、逆さまにして勢い良く水を被る。水は程良く冷たく、体を冷やしてくれた。

 だが、冷たさの恩恵を受けられたのは、ほんの僅かな時間だった。体は暑気であっという間に火照ってしまう。無慈悲な気温に、矢助は顔をしかめて扇子をあおぎはじめた。


「なんだってこんなに暑いんだ……」


 扇子から送り出される風も生ぬるい。暑さのせいで、矢助の中に嫌な感情がこみ上げてきた。誰に対してでもなく腹が立ってくる。

 ふと表を見やると、見知らぬ娘と、自分と同じくらいの年格好をした男が連れ添って歩いていた。あれは恋仲であろうとあたりをつける。今日は祭日であるからか、何度もああいった光景を見ていた。


「……」


 矢助はすぐにそこから目をそらした。

 別に若い男女が何かをしたわけではない。これはただの嫉妬であると、どこかで気づいていた。

 しかし、同時に、ああいった関係が誰とも結べないこともわかっていた。

 齢二十五の男盛りにして厭世(えんせい)的なことであるが、それも仕方のない話であった。

 矢助には、片目が無い。

 随分と前に眼病を患って、左目を失ってしまったのである。

 そのせいで、当時愛していた娘との縁談は白紙に戻され、出世の道も絶たれ、家にも縁を切られてこのザマであった。

 散々な目に遭った矢助は、脱藩者として故国を持たぬ身になった。なぜ、片目が無いということだけで、このような扱いを受けなければならないのか。


「……ちぇっ」


 嫌な気持ち。思い出は矢助の中で膨れ上がる。もう一度、水を被ろうと桶を手に取ろうとした。

 が、その手は桶をつかめなかった。桶は確かに、目の前にあるのに。

 矢助は桶をそのままにすると、家の中へと帰っていった。




「……というわけで、誰か一緒に行きてぇもんは居らんか」


 そう言うと、長楊枝をくわえた男はニカッと笑った。飄々(ひょうひょう)とした雰囲気をまとう男の周りには、ざわめきが起こっている。


朝納(あさな)、おめぇはなんだっていつもいつも」


 ざわめきの中、いかつい男が呟いた。上半身の着物はほぼ脱いである状態で、袴の腰紐でそれを止めている状態である。おかげで彼の発達した筋肉はほぼ剥き出しになっており、男の威圧感を増幅させていた。

 しかし、朝納と呼ばれた男は、相変わらず飄々とした態度を崩さない。


「ええじゃろ、荘一郎(そういちろう)。久々に人間らの世界を愉しむ。それのどこが悪ぃんじゃ」

「人間は俺らの敵……そう言うても過言じゃなかろう」

「相変わらず頭かてぇなあ。ナァニ、俺らが外を歩ぃただけで、妖怪じゃあ気づくもんは居らんよ」


 何の問題も無いと朝納は言う。

 朝納を取り囲みながら「人間だって」「興味はあるけど」「何か怖くない?」「朝納はああ言ってるけどね」様々な声が飛び交っていた。

 そこには子供から美しい女性から、形容しがたい姿をした者まで居る。朝納や荘一郎も、見た目は普通の男性ではあるが、雷神と風神という妖怪であった。

 そう。ここは、妖怪の隠れ里である。

 隠れ里は、お江戸の人間たちが住む場所から、やや離れた山中に位置している。過去に何度か場所を移してはいるが、今はこの場所で落ち着いていた。

 ここでは、山ノ神を中心として、妖怪が気楽に平和に暮らしている。

 沼で釣りを楽しんだり、農作物を育ててみたり、気の合う仲間と酒を酌み交わしたり。

 ――人間界の祭りに参加してみようと、企んだり。


「……俺以外、居らんのんかなあ」


 面白い計画だと思うのに、と朝納は言う。

 とはいえ、人が集まらないのも無理は無いだろう。ここに居る妖怪の多くは、人間に迫害されて逃げ延びた妖怪であった。それぞれが迫害されていたのは遠い昔の話であるが、胸についた傷は癒えることはない。

 だからこそ、「恐ろしいが行ってみたい気もする」といった声が、方々から上がるのであった。


「朝納、諦めえ。この様子じゃ、誰もついて来ん」

「うーん。俺一人でもええっちゃええんじゃけど、男一人で……ただの変人にしか見えんじゃろうが」


 思ったよりも、皆人間に対して慎重だった。妖怪は最早幻想となり果てたこのご時世、人間というものをそう恐れる必要はあるものだろうか。

 朝納は長楊枝を口先で弄び、妖怪たちをぐるりと見渡した。――誰も彼も、ついて来る様子は無い。


「しゃぁねぇ。じゃあ、俺は一人で……」


 そう言って立ち上がろうとした瞬間、


「待つのじゃ!」

「ん」


 ざわめきが、ピタリと止む。

 言われた通りに朝納が待っていると、若い女性の姿をした者が、妖怪の群れの中から這い出て来た。


「わしも行くぞ!」

「八末」


 朝納は、八末の顔を見下ろした。

 八末は化け猫である。彼女もまた、人間に迫害されて逃げて来た者であった。


「八末、おめぇが来るとは意外じゃった」


 朝納がそう言うのは、八末の体が、その迫害を訴えていたからである。

 八末には、右目が無い。

 仔猫の頃に石をぶつけられ、それが運悪く、八末の右目を潰したのであった。

 命からがら逃げて来た妖怪の里で手当てを受け、それ以来八末はこの里に住み着いている。

 若い娘の姿ではあるものの、この里に来てから、既に百年ほどが経過している。けれども、潰れた右目は百年間見えないままであった。


「意外? ああ、わしの右目のことか。そんなもん、もう些細なことじゃよ! それよりも、わしは見聞を広めたい! 人間たちの営みは、百年を経てどのように変化したのかを見てみたい」


 その貫禄ある喋りとは裏腹に、八末は大層はしゃいでいる。一瞬、カラ元気かと思ったが、八末の性格上、それは考えにくいことであった。

 朝納はニヤリと笑うと、八末の頭をぐしゃぐしゃとなでる。


「ふに」

「よーし、ほいじゃあ行くか」

「うむ! わしは行くぞ!」


 はしゃぎ回る二人を見て、荘一郎は不満げな顔をしていた。

 この二人が、後に里に、とんでもない珍事を引き起こすことになるのを、今はまだ誰も知らない。




 夕方にもなると、川辺や橋には多くの人が集まった。

 遠くに聞こえるお囃子(はやし)や、色とりどりの提灯が、この場の雰囲気を演出している。老若男女、皆が皆祭りの気配に楽しそうな表情を浮かべていた。

 矢助はその中で唯一、楽しそうな顔をしていなかった。

 なんだかんだで川辺まで来てしまった。

 あれから、部屋の中でごろごろしていたが、皆が楽しそうに笑いあう声や祭りの音は、嫌でも耳に入ってくる。そうなると、どうにもごろごろとしているのが、悔しくてたまあなかった。

 左目の眼帯をきつく縛り、比較的きれいな着物を引っ張り出して、矢助は長屋を出たのであった。が、後先考えずに行動するべきではなかったと、矢助は後悔した。

 自分が、周りから浮いている気がしてならない。

 独り身の男が、なおかつ眼帯をしていることから、人目を引いている気がするのである。

 矢助の自意識過剰な部分もあるが、しかし、道行く人が矢助を珍しそうに眺めるのも事実であった。

 ――どいつもこいつも、おかしそうにこっちを見やがって。

 やはり、帰って寝ていた方が良かったか。けれども、それはもったいない気がするのである。

 どうせなら、人気の少ない所へ行こう。それならば、この近くに古い神社がある。そこで花火を見て帰れば良い。

 そう思い、矢助は神社へと向かった。




 夕方にもなると、川辺や橋には多くの人が集まった。

 遠くに聞こえるお囃子や、色とりどりの提灯が、この場の雰囲気を演出している。老若男女、皆が皆祭りの気配に楽しそうな表情を浮かべていた。

 その中に、朝納たちは居た。


「あさなー、あさなー! 見るのじゃ、金魚が泳いでおる!」


 八末が指さす先には、(たらい)の中で金魚が泳いでいた。小さな子供たちがそれをすくって遊んでおり、とれた金魚は持ち帰れるようであった。


「……予想以上のはしゃぎっぷりじゃなあ」


 人ごみの中、朝納の苦笑する姿が見える。

 八末にとって人間の世界は、楽しくて楽しくて仕方がないのだろう。八末は生まれてからずっと、こうして人間の世界で遊ぶことを望んでいたからだ。

 だからこそ、嬉しくてはしゃいでしまう。


「あさな! 金魚じゃ!」

「そねーなこと言うが、金魚は食ってもまずいぞ」

「えっ」


 きょとんとした顔で、八末は朝納を見た。その顔は「お前は金魚を食べたことがあるのか」と尋ねている。


「一度だけじゃ」


 にやりと朝納が笑う。

 そのような会話をしていると、店主が朝納と八末を、不審な目で眺めてきた。

 朝納は気にしていない様子であったものの、八末は朝納の袖を引き、急いでそこから立ち去った。


「おいおい、八末。どけぇ行きょーんなら」

「金魚の出店の奴、ああいった目は良くないぞ」

「……そら、普通は金魚なんぞ食べんしな」


 冷静に呟く朝納の声は、祭りの喧噪のせいか八末には届かない。

 八末の心は複雑なのだろう。朝納はそれをよくよく理解していた。

 人間の世界に生まれ、穏やかに死にたいと願った八末である。妖怪となってしまった今でも、人間たちの中に居ることを願うのは、そこが曲がりなりにも故郷だからだ。

 だがしかし、八末はそこで手ひどく虐げられてしまった。

 この世界は好きなのに、どうしても人の目は怖いのであろう。


「よし、八末。花火見れるとこ、確保しょーか」

「おおっ、花火!」

「こっちじゃ。俺について来ぇ」

「うむ、朝納は良い場所を知っておるとみた。ならば、ついて行かぬ道理は無い」


 そうして二人は、屋台の群れから人気の無い山中へと足を向けるのだった。




 矢助がそこに足を踏み入れると、世界は急にしんと静まり返った。

 竹林がさわさわと揺れ、草いきれがむっとにおう。

 かつては信仰を集めていたのであろう神社も、既に参拝客は居らず、あとはただ朽ちていくのみであった。

 矢助は、こういった場所こそが、自分の在るべき世界であるように思えた。短く吐息をこぼし、境内の縁側に腰掛ける。縁側も、既に草や(かび)に浸食されてボロになっていた。

 ぼんやりと空を眺めれば、星たちが燦然(さんぜん)と瞬いている。風も気持ち良く流れていた。

 こうしていれば、その内にでも花火が上がることであろう。

 孤独は嫌いだが、既に慣れてはいた。それに、孤独を訴えたところで、誰かが手を差し伸べてくれるわけでもない。

 人の群れを通り抜けたせいか、感傷的になっているのだろう、寂しさがこみ上げてきた。

 このような気持ちは、日々感情を殺して生きてきた矢助にとっては、とても久しいものだった。

 思わず泣きそうな顔をしていると、ふと、足音が耳に入ってきた。


(誰だ)


 祭りの最中、このような場所に入ってくる者が居るとは。

 自分と同じ所在無き者か、あるいは、若い男女が高揚の余りに人気の無い場所を求めているか。

 前者ならば良いが、後者であれば追い出してやろうと思った。子供じみた考えであるが、今の矢助の心は、それほどまでにやさぐれていたのである。


「……神社か。わしらみたいな者が、良いのかのう」

「もう神も居らんとこじゃ。何の心配も無ぇ」


 耳を澄ますと、若い男女の声がした。

 腹の内に黒いものを飼いながら、矢助は身構える。心中の鯉口を切ろうとした。


「お。なんじゃあ、先客が居ったか」


 矢助の前に姿を現したのは、藍色の着物を着こなした粋な男だった。

 口には長い楊枝をくわえ、その姿は飄々とした雰囲気を感じさせる。矢助が想像していたような、ギラギラとした熱気は感じられなかった。


「まあ良いぞ、朝納。見晴らしも良いし、わしはここが気に入った」


 男の後ろから赤い着物の娘が飛び出す。

 娘を見た途端、矢助の心臓がドキリと跳ね上がった。


「…………」


 娘の右目には、矢助と同じように眼帯が当てられていたのだ。


(自分だけではない)


 その時の矢助といったら、普段は片目が無いこと嫌に思っていたのを、同じく片目の無い娘を見て、なぜだか(ひが)むような気持ちになっていた。

 なんとも勝手な話であるが、それもまた仕方のないことである。

 矢助には連れ合いが居なかったが、娘は一人ではないのだ。

 似てはいないが、朝納という男は兄だろうか。それとも、恋人だろうか。どちらにせよ、片目を失ったことで縁を切られた矢助にとっては、羨ましい話である。


(やはり、女と男では、世間の目は違うのか)


 そんなことは無いとわかっていながら、矢助は適当な理由を作り、心の中で己を卑下した。

 矢助の心を知ってか知らずか、娘は矢助にニッコリと笑いかける。


「ここ、空いておるかのう」

「……ああ」

「良かった。朝納、おぬしも共に座ろうぞ」


 娘は、朝納という男に手招きをしている。朝納は困ったように笑うと、娘の隣に座った。

 境内の縁側に、男女が並んで座っている。


「おぬし、名は何という?」


 娘が、顔を覗きこむように問いかけてきた。

「俺か。俺は、時光矢助という」


「二本差しということは、御武家さまかね」


 今度は、朝納と呼ばれた男が、長楊枝を口先でくるくる回しながら尋ねる。


「そうだ。今はしがない浪人だがな」


 浪人であるというのは、素袷(すあわせ)に袴という格好でわかった。ふむ、と朝納は頷く。


「そう言うそちらは」

「わしは八末じゃ。こっちの男は朝納という」

「やすえ。俺と一文字違いか」


 八末は矢助に何かを感じたのか、積極的に話しかけていたが、朝納にとっては、この状況はあまり好ましくない。

 なにせ、妖怪と人間の相席なのである。

 出立時には『外を歩くだけで、妖怪だと気づく人間は居ない』と言いはしたものの、こうして時間を共有するとなると、話は別だ。

 おまけに、八末はそう賢い娘ではない。どこかでボロを出さなければ良いが……。

 だが、朝納のその願いは、後に予想外な形で打ち砕かれることとなる。

 三者三様それぞれの思いを抱く中、花火が打ち上げられた。

 橙の光が黒い空を裂き、消えていく。


「…………」


 誰も、喋ろうとしなかった。

 あまりの美しさに、それを讃える言葉すら、無粋に思えたのだ。

 遠くで「たーまやー」「かーぎやー」という声が響いていたけれど、三人はそのような声を出すことはなく、ひっそりとしていた。

 矢助や朝納にとって、花火の記憶は古いものである。八末に至っては、花火を見ること自体が初めてであった。

 人間というものは、短い時間で発展を遂げていくものだ。

 花火とて、例外ではない。

 昔はしょぼくれたようなものに皆歓声をあげていたのに、今や空に大輪の花を咲かせている。

 矢助は自分の老いを感じていた。もっと前に見た花火は、こんなものではなかった。

 ちらりと横に目をやると、八末と名乗る娘はぼけーっと口を開けて花火に魅入っていた。食い入るような熱中ぶりである。

 心がやさぐれていなければ、きっと矢助も、あのようにして眺めていたことだろう。

 程なくして花火は終わり、後には切ない夏夜の香りが残った。



「では、俺はここで」


 花火が終わってすぐ、二組は神社で別れることになった。まだまだ桟橋や川沿いには人がたくさん居るようで、遠い光が眩しく見える。

 たった一夜の、それも花火の間だけという付き合いであったが、なんだかんだで矢助にとっては楽しい夜であった。


「気ぃつけられえよ」


 朝納が、矢助に笑いかける。その顔は今まで見てきた周りの人間とは違う、自然な笑顔だ。


「また会おうぞ、やすけー!」


 八末は、白く細い腕をぶんぶんと振ってくれた。

 つられて、矢助も腕を振り返す。

 お互い名は明かしたが、どこの者かは聞いていない。

 おそらく、もう会うことは無いだろう。

 長い間蔑まれた目を向けられていた矢助にとって、この夜は氷を解かすような夜であったのかもしれない。

 氷が解かされたからこそ、矢助はどこか寂しい気持ちを抱きながら、人々の間をくぐり抜けて長屋へと帰って行った。



「……さて、俺らもそろそろ帰るか」


 矢助の背中を見送った後、朝納はそう切り出した。

 けれど、八末の返事は無い。赤い着物の娘は、朝納の側でもじもじとしていた。


「八末? なんしょん。(かわや)か」

「乙女に向かって厠とは何事か」


 キッと猫の目が朝納を叱る。

 だが、その目はすぐにふにゃりと緩んだ。


「……八末?」

「ふ、ふ、ふ……」


 気味の悪い八末の態度に、朝納は嫌なものを感じていた。

 きっと、己は後で荘一郎に怒られるだろう。それならまだ良いが、祭りに連れて来たことを後悔するようなことが起こりそうであった。

 そして、その予感は、的中する。



「やすけ! 奴の名はやすけというのか! ふふ、わしの名前にそっくりではないか。これも運命じゃ。そう、運命じゃ!」



 八末は両の手の拳を握ると、興奮したように言い切った。

 いつもは飄々としている朝納の顔が、サッと青くなる。 つまり。


「朝納、聞いておくれ! わしは、恋をしたのじゃ!」


 ――ここに、化け猫による、恋物語が幕を開けたのである。

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