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第三話

 鶴、いや、晶平あきひらは、とあるあばら家の前に降り立った。

 周囲を確認してから人の姿になり、溜息をつく。

 足元に落ちた京国あつくにからの手紙を拾い、晶平はあばら家の中に入った。


 中は物が少ないため整理されているように見えるものの、部屋の隅には蜘蛛の巣が張り、木窓の隙間から差し込む光が埃っぽい室内を照らしている。

 このあばら家は、一人の老婆が住んでいた家だ。

 晶平が鶴としての暮らしていた湿地の傍で唄いにくる、寂しい老婆だった。もうずいぶん前に、死んでしまったけれど。

 京国にトラバサミから助け出され、なんとか恩返しはできないものかと考えた晶平は、老婆の残した三味線と、耳に残った唄を価値に変えることを思いついたのだ。

 そうして晶平は、ここで住み始めた。


 玄関を抜けて小上がりに座り、京国からの手紙を開く。

 果たしてどんなことが書いてあるのかと覚悟していたが、くしゃくしゃになってしまった紙には「また元気な姿を見せてくれ。あわよくば、初心者だがオレも三味線を弾いてみたい」という簡素な一文と共に、お世辞にも上手いとは言い難い鶴の絵が描いてあった。

 晶平は何度もその手紙を読み返し、床に背中を預けて手紙を抱き込む。

「(うれしい)」

 目を閉じて、疼く胸を抑えるように体を曲げる。

 今すぐにでも京国の所へ飛んで行きたかった。

 けれど、飛んだところで、今の晶平は前のように京国を喜ばせることができない。

 想像より早く限界を迎えた晶平の喉は、もう唄うことができなくなってしまっていたのだ。

 今は唄の代わりに機織りで稼いでいた。

 羽毛を織り込んだ布は保温に優れるため、高く売れるのだ。

 おかげで自分の羽根は、京国に指摘されたように、少し揃いが悪くなってしまったけれど。


 最初は少し恩返しができればと思っていたのに、京国と過ごしたあの吹雪の夜が、あまりにも温かく、晶平には何にも代えがたいものになってしまったのだ。

 どうにか京国を喜ばせたくて、一方通行でもつながりを持っていたくて、晶平は自分の羽根を毟る痛みよりも、人になれない自分自身に苦しんでいた。

 晶平は手紙を丁寧に折りたたみ、部屋の隅に置かれた三味線を手に取る。

 晶平は、京国から、人だと思われていたかった。

 だから、晶平を鶴だと勘付き始めている京国から、気味悪がられてはいないかと思うと、怖い。


 じっと考えこんで、爪先で弦をはじく。

 張りのゆるんだ間抜けな音に苦笑する。

 晶平はそのまま三味線を床に置き、ゆっくりと立ち上がると、旅支度を始めた。

 京国からどんなふうに思われようと、彼からの求めを見ないふりなんて、できようはずがないのだ。


 トラバサミと同じだ。

 下手に抗うほど、痛く苦しい。それならいっそ、とどめを刺されたかった。




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