第二話
「お世話になりました」
「ああ、またな」
すっかり吹雪が止み、白い雪が光を反射する朝。
晶平は京国に頭を下げて、町の方へ歩いていく。
まるで正月が終わってしまったような名残惜しさの中、京国は晶平の姿が見えなくなるまで戸口に立っていた。
そして、また元の静かな山での日々に戻り、しばらく。
京国が仕事へ行こうと戸を開けると、玄関先に何かが置いてあるのを見つけた。
油紙に包まれたそれを手に取り、中を開くと、塩や魚が出てくる。
町でしか得られないようなそれは、自分が購入した覚えはない。
しげしげと眺めてから周りを見るが、雪には人の足跡も見当たらず、言付けもついていない。
落とし物といった風情でも無いそれを、首を傾げながら、とりあえずは家の中に入れる。
その後も、定期的に、食べ物や着物、道具が玄関先に置かれるようになった。
少しの間は保管して、誰かが取りに来るか待ってみるが、そんな様子はない。
そうこうしているうちに次々に置かれるそれらは、自分が寝ている間か、仕事に出ている間に置かれているようだった。
誰が何のためにしているのか分からない。また、雪の時期だというのに足跡が無いということが不可解だ。
京国は置き土産の主を突き止めるために、玄関先で布団を敷いて寝始めた。
戸から漏れる寒気に体を丸める夜を数回過ごし、ある日の明け方。
鳥の羽ばたくような音と、何かが置かれる音がして目を覚ます。
バッと起き上がり、音を追うように戸を開くが、そこにはいつもの包みしかなく、誰もいない。
しかし空を見上げれば、まだ昇りきらない朝日の中、木々の向こうへ消える鳥の影が見えた。
足元の包みに視線を戻し、手に取ると、はらりと白い羽が落ちる。
にわかには信じがたいが、あの鳥が包みを運んでいるようである。
包みを解くと、手袋や足袋が出てくる。
「…ほぉん…」
鳥に手袋を売る商人はいない。
ということは、これを買って鶴に運ばせている人間がいるはずだ。
京国は町に降りて買った人間を探すことにした。
しかし、いくつかの店を回ってみるも、自分の玄関先に置いているようなものは売っていない。
どうやらこのあたりでは売っていない物らしい。
馴染みの店主に届けられた手袋を見せる。
「こういう、ちょっと奮発したもんを買いたかったら、もう少し大きい町に出た方がいいかね」
「そうだね。ま、このあたりじゃ客層から見ても、これ以上のもんは卸さんからね」
「そうかい」
「しかし面白いね。こないだ来た男にも同じようなことを聞かれたよ」
唄で稼いで良いものを買うにはどうしたらいいかってね、と店主は笑う。
その言葉に、京国はハッとした。
「それはもしかして三味線を担いだ男の芸人だったりするかい」
「ああ、そうそう、そうだよ。最初は女だと思ったが、話してみりゃ男でね。芸事で金をもらうならもっと大きな町へ行きなって教えてやったのさ」
間違いなくアキだろう。無事に山を降りて町を渡っているらしい。
ふと、彼の後ろ姿と、木々の間に消えていった鳥が頭の中で重なる。
まさかなと思いながらも、彼の向かった町の空から、京国はしばらく目を逸らせなかった。
真偽のほどを確かめるのなら、本人に聞いた方が早い。
京国は風呂敷を構えて玄関先に座る。
あいにくと猟師ではないため、傷つけずに捕まえる方法がこれしか思いつかなかったのだ。
技巧は無いが、忍耐なら自信がある。
待つこと数日、明け方に羽音が聞こえ、ぱっと戸を開ける。
そこにいたのは、見慣れた包みを今まさに地面に置こうとする、美しい一羽の鶴だった。
驚いた鶴が翼を広げるより早く、京国は風呂敷を鶴にかぶせる。
腕の中でバサバサと暴れる鶴を包みごと家に入れ、戸を閉めた。
「よっしゃ…まあまあ暴れなさんな、取って食うなんてしない」
ゆっくりと大人しくなる鶴に、腕の力を緩める。
「強引な事して悪いとは思う。だが、毎度毎度ものを置いてすぐに去って行きやがるから。礼くらい言わせてくれよ」
そっと開放すれば、鶴は起き上がり、やけに理知的に輝く黒い瞳を京国に向ける。
足と首をのばしてすっくと立つその姿は、なるほど縁起物として扱われるのにふさわしいものだ。
しかし野生にしては振る舞いが落ち着きすぎている。
「お前さん、随分と人に慣れてるな」
手の中の風呂敷を適当に畳み、鶴の運んできた包みを拾う。
ゆっくりと開けば、中には餅や味噌が入っていた。
「人がこうして紙に包んだもんを、ちゃんと摘みもせず運んで届けるんだから、相当賢いだろう。誰のお使いだ?」
もちろんただの鶴が答えようはずもないが、京国は半ば確信を持って鶴を見つめる。
「なんだ、つれないな、アキ?」
鶴は身じろぐように翼を膨らませるが、それ以上は反応しなかった。
まるで何も知りませんというように、ぴょこぴょこと鳥らしく頭を動かす鶴に、京国は苦笑する。
「じゃあ言伝を頼むよ」
京国は棚から、適当な紙を引っ張り出す。
さらさらと鉛筆を走らせると、折り目よりも更に小さく畳み、鶴の足に結んだ。
「よし」
そのままゆっくりと手を伸ばし、逃げるそぶりを見せないことを確認してから、羽根を撫でてやる。
「…お前さん、羽揃いがあまり良くないな。働きすぎちゃいないか」
鶴の羽根は白く美しいものの、少し不揃いで、ところどころ不自然に少ない。
「いっつも色んなもん届けてくれて、ありがとさん。でも、もう無理はすんな」
最期に一撫でして、戸を開けてやる。
鶴はひょこひょこと玄関を抜けると、翼を広げて飛び去って行った。
その姿を眺め、京国は顎を撫でる。
「健気で心打たれるじゃあないか」
なあ、と誰に言うでもなく呟き、京国は家の中に戻った。




