↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シークレットトラック  作者: 豊岡和人
そして音楽は続く
PR
81/84

そして音楽は続く(2)

「篠宮、修志くん?」


 通夜が終わり、線香の匂いが漂う会場を後にしようとした時に、その声は背後からかけられた。一度だけしか聞いたことがなかったが、印象深く頭に刻まれていた声だった。振り返るとそこには彩音の母が立っていた。


「はい」と、僕は小さく答える。僕の名前と顔が一致したのは、彩音から何か聞いていたからだろう。


「……そう」


 彼女は消え入りそうな声で呟いて、目を細めた。


 相変わらず、彩音との繋がりを感じさせない様相だと思った。先日病院で対面した時よりも、いっそう憂いが滲んでいるように見える。受け入れられない現実に呆然とするしかないのかもしれない。僕がそうであるなら、肉親の彼女はなおさらだろう。


「……これ、なんだけどね」


 彩音の母親は弱々しい声色のまま、片手を差し出す。なんだろうかと目を向けると、その手には純白の封筒があった。


「彩音から手紙を預かったの。あなたに渡してほしいって」


 思いがけない出来事に言葉を失う。喪服に重なる白色は、重苦しい空間からは浮いて見えた。僕は口を閉じたまま、それを受け取る。


 とても複雑な気持ちだった。彩音の言葉が書いているであろう便箋を送られる嬉しさ。しかし同時に、彼女の死を認めてしまう苦しさ。手に取った封筒を見つめながら感情の行き場を探す。


「……ありがとうね。あの子と仲良くしてくれて」


 立ち尽くしていると、彩音の母親がそう言葉をかけてきた。その面持ちはどこか辛そうに萎れたままだ。そして彼女は「それじゃあ」と、振り返って僕の前から去ろうとする。


 駄目だ、と僕は心の中で叫ぶように呟いた。このまま別れては駄目だ、と。


「――あの」


 次の瞬間、僕は反射的に彼女を呼び止めていた。彩音の母親は少し不可解そうな表情を浮かべて、もう一度こちらに向き直る。


 ここで別れたら、彩音の母親と会える機会はもう無いかもしれない。だから、今、言っておかなければならない。


「彩音は、音楽と共にある人生を生きることができて、とても幸せだったと思います」


 それだけは、絶対に伝えておきたかった。もしその想いが母親に届かなければ、彩音の音楽の全てが否定されるような気がしたのだ。


 伝えたところで彩音の母親は到底そんな風に思うことはできないのかもしれない。けれど、彩音自身が口にしたことであり、共に音楽を奏でた僕も偽りなくそう感じていた。


 なんと言葉を返してくるだろうか。僕は毅然と放ったにも関わらず、つい身構えてしまっていた。娘を亡くしたという不安定な心境で、赤の他人から不用意な言葉を投げかけられる。もしかすると気に障ったかもしれないと思った。


「――そうね」


 しかし、次に彩音の母がこぼしたのは想定外の一言だった。


「聴かせてもらったわよ、あなたたちが作ったアルバム」


「えっ」


 思わず間の抜けた声を漏らして目を丸くしてしまう。意外だった。僕たちのアルバムを聴いていたことがではなく、それをこの場で口にすることが。


「どれも良い曲だった。あの子が書いた曲から、あなたたちの演奏から、十分伝わってきたわ」


 そして彼女は、何か重荷を捨てたように、少し声を軽くして言った。


「ありがとう。彩音の人生を彩ってくれて」


 そうして彼女が見せた微笑みには、少しだけ、彩音の面影を感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。