What is music to you(9)
放課を知らせるチャイムが響いた直後に校内アナウンスの鐘が鳴った。
「二年六組の土田悠人くん。用事がありますので、至急二年二組の教室に来てください」
繰り返します、と男子生徒の声がスピーカーから放たれる。
自身に関係の無い放送だと分かるや否や、クラスメイトたちは何かに引き寄せられるように廊下へと出ていく。その人の流れに反して石川がこちらへやってきた。
「すごいね、御堂くんの言った通り」と、彼女は前の席に座る。
悪目立ちせずに土田に勧誘の声をかける、という目的のために圭一が提案した策は自身の人脈を生かしたものだった。放送部の友人に頼み、放課直後に呼び出しのアナウンスを流したのだ。自分たちで直接呼び出しても了承しそうにないのであれば、呼び出し主が分からないようにしてしまえばいい、ということである。その手の校内放送は教師陣しか利用できないと思っていたが、そこは放送部の権限を駆使したようだ。
圭一は運動部文化部に関わらずほとんどの部の人間に顔が利くらしい。新聞部での情報収集のためらしいが、皆が皆、圭一に何か弱みとなる情報を握られているがゆえに恭順しているのでないかと僕は推測する。
「しかしこれで本当に来るかなあ」
「大丈夫じゃないかな。ほら、昨日店長さんがスタジオを出る前に言ってたじゃん。あんな刺々しい雰囲気だけど根は真面目だって。少なくとも、何の用事かを確認しには来ると思うよ」
「そんな単純なもんかな」
瞬く間に人の減った室内には僕と石川の他に、一人の女子生徒しか残っていなかった。
「じゃあね、彩音ちゃん。また明日」
その女子も石川に軽く手を振って扉をくぐった。それと入れ替わるように圭一が教室へ入ってくる。
「とりあえずあれでよかったかな?」
「バッチリだよ。あとは土田くんが来るのを待とう」
確信しているように石川は言った。
それに微笑で返した圭一は「そういえば」と、口を開く。
「ちょっと気になってたんだけど、オリジナル曲ってもう何曲か完成してたりするの?」
「うん! それはもう!」と、石川は目を輝かせて即答した。
「とりあえずメロディが完成してるのが二曲あって、それは今アレンジしていってるところだよ。他にもメロディがだいぶ固まってきてるのが三曲ぐらいかな」
「へえ、凄いなあ。もうそんなにあるんだね」
「あわせて五曲ってことは、あれからまた新しいのができたのか」
「まあね、次のも自信作だよ!」
彼女は得意気にピースサインを掲げる。
「中間テストが終わったらまとめて聴いてもらおうと思っててさ。その頃には後で出来た三曲もだいぶ形になってるだろうし」
「なるほどな。で、中間テストの方は大丈夫なのか?」
「ちょっと、今はバンドの話をしてるんだよ。関係の無い話は控えてくれないかな」
石川は現実から目を逸らすようにゆっくりと窓外へ視線をずらした。夕暮れに何か思いを馳せるように哀愁漂う面持ちで遠景を見つめている。その瞳に映るのはひとえに諦観だろう。
「今回は補習を避けるために頑張るんじゃなかったのか?」
「……だってー」と、彼女は机に突っ伏した。
「曲を作り始めたら楽しくて止まらなくなっちゃうんだもん。一つのフレーズが思いついたら、そこからまた新しいイメージが湧いて別のフレーズが浮かび上がってきてさ。こう、水彩画を描くみたいに、どんどんメロディが色付いていくんだよ」
「そのバイタリティを少しでも勉強に回せよ」
「いいもん。もしもの時は御堂くんに勉強教えてもらうし」
既に『もしもの時』なのではないだろうか。
「ていうか、そういう篠宮くんはどうなのさ。成績良いの?」
「……石川以上、圭一未満だな」
「それじゃあ幅が広すぎて分かんないよ」
彼女は暗に自分の成績の低さを示す。
「まあ、ボチボチってところだよ。一年の時は毎回真ん中ぐらいの順位だった」
「そんなに人のこと言えるほどのレベルじゃないじゃん」
「それでも石川よりは上だからな。いざとなれば俺も圭一に教えてもらうし」
「僕に拒否権は無いのかな」
圭一が言った後に一瞬の間を挟んで、僕と石川は顔先に両手を合わせて彼へ恭しく一礼した。
「まあ、べつに構わないけど」と、圭一は小さく嘆息する。
「僕に教えられることがあればだけどね。あまり期待はしないでおいてほしいな」
学年一位が何を言う、と喉まで出たが言葉を止めた。
「けどちゃんと自分でも勉強しておきなよ。まったく頑張る気の無い人に教えるつもりはないからね」
「…………………うん、もちろん!」
石川が答えるまでの間は、放たれた言葉への猜疑心を甚だしく膨らませる。
その時だった。ガラリ、と教室の扉が気怠そうに開いた。僕たちは音の方向へと首を向ける。そこには待ち人の姿があった。




