What is music to you(8)
『はい! 任せてください! なんなら今から!』
勢い込んで土田のもとへ向かおうとする石川を制したのち、僕たちはスタジオを後にして近隣にある小さな公園を訪れていた。隅に建てられた東屋の下、木製テーブルを囲うようにして置かれたスツールに三人で腰をかけている。眼前のグラウンドでは、何人かの小学生が声変わり前の楽しげな声を響かせて遊びに興じていた。
「それで、どうしようか?」
隣で口を開いた圭一を一瞥して、僕は小さく唸りながら頭を持ち上げた。屋根を挟んで広がる午後六時の空は青が薄くなっているが、まだ赤に染まり切っていない。
「もちろん、もう一回声をかけてみるしかないよ!」
なんの躊躇いも無く石川は声高に放つ。そんな彼女に視線を落とした後、僕はもう一度呻る。石川なら間違いなくそう言うだろうとは思っていた。
「でもなあ。店長はああ言ってたけど、実際一回断られてるわけだし」
僕の言葉に対して石川は首を横に振る。
「今日はいきなりだったし、ベースやってるって知らなかったからすぐ引き下がっちゃたけど、次はもっと粘り強くいこう! 三人で取り囲んで話を聞いてもらおう!」
「そんな強引に……」
「せっかくあんなに上手な人が近くにいるって分かったのにすぐ諦めちゃうなんて勿体ないよ」
「そうは言ってもやっぱり土田本人が嫌がるだろ。石川はともかく俺と圭一はまだ初心者みたいなもんだし。仮に入っても、またすぐに嫌になって辞める可能性も高いと思うけど」
「そこは練習を重ねていったらなんとかなるよ!」
駄々をこねる子供のように打てば響く返答が繰り出されてくる。分かっていた。彼女が一度決断したことを容易に諦めようとしないことは。
「というかべつにそこまで土田にこだわらなくてもいいだろ」と、僕は言う。
「そりゃ同じ学校の同級だから色々と都合はいいし、苦労してせっかく見つけたチャンスだけど、また他に探していけば――」
「いいや」
石川は立ち上がりながら僕の言葉を鋭く遮った。
「たしかに頑張って探せば他の人が見つかるかもしれない。けど、店長さんが言ってたように土田くんが今、音楽を楽しめていないのなら、だからこそ私は一緒にバンドを組みたい」
そして、彼女はこちらに真剣な眼差しを向けて続ける。
「一緒にバンドを組んで、演奏して、そんな考えを払拭したい。音楽は楽しいものだってことを思い出させてあげたい」
絶対に、と石川は一つ呼吸を置いて言った。
「音楽が人を不幸にするなんてことは、絶対にあっちゃいけないんだ」
強い意地を感じさせられる語勢に僕は言葉に詰まってしまう。同時に先刻の教室でCDを聴いていた際にも似たような台詞を吐いていたことを思い出す。
『音楽に関わる人間が不幸になってはいけない』
もしかするとそれは、彼女の父親の身に降りかかった過去があるゆえの意思なのかもしれない。もちろん音楽と病に直接の関係があるわけはないだろう。しかし、音楽に生きた父親に不幸が訪れたという事実は存在する。関係が無くても心のどこかで繋がってしまうものがあるのだろうか。僕や圭一が知らなくて、彼女だけが知っている感情があるのかもしれない。
僕は小さくため息を吐いた。
「分かったよ……とりあえずもう一回声かけるだけかけてみるか」
根負けするように石川の希望を飲み込む。なんだか最近は誰を相手にしても、全て勢いで丸め込まれているような気がする。
「うん、そうしよう!」
と、彼女は圭一の方を向いた。僕も同じく顔を窺うと、圭一は涼やかな微笑みを浮かべる。
「僕ももちろん構わないよ。あんなに上手な人と演奏できるなんて凄く楽しそうだしね」
僕と反してずいぶんと前向きな姿勢である。
「決まりだね」と、石川は嬉しそうに声をあげて左手を高々と持ち上げた。
「じゃあ早速、明日学校で声をかけにいこう。ぐずぐずして鳶に薩摩揚げをさらわれちゃいけないからね」
「油揚げな」
気づけば、先ほどまで辺りから聞こえていた溌剌とした声が小さくなっていた。グラウンドの端では数人の少年たちが別れを惜しむように自転車へ跨ったまま話し込んでいる。
「しかし声をかけるにしてもどうするかなあ。今日みたいに昼休みに行くとあんまり時間は取れないし、かといって直接放課後に呼び出してもあいつが素直に来るとは思えないし」
「うーん、じゃあ放課後に六組の教室の前で待ち伏せしとこうよ」
「強行策だな……まあ、それが一番手っ取り早いけど」
今回の誘いを土田が受け入れるにしろ断るにしろ、結論を出すのは早いに越したことはない。あまりのんびりしていると忌まわしき考査期間に突入してしまう。そうなると中間考査が終わるまで勧誘どころではなくなる。
「でもあんまり目立つようなことはしたくない気もあるけどな」
僕は腕を組んで本心を呟く。すると直後に、
「あ、そういうことなら」
と、圭一が軽やかに一つの提案を口にした。




