惑星竜の上で行われる自由への戦い
死すらも超越した世界は、楽園なりえるのか?
惑星竜、天道龍の配下の八百刃獣で、比較的最近に魔獣から八百刃獣入りした。
その名の通り、惑星サイズの竜で、人間では、全身を目視するのも困難な存在。
それ故に特殊な仕事が多い。
人は、不自由と言うが多くの自由を持っている。
自由が自由で無いと思うのは、ルールを守っているからであり、あくまで二次的な不自由である。
しかし、真に自由で無いと言うことは、どの様な状況であろうか。
得に死ぬ自由が無いと言うのは、如何なる世界なのか。
一人の男が高さ百メートルを越すビルから飛び降り自殺をした。
男は、家族を奪われ、生きる希望を失っていた。
地面に激突し、その体が粉々になり、間違いなく男は、一度死んだ。
数時間後、男は、目を覚ました。
「やはり死ぬ事も出来ないのか……」
男の前には、仕事道具が並べられ、仕事の時間がやってくる。
男は、諦めた様に仕事を開始した。
全ての人間の数がコントロールされた世界、生きるも死ぬも全てをシステムが決め、誰もがそれにそって人生を送る。
どんなに幸せな人生を送っていても、いきなり死を宣告され、殺される。
逆にどんなに人生を嘆いていても死ぬ事も許されず、生かされ続ける。
このシステムには、理由があった。
この世界の医療技術は、極端に発達してしまった。
例え死亡しても、僅かな遺伝子情報と記憶のバックアップがあれば、その人間を復活させる事が出来るのだ。
多くの先天的な遺伝子病まで克服され、老化すら制御されてしまった。
死ぬ要因が無くなってしまったのだ。
そんな状況で、爆発的に増加したのは、自殺であった。
自ら死を選ぶ人間が極端に増えたのだ。
しかし、自殺したとしても親類縁者からの要望で生き返らせられてしまう事が大半で、成功する事は、無かった。
発達した技術が宇宙にも居住地を作っていた為、減る事のない人類が生きる土地に困る事は、無いのだが、死なない、死ねない人間は、歪みを生み、多くの狂気による犯罪を増加させた。
そんな中で人々は、システムによる生死の管理を始めてしまった。
社会に有益な人間を生かし、有害と思われたり、貢献度が低いとされた人間に死を与えた。
有害は、簡単だ、犯罪者などは、あっさりと死刑を宣告されるケースが多かった。
問題は、貢献度が低いとされる人間の判断である。
小さな喫茶店、高級そうなスーツを着た若者が居た。
彼の名は、カイサス=エンテラ、高学歴を持ち、一流企業に勤める、正に貢献度が高いと評価される男性だった。
そんな彼の前に一人の女性が現れる。
バーゲンで買ったと思われる服を修繕して着ている上、化粧もあまりしていない。
決して美人ともいえない女性、タミー。
ファミリーネームが無いのは、彼女が捨て子で、施設育ちだからだ。
「いきなり呼び出してごめんなさい」
頭を下げるタミーにカイサスが苦笑する。
「気にするなよ、俺たちは、恋人同士だろ」
そう、二人は、恋人同士であった。
二人の出会いは、路上で売れない絵を売っていたタミーに散歩していたカイサスが声を掛けた事から始まる。
生まれも育ちも異なる二人であったが、そんな二人だからこそ、お互いに無い部分に惹かれあい、何時しか付き合い始めて居た。
タミーが幸せそうな顔で言う。
「あたしは、カイサスと出会えて幸せだったわ」
過去形の発言にカイサスが眉を顰める。
「何を言ってるんだ、これからもっと幸せになるんだ。今は、両親が反対してるから結婚出来ない、でも直ぐに説得して結婚するんだからな」
強い意志を持って告げられたカイサスの言葉にタミーが首を横に振る。
「駄目よ、あたしは、一ヵ月後に死ぬ事が決まったから」
立ち上がるカイサス。
「冗談だろ!」
タミーが自分の所に送られてきた死亡通知を見せる。
「あたしの社会への貢献度の増加が認められないって。ゴメンナサイ」
カイサスは、死亡通知を破り捨てる。
「ふざけるな! 何が社会への貢献度だ! お前より死ななきゃいけない人間なんて幾らでも居るだろうが!」
「システムには、逆らえない。カイサスだって知ってるでしょ?」
タミーの諦めきった顔にカイサスが苛立つ。
しかし、カイサスも理解していた、システムに逆らうのは、本当に不可能だという事を。
この世界は、完全にシステムによって統括されている。
システムから外れた人間には、一粒の米を手にする事も出ない。
その為、この世界には、ホームレス等存在しないし、存在できない。
「カイサス、あたしの分まで長生きしてね」
哀しいまでに儚げな笑顔を見せるタミーであった。
苛立ちを抱えたまま家に帰ったカイサスを待っていたのは、見合いの話であった。
「お前も、もう直ぐ二十五だ、家族を持っていなければ出世に影響がでる。貢献度をあげるには、子供を作る事も有効だからな」
父親の言葉にカイサスが怒鳴り返す。
「親父、俺は、好きな人が居るって言ってるだろ! 結婚するんだったらその人と結婚するよ!」
母親が作り笑顔で言う。
「カイサス、貴方のその気持ちは、若さゆえの気の迷いよ。ファミリーネームも持たない女性と結婚しても、貢献度が高い子供は、生まれないわ」
カイサスは、壁を叩く。
「二人とも貢献度、貢献度ってそれでしか人を見れないのかよ! 俺は、タミーの絵が好きだ。確かに売れてないが、人の心を癒してくれる。俺は、タミーと一緒に居るだけで幸せなんだ!」
カイサスの心からの言葉に父親は、淡々と告げる。
「そんな感情論は、システムには、伝わらない。本当に幸せに生きるには、システムに解る形で貢献度をあげるしかないのだ」
「何がシステムだ! 所詮は、人が作ったもんだろうが! システムなんてくそ食らえ!」
システムへの反意、この世界では、一番のタブーである。
慌てた母親が宥めに入る。
「落ち着きなさい。大体、あの女は、もう直ぐ死ぬんでしょ?」
その一言にカイサスが反応した。
「どうして母さんがそれを知ってるんだ?」
母親の顔が思わず口を押さえ、父親を見てしまう。
カイサスは、その父親の顔を見て気付いた。
「まさかタミーに死亡通知を出させたのは、親父なのか!」
父親は、肩をすくめる。
「元々貢献度が低かったのだ。知り合いの先生に僅かな寄付をしただけであっさりと死亡通知が発行された。所詮は、その程度の女なのだ」
掴みかかるカイサス。
「ふざけるな! タミーは、タミーは、あんた達みたいな冷血人間よりよっぽど俺を幸せにしてくれたんだよ! 生きる希望を与えてくれたんだよ!」
「関係ない。どんなに生きる希望があろうが、システムに貢献度が低いと見なされたら死ぬしかないのだからな」
父親の冷たい言葉にカイサスは、絶望し、家を飛び出していた。
「すまない!」
タミーの家に直行し、何度も頭を下げるカイサス。
「俺が、俺の親が、お前の死亡通知を発行させた。謝って許される事じゃないのは、解ってる。でも……」
悔しさに強く握った拳から血が滴り落ちるカイサスにタミーは、優しく語り掛ける。
「良いんだよ。カイサスのお父さんが動かなくてもそう遠くない時に死亡通知が届いていたわ」
タミーの部屋には、売れない絵が溜まっていたが、それ以外物は、殆ど無かった。
「アルバイトをして画材を買って絵を描いて売る。でも売れなくて、生活費が無くなって身の回りの物を売って、その日の生活費を得る。そんな生活が長続きするわけが無かったのよ」
空虚な笑顔。
しかし、それでもその顔には、満ち足りた物があった。
「俺は、両親に勧められる大学に行き、今の会社に入った。社会への貢献度をあげる事だけを考えて生きてきた。そんな時、お前の絵が目に入った。有名画家の絵を沢山観て来たが、お前の絵には、それらには、無い生活感が漂っていた。何処にでもある日常がそこにあったんだ」
タミーの絵が売れない理由、それは、絵に刺激が無い事であった。
一流画家の様に一枚の絵でいくつもの物語が描かれている事も無い。
そこには、平穏な日常のワンシーンが暖かく描かれていたのだ。
当然、評価は、低くなるのは、しょうがない事であった。
「でも、それこそが大切なんじゃないのか? 俺は、お前の絵に癒された。お前の絵を観て、生きたいと思えたんだ」
カイサスの言葉にタミーが涙を流す。
「初めてかも、そんなに絵を褒めてもらったの」
カイサスは、タミーを強く抱きしめた。
「逃げよう、システムに管理されたこの世界から」
こうして二人の逃亡劇が始まった。
広大な宇宙、逃げ道は、多くあると思われるかもしれないが、それは、ちゃんとした航行技術を持つ人間だけが言える事である。
宇宙船の操縦すら出来ない若い二人には、システムに管理された移動手段を活用するしか道が無かった。
それでも、出来るだけシステムに頼らず、移動を続けた。
そして、一つの星に行き着いた。
そこは、システムに反意を持つ者たちの集まる星。
独自の生活サイクルを作り、システムに管理されない生活を維持していた。
カイサス達は、そこで農作業の手伝いをしていた。
「そこの若いの、サボってないで働け!」
元気に鍬を振る老人に言われて、ヘロヘロに成りながらも畑を耕すカイサス。
日がくれ、ボロボロの小屋に戻るカイサス。
「お疲れ様」
タミーが自分の採ってきた山菜のスープを出してくれる。
「すまないな、俺がもっと働けたら、ちゃんと食料を貰えるのにな」
カイサスが情けなさそうにいうがタミーが首を横に振る。
「良いんだよ、これが生きてるって事なんだから」
カイサスも肉刺だらけの手を見て強く頷く。
「そうだよな、これが生きているって事だよな」
その時、小さな女の子が走ってきた。
「おじいちゃんが、おじいちゃんが!」
泣きながら何かを訴える女の子、戸惑いながらもタミーが話を聞きだす。
「それじゃ、お祖父ちゃんが亡くなったのね?」
泣きながら頷く女の子。
「嘘だろ? 俺なんかよりよっぽど元気に働いてたんだぞ?」
戸惑いを隠せないカイサス。
そして、通夜の席、信じられない思いで、手を合わせるカイサスに老人の奥さんが言う。
「何時死ぬか判らない。死んでも生き返れない。突然の死が残された者を悲しませる。これが、システムから離れるって事だよ」
何とも言えない顔になるカイサスに老人の奥さんが続ける。
「でも、管理された生死なんて、間違っている。生きたいと思い、精一杯生きて、寿命のままに死ぬ。それが人間の本来の姿なんだよ」
その目からは、一滴の涙が零れていた。
通夜からの帰り道、カイサスが呟く。
「お前を失いたくなくて、ここに来た。でも、ここだと、お前を突然失う事もありえるんだよな?」
タミーが静かに頷く。
「俺だけ、システムのある世界に戻って貢献度を上げてお前を迎えにくれば、お前を失わなくて済むかもしれない」
カイサスの言葉にタミーが足を止め、月明かりの下、広がる自然を見つめて言う。
「でも、それって不自然ですよね?」
カイサスが最初は、五月蝿いと思うだけだった蛙の鳴き声を聞きながら答える。
「そうだな。ここでならお前の死を受け止められる気がする」
「あたしは、カイサスが亡くなったら、死ぬほど泣くわよ」
タミーの言葉にカイサスが苦笑する。
「それは、困ったな。俺が長生きするしかないな」
笑い合い、ここでの生活を続ける道を再確認する二人であった。
数年後、カイサスも農作業に慣れ、二人の間には、子供も生まれ、幸せな生活を送っていた。
そんな平和な生活にまさに影が差した。
巨大な戦艦が太陽の光を遮ったのだ。
直ぐに通り過ぎたが、それは、この星の行き先に大きく影響を与える物である事は、容易に想像できた。
この星に住む人々が集まり、長老が告げる。
「大人しくシステムに復帰せよと、システムからの最終勧告じゃ。もしも従わない場合は、排除すると言ってきておる」
ざわめきが起こる。
「戻るしか無いのか?」
「いきなり死ぬよりはましか?」
そんな弱気な意見が続く中、カイサスが問い掛ける。
「システムに戻って本当に生きてると言えるのか?」
戸惑いが生まれる。
「どういう意味だよ?」
カイサスが遠い目をする。
「俺は、システムに居た頃は、生かされていたと思う。ここでの生活は、苦しいが、生きていると実感出来る。システムにとって俺たちは、単なる歯車でしかない。例え壊れようと修理して使い続けられる歯車だ。それで本当に良いのか?」
住人の殆どが、システムに嫌気がさしてこの星にやってきたのだ、その気持ちは、理解出来た。
そんな中、一人の母親が告げる。
「私達は、元から覚悟を決めているから良いわ。でも、子供たちまで巻き添えにして良いの?」
その言葉には、カイサスもタミーの抱く自分の子供を見て黙ってしまう。
「だからこそだと思います。あたしは、自分の子供がシステムの判断で、死亡を決められるなんて絶対に嫌です。親の傲慢かもしれません。どんな生き方でも生きている方が良いと言うかもしれません。でも、他人に生死の選択権を奪われた人生を子供に歩ませるなんて、もう出来ません!」
タミーの心からの言葉に誰と無く賛同の声が上がる。
「そうだ、あんな辛い思いを子供にさせられる訳がないんだ」
「システムが決めたからって、好きな人間が死んで行くなんて残酷な目に合わせられない」
こうして、住人の気持ちは、決まった。
「我々は、この星と共に最後まで生きる。それ良いのじゃな?」
長老の言葉に、多くの者が頷き、僅かな者がシステムに管理された世界に戻っていった。
その後も戦艦の影が横切る中、カイサスは、淡々と畑仕事を続ける。
カイサスだけでは、無かった。
多くの星の住人は、目の前に迫る死を感じながらも日々の生活を今まで通りに過ごすのであった。
システムからイレギュラーの殲滅の役目を背負わされた戦艦の艦長が小さくため息を吐く。
「愚かな連中だ。しょせんは、貢献度が低く、死亡通知を受けた者達だ。どうせ死ぬのだから、ここで死んでも構うまい。やれ!」
その言葉に答え、戦艦から放たれた光弾が、星を砕こうとした。
しかし、その光弾は、かき消された。
思わず立ち上がる艦長。
「馬鹿な、何が起こった!」
オペレーターが困惑しながらも状況を解析する。
「想定外の力です。我々の常識では、ありえない事です!」
「もう一度だ!」
艦長がそう叫んだ時、目の前の星が消えた。
呆然とするしかないクルー達であった。
時が流れ、カイサスとタミーの子供が大きくなった頃。
「結局何が起きたの?」
子供の問い掛けにカイサスが首を傾げる。
「俺にも解らない。ただ、俺達が住んでいたこの星がシステムの及ばない場所に瞬間移動していたんだ」
子供も眉を顰める中、家族の絵を書いていたタミーが告げる。
「きっと、神様が奇跡を起こしてくれたのよ」
苦笑するカイサス。
「そう思う事にしておくか」
多くの技術が失われ、多大な苦難を抱え込みながらもカイサス達とその子孫は、たくましく生きていくのであった。
八百刃の神殿。
「惑星竜、これは、イレギュラー過ぎないか?」
白牙の指摘に、カイサス達の住む惑星として経過観察をしていた惑星竜の本体が困った顔をする。
「まだ観察期間が残っていましたので、仕方なくです」
完全な言い訳であった。
「お前の仕事は、あくまで、完全管理システムとそれに反意を持つ者達の観察だ。それを、こんな事をしては、意味が無いだろうが」
返す言葉も無く黙ってしまう惑星竜。
「別に良いよ。知りたい事は、解ったから」
八百刃の言葉に白牙が尋ねる。
「知りたい事とは、何ですか?」
八百刃は、指で円を描きながら告げる。
「システムのから抜け出す困難とそれを続ける意志を持ち続けられるか。突然の死は、計画された死しか知らないあの人達には、大きな衝撃と動揺を与えた筈。それでも、システムに戻る事を拒んだ。そこに意味があるんだよ」
白牙も軽くため息を吐いて言う。
「しかし、あんな世界を作るなんてオールド達も何を考えているんだ?」
「安定した信仰心の増加を約束した世界。元々管理派の神様には、都合の良い世界だった」
八百刃の言葉に惑星竜が確認する。
「それでは、駄目なのですか?」
八百刃が頷く。
「少なくともあちき達が求める世界の姿じゃない。世界は、もっと進化しなければいけない。神の管理の中でしか生きられない世界は、神の存在で簡単に左右される。管理派と監視派との戦いの中で多くの世界が犠牲になった。あちきは、そんな事がない強い世界を作って行きたいの」
「自分達の存在意義を失いかねない発言だな。間違ってもオールド達が聞いたら反発するだろうな」
白牙のボヤキに苦笑する八百刃。
「そうだね。でもそれが出来なければあちきが最上級神をやっている意味が無いんだよ」
その強い意志を見せる姿に惑星竜が感服する。
「尊いお考えです。この惑星竜、全霊をもってお手伝いさせて頂きます」
そして、惑星竜の分身が消えた後、八百刃が冷や汗を垂らす。
「でもさ、この後、色々大変だよね?」
白牙があっさり頷く。
「当たり前だろ。間違いなくオールド達は、クレームをつけてくるぞ」
八百刃は、疲れた顔をして言う。
「胃が痛くなりそう」
「そんな訳無いだろう。頑張れよ、責任者」
白牙の適当な励ましの言葉に情けない顔で頷く八百刃であった。




