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影走鬼に残る人の心

影走鬼が持つ人としても思いとは?

 影走鬼、彼は、かつて人間であった。

 その存在を影に堕とそうとも、救いたい人間が居た。

 そんな彼は、長い年月が経ち、完全に八百刃獣となっていたと思われた。

 しかし、そんな彼の人間の部分を刺激する者が居た。



「今日は、遅かったのですね」

 そうコーヒーをテーブルに置くのは、この喫茶店のウエイトレスの少女、ミーナス。

 そして、答える男は、この喫茶店の常連、エードと名乗って居た。

「色々と忙しくてね」

 苦笑しながらコーヒーを啜る。

「はい、サンドイッチセットです!」

 ミーナスの後からやってきた新人のウエイトレスを見てエードがコーヒーを噴出す。

「大丈夫ですか!」

 慌てるミーナスに微笑みかけながらエードが告げる。

「大丈夫。それより、新しいコーヒーをお願いしたいんだが?」

「直ぐ持ってきます!」

 慌てて戻っていくミーナスを尻目にエードが新人ウエイトレスを見る。

「何のつもりなのですか八百刃様?」

 新人ウエイトレスをやっている八百刃の分身が苦笑する。

「色々とあってね。それより、例の調査は、進んでる?」

 エード、八百刃獣の一刃、影走鬼がため息を吐きながら報告する。

「この世界の人間は、もう直ぐ、あの兵器を完成させてしまいます」

 その答えに八百刃が少し考えてから命令する。

「調査を続行。最悪、例の兵器を完成させても良い。ただし世界を滅ぼす程の暴走したら処理して」

 それを聞いて影走鬼が複雑な表情をする。

「暴走する前に止めるわけには、行かないのですか?」

 八百刃は、頷く。

「例の兵器を作ろうとした世界は、ここが初めてじゃない。もしかしたら、例の兵器は、進化の通過点なのかもしれない。それを見定める為にも、貴方には、傍で調査を続けていて欲しい」

 影走鬼が辛そうに頷く。

「了解しました」

「お待たせしました。これは、当店からのサービスです」

 ミーナスが噴出したコーヒーの代わりを持ってきた。

 影走鬼、エードが慌てて言う。

「別に構わないよ。それより、店を汚してしまってすまなかった」

 ミーナスも手を横に振る。

「こちらこそ、こんな小さい子が料理を持ってきて驚きますよね。これでも仕事は、ちゃんとしてくれるんですよ」

 八百刃の頭を優しく撫でるのをみて顔を強張らせるエードであった。



 影走鬼、エードは、この世界では、上位に入れない勢力の軍事研究所に居た。

 そこで研究されている兵器こそ八百刃が気にかけていた兵器だった。

「ソウルキャノン、これが完成すれば、我が国が世界を統べることも可能だ」

 研究所所長、マクールがその為の実験を今日も続けていた。

 その様子を、研究員の一人に成りすまして調査を続ける影走鬼がソウルキャノンの説明を思い出す。



 影走鬼は、今回の目的を伝える為に八百刃の神殿に呼び出されていた。

「結局のところソウル兵器の一種なのですね?」

 影走鬼の問い掛けに八百刃が頷く。

「そう。ただし、問題は、この兵器は、そのエネルギーを使用したものだけでなく的になった者も含むって事。最初の威力は、弱くても連鎖的に威力が強まり、まるで波がどんどん高くなるようにその世界を覆い尽くす可能性がある禁止兵器だって事。今までは、開発段階でこちらから干渉して、開発を防いでいたけど、今回は、それを監視レベルで留める。貴方には、万が一の場合の事を想定して監視をお願いしたいの」

「了解しました」

 頭を下げて仕事を開始しようとした影走鬼に八百刃が告げる。

「一つだけ忠告、あの世界は、あの子の魂と近いものが存在してる。それだけは、覚えておいて」

 一瞬だけ動きを止める影走鬼だったが、歩みを再開させる。

「どんな事があろうとも八百刃様の命令を遂行します」



 影走鬼、エードは、実験結果をまとめながら、その先が見えていた。

「このままでは、ソウルキャノンは、暴発して、この国を飲み込む。そうすれば……」

 エードの脳裏に浮かんだのは、ミーナスの顔であった。

「八百刃様の忠告は、何時も的を射ている。会ってしまったのも偶然では、無い。魂が呼び合ってしまったのだろう。だからこそ八百刃様があそこに居たのだ」

 沈痛な表情で仕事を再開するのであった。



「実験は、新たな段階に到達した。この実験が成功すれば、完成は、目前だ」

 主任研究者が実用目前のソウルキャノンを誇り、研究員達が歓声をあげる。

 その様子を冷めた目で見ながらその場を立ち去るエード。

 その足は、自然とミーナスの働く喫茶店に向く。

「いらっしゃいませ!」

 変わらぬ笑顔を向けてくるミーナスに辛そうな顔をするエード。

「エードさん、大丈夫ですか?」

 慌てて近寄るミーナスに無理に笑顔を作ってエードが答える。

「大丈夫」

 そして、席に着いたエードに八百刃がコーヒーを運んできた。

「何時もので、構いませんよね?」

 目の前のコーヒーを凝視するエードに八百刃がため息を吐く。

「彼女だけ逃がすのは、ありだよ」

 驚き表情で八百刃を見るエード、影走鬼。

「しかし、それでは……」

 八百刃が肩をすくめる。

「たかが、喫茶店のバイト一人居なくなったところで影響は、殆ど無いよ」

 唾を飲み込む影走鬼に八百刃が淡々と告げる。

「だけど、それをすると言うことは、貴方が多くの命を見捨てたのに、たった一人の命を救った事実を永遠に背負い続ける事になる。それだけは、忘れないで」

 八百刃は、そのまま次の客の所に向かう。

 コーヒーに正に口をつけるだけのエードをおかしく思いミーナスが話しかけてくる。

「どうかなさいましたか?」

 エードが覚悟を決めた。

「ここにお金がある。これで、南の島に行ってくれないか?」

 いきなりの展開に顔を真赤にするミーナス。

「そんな、いきなり告白されるなんて……」

『馬鹿、それだと恋の告白に聞こえるぞ』

 八百刃がテレパシーで忠告するとエードが慌てて言い足す。

「違うんだ、南の島に行って欲しいのは、君だけだ。理由を聞かないでくれ」

 ミーナスが戸惑う。

「どういう事ですか?」

 エードが慎重に続ける。

「この町は、ある危険に晒されている。しかし、それを公にする訳には、いかない。君だけは、逃げて欲しいのだ」

 エードの真剣な表情にミーナスも真剣な言葉を返す。

「私一人が逃げる訳には、行きません。もしも、そんな事をしたら一生後悔します」

 拳を握り締めるエード。

『どうしても死なせたくないんだったら、力尽くでやったら』

 八百刃の冷めた提案すらエードは、本気で検討した。

 しかし、それをやったら、全てが台無しになると解ってしまった。

「変な事を言ってすまなかった」

 そして喫茶店を出て行くエード。



 一週間後、ソウルキャノンの試射が行われようとしていた。

 その結果をエードは、知っている。

 間違いなく、国一つ消滅する大惨事になる事を確信しながら何も出来ないで居た。

「それでは、始める」

 犠牲になる魂は、敵国の捕虜。

 血走った目で研究者達を憎悪の視線で見ている。

「お前の魂は、我が国の新しい一歩の為に使われる。光栄に思うが良い」

 スイッチが押された。

 捕虜の魂がソオルキャノンに吸い込まれていく。

 その魂が破壊力に変化され、目標を消滅させた。

「実験は、成功だ!」

 歓声が上がる中、エードが目をつぶる。

「終りの始まりだ」

 消える筈の光が増幅していく。

「何故だ?」

 困惑する研究者達。

「簡単な話だ、光の形をとっているが、あれは、人の魂、それもお前達を恨んでいる人間の魂だ。その思いが破壊力に変わるとしたら、その目標は、何になるかは、簡単だろう」

 エードが説明する中、光が広がり、研究者達を飲み込み、更なる光が生まれる。

「やだ! 死にたくない!」

 一斉に逃げ出す研究者達。

「馬鹿が、魂の光から逃げる術など無い」

 エードの呟きと同時に一気に広がった光は、研究者だけで無く国中を包み込んでいくのであった。

 憎悪から生み出された光がその恨みの対象である人々の取り込み、消滅させる筈だった。

「おかしい、連鎖消滅が起こらない?」

 本来の姿に戻ってしまっている影走鬼の前に八百刃の声が響く。

『計画は、失敗。なかった事にするよ』

 次の瞬間、全てが発射前の状況に戻っていた。

 そして、困惑する研究者達だったが、自分達が体験した恐怖に打ち震え、ソウルキャノンから離れていくのであった。



「何があったのですか?」

 エードの姿で喫茶店に来た影走鬼の質問に八百刃がコーヒーを出しながら答える。

「ミーナスさんの所為だよ。彼女があの瞬間、混乱する魂達の中、唯一冷静さを維持して、あの状況で伝わってくる憎悪に正面からぶつかった。その結果、憎悪と慈愛の心が均衡をとり、連鎖消滅が起こらなかった」

 状況を知り影走鬼が頭をさげる。

「すいません。私のわがままの所為で、今回の計画の全てを無駄にしてしまいました」

 八百刃が苦笑する。

「あちきが許したんだ、謝る必要は、無い。それよりも今回の件は、色々と参考になった。ミーナスさんと今後のソウルキャノンの開発については、今後とも監視を続けてね」

 その言葉を最後に八百刃が消えた。

「エードさん、いま誰かと話していましたか?」

 首を傾げる八百刃の記憶を一瞬で消されたミーナスにエードが慌てて言う。

「すいません、研究の事で思わず独り言をしゃべっていました」

「そうですか、研究、頑張ってくださいね」

 去っていくミーナスの後姿を見て安堵の息を吐くエード、影走鬼であった。



 八百刃の神殿。

「あちき達は、あの手の兵器の負の連鎖にしか着眼していなかったのかもしれない」

 八百刃の言葉に白牙が苦笑する。

「しかたがあるまい、あの状況で正の感情の発露を期待する方がおかしい。今回は、影走鬼の言葉があったからこその事だ。考えに入れるべきじゃないのではないか?」

 八百刃が首を横に振る。

「魂の可能性を否定する訳には、いかないよ。今後の戦いの中には、必要な要素かもしれない」

「解った、ところで、何でお前が現場に行っていたんだ?」

 白牙の突っ込みに八百刃が視線をそらす。

「ほら、今回は、影走鬼個人の問題もあったから主として、直接相談にのってあげるべきだと思ったんだよ」

「そうか、それに喫茶店でバイトする必要があったのか?」

 白牙の更なる突っ込みに沈黙する八百刃。

「暫く、休憩無しだな」

 白牙の宣言に八百刃が涙目になるのであった。

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