百姿獣が面接する召喚される者達
召喚獣の免許に関する、コメディー調のお話です
八百刃に入った後にその名と姿を変化させた八百刃獣、百姿獣。
百の姿と能力を持つその八百刃獣は、その能力の多様さと認識度から、異界活動免許の審査官の取り纏めであった。
この日は、サイの八百刃獣、降岩犀を秘書代わりに最終面接を行っていた。
「百姿獣様、次の者は、召喚者を判断した上での無償による回復行動の申請です」
小さな岩に無数の資料を載せて管理していた降岩犀が次の試験相手の資料を何故か眼鏡をかけた中年窓際サラリーマン風の外見をした百姿獣の前に降ろす。
百姿獣は、資料の確認をしていると降岩犀が言う。
「一つだけ質問してもよろしいでしょうか?」
百姿獣は、資料のチェックを続けながら頷くと降岩犀が言う。
「どうして、その様な弱そうな人間の姿をとるのでしょうか? 同じ人の姿でも、もっと威圧感がある姿があると思うのですが?」
「威圧する必要は、無いのです。特に、異界に行こうとする者、外見では、無く、相手の本質を見て判断できないようでは、意味がないのです。それより申請者を降ろして下さい」
その言葉に降岩犀が頷き、一つの岩が降りてくる。
そこには、妖艶な姿をした妖魔、サイキュバスが乗っていた。
「始めまして、私は、サイキュバスの代表でーす。とっても偉い八百刃獣様が面接してくださるという事ですが、どこに居るんですか?」
目の前にいる百姿獣を無視して、左右を見回し、よりにもよって降岩犀に目をつける。
「貴方が面接官様ですか?」
百姿獣の言葉を理解して、降岩犀が溜息を吐いてから答える。
「貴方の目の前にいらっしゃる人型の御方が、上位の八百刃獣の一刃、百姿獣様だ。ご無礼の無い様に」
脂汗を流しながらもサイキュバスは、笑みを作り言う。
「最初からそう思っていたんですよ。上位の八百刃獣様と言えば、そこら辺の中級神よりも強い力と権力を持っているんですよね?」
降岩犀は、苦笑して訂正する。
「間違っても、外でそんな事を言うのは、止めて頂きたい。八百刃獣は、あくまで偉大なる聖獣戦神八百刃様の代行者でしかないのだからな」
慌てて頭を下げるサイキュバス。
「すいません。すいません!」
百姿獣は、淡々と質問を開始する。
「召喚による回復行動となっていますが、具体的には、どの様なものですか?」
サイキュバスが妖艶な笑みで答える。
「この肉体を使った、ストレスの解消です。どんなストレスも一発で解消してみせます」
降岩犀が突っ込む。
「それは、性交による、貴方達のエネルギー補給では、ないのですか?」
サイキュバスが笑顔で答える。
「結果的にそうなるかもしれませんが、目的は、あくまでストレスの解消、回復行為です」
百姿獣は、手元にあった不許可の判子を資料につく。
「残念ですが目的を虚偽する申請は、了承できません」
サイキュバスが泣きそうな顔をして懇願する。
「そんな、あたし達の世界では、十分な力が得られないんです! これを断られたら、妹達にまともなエネルギー補給をさせられないんです。どうか慈悲を!」
百姿獣は、淡々と答える。
「そちらの事情も解っています。ですから、契約条項を絞っての召喚なら、許可もでます。下位の八百刃獣を送るので、具体的な契約条項の作成を行って再度申請して下さい」
サイキュバスが頭を下げて言う。
「ありがとうございます。このお礼は、体を使って……」
近づいてくるサイキュバスに百姿獣は、数倍魅力的な女体に変化して、追い返す。
「次の申請者は、レベル限定での異界での戦闘代行業務許可の申請です」
降岩犀が次の申請者の資料を降ろしながら伝える。
その資料を見て百姿獣が小さく溜息を吐く。
「事情は、解っていますから、降ろして下さい」
降岩犀が降ろした岩には、一人のスーツを着た中年男性が乗っていた。
「お久しぶりです、百姿獣様」
中年が頭を下げるのを見て、百姿獣は、呆れた顔をして言う。
「仮にも八刃の一つ、百母の長、百母柿生が、何で異界に出稼ぎに行く事になったのです? 元々、竜退治を生業にしていて、天道龍の口添えで、永久免許を持っている霧流と違って、別に生業を持っていた筈ですが?」
その言葉に、中年男性、百母柿生が答える。
「ちょっと時間が出来たので、娘に任せていた宝石店の方の手伝いをしたのですが、私の買い付けミスで大穴を空けてしまったのです」
流石に降岩犀が呆れた顔をする。
「それで出稼ぎですか? 情けないと思いませんか?」
柿生は、涙を流しながら言う。
「それでも、これ以上娘に余計な負担を負わせられないのです」
百姿獣は、頬をかきながら言う。
「あまり明言をしたくないのですが、貴方達のような八百刃獣の力、詰り八百刃様の力を得た者は、金儲けに関しての運が失われやすいのです。それに気付いて、貴方達、特に貴方の娘は、それ相応の儀式対応(卵料理屋による八百刃神気流し等)を行っています。それをしないで大金を扱うのは、自殺行為です」
「嘘!」
ムンクの叫びに変化して動かない柿生。
百姿獣は、許可の判子を申請書に押すと、それが微粒子になって柿生に吸い込まれる。
「これで、監視官に会っても大丈夫です。気をつけて稼いでください」
諦めて百姿獣がさっさと許可し、柿生を送り返すのであった。
「次の申請者は、召喚による荷物の運搬及び移送を行動の許可の申請です」
降岩犀が次の申請者の資料を降ろしながら伝える。
百姿獣は、資料をチェックしてから別の資料を用意するように自分配下の八百刃獣に伝える。
「資料が揃う前に申請者に会いましょう。降ろして下さい」
降岩犀が巨大な岩を降ろすとそこには、竜の中でも大きい、バハムートが居た。
「始めまして。僕は、バハムートのムートンです。今回は、一族の長に言われて許可を取りにきました」
百姿獣は、今の姿の数百倍の相手にも平然と質問を開始する。
「申請によれば、目的の世界は、かなりクラスが違うらしいですね。本来なら干渉は、禁止されています」
ムートンは、悲しそうに言う。
「そうみたいです。本当だったらバンと一緒に戦いたいんですけど、駄目なんですよね?」
降岩犀が答える。
「ここまで世界のクラスに差がある場合、特定者に偏った戦闘能力による干渉は、完全に禁止されています。その他にもその世界に大きな影響を与える事には、許可がおりません」
通常の世界なら竜巻になりそうな溜息を吐くムートン。
「そうですよね。ですから、せめて移動と荷物運びの手助けくらいは、したいんです」
そこに新しい資料が届く、それを確認してから百姿獣が告げる。
「残念ですが、今回の申請は、不許可です」
ムートンが首を伸ばしてくる。
「どうしてですか!」
百姿獣は、今届いたばかりの資料を見せて言う。
「簡単に言えば、貴方の巨体が離発着出来るスペースを確保できる施設が貴方の望む世界には、数えるほどしかありません。ついでに言うと、貴方の移動による他の航空移動手段に対する影響も大きすぎます」
資料を魔法でチェックして涙目になるムートン。
「バンに手伝うって、約束してたのに!」
雨の様に振る涙に降岩犀が戸惑う中、百姿獣は、冷静に言う。
「ドラゴンマジックに人の姿に変化するものがあります。それを使って能力制限するのであれば許可を降ろせます。長にそれを習ってからもう一度来てください」
「解りました」
なんとか泣き止むムートンであった。
「次の申請者は、異界への永住と戦闘の許可の申請です」
降岩犀が次の申請者の資料を降ろしながら伝える。
百姿獣は、資料をチェックしながら言う。
「これは、少し面倒ですね。とにかく降ろして下さい」
それに対して降岩犀が言う。
「あの、付き添いの少女も居るのですがよろしいでしょうか?」
「身元引受人になっている谷走志耶ですね。良いです、一緒に降ろして下さい」
百姿獣の言葉に答え、人のシルエットを持ちながら犬の耳と鼻を持つ全身を剛毛に覆われた少年と黒髪の少女、谷走志耶が岩に乗って降りてきた。
「百姿獣様、お初にお目にかかります」
頭を下げる志耶、隣の犬の少年は、そっぽを向いたまま頭を下げない。
「もう、犬王ちゃんとしてよ、許可が下りないと強制送還されちゃうよ!」
それに対して犬の少年、犬王は、百姿獣を見て言う。
「五月蝿い、俺は、自分より強い奴にしか頭を下げない事にしているんだよ!」
降岩犀が睨む。
「愚か者! 百姿獣様が少しでもその気になれば、お前など一瞬のうちに死ぬ事になるぞ!」
犬王は、爪を伸ばして降岩犀に向ける。
「お前の方が強そうだな、戦うか!」
次の瞬間、百姿獣の腕が伸び、犬王の首から下を覆い締め付ける。
「後の人も居るので、手早く済ませてもらいます」
軽く絞めて犬王をノックアウトする百姿獣に志耶が慌てて言う。
「謝罪は、あちきがしますから、どうか許して下さい」
百姿獣は、気にした様子もなく続ける。
「気にもしていません。それより、この犬王、コンダクターを使ってお前達の世界に来たのですね?」
志耶が言葉に詰まる。
当然である、ここで許可を得ていない上位世界者を下位の世界に運ぶのを商売としているコンダクターは、八百刃獣の中でも問題視され、特に審査官の纏め役である百姿獣が容認出来る組織じゃない筈だからだ。
「しかし、元の世界には、戻れません。こいつが余計な干渉しない様に、あちきが監視しますから、どうか許可をお願いします」
百姿獣は、志耶の力を確認する。
「事情は、他の八百刃獣からも報告が来ています。貴女は、影走鬼の影を支配する能力と癒角馬の血を使った回復能力が混ざった、血を使った支配能力。これならば、確実に制御する事も可能ですね。貴女の支配下にあると言う条件なら、許可をしましょう」
「ありがとうございます」
必死に気絶した犬王の頭を下げる志耶であった。
「次の申請者は、卵料理の普及の為の異界異文化伝達許可の申請です」
降岩犀が次の申請者の資料を降ろしながら伝える。
百姿獣は、資料をチェックしながら言う。
「申請書類には、全く問題は、ありませんが、何か気になります。降ろして下さい」
降岩犀が降ろした岩には、分厚い眼鏡と付け髭をつけてチャイナドレスを着た少女の姿をした者が居た。
「アイヤー、私は、謎の調理の神様アルヨ。卵料理は、素晴らしい。それを色んな世界に広めたいアルヨ」
重い空気が流れ、降岩犀が縋る思いで百姿獣を見る。
流石の百姿獣も大きく溜息を吐いて言う。
「こんな所で何を遊んでいるのですか、八百刃様」
自称謎の調理の神様は、手を横に振る。
「それ、勘違いアルヨ。私、謎の調理の神様ね」
その時、空間が開き、白牙の姿が映し出される。
『百姿獣、面接中にすまない。またヤオが分身を作って抜け出した。至急、捜索してくれ。面接官の代わりは、こっちで用意する』
「探す必要も無いみたいです」
百姿獣が空間に干渉して通信の向きを自称謎の調理の神様に向ける。
「凄い勘違いアルネ!」
必死に顔を隠す自称謎の調理の神様を見て、白牙の視線が吹雪を呼ぶ。
『お前は、何をふざけてる! こっちは、お前の決裁が無くて進まない書類の山が出来てるんだ! とっとと本体に戻って、作業スピードを上げろ!』
「だから、勘違いアルヨ。私は、謎の……」
自称謎の調理の神様が言い終わる前に白牙の爪が空間を飛び越えて変装を撃ち砕く。
『俺が本気で怒る前に帰って来い』
八百刃は、涙を流しながら戻っていく。
「今回の面接は、ここまでです。お疲れ様でした」
降岩犀が頭を下げると百姿獣も頷く。
「貴方もご苦労様でした。次の面接の時もよろしくお願いします」
降岩犀がしみじみ言う。
「それにしても異界活動免許の申請者は、どうしてこんなに変な奴が多いんでしょうね?」
百姿獣が苦笑して答える。
「異界に行こうとするものですから変わり者で当然です。その中で相手の事情も考えて異界に行こうとする者には、出来るだけのチャンスを与えるべきだと言うのが八百刃様のお考えです」
降岩犀が頷く。
「さすが八百刃様、尊いお考えですね」
その時丁度、謎の調理の神様の申請書が落ちていき、気まずい空気が流れる。
「もう少し真面目に事務処理もして頂ければ本当に助かるのですがね」
百姿獣の言葉に強く頷く降岩犀であった。