天道龍が封じる異界への門
八百刃獣の仕事は、常に助ける為の物では、無い。時には、絶望に叩き落とす事も……
八百刃が神名者時代には、右頭を勤め、八百刃獣の中でも指折りの力の持ち主、天道龍。
空間を司る力で、世界間の移動の監視と審査を主な仕事にしている、龍型の八百刃獣である。
その天道龍が、自らある特定の世界を監視する異常事態が発生していた。
異世界への道をある集団が走っていた。
その者達は、不思議な文様を描いたマントを羽織、手には、杖を持っていた。
「もう少しだ、もう少しで異界との境目に到着する。そこで、我らが目印を埋め込めば、後は、本国の術者が異界との道を繋いでくれる」
先頭の男の言葉に、残りの男達は、無言で頷く。
この中の誰も無傷な者は、居ない。
そして、マントの男達は、大きな河の向こうに世界の境目を見つけた。
「やった、この河さえ越えれば、同胞を救うことが出来るぞ!」
喜びの声を上げたその瞬間、河が割れ、一匹の竜が現れる。
『我が名は、水流操竜。八百刃様の使徒、八百刃獣の一刃なり。汝等は、異界へ移動する権利を持っていない。大人しく戻るが良い』
男達は、悔しげな顔をしながらも杖を水流操竜に向ける。
「引けぬ! 我らが引いたら、残された者が死ぬのだ!」
マントの男達は、杖から魔法を解き放つ。
ある者は、全ての物を凍らせる絶対零度。
またある者は、どんな物も昇華させる超高熱。
どれも、並の存在ならば一撃必殺になる魔法であった。
しかし、水流操竜が操る無限大に等しい水流の前には、全てが無効化された。
『お前等の強い意志は、尊い物である。だから、今一度だけ尋ねる、戻らぬか?』
水流操竜の言葉に先頭の男が答える。
「我等がここで果て様と、必ず皇帝陛下が救いの道を作ってくださる。その為に、ここで相打ちになろうとも汝を滅ぼさん」
その男が合図を送ると、後ろの男達は、全魔力を男の杖に集める。
『大いなる生命の源、偉大なる光、その力をここに表せ! シャイニングサン!』
それは、まさに太陽と同等の力を持った光の塊だった。
その光の塊は、水流を消滅させて行く。
しかし、男達は、絶望する事になる。
「嘘だ! 何故光が水に押し返される!」
それは、通常では、決して起こらないこと。
だが、それは、起こった。
水流操竜が操る水流の密度が光すら通さない程の強固で、蒸発する分量より増加する分量が多い為に発生した奇跡である。
『……終わりだ』
水流操竜の一言と共に、水流は、男達の存在を押し潰すのであった。
そこは、先程まで水流操竜が居た空間より数段高い世界。
「奴等の尖兵は、全滅しました」
水流操竜の報告を巨大な龍の姿をした天道龍が静かに聴いていた。
「次は、本隊が来るでしょう。討ち滅ぼすのですか?」
水流操竜の苦味のこもった言葉に天道龍が答える。
「我等の仕事は、許可の無い者を異界に行かせない事だ」
水流操竜が訴えるように言う。
「彼らは、生き延びたいだけなのです。それが駄目なのですか?」
天道龍は、迷いの無い目で答える。
「それを許していたら多くの世界の者がより大きな悲しみを背負うことになる。我等の使命には、常により多くの命が掛かっているのだ」
「解っているつもりです」
水流操竜の悔しげな言葉に天道龍が告げた。
「魔磨が交渉を行っている。相手が交渉に応じれば、異世界への移住の道も生まれるだろう」
水流操竜の顔が明るくなる。
「本当ですか!」
頷く天道龍であったが、その顔から重い雰囲気が取れることは、無かった。
マジーロ。
世界の全てを魔法で解明した魔法の世界。
そこは、代々最高の魔法使いが魔法皇帝となり、支配していた。
謁見の間では、その魔法皇帝マジーロ十八世の前に一人の女性が立っていた。
「貴方達が、移住するには、条件があります。強大すぎるその魔法の力を捨てて頂く事です。その上でしたら、いくつかの世界への移住の道があります」
その女性、魔磨の言葉にまだ若いが強烈な覇気を持った魔法皇帝マジーロ十八世が答える。
「話にならない、我らにとって魔法こそ全て、それを失っては、死んだも同然。その様な生に拘るつもりは、無い」
同意する家臣達。
「そうだそうだ。魔法が全て! 魔法を無くして生きて行けるか!」
「魔法が無ければ家畜と同じ、そんな生き恥を晒せるか!」
魔磨は、落胆を心の中に隠して続ける。
「我々にとっては、世界を壊す恐れがある力を異界に持ち込まれる事態は、認められません。これは、最大限の譲歩なのです」
正面からの言葉に何人かの高官が舌打ちする。
「おまえの様な女が神の使いと言うが、本当なのか?」
魔法皇帝がその高官を睨み、黙らせると魔磨が答える。
「陛下は、理解しているみたいですね。私がその気になれば、この城一つ消滅させる等雑作も無い事を」
魔法皇帝は、確かに理解していた。
それでも魔法皇帝は、告げた。
「我々の考えが変わることは、無い。帰っていただこう」
「解りました。しかし、気が変わった時は、私の名、魔磨を口にして下さい」
魔磨は、そのまま消えていった。
自室に戻った魔法皇帝マジーロ十八世をポニーテールの侍女が、迎える。
「陛下、アテル様がお待ちです」
「アテルが?」
魔法皇帝が進むと、そこには、覇気は、無いが誠実そうな青年、魔法皇帝の弟、アテルが居た。
「カヒン兄さん、聞きました。何故、救いの手を拒んだのですか?」
フルネーム、カヒン=マジーロが答える。
「我等マジーロの民が魔法を失って何が残ると言うのだ?」
「そう思っているのは、一部の者達だけです。多くのものは、魔法があろうと無かろうと関係ない生活を送っています。その者達の未来まで奪う権利がカヒン兄さんには、あるのですか!」
アテルが声を荒げる。
「お前は、以前からそうだった。魔法を軽視し、万人の使える技術を育成しようとした。そんなのだから、我と並ぶ魔法の才能を持ちながら高い地位に就けぬのだ」
カヒンの言葉にアテルが強いまなざしで答える。
「高い地位など欲しくもありません。それに、今は、そんな下らない事を言っている場合では、無い筈です。この世界を維持出来る程の魔法使いも少なく、もったとしても一ヶ月しかありません。その間に新たな世界に移住しなければマジーロの民は、本当に滅びてしまいます」
カヒンが魔力のこもった拳で壁に大穴を空けて言う。
「解っている。次の戦いには、我も前線に出る。この魔力で必ず道を切り開く」
「カヒン兄さん!」
アテルの叫びにカヒンが背を向ける。
「もう話は、終わりだ」
「僕は、諦めない!」
アテルがそういい残して去っていく。
大きく溜息を吐くカヒンに先程の侍女が来て冷たい果実水を差し出す。
「あれだけの気力があれば、後の事は、任せられますよ」
意外な一言にカヒンが戸惑う中、侍女は、笑顔で続ける。
「あちきは、何も出来ませんが、伝言くらいは、出来ますよ」
カヒンが苦笑して言う。
「それでは、頼むとするか」
この後、短いが大切な言葉をその侍女は、受け取るのであった。
カヒン達は、頑張ったと言っていいだろう。
神々の中でも最強の戦闘力を誇る八百刃獣の攻撃を凌ぎ、世界を繋げる為の門の前まで来ていたのだから。
しかし、万を越した精鋭部隊で残っていたのは、百足らずであった。
「怯むな! 門を開け、印を立てれば、新たな世界への道が開かれるのだ!」
残った部下を鼓舞するカヒン。
そんなカヒンの前に一人の男が立っていた。
「まだ戦うのだな?」
男の言葉にカヒンが覇気を込めて答える。
「我は、マジーロ十八代目皇帝、カヒン=マジーロ! この杖とマジーロの歴史にかけて戦いから逃げる訳には、いかない!」
杖を男に突きつける。
「そうか」
男は、指を鳴らすと、空中に無数の映像が浮かぶ。
「これは、双方向性だ。いまここに起こっている事は、マジーロの全ての民に伝わるだろう」
カヒンが頷く。
「それこそ望むところだ! 我の意思をマジーロの全てに見せる。皆の物、その命を懸けて、呪文の時間を作るのだ!」
カヒンの言葉に答え、残った精鋭達が一斉に男に攻撃をする。
水流操竜に放たれた擬似太陽やミニブラックホールすらあった。
男は、次の瞬間、本来の姿、天を覆う龍、天道龍の姿に戻る。
その波動だけで全ての攻撃が無効化された。
幾多の戦いを潜り抜けてきた精鋭も恐怖に震えた。
それは、神と言っても問題ない絶対的な力だった。
しかし、カヒンは、諦めなかった。
「これが我の、マジーロの全てを込めた魔法だ!」
周囲の空間が収束される。
「世界の始まりは、大いなる爆発から始まった。これは、それを模した魔法だ」
魔法の過負荷に杖にひびが入る。
『ビックバン』
宇宙の始まりの爆発。
全ての存在を一瞬で打ち払う世界の根本足る力。
『我等は、宇宙をも作る神々すら敵にする八百刃獣、その程度の力は通用しない』
天道龍が自らの体で円を作った中心に宇宙すら生み出す爆発の全てが吸収されていくのであった。
そして、全ての魔力を使い果たしたカヒンは、その場に倒れた。
「カヒン兄さん!」
マジーロの城で、その風景を見ていたアテルが叫ぶ。
カヒンが倒れた後、映像が消えた。
その意味は、その場に居た全員が解っていた。
もう誰も残っていないから映す必要が無いという事を。
「先の皇帝陛下が亡き今、この世界の行く末は、貴方に委ねられました」
アテルの求めに応じて来ていた魔磨の言葉にアテルが何かを堪える様にしていたが、強い意志でそれを振り払い告げる。
「我等マジーロの民は、魔法を捨てます。どうか、新たな世界への移住を」
頭を下げるアテルだったが、魔磨は、アテルに頭を上げさせる。
「魔法を捨てると決めた以上、この世界の者達は、救われるべきものです。力を合わせて移住の準備を進めましょう」
こうしてマジーロは、魔法を捨てて、新たな世界に移住する事になったのだ。
「私は、まだ生きているのか?」
異界への門の前で倒れたままのカヒンが言うと人の姿をとった天道龍が答える。
「そうだ、しかし、死は、確実だ。最後に伝言があれば伝えよう」
カヒンが首を横に振る。
「構わん、もう頼んである」
満足そうな顔のカヒンに天道龍が告げる。
「お前の望み通り、魔法を捨てる覚悟は、お前の命によってマジーロ全てに与えられた」
驚いた顔をするカヒン。
「まさか、全て解っていたのか?」
「八百刃様が事前に教えていてくださった。魔法を極めたお前だけは、魔法の限界を知り、魔法を捨てさせるタイミングを待っていたと。今回は、良い切掛けだったのだと」
天道龍の答えに苦笑するカヒン。
「流石は、八百刃様、全てをお見通しなのだな。他の男を好きになった幼馴染を魔法で心変わりさせた時、魔法の限界を感じた。どんなに取り繕っても作り物の感情は、何も生まない。愚かな私の命で魔法の呪縛から皆を救えるのだったら、思い残すことは、無い」
一切の後悔が無い顔のまま息絶えるカヒン。
天道龍は、再び龍の姿に戻ると今回の戦いで死んでいった者、全てをマジーロの大地に送り返した。
「せめて生まれた大地の上で共に逝くのだ」
戦いの後始末が終わり天道龍は、八百刃に報告していた。
「以上でマジーロに関わる一件は、全て完了しました」
天道龍が報告を終えると白牙が告げる。
「時間が掛かりすぎだな、他の神々から一つの世界の事で天道龍を長期拘束するのは、他の多くの世界に影響があると進言があったぞ」
天道龍が頭を下げる。
「ご迷惑をおかけし、すいませんでした。汚名返上する為に今後とも誠心誠意働かせて頂きます」
それに対して八百刃が気楽に手を振り言う。
「気にしなくても良いよ。新名にも話し通してあるしね」
その言葉に白牙が八百刃を睨む。
「やはり、魔磨の件は、お前が裏で動いてたんだな」
視線を逸らしながら八百刃が言う。
「次の仕事も頑張って」
「はい、頑張らせて頂きます」
天道龍が下がっていった後、白牙が言う。
「ところで一つ気になることがあるのだが?」
「さて、仕事しないとね」
八百刃は、別件の報告書に目をやる中、白牙が続ける。
「どうしてマジーロの魔法皇帝の心をここまで読めた?」
「えーと、こっちの案件は、闘威狼に任せるとして」
必死に誤魔化そうとする八百刃の頬を白牙が伸ばした爪でペチペチする。
「やっぱりお前は、分身を送り込んでたな?」
冷や汗を垂らしながら八百刃が言う。
「本当に力も何も与えてない、駒みたいな奴だよ」
白牙が怒気を纏う。
「お前は、お前にそういう事をさせない為に俺達が居るって事くらいいい加減に理解しろ!」
この後、長々と白牙の説教を受ける事になる八百刃であった。




